1.残りの者の帰還
・イザヤ11:11-16は捕囚等で散らされた民の帰還を喜ぶ歌であり、12:1-6はそれを感謝する頌栄と言われている。前721年北イスラエル王国はアッシリアに滅ぼされ、前587年南ユダ王国はバビロニアに滅ぼされ、民はアッシリア、バビロン、エジプト、エチオピア、シリア等に散らされた。その民が帰ってくるとイザヤの後継者たちは歌う。
−イザヤ11:11-12「その日が来れば、主は再び御手を下して、御自分の民の残りの者を買い戻される。彼らはアッシリア、エジプト、上エジプト、クシュ、エラム、シンアル、ハマト、海沿いの国々などに残されていた者である。主は諸国の民に向かって旗印を掲げ、地の四方の果てから、イスラエルの追放されていた者を引き寄せ、ユダの散らされていた者を集められる」。
・人々が異国の地に移住させられた時、通常は3代、4代の内に自国文化は失われ、その地に同化する。しかしイスラエルはそうならなかった。ユダヤ人は、終わりの日にはエルサレムに集められるとの信仰を持ち続けた。
−イザヤ11:10「その日が来ればエッサイの根はすべての民の旗印として立てられ、国々はそれを求めて集う。そのとどまるところは栄光に輝く」。
・集められた民はかつてのように北(エフライム)と南(ユダ)に分かれて争うことはない。敵意は絶たれる。そしてダビデ王時代の領土を取り戻す。メシアはダビデの子孫から生まれ、ダビデ時代の栄光を再現する。人々がイエスに政治的なメシア(地上の神の国の王)を期待した理由もここにある。
−イザヤ11:13-14「エフライムのねたみは取り去られ、ユダの敵意は断たれる。エフライムはユダをねたまず、ユダはエフライムに敵対しない。彼らは、西のペリシテを側面から襲い共に、東の民を略奪する。彼らはエドムとモアブを支配し、アンモンの人々を服従させる」。
・その日にはナイル川もユーフラテス川もその流れが止められ、人々がエルサレムに戻る道筋が備えられる。
−イザヤ11:15-16「主はエジプトの海の入り江を干上がらせ、御手を大河の上に振って、強風を起こし、それを打って七つの流れとし、サンダルのまま渡れるようにされる。エジプトの地から上った日にイスラエルのために備えられたように、アッシリアに残されていたこの民の残りの者にも、広い道が備えられる」。
2.帰還者の感謝の歌
・12章はエルサレムに帰還した民の喜びの歌だ。おそらくは捕囚から帰還した民が、神殿を再建し(前515年)、その感謝を捧げた頌栄と思われる。捕囚という苦しみを知ったからこそ、帰還を本当に喜ぶことが出来る。
−イザヤ12:1-2「その日には、あなたは言うであろう『主よ、私はあなたに感謝します。あなたは私に向かって怒りを燃やされたが、その怒りを翻し、私を慰められたからです。見よ、私を救われる神。私は信頼して、恐れない。主こそ私の力、私の歌、私の救いとなってくださった』」。
・イザヤ=主は救い、その名の通り、イザヤの預言したその日が来たと詩人は歌う。民は喜びの内に仮庵の祭り(収穫祭)を祝う。祭りの最後の日、恵みの雨を感謝して、シロアムの池から汲まれた水が神殿の祭殿に注がれる。
−イザヤ12:3「あなたたちは喜びのうちに、救いの泉から水を汲む」。
・ヨハネ7章でイエスはこの水汲みを見て、「私こそ生ける水だ」と言われた。
−ヨハネ7:37-38「祭りが最も盛大に祝われる終わりの日に、イエスは立ち上がって大声で言われた『渇いている人はだれでも、私のところに来て飲みなさい。私を信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる』」。
・最後に全ての者がシオンに集められる。シオンこそは世界の中心であり、聖なる方が住まわれると詩人は歌う。
−イザヤ12:4-6「その日には、あなたたちは言うであろう『主に感謝し、御名を呼べ。諸国の民に御業を示し、気高い御名を告げ知らせよ。主にほめ歌をうたえ。主は威厳を示された。全世界にその御業を示せ。シオンに住む者よ、叫び声をあげ、喜び歌え。イスラエルの聖なる方は、あなたたちのただ中にいます大いなる方。』
・民が集められ、イスラエルが昔日の栄光を取り戻すことはなかった。各地にユダヤ人が残された。その散らされたユダヤの民が新しい福音の伝達者になっていく。パウロは各地のシナゴークを訪ねてその伝道を始めた。散在のユダヤ人なしには、キリストの福音は世界に広まらなかった。ここに神の摂理がある。
−創世記45:4-8「ヨセフは兄弟たちに言った『・・・私はあなたたちがエジプトへ売った弟のヨセフです。しかし、今は、私をここへ売ったことを悔やんだり、責め合ったりする必要はありません。命を救うために、神が私をあなたたちより先にお遣わしになったのです・・・ 神が私をあなたたちより先にお遣わしになったのは、この国にあなたたちの残りの者を与え、あなたたちを生き永らえさせて、大いなる救いに至らせるためです。私をここへ遣わしたのは、あなたたちではなく、神です。神が私を・・・エジプト全国を治める者としてくださったのです』」。