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日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

聖書教育の学び

2021年2月7日聖書教育の学び(2014年4月9日祈祷会、マタイ10:16-31、迫害を予告する)

投稿日:2021年2月1日 更新日:

 

 

  1. 迫害の予告

 

・イエスは群衆が「飼い主のいない羊」のように放置されているのを見て、彼らのために弟子たちの中から十二人を選び出し、各地に派遣される。その目的は「人々の病をいやし、悪霊を追い出す」ことだった。-マタイ10:7-8「行って、『天の国は近づいた』と宣べ伝えなさい。病人をいやし、死者を生き返らせ、重い皮膚病を患っている人を清くし、悪霊を追い払いなさい」。

・しかし弟子たちが派遣される地は危険に満ちている。だからイエスは「注意深くあれ」よ語られる。

-マタイ10:16「私はあなたがたを遣わす。それは、狼の群れに羊を送り込むようなものだ。だから、蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい」。

・17節からは、イエスの弟子たちがどのような迫害を受けるかの苦難予告が展開される。具体的には、イエスの教えを伝道したイエス後の教会が直面した出来事が語られている。マタイの教会が迫害の中で聞いている復活のイエスの言葉である。

-マタイ10:17-18「人々を警戒しなさい。あなたがたは地方法院に引き渡され、会堂で鞭打たれるからである。また、私のために総督や王の前に引き出されて、彼らや異邦人に証しをすることになる」。

・紀元80年ごろに書かれたマタイ福音書の教会は、現実にこのような迫害を体験している。マタイ教会はイエスの復活後(紀元30年)エルサレムで生まれ、十二弟子を中心にしたユダヤ人教会としてイエスの言葉記録(Q資料)を基に宣教を行い、次第に異邦人改宗者をも含めた共同体に成長して行く。しかし66-70年に起こったユダヤ戦争では、「剣を取るな」というイエスの言葉を守って参加せず、そのため同胞ユダヤ人たちから敵国ローマへの協力者として迫害を受け、ユダヤでの活動に挫折して、失意の中に北方シリアに逃れ、その地でマタイ福音書を編集したとみられている(須藤伊知郎「新約聖書解釈の手引き」P268-269)。

-マタイ26:52「剣をさやに納めなさい。剣を取る者は皆、剣で滅びる」。

 

2.最後まで耐え忍ぶ者は救われる

 

・復活のイエスはマタイの教会に、「迫害された時、どう語るか」を教えられる。

-マタイ10:19-20「引き渡された時は、何をどう言おうかと心配してはならない。その時には、言うべきことは教えられる。実は話すのはあなたがたではなく、あなたがたの中で語ってくださる父の霊である」。

・イエスは迫害の預言に続いて、さらに厳しい覚悟を弟子たちに迫られる。

-マタイ10:21-22「兄弟は兄弟を、父は子を死に追いやり、子は親に反抗して殺すだろう。また、私の名のために、あなたがたはすべての人に憎まれる。しかし最後まで耐え忍ぶものは救われる」。

・イエスは殉教ではなく、危険を避けて避難することを勧められる。

-マタイ10:23a「一つの町で迫害された時は、他の町へ逃げて行きなさい」。

・マタイ教会も、ユダヤ戦争の混乱を逃れて、北シリアに逃れ、その地でこの福音書を完成している。そしてイエスは「苦難はいつまでも続かない」と約束される。マタイの教会は苦難と迫害の中に放り込まれたが、イエスが再臨され、神の国はまもなく来るとの希望の中に生きていた。

-マタイ10:23b「あなたがたが、イスラエルの町を回り終わらないうちに、人の子は来る」。

・迫害の中にある教会へ、復活のイエスは「人々を恐れるな」と語られる

-マタイ10:26-28「人々を恐れてはならない。覆われているもので現されないものはなく、隠されているもので知られずに済むものはないからである。私が暗闇であなたがたに言うことを、明るみで言いなさい。耳打ちされたことを、屋根の上で言い広めなさい。体は殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、魂も体も地獄で滅ぼすことのできる方を恐れなさい」。

・「二羽の雀は一アサリオンで売られているが、そんな雀の命さえ神は守っておられる。雀より勝っているあなたがたを、神が守らないはずはないではないか」とイエスは語られる

-マタイ10:29-31「二羽の雀が一アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、あなたがたの父のお許しがなければ、地に落ちることはない。あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている。だから、恐れるな。あなたがたは、たくさんの雀よりもはるかにまさっている」。

・注目すべきは、イエスが殉教を勧めておられないことだ。「一つの町で迫害された時は、他の町へ逃げて行きなさい」とイエスは語られる。説教者・由木康は語る「徳川時代のキリシタン迫害が残酷を極めた一因は、信徒に逃げよと教えなかったことだ。教職者は殉教の死を遂げても、信徒には逃れる道を与えるべきであった。信徒には、踏み絵を迫られたら、どんどん踏んで生きながらえ、心の中で信仰を持ち続け、信仰の火を絶やすなと教えるべきだった」。遠藤周作の小説「沈黙」が問いかけるのも、果たして「殉教だけが信徒の取るべき道だったのか」という疑念である。当時のイエズス会は「殉教の勧め(マルチリヨノススメ)」を信徒に教えたが、その中の引用聖句は「体は殺しても、魂を殺すことにできない者どもを恐れるな」(10:28)であり、もう一つは「人々の前で私を知らないと言う者は、私も天の父の前で、その人を知らないと言う」(10:33)、マタイ福音書の言葉だ。キリシタン時代の信徒たちは、ある意味で殉教を信仰的に強制された (尾西康充「神の沈黙と人間の沈黙」、三重大学人文論集、2012年)。

・「地上の命の終りは永遠の命の終りではない」し、「恐るべきは永遠の命をさえ滅ぼされる神」のみだ。また初代教会の信徒たちが、死を持って脅かされても信仰を捨てず、黙って殺されて行ったのも事実だ。しかし人々が信徒になったのは、殉教者の存在ではないという歴史的事実を見る必要がある。教会史が語ることは、福音書が書かれた紀元100年当時のキリスト教徒は数千人という小さな集団であり、紀元200年においても数十万人に満たなかった。その彼らが紀元300年頃から爆発的に増え続けていく。その時代、繰り返し疫病が流行し、その中で信徒たちが病人を訪問し、死にゆく人々を看取り、死者を埋葬し、その結果疫病の蔓延が防がれ、人々の関心をキリスト教に向けさせたためとされる。信徒の死にざまではなく、信徒の生きざまが人々を信仰に導いたことを覚えたい。

 

3.この物語を私たちはどう聞くか

 

・同志社大学・原誠の論文「戦時下の教会の伝道-教勢と入信者」(2002年3月)によれば、1942年の日本基督教団全教会の受洗者は年間5,929名だった。戦時下、国家による宗教統制は激しさを増し、ホーリネス教団や救世軍などに対する弾圧が起こり、国家がキリスト教を「敵性宗教」として疑心の目で見ていた時に6千名の洗礼者があった。戦後、信教の自由が保証され、だれでも自由に教会に行くことが出来るようになった1998 年の受洗者は1900名だった。受洗者数は三分の一以下に低下している、豊かさは信仰を生ぬるくするのではないか。

-ヨハネ黙示録3:15-16「私はあなたの行いを知っている。あなたは、冷たくもなく熱くもない。むしろ、冷たいか熱いか、どちらかであってほしい。熱くも冷たくもなく、なまぬるいので、私はあなたを口から吐き出そうとしている」。

・マタイの教会や戦時下の日本教会は迫害の中で目覚めざるを得なかった。そのことが伝道の起爆剤になった。矢内原忠雄は戦時下の1941年、彼の聖書雑誌「嘉信」の中で、卒業する若者たちへの言葉を書いている。いま改めて聞きたい言葉だ。

-矢内原忠雄「君たちを今の時勢において世に送るは、子羊を狼の中に入れるようなものだ。しかし、心配することはない。君たちが信仰に立つ限り、神は君たちの楯となり力となって下さる。自分がキリスト者たる立場を明白にせよ。その時、君たちはたちまち世の憎悪と冷笑とを受けるであろうが、それで君たちはイエスの弟子となるのである。その時態度をあいまいにするな。最初の闘いに勝って、その地点に信仰の旗を立てておけば、後の闘いは闘い易いのである。隣人を愛せよ。殊に弱き者を助けよ。君たちの存在をして、弱き者には喜ばれ、おごる者には憎まれる者たらしめよ。されば行け。元気で。主の平安の中に」。

-聖書教育の学び

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