江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2022年11月16日祈祷会(ルカ19:28-48、イエスのエルサレム入城)

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1.エルサレム入城

 

・イエスは自ら先頭に立ってエルサレムへ向われる。近郊のオリ-ブ山のふもと、ベトファゲとベタニアの村に差しかかった時、イエスは二人の弟子を先の村へ使いに出された。

-ルカ19:28-30a「イエスはこのように話してから、先に立って進み、エルサレムに上って行かれた。そして、『オリーブ畑』と呼ばれる山のふもとにあるベトファゲとベタニアに近づいた時、二人の弟子を使いに出そうとして、言われた。」

・イエスは使いの弟子たちに、村に繋がれている、子驢馬の綱を解き、連れて来るよう命じられた。

-ルカ19:30b-31「『向うの村へ行きなさい。そこに入ると、まだ誰も乗ったことのない子驢馬がつながれているのが見つかる。それをほどいて引いて来なさい。もし、だれかが、「なぜほどくのか」と尋ねたら、「主がお入り用なのです」と言いなさい。』」

・ベタニアにはイエスと親しかったマリアとマルタが住んでおり、イエスはあらかじめ、驢馬の準備を彼らに依頼しておかれたのであろう。

-ルカ19:32-34「使いに出された者たちが出かけて行くと、言われた通りであった。ろばの子の綱をほどいていると、その持ち主たちが、『なぜ、子ろばをほどくのか』と言った。二人は、『主が御入り用なのです』と言った。」

・群衆はローマ人の支配からイスラエルを解放する政治的解放者としてのメシアを求めていた。その期待に応えるには馬に乗って、威風堂々と入城するのが普通だ。しかし、イエスは馬を選ばれず、ろばで、エルサレムに入られた。イエスが驢馬に乗って入城された背景には、ゼカリア書の預言の存在がある。

-ゼカリア9:9「娘シオンよ、大いに踊れ。娘エルサレムよ、歓呼の声をあげよ。見よあなたの王が来る。神に従い、勝利を与えられた者、高ぶることなく、驢馬に乗って来る。雌驢馬の子である驢馬に乗って。」

・イエスは象徴行為を通して人々に語られる「馬は人を支配し、従わせるための乗り物だ。しかし、私は支配するためではなく、仕えるために来た。驢馬は人の重荷を負う。私はあなた方の罪を背負うために驢馬に乗って来た」と。

・イエスの気持ちを知り、自分も子驢馬のようになりたいと思った人に、榎本保郎牧師がいる。ちいろば(小さな驢馬)先生として有名な人だ。彼は著書『ちいろば』の後書きで述べる。

-榎本康郎・「ちいろば」後書きから「驢馬は同じ馬科の動物でも、サラブレッドなどとは桁外れに、愚鈍で見栄えがしない。しかし、その名もない驢馬の子も、一度主の御用に召されれば、その背にイエスをお乗せする光栄に浴し、群集の歓呼に迎えられて、エルサレムに入城することが出来た。私のような者も、キリストの僕とされた日から、身に余る光栄にひたされ、不思議に導かれて、現在に至った。あのちい驢馬が味わったであろう喜びと感動が私にもひしひしと伝わってくる。その喜びを何とかしてお伝えしたい」。

・軍馬は人間を支配する象徴で、他方驢馬は平和の象徴、柔和な生き物だ。柔和(ギリシャ語=プラエイス)とは人々と争わず、力ずくで物事を進めないことを意味する。主により頼む者は自らの力に頼らず、全てを主に委ねる。そこに憎しみも報復も生じない。力づくで自分に従わせるやり方では、遅かれ早かれ破綻する。「柔和な人こそが地を受け継ぐ」(マタイ5:5)。

・同時に驢馬の持つ祭儀的意味を考える必要がある。驢馬は旧約聖書の伝統の中では「汚れた動物」とされ、驢馬の初子は祭壇に捧げることは出来ず、「子羊で贖え、それが出来ない時は驢馬の初子は首を折って殺せ」と言われている(出エジプト13:12-13)。ユダヤ教では驢馬の子は汚れているから神への捧げ物にはならないと規定すると同時に、徴税人や娼婦は汚れた罪人であるから救いにはあずかれないとして排除していた。しかしイエスはそうではないとして、彼らを受け入れ、彼らの回心を喜ばれた。そして今、イエスはあえて祭儀的に汚れているとされる驢馬の子に乗ることを通して、疎外されていた人たちの重荷を背負うという決意を見せて下さった。

 

2.この人たちが黙れば石が叫びだす

 

・イエスが進む道には群衆が立ち並び、彼らは服を脱ぎ、イエスの進む道に並べ敷いた。

-ルカ19:35-36「そして、子驢馬をイエスのところに引いて来て、その上に自分の服をかけ、イエスをお乗せした。イエスが進んで行かれると、人々は自分の服を道に敷いた。」

・エルサレムを見た弟子たちの心は勇み、歓喜が声になり、メシアを賛美した。弟子たちの歓喜は群衆に伝わり、歓呼の渦となって広がった(人々の讃美は詩篇118編24-26からの引用である)。

-ルカ19:37-38「イエスがオリ-ブ山の下り坂にさしかかられた時、弟子の群れはこぞって、自分の見たあらゆる奇跡のことで喜び、声高らかに神を賛美し始めた。『主の名によって来られる方。王に、祝福があるように。天には平和、いと高きところには栄光』」。

・弟子たちと群衆が和して起こった大歓声は、ファリサイ派の人々を不快にした。彼等は弟子たちを黙らせるようにイエスに抗議したが、イエスはとりあわなかった。

-ルカ19:39-40「するとファリサイ派のある人々が、群衆の中からイエスに向かって、『先生、お弟子たちを叱ってください』と言った。イエスはお答えになった。『言っておくが、もしこの人たちが黙れば石が叫びだす。』」

 

3.エルサレムのために泣かれるイエス

 

・一行はさらにエルサレムに近づき、都が見えた時、イエスは感極まってエルサレムのために嘆かれる。

-ルカ19:41-42「エルサレムに近づき、都を一望した時、イエスはそのために泣いて、言われた。『もし、この日に、お前も平和への道をわきまえていたなら・・・しかし、今はお前には見えない。』」

・イエスはエルサレム滅亡を預言された。この個所はエルサレム滅亡を目撃した初代教会の付加であろう。

-ルカ19:43-44「『やがて時が来て、敵が周りに堡塁を築き、お前を取り巻いて四方から攻め寄せ、お前とそこにいる子らを地にたたきつけ、お前の中の石を残らず崩してしまうだろう。それは、神の訪れてくださる時をわきまえなかったからである。』」

・エルサレム滅亡はイエス死後40年後である。紀元66年、時のローマ総督が神殿から金を強奪したのを知ったユダヤ人は武力で立ち上がり、ユダヤ戦争が始まった。最初はユダヤ人側が優勢だったが、次第に劣勢となり、70年にエルサレムは、三つの塔と西側の城壁(嘆きの壁)だけを残して破壊され、百万人以上の犠牲者が出た。その後ユダヤ人は離散の民となる。イエスが預言された「神殿崩壊」は現実となった。

-ルカ21:20-24「エルサレムが軍隊に囲まれるのを見たら、その滅亡が近いことを悟りなさい。その時、ユダヤにいる人々は山に逃げなさい。都に中にいる人々は、そこから立ち退きなさい。田舎にいる人々は都に入ってはならない。書かれていることがことごとく実現する報復の日だからである・・・この地には大きな苦しみがあり、この民には神の怒りが下るからである。人々は剣の刃に倒れ、捕虜となってあらゆる国へ連れて行かれる。異邦人の時代が完了するまで、エルサレムは異邦人に踏み荒らされる。」

 

4.神殿から商人を追い出す

 

・イエスは、神殿に入られると、境内で商いをしていた商人たちを追い出された。宮清めである。

-ルカ19:45-46「それから、イエスは神殿の境内に入り、そこで商売をしていた人を追い出し始めて、彼らに言われた。『こう書いてある。「私の家は、祈りの家でなければならない。」ところが、あなたたちは、それを強盗の巣にした。』」

・神殿で贖罪に献げる動物は羊か山羊と定められていたが、貧しい人々は値段の安い家鳩や山鳩を身代わりに献げた。犠牲の動物は、清く傷のないものとされており、清いかどうかの判定は、祭司の権限に委ねられていた。そこに祭司と動物を商う業者が結託する隙間が生じていた。また両替は当時流通していたギリシャやローマの貨幣をユダヤ貨幣(シュケル)に交換するため必要で、そこには大きな利ざやが生じていた。イエスは民に仕えるべき神殿祭司が犠牲獸の販売や両替という商行為を通して、民から利益を貪っていることを批判された。イエスは怒りにまかせて商人を追い払ったのではなく、商人を追い払うという象徴行為を通して、本来の神殿のありかたを人々に示された。そしてイエスはイザヤやエレミヤを引用して、神殿の「あり方」を語られた。

-イザヤ56:7「私の家は、すべての国の人の、祈りの家と呼ばれるべきである」。

-エレミヤ7:11「ところが、あなたたちは、それを強盗の巣にしてしまった」。

・イエスはこの行為が支配者たちの憎しみを招くことを承知しておられ、死を前提に行為されている。神殿体制を批判することは当時の最高権力を否定する行為だった。事実、イエスはこの後に捕らえられ、裁判にかけられるが、主たる罪状は「神殿冒涜罪」だった。

-ルカ19:47-48「毎日、イエスは境内で教えておられた。祭司長、律法学者、民の指導者たちは、イエスを殺そうと謀ったが、どうすることもできなかった。民衆が皆、夢中になってイエスの話しに聞き入っていたからである。」

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