江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2021年9月15日祈祷会(マタイ18:21-35、仲間を赦さない家来の譬え)

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1.「仲間を赦さない家来」の譬え

 

・ペトロがイエスに、「私の兄弟が罪を犯した場合、何度赦すべきでしょうか。七度までですか」と問うた。前後の文脈から、私の兄弟(教会員)への罪の赦しの可否が問われている。当時のラビは「赦しは三度まで」としていたので、七度はかなりの寛容である。イエスは「七の七十倍」という無限の赦しを説かれた。教会はこれを牧会の問題(教会員が罪を犯した場合、何度赦すべきか)として聞いた。

-マタイ18:21-22「『どんな願い事であれ、あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、私の天の父はそれをかなえてくださる。二人または三人が私の名によって集まるところには、私もその中にいるのである。』そのときペトロがイエスのところに来て言った。『主よ、兄弟が私に対して罪を犯したなら、何回赦すべきでしょうか。七回までですか』。イエスは言われた。『あなたに言っておく。七回どころか七の七十倍までも赦しなさい』」。

・その後にイエスは、赦しとは何かをわからせるために、「仲間を赦さない家来」の譬えを話された。譬えでは、王が家来に一万タラントンの返済を求めた所から話が始まる。一万タラントンは6千万デナリオン、今日の通貨基準では数千億円に相当する。当時のユダヤ領主でさえ六百タラントンの税収しかなかったと言われているから、一万タラントンの負債は譬え話の中でしかありえない、無限の負債を意味する。その無限の負債を王は免除した。

-マタイ18:23-27「そこで、天の国は次のようにたとえられる。ある王が、家来たちに貸した金の決済をしようとした。決済し始めたところ、一万タラントン借金している家来が、王の前に連れて来られた。しかし、返済できなかったので、主君はこの家来に、自分も妻も子も、また持ち物も全部売って返済するよう命じた。家来はひれ伏し、『どうか待ってください。きっと全部返済します』としきりに願った。その家来の主君は憐れに思って、彼を赦し、彼の借金を帳消しにしてやった』」。

・イエスはここで神の無限な赦しを語られた。私たちは、罪あるままに(負債を支払うことなしに)、イエスの贖罪の死により命を救われた。贖いにより、大きな罪(一万タラントンの負債)は免除された。「そのことを覚えよ」とイエスはここで語られる。

-コロサイ2:13-14「肉に割礼を受けず、罪の中にいて死んでいたあなたがたを、神はキリストと共に生かしてくださったのです。神は、私たちの一切の罪を赦し、規則によって私たちを訴えて不利に陥れていた証書を破棄し、これを十字架に釘付けにして取り除いてくださいました」。

 

2.人を赦さない者は赦されない

 

・物語は続く。第二の場面では、一万タラントンという巨額の負債を帳消しにしてもらった家来が、立場が逆になり自分が債権者になると、わずか百デナリオンの負債も赦さなかったという話である。百デナリオンは労働者の三か月分の月収、今日でいえば百万円前後、返せない金額ではない。それなのに家来は負債者がひれ伏して、赦しを乞うても赦さず、首を絞め、牢にぶちこんでしまった。

-マタイ18:28-30「ところがこの家来は外に出て、自分に百デナリオンの借金をしている仲間に出会うと、捕まえて首を絞め、『借金を返せ』と言った。仲間はひれ伏して『どうか待ってくれ、返すかから』としきりに頼んだ。しかし、承知せず、その仲間を引っぱって行き、借金を返すまでと牢に入れた」。

・負債者の仲間はこれを見て心を痛め、王に訴え出る。王は激怒し、この不埒な家来を捕え、一万タラントンを返済するまでは赦さないと彼を牢に入れた。贖いきれない大きな負債を神の憐れみで赦されたことを忘れ、兄弟の小さな負債を赦さない忘恩の行為がどれほど罪深いかを、この譬えは教えている。

-マタイ18:31-34「仲間たちは事の次第を見て非情に心を痛め、主君の前に出て事件を残らず告げた。そこで、その主君はその家来を呼びつけて言った。『不届きな家来だ。お前が頼んだから、借金を全部帳消しにしてやったのだ。私がお前を憐れんでやったように、お前も自分の仲間を憐れんでやるべきではなかったのか。』そして、主君は怒って、借金をすっかり返済するまでと、家来を牢役人に引き渡した」。

・ここでは神に対する無限の負債を持つ人間が、人間同士の相対的な負債さえも赦さない冷酷さが示されている。

-マタイ18:35「あなた方の一人一人が、心から兄弟を赦さないなら、私の天の父もあなたがたに同じようになさるだろう」。

・私たちに人を裁く権利などない。何故ならば私たちも罪人であったからだ。何故「死に値する罪=負債から赦されていることを感謝して生きないのか」とパウロは語る。

―第一コリント6:6-7「兄弟が兄弟を訴え、しかもそれを不信者の前に持ち出すのか。そもそも、互に訴え合うこと自体が、すでにあなたがたの敗北なのだ。何故むしろ不義を受けないのか。何故むしろだまされていないのか。」

・イエスは繰り返し、赦しこそが大事だと語る「私たちが人を赦さないなら、私たちの赦しはない」。

-マタイ6:14-15「もし人の過ちを赦すなら、あなたがたの天の父もあなたがたの過ちをお赦しになる。しかし、もし人を赦さないなら、あなたがたの父もあなたがたの過ちをお赦しにならない。」

・だから主の祈りでは、私たちに他者の赦しを可能とするように祈ることを求められている。

-マタイ6:12「私たちの負い目を赦してください、私たちも自分に負い目のある人を赦しましたように」。

・横浜指路教会・長尾ハンナ氏は「この物語は私たちの物語だ」と語る。

-2012年8月26日説教から「この譬え話、仲間を赦さない家来の姿は、人間の身勝手さ、自分が人に与えている損害や迷惑はすぐに忘れてしまって、人が自分に与えている損害や迷惑ばかりに目が行ってしまうというという様子をよく現しています。また、与えられている恵みをすぐに忘れて自分勝手に生きてしまう人間の姿を描いているとも言えます。そういう意味でこの家来の姿は、私たち自身と重なるのです」。

 

3.この物語をどう聞くか

 

・創世記4章でカインは弟アベルを殺し、神の前に告発される。カインは自分も殺されるかもしれないという恐怖を通して、アベルの苦しみを知り、神に助けを懇願する。神はカインのような殺人者の叫びさえ聞かれ、彼の保護のためにしるしをつけられた。

-創世記4:15「主はカインに言われた『いや、それゆえカインを殺す者は、だれであれ七倍の復讐を受けるであろう』。主はカインに出会う者がだれも彼を撃つことのないように、カインにしるしを付けられた」。

・カインは妻を娶り、カインの子孫からレメクが生まれる。彼は語る「カインのための復讐が七倍なら、レメクのためには七十七倍」。神の赦しを知らない者は、孤独と不安から自己の力に頼り、その結果、他者に対して敵対する。神の赦しを知らない現代も、相手を赦さない人間中心主義が継続されている。

-創世記4:23-24「レメクは妻に言った『・・・妻たちよ、わが言葉に耳を傾けよ。私は傷の報いに男を殺し、打ち傷の報いに若者を殺す。カインのための復讐が七倍なら、レメクのためには七十七倍』」。

・他方、神はアダムとエバに新しい子を与えられる。セトであり、彼の子孫たちは主の御名を呼び始める。ここに、「七十七倍の復讐をやめ、七の七十倍の赦しを」求める人々の系図が生れていく。赦されたから赦していく、神中心主義の流れだ。人間の歴史はこのカインの系図とセトの系図の二つの流れの中で形成されてきた。キリスト者は自分たちがセトの子孫であることを自覚する。

・「打たれたら打ち返す」社会の中で、私たちは「七の七十倍の赦し」を求めていく。それはイエスの十字架を見つめた時にのみ可能になる。カインさえも赦しの中にあり、殺されたアベルもセトという形で新たに生かされたことを知る時、私たちも赦しの中にある事を知る。十字架を仰ぐ時、私たちは「主の名を呼び求める者」に変えられていき、与えられる不利益や苦しみをも喜ぶ者となる。肉による力は復讐を通して自己を顕示するが、イエスは赦しこそが力であることを示された。

-ローマ12:19「愛する人たち、自分で復讐せず、神の怒りに任せなさい。『復讐は私のすること、私が報復する』と主は言われると書いてあります」。

・赦しのない戦場で人間はどのように苦闘するのかを描いた映画とドキュメンタリーがある。映画「勇士たちの戦場」(2006年)は、イラク戦争から帰還したアメリカ兵たちのPTSDに苦悩する姿を描いた戦争ドラマである。イラク戦争の最前線で、軍医のウィルとトミー、ジョーダン、ジャマール、ヴァネッサたちは、帰郷を目前に控えていた時、最後の任務で武装勢力の急襲を受け、トミーの目の前でジョーダンは戦死、ジャマールは民間人の女性を誤射してしまい、ヴァネッサは右手を失う。故郷へ戻った彼らは、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩まされる日々を送り始める。まさにイエスが言われたように、「剣を取る者は皆、剣で滅びる」(マタイ26:52)。

・「帰還兵はなぜ自殺するのか」(2015年)も同じテーマを扱う。本書に登場するのは、5人の兵士とその家族。そのうち一人はすでに戦死し、生き残った者たちは重い精神的ストレスを負っている。妻たちは「戦争に行く前はいい人だったのに、帰還後は別人になっていた」と語り、苦悩する。戦争で何があったのか、何がそうさせたのか。内田樹は語る「戦争は時に兵士を高揚させ、時に兵士たちを奈落に突き落とす。若い兵士たちは心身に負った外傷をかかえて長い余生を過ごすことを強いられる。その細部について私たち日本人は何も知らない。何も知らないまま戦争を始めようとしている人たちがいる。」

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