江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2021年4月7日祈祷会(マタイ福音書8:1-17、多くの病人を癒す)

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1.らい病を患っている人を癒す

 

・マタイ8章にはイエスの癒しの記事が集中して語られている。イエスの宣教活動の中心は病の癒しだった。8章の記事は、山上での説教を終えて山を下られたイエスの下に、一人のらい病人(ギリシャ語レプラ)が近づき、「主よ、御心ならば、私を清くしてください」と懇願するところから始まる。

-マタイ8:1-2「イエスが山を下りられると、大勢の群衆が従った。すると、一人のらい病を患っている人がイエスに近寄り、ひれ伏して、『主よ、御心ならば、私を清くすることがおできになります』と言った」。

・イエスはそのらい病者に手を触れて癒された。

-マタイ8:3-4「手を差し伸べてその人に触れ、『よろしい。清くなれ』と言われると、たちまち、らい病は清くなった。イエスはその人に言われた。『だれにも話さないように気をつけなさい。ただ、行って祭司に体を見せ、モ-セが定めた供え物を献げて、人々に証明しなさい』」。

・ここでは、病気が癒されることが、「清くなる」と表現される。それはらい病者の置かれた特殊な状況が反映している。当時らい病者は感染症を患う者として隔離され、その病は「神に呪われている」とされていた。だかららい病の癒しは、「治癒」ではなく、「清め」として描かれている。レビ記はらい病者の行動規定を記している。

-レビ記13:45-46「重い皮膚病にかかっている患者は、衣服を裂き、髪をほどき、口ひげを覆い、『私は汚れた者です。汚れた者です』と呼ばわらねばならない。この症状があるかぎり、その人は汚れている。その人は宿営の外に住まねばならない」。

・らい病者は汚れた者として隔離され、人前に出ることは許されていなかった。しかしこのらい病者は危険を冒してイエスの前に現れ、イエスの癒しを乞う。彼は、「この方ならば私を清めて下さる」と信じて、石を投げて追われる危険を犯して、イエスに近づいた。イエスはその行為にらい病者の信仰を見られ、感動された。新共同訳はイエスの言葉を「よろしい。清くなれ」と訳すが、原語を直訳すると「私はもちろん望む」となる。イエスは病人の有様を深く憐れまれた。

・らい病に対する差別と偏見は日本でも根深くあった。日本では明治末から、らい病者は強制隔離され、収容所の周りには高い塀が立てられ、外出が許されなかった。1940年に特効薬が開発され、早期発見と薬剤治療で治癒することが判明してからも、なお隔離が続けられ、隔離を定めた「らい予防法」が廃止されたのは50年後の1996年である。その後、国に対する賠償請求が提訴され、国は2001年敗訴、時の小泉純一郎首相は「悲惨な事実を悔悟と反省を込めて受け止め、深くお詫びする」として「ハンセン病予防法」を成立させている。

・それにもかかわらず、同じ過ちが繰り返されようとしている。政府は、コロナウィルス感染者が入院措置を拒否するなどした場合に、懲役刑などの罰則を科す「感染症法」改正案を閣議決定し、国会に提出したが、それに対し、日本医学会は緊急声明を出して反対した。イエスが為されたらい病者の癒しは今日でも大きな意味を持っている。

-日本医学会の声明「かつて結核・ハンセン病では患者・感染者の強制収容が法的になされ、蔓延防止の名目の下、科学的根拠が乏しいにもかかわらず、著しい人権侵害が行われてきました。現行の感染症法はこの歴史的反省の上に成立した経緯があることを深く認識する必要がある」

 

2.百人隊長の僕を癒す

 

・その後、イエスはカファルナウムに行かれ、そこにローマ軍の百人隊長が来て、僕の癒しを懇願する。-マタイ8:5-6「イエスがカファルナウムに入られると、一人の百人隊長が近づいて来て懇願し、『主よ、私の僕が中風で家に寝込んで、ひどく苦しんでいます』と言った」。

・イエスは「私が行って、癒してあげよう」と言われたと7節にあるが、直訳では「この私が行って彼を癒すべきだと言うのか」(岩波訳)になる。「ユダヤ人の私が何故異邦人のあなたの僕を癒すべきなのか」とイエスは言われた。それに対して百人隊長は答える。

-マタイ8:7-9「そこでイエスは、『私が行って、いやしてあげよう』と言われた。すると、百人隊長は答えた。『主よ、私はあなたを自分の屋根の下にお迎えできるような者ではありません。ただ、ひと言おっしゃってください。そうすれば、私の僕はいやされます。私も権威の下にある者ですが、私の下には兵隊がおり、一人に『行け』と言えば行きますし、他の一人に『来い』と言えば来ます。また、部下に『これをしろ』と言えば、そのとおりにします』」。

・イエスはこれを聞いて感心し、従っていた人々に言われた。

-マタイ8:10「はっきり言っておく。イスラエルの中でさえ、私はこれほどの信仰を見たことがない」。

・ロ-マはユダヤの支配者であり、百人隊長は占領地の政務官でもあった。その百人隊長がユダヤ人イエスの前に跪き、中風の僕の癒しを願った。イエスは彼の信仰に驚き(8:10「これを聞いて感心し」の直訳は「驚き」)、イスラエル同朋の中でさえこれほどの信仰はないと褒められた。イエスはイスラエルの民の中に見出されなかった信仰を異邦人の中に見て驚き、感動された。そして百人隊長に言われた。「あなたの信仰がこの救いをもたらした」とイエスは言われる。イエスの奇跡は多くの場合、癒しを求める人々の信仰に感動して為されている。

-マタイ8:13「『帰りなさい。あなたが信じた通りになるように』。そのとき、僕の病気は癒された」。

 

3.イエスは身を削って病人を癒された

 

・イエスの癒しと悪霊払いの評判は高まり、大勢の人々がイエスのもとに癒しを求めて来た。マタイはその有様を記述する。

-マタイ8:16-17「イエスは言葉で悪霊を追い出し、病人を癒された。それは預言者イザヤを通して言われていたことが実現するためであった。『彼は私たちの患いを負い、私たちの病を担った』」。

・マタイはイエスの癒しがイザヤ53章「主の僕」の預言の成就だったと理解している。

-イザヤ53:4「彼が担ったのは私たちの病、彼が負ったのは私たちの痛みであったのに、私たちは思っていた。神の手にかかり、打たれたから、彼は苦しんでいるのだ、と」。

・イザヤ53章は「主の僕の受難」を描く。歴史家は、「主の僕」はバビロン捕囚からの祖国帰還を導いたセシバザルではないかと推測する。前539年ペルシア王クロスは捕囚の民に故国帰還を許し、第一陣としてセシバザルに率いられた民がエルサレムに戻り、神殿再建に取り組む。セシバザルはダビデ家の家系(エホヤキン王の4男)であったため、帰国民は彼にダビデ王国の再興を期待した。しかし政治的反乱を防ぐために、ペルシア当局は彼をとらえ、彼は非業の死を遂げたと言われている。神殿は前538年に再建工事が始まり、何度も中断した後、最終的に完成したのは20年後だった。完成した神殿を見て、人々は「主の僕」の犠牲によりこの神殿は立てられたと感謝し、それを歌ったのがイザヤ53章の預言と言われる。

・マタイは何故イエスの癒しの業にイザヤ53章を引用して描いたのだろうか。イエスは多くの病を癒されたが、その癒しは触れてはいけないらい病者に触れ(汚れたとされる人に触れることはその汚れを自分の身に引き受けることになる)、仕事をしてはいけない安息日に癒し(それは安息日違反と非難される)、卑しめられていた娼婦や徴税人と交わられた(ラビなのに罪人と交わるのかと批判される)。それらのイエスの行為が祭司や律法学者たちの怒りを招き、イエスは十字架につけられた。「イエスの癒しは相手の苦しみを自分の身に引き受けることによって為された」と、マタイは癒しの背後にイエスの贖罪の働きを読み込み、福音書にイザヤの「主の僕の預言」を挿入したと思われる。

・このイザヤ53章が語るものこそ、「贖罪信仰」であり、初代教会はこの言葉の中にイエスの十字架の意味を読み込んだ。

-イザヤ53:5「彼が刺し貫かれたのは私たちの背きのためであり、彼が打ち砕かれたのは私たちの咎のためであった。彼の受けた懲らしめによって、私たちに平和が与えられ、彼の受けた傷によって、私たちはいやされた」。

・「主の僕の受難により今の私たちは平和に生きることが許されている」と捕囚の民は感謝し、マタイはそれを受けて「イエスの十字架死により私たちの罪は贖われた。そのイエスの贖いの業は生前のイエスの癒しの中に如実に示されていた」と語る。マタイが人々を癒すイエスの姿に「苦難の僕」を見出したように、内村鑑三は苦難に苦しむヨブが苦難を通して「キリスト」を見出したと語る。

-内村鑑三・ヨブ記講演「ヨブは苦難を経て贖い主を知るに至り、その苦難の意味が分かった。すると苦難が苦難ではなくなった。ヨブはキリスト以前において、ここにキリストを見出した。人生の目的、意味は何か、それはキリストを知らんためである」。

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