江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2021年4月28日祈祷会(マタイ9:18-26、二つの癒しの物語)

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1.指導者の娘とイエスの服に触れる女

 

・マタイ9章18-26節には二つの物語が同時進行的に描かれている。イエスがガリラヤに戻られた時、会堂指導者がイエスを待っていた。彼は、娘が死に、彼女の再生を願って、イエスに手を置いてもらうことを求めて来た。

-マタイ9:18-19「イエスがこのようなことを話しておられると、ある指導者がそばに来てひれ伏して言った。『私の娘がたったいま死にました。でも、おいでになって手を置いてやってください。そうすれば生き返るでしょう。』そこで、イエスは立ち上がり、彼について行かれた。弟子たちも一緒だった」

・そこに行く途中、長い間、病気に苦しんでいた一人の女性が、イエスの衣の房に触れた。

-マタイ9:20-21「十二年間も患って出血が続いている女が近寄って来て、後ろからイエスの服の房に触れた。『この方の服に触れさえすれば治してもらえる』と思ったからである。」

・女性の病気は慢性の子宮疾患だと思われるが、当時出血を伴う病気は不浄とされ、らい病者と同じように、人前に出ることを禁じられていた(レビ記15:25-26)。彼女は長い間、社会から排除されていた。しかし彼女はイエスがらい病者に触れて癒された噂を聞いて (マタイ8:3)、「この方であれば世間とは違う目で見て下さる」と思って来た。ただ人目をはばかるゆえに、後ろからこっそりとイエスの服に触れた。「この方の服に触れさえすれば治してもらえる」、「触れる」と言う言葉はギリシャ語ハプトウ、「握る」との意味を持つ。この女性は「何とか助けて」と、イエスの衣を必死に握りしめた。イエスは彼女の信仰(必死さ)に感動して、病を癒された。

―マタイ9:22「イエスは振り向いて、彼女を見ながら言われた。『娘よ、元気になりなさい。あなたの信仰があなたを救った。』そのとき彼女は治った」。

・イエスは女性の苦しみを即時に見抜かれた。病に苦しむだけではなく、社会から排斥され、結婚して家族を持つという、人並みの幸福さえ奪われてきた悲しみを見られた。だから女性に言われた「娘よ、元気になりなさい」。その時、女性の病気は治ったとマタイは記す。女性の必死の思いとイエスの憐れみが共に働き、死んだ屍のようだった一人の女性を新しい命によみがえらせた。

 

2.ヤイロの娘のよみがえり

 

・イエスは会堂長の家に行かれた。会堂長の家では葬儀の準備が為されていたが、イエスは人々に言われた「あちらへ行きなさい。少女は死んだのではない。眠っているのだ。」(9:24)。人々はイエスを嘲笑する。彼等は娘の死をその目で見ており、眠っているのではないことを知っていた。イエスは子どものいる部屋に入られ、子どもの手を取って、起こされた。

-マタイ9:25-26「群衆を外に出すと、イエスは家の中に入り、少女の手をお取りになった。すると、少女は起き上がった。このうわさはその地方一帯に広まった」。

・マルコによればイエスはこの時、アラム語で「タリタ、クム」と言われた。「子よ、起きなさい」という意味で、少女は起き上がった。この物語は単なる伝承ではなく、歴史的な物語の核を持っていると考えられる。「タリタ・クム」というアラム語が伝承されていることは、この出来事を目撃した弟子たちが強い印象を持ち、そのためイエスが言われたアラム語がそのまま伝承として伝えられた。会堂長の必死さがこの出来事を生む。マルコではこの指導者はヤイロと名前が出ている。名前が残っていることは、ヤイロはマルコの教会では広く知られた人物だったことを推測させる。ヤイロは娘の癒しを通して、イエスに従う者に変えられていった。この物語は単なる少女の病の癒しではなく、父親と娘の二人がよみがえった物語なのではないか。

 

3.癒しの物語をどう考えるか

 

・「必死の信仰に神は答えて下さる」との告白が癒し物語の中核にある。ヤイロは娘が死んだ時、会堂長としての世間体を捨てて、イエスに願い出た「この人以外には娘の命を救える人はいない」との必死の思いが、「娘に手を置いてやって下さい。そうすれば娘は生き返るでしょう」という言葉に現れている。長血を患う女性の場合も同様だ。彼女は病気故に周りの人々から排斥され、正面からではなく後ろからイエスに触れる。「この方の服にでも触れれば癒していただける」、その表現の中に女性の必死さが反映しており、その必死さにイエスも応えられた「あなたの信仰があなたを救った」。

・私たちは、現実には「祈っても治らない病気があり、死者が生き返ることがない」ことを知っている。宗教学者・岸本英夫は語る「私は子供の時には敬虔なキリスト教徒の家庭に育った。私自身も子供らしい熱心な信仰を持っていた。しかし青年時代に、私は奇跡を行うことのできるような伝統的な人格信仰は、どうしても信じることが出来なくなった。その意味で神を捨てたのである。同時に死後の理想世界としての天国や浄土の存在は全く信じないようになった」(岸本英夫「死を見つめる心」)。彼の考え方が典型的な現代人の考え方であろう。その中で、私たちはこの物語をどのように聞くのか。

・内村鑑三の体験を見てみたい。内村鑑三の娘ルツは17歳の時に重い病気に罹り、内村は必死に祈るが、ルツは死ぬ。その時の心境を内村は語る「私は私の娘の不治の病が必ず癒されることを信じた。私の耳に響きしはただイエスの言葉であった。『恐るるなかれ、ただ信ぜよ』と。されど私の信仰はついに無効に帰した。私の娘は医師の診察の通りに死んだ。ヤイロの実験は私の実験とならなかった。私の信仰は根底より揺るぎだした」。

・内村も岸本と同じように信じられなくなった。内村は絶望するが、その絶望の中に、ある時、光が差し込みむ。「しかし、私の娘の場合においても、私の祈祷が聞かれなかったのではない。聞かれつつあるのである。終わりの日において、イエスがすべて彼を信ずる者をよみがえらしたもう時に、彼は私の娘に向かっても、『タリタ・クミ』と言いたもうのである・・・われらにヤイロ以上の信仰がなくてはならない。すなわちわが娘は癒さるるも癒されざるも、最後の癒し、すなわち救いを信じ、感謝してその日を待たねばならない。われら、愛する者の死に面してこの信仰をいだくははなはだ難くある。されども神はわれらの信なきを憐れみたもう。『主よ、信なきを助けたまえ』との祈りに答えたもう」(内村鑑三聖書注解全集十五巻)。

・内村と岸本を分けるものは信仰の力に対する評価であろう。青野太潮は論文「苦難と救済」の中で、治癒奇跡は現代においても起こりうると述べる。「絶対的に帰依した対象である教祖なり指導者なりの一言一句が、血となり肉となる形で、信徒の内に本来備わっている自然治癒力を引き出し、想像もしなかったような病気の治癒がそこで為されたりする」 。病気の癒しを行うのは奇跡ではなく、人間に与えられている自然治癒力であり、自然治癒力は信仰(あるいは信頼)の結果として与えられると青野は考える。「あなたの信仰があなたを救った」とは、「あなたの私に対する信頼があなたの病気を癒した」と言い換えられる。人間の中にある自然治癒力を強める方向での医療研究が、京都大学を中心にした再生医療研究である。イエスの行われた病気の癒しも、この自然治癒力を基本に考えれば、現代人にも理解可能なのではないだろうか。

・同時に私たちは、病気を癒された人も、癒されなかった人も、同じようにいつかは死ぬことに注目すべきであろう。長血を患っていた女性も、ヤイロの娘も、治癒されてもやがて死んで行った。ここにおいて私たちは、「癒し」と「救い」の区別を再度考える必要がある。ギリシャ語では癒しは「イオーマイ」、救いは「ソーゾー」という言葉で、ここでは「ソーゾー」が用いられている。イエスの癒しは単なる病気の治癒だけでなく、永遠的な救いも含まれている。私たちが求めるべきものは「癒しよりも救い」、「死を超えた命」だ。何故なら癒し=健康の回復があっても人はいずれ死ぬ。死を超えた救い「ソーゾー」こそ、本物だ。それこそが内村鑑三の到達した真理であろう。

・この事はコロナ禍にある私たちにも大事なことを教える。1527年の夏、マルティン・ルターがいたヴィッテンベルクをペストの大流行が襲った時、ザクセン選帝侯ヨハン・フリードリヒはルターたちに避難を命じるが、ルターはこれを拒否して町の病人や教会員たちをケアするために残り、公開書簡「死の災禍から逃れるべきか」を教職者たちに送った。「命の危険にさらされている時こそ、聖職者たちは安易に持ち場を離れるべきではない。説教者や牧師など、霊的な奉仕に関わる人々は、死の危険にあっても堅く留まらねばならない。私たちには、キリストからの明白な御命令があるからだ。人々が死んで行く時に最も必要とするのは、御言葉と礼典によって強め慰め、信仰によって死に打ち勝たせる霊的奉仕である」。イタリアのカトリック教会のまとめでは、今回の新型コロナウイルスのパンデミックによって、多くのカトリック信者も感染している。彼らを励まし助けるために、イタリアでは多くの神父が寄り添い、全身全霊を捧げた。しかし、自らもウイルスに感染し、命を落とす神父が続出した。2020年4月11日現在、命を落とした神父は130 名を超えた。これはある種の殉教なのではないか。

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