江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2020年12月9日祈祷会(マタイによる福音書3:1-17、洗礼者ヨハネとイエスの洗礼)

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1.洗礼者ヨハネ

 

・ヨルダン川でイエスにバプテスマを授けた洗礼者ヨハネは、古代イスラエルの伝統を受け継ぐ預言者の一人であった。当時の洗礼は異教徒がユダヤ教に改宗する際の入会儀礼だったが、ヨハネは、神の選民とされたユダヤ人であっても、「自分の罪を告白し、罪を悔い改めなければ滅びる」と宣言し、人々に悔い改めのバプテスマを迫った。ヨハネのバプテスマ運動は信仰改革運動だった。

-マタイ3:1-4「そのころバプテスマのヨハネが現れて、ユダヤの荒野で宣べ伝え『悔い改めよ。天の国は近付いた』と言った。これは預言者イザヤによってこう言われていた人である。『荒野で叫ぶ者の声がする。「主の、道を整え、その道をまっすぐにせよ。」』ヨハネは、らくだの毛衣を着、腰に革の帯を締め、いなごと野蜜を食べ物としていた。」

・当時、ユダの荒野にはエッセネ派と呼ばれる修道僧たちが住み、祈りと断食の生活をしていた。彼等は罪を清めるために毎日水に入ったが、ヨハネは体をいくら洗っても人間に内在する罪は洗えないことを啓示され、人々に「悔改めのバプテスマ」を促す預言者として立てられた。ヨハネはエッセネ派の出身とされている。

-マタイ3:5-9「エルサレムとユダヤ全土から、また、ヨルダン川沿いの地方一帯から、人々がヨハネのもとに来て、罪を告白し、ヨルダン川で彼から洗礼を受けた。ヨハネはファリサイ派やサドカイ派の人が多勢、バプテスマを受けに来たのを見て、こう言った。『蝮の子らよ、差し迫った神の怒りを免れると、だれが教えたのか。悔い改めにふさわしい実を結べ。「我々の父はアブラハムだ」などと思ってもみるな。言っておくが神はこんな石からでも、アブラハムの子たちを造り出すことがお出来になる。』」

・ヨハネは、ファリサイ派やサドカイ派等の宗教指導者たちを「蝮の子らよ」と呼び、彼らにも悔い改めを求めた。ヨハネのもとへユダヤ全土から人々が集まり、罪を告白し、バプテスマを受けた。人々はこのヨハネこそ世を救うメシアかも知れないと期待したが、ヨハネは「自分はメシアではない」と語る。

-マタイ3:10-12「『斧はすでに木の根元に置かれている。良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる。私は、悔い改めに導くために、あなたたちに水でバプテスマを授けているが、私より後から来る方は、私より優れておられる。私はその履物をお脱がせする値打もない。その方は、聖霊と火であなたたちにバプテスマをお授けなる。そして、手に箕を持って、脱穀場を隅々まできれいにし、麦を集めて倉に入れ、殻を消えることのない火で焼き払われる。』」

・イエスはヨハネが「悔い改めよ、神の国は近づいた」として宣教を始めたのを、故郷ガリラヤで聞かれ、「内心の声」に導かれて、故郷を出てユダに来られ、ヨハネからバプテスマを受けられた。

-マタイ3:13「その時、イエスがガリラヤからヨルダン川のヨハネのところへ来られた。彼からバプテスマを受けるためである」。

 

2.イエス、バプテスマを受ける

 

・イエスはヨハネからバプテスマを受けられたが、その時ヨハネがそれを思いとどまらせようとしたとマタイは書く。しかし、イエスは「今は受けさせてほしい」として、バプテスマを受けられた。

-マタイ3:14-15「ところが、ヨハネは、それを思いとどまらせようとして言った。『私こそあなたからバプテスマをうけるべきなのに、あなたが私のところへ来られたのですか。』しかし、イエスはお答えになった。『今は止めないでほしい。正しいことをすべて行うのは、我々に相応しいことです。』そこでヨハネはイエスの言われるとおりにした。」

・イエスがバプテスマを受けられた時、神の霊が注がれ、祝福の言葉があったとマタイは伝える。

-マタイ3:16-17「イエスはバプテスマを受けると、すぐ水の中から上がられた。そのとき、天がイエスに向かって開いた。イエスは神の霊が鳩のように御自分の上に降って来るのを御覧になった。その時、『これは私の愛する子、私の心に適う者』と言う声が、天から聞こえた。」

・四福音書すべてがイエスの受洗時に、聖霊の降下について述べる。マタイの提示した祝福の言葉は、イザヤ書からの引用である。聖霊降下を通して、「イエスがメシアとして叙任された」とマタイは理解する。

―イザヤ42:1「見よ、私の僕、私が支える者を。私が選び、喜び迎える者を。彼の上に私の霊は置かれ、彼は国々の裁きを導き出す」。

 

3.その後のイエスとヨハネ

 

・イエスは洗礼を受けられた後も、ヨハネの弟子として荒野に留まっておられた(ヨハネ1:36)。その後、ヨハネは捕えられ、死海近郊のマケロス要塞に幽閉される。ヨハネを捕えたのはヘロデ王の子、ヘロデ・アンティパスである。彼は当時、ガリラヤとペレヤ(ヨルダン川東岸)の領主であり、洗礼者ヨハネが活動していたのは、領内ペレヤの地だった。ヘロデは、ヨハネの洗礼運動が拡大してメシア運動(世直し運動)となり、領地に騒乱が起こるのを怖れ、ヨハネを逮捕し、要塞に閉じ込めた。イエスはそれを機にヨハネ共同体から独立して宣教を始められた。

-マタイ4:12-17「イエスは、ヨハネが捕らえられたと聞き、ガリラヤに退かれた・・・そのときから、イエスは『悔い改めよ。天の国は近づいた』と言って、宣べ伝え始められた」。

・イエスの宣教の言葉「悔い改めよ。天の国は近づいた」はヨハネの宣教の言葉と同じであった(マタイ3:1-2、4:12-17)。イエスはヨハネの弟子として、その公生涯を始められた。やがてイエスの評判が獄中のヨハネに届く。ヨハネの使信は「審きの時は近づいた、悔改めなければおまえたちは滅ぼされる、良い行いをしない者は集められて火に燃やされる」という裁きの宣言だった。しかし、イエスの宣教は、罪人の裁きではなく、無条件の赦しだった。困惑したヨハネはイエスに使いを送り、その回答をマタイは11章に記す。イエスはヨハネの裁きを超えて、救いを宣教されたとマタイは主張する。ここにイエスが師ヨハネを超えて行った新しさがある。

-マタイ11:4-6「行って、見聞きしていることをヨハネに伝えなさい。目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、重い皮膚病を患っている人は清くなり、耳の聞こえない人は聞こえ、死者は生き返り、貧しい人は福音を告げ知らされている。私につまずかない人は幸いである」。

 

4.聖書学はイエスの受洗をどのように理解するか

 

・マルコではイエスが洗礼者ヨハネから洗礼を受けられたことをそのまま記述するが、マタイではヨハネがイエスに洗礼を授けることを躊躇したと述べ、ルカではイエスがヨハネから洗礼を受けられた事実そのものが削除されている。ヨハネ福音書ではイエスの受洗そのものがどこにも書いていない。この間の事情について橋本滋男は述べる。

-新共同訳聖書新約聖書注解1から「イエスがヨハネから洗礼を受けたことは,初期の教会にとって大きな問題となって残った。彼がメシアであれば悔い改めるべき罪を犯しているはずはないであろうに、何故あえて悔い改めの洗礼を受けたのかという問題である・・・またイエスはヨハネの弟子であったのかという歴史的神学的な問題が生じる・・・イエスの死後ヨハネ教団と多少とも競合的な関係にあった教会にとって、またイエスの完全なメシア性を主張すべき教会にとって、イエスが洗礼を受けたという事実は解決すべき難問であった」。

・佐藤研は論文の中で「イエスの中にあった罪責意識がイエスにバプテスマを迫った」と述べる。

-「バプテスマの元来の意味について」、「何故イエスがわざわざ家族を棄ててまでヨハネの浸礼を受けに来たのか・・・それは彼の中にあった強烈な罪責問題である。それは必ずしもイエスが何か特定の,律法に記された罪の行為を犯したため、というのではない。もっと人間学的に根源的な負い目の意識であろう」。

・イエス当時の神殿は民の贖い(罪の救済)の役割を担っていたにも関わらず、祭司たちは金持ちや貴族だけに目を向け、贖罪の献げものをすることの出来ない貧しい人々の救済は放置していた。また律法学者やパリサイ人は律法を守れない貧しい人々を「罪人」と断罪して切り捨てていた。その結果人々は「飼い主のいない羊」(マルコ6:34)のような状況に放置されていた。神はこのような不条理を放置されない、その決意がイエスの受洗の動機にあると思える。イエスは受洗後、故郷に帰らなかった。長男として家族を養う責務までも棄てて受洗した、イエスの受洗は決定的な行為だった。イエスを「人の子」として見た時に見えてくる真理が、イエスを「神の子」として教理的に説明することによって、行為の重大性が隠されてしまうのではないだろうか。

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