2019年9月25日祈祷会(フィレモンの手紙、壊れた人間関係の修復のために)

投稿日:2019年9月24日 更新日:

 

1.壊れた人間関係の修復のために

 

・フィレモンへの手紙は、パウロがコロサイ教会のフィレモンにあてた個人書簡である。オネシモはかつてフィレモン家の奴隷であったが、逃亡し、今はローマの獄中にいるパウロに仕える者となっている。そのオネシモをコロサイに送り返す時に、フィレモンにあてた執り成しの手紙である。

-フィレモン1:1-2「キリスト・イエスの囚人パウロと兄弟テモテから、私たちの愛する協力者フィレモン、姉妹アフィア、私たちの戦友アルキポ、ならびにあなたの家にある教会へ」。

・フィレモンはエフェソ伝道中のパウロからバプテスマを受け、家族一同教会員となり、今では自宅を開放して家の教会とし、人々の世話をしていた。コロサイ教会の柱となっていた人物であった。

-フィレモン1:4-7「私は、祈りの度に、あなたのことを思い起こして、いつも私の神に感謝しています。主イエスに対するあなたの信仰と、聖なる者たち一同に対するあなたの愛とについて聞いているからです・・・兄弟よ、私はあなたの愛から大きな喜びと慰めを得ました。聖なる者たちの心があなたのお陰で元気づけられたからです」。

・パウロはフィレモンにオネシモの件で、懇願の手紙を書く。オネシモはフィレモン家の奴隷であったが、主人の財産を盗んで逃亡し、その後ローマでパウロに出会い、悔い改め、今では熱心にパウロに仕えるものとなった。

-フィレモン1:8-10「それで、私は、あなたのなすべきことを、キリストの名によって遠慮なく命じてもよいのですが、むしろ愛に訴えてお願いします。年老いて、今はまた、キリスト・イエスの囚人となっている、このパウロが監禁中に設けた私の子オネシモのことで、頼みがあるのです」。

・パウロは使徒であり、フィレモンを信仰に導いた恩師である。そのパウロが命令ではなく、頭を下げてオネシモのことをフィレモンに懇願する。「私の心」、「私の生んだ子」であるオネシモを赦し、迎え入れて欲しいと。

-フィレモン1:11-14「私の心であるオネシモを、あなたのもとに送り帰します。本当は、私の元に引き止めて、福音のゆえに監禁されている間、あなたの代わりに仕えてもらってもよいと思ったのですが、あなたの承諾なしには何もしたくありません」。

 

2.他者の負債を引き受ける愛

 

・パウロは「オネシモはかつてあなたの奴隷であったが、今は奴隷以上のものとして、信仰の兄弟として、受け入れて欲しい」と頼む。主が私たちを赦してくださったように、あなたもオネシモを赦して欲しいと。

-フィレモン1:15-16「恐らく彼がしばらくあなたのもとから引き離されていたのは、あなたが彼をいつまでも自分のもとに置くためであったかもしれません。その場合、もはや奴隷としてではなく、奴隷以上の者、つまり愛する兄弟としてです。オネシモは特に私にとってそうですが、あなたにとってはなおさらのこと、一人の人間としても、主を信じる者としても、愛する兄弟であるはずです」。

・パウロはフィレモンの授洗者、恩師であった。「その恩人を迎えるように、あなたを裏切ったオネシモを迎えて欲しい」と依頼する。更に彼は言う「オネシモがあなたに損害を与えたのであれば、私が払う」と。

-フィレモン1:17-20「私を仲間と見なしてくれるのでしたら、オネシモを私と思って迎え入れてください。彼があなたに何か損害を与えたり、負債を負ったりしていたら、それは私の借りにしておいてください。私パウロが自筆で書いています。私が自分で支払いましょう。あなたがあなた自身を、私に負うていることは、良いとしましょう。兄弟よ、主によって、あなたから喜ばせてもらいたい。キリストによって、私の心を元気づけて下さい」。

・パウロは最後に語る「あなたが聞き入れてくれると私は信じている」と。

-フィレモン1:21-22「あなたが聞き入れてくれると信じて、この手紙を書いています。私が言う以上のことさえもしてくれるでしょう。ついでに、私のため宿泊の用意を頼みます。あなたがたの祈りによって、そちらに行かせていただけるように希望しているからです」。

 

  1. その後のオネシモ~赦しがもたらした奇跡

 

・フィレモンがオネシモを赦して受け入れたかどうかは不明である。ただその後に書かれたコロサイ人への手紙には、オネシモがパウロの使者としてコロサイに行くと書かれており(コロサイ4:9)、オネシモはフィレモンにより奴隷から解放され、その後、エフェソのパウロの下で働いていたと思われる。紀元110年頃に書かれたイグナティウスの「エフェソ教会への手紙」の中で、「エフェソの監督オネシモ」という名前が登場する。

-コロサイ4:7-9「私の様子については、ティキコがすべてを話すことでしょう。彼は主に結ばれた、愛する兄弟、忠実に仕える者、仲間の僕です・・・また、あなたがたの一人、忠実な、愛する兄弟オネシモを一緒に行かせます。彼らは、こちらの事情をすべて知らせるでしょう」。

・オネシモは主人の許を逃げ出した逃亡奴隷だ。しかし彼はパウロに出会って変えられ、パウロの執り成しで元の主人フィレモンと和解し、その後、パウロに仕える者になった。パウロ死後はエフェソ教会の監督になり、パウロ書簡の収集活動を行い、彼の尽力でパウロの多くの手紙が聖書正典として残された。そして彼は、「自分がどのように赦されて福音に生きる者になったのか」を証しする手紙を、パウロ書簡に編入した。その手紙は、今はエフェソの監督として尊敬される身になったオネシモが、かつてはどのような罪人であったかを明らかにするもので、人間的に見れば公表したくないものだ。しかしオネシモは書簡を公表し、神が一人の奴隷にどのように大きな恵みを与えて下さったかを証しした。ここに福音の奇跡がある。

・アジア地方の教会指導者であったパウロが一人の奴隷のためにコロサイ教会の指導者フィレモンに頭を下げて懇願し、フィレモンはパウロの姿勢に感動して、一人の奴隷を自由にした。そのことによって、パウロ書簡が後世の人々に残された。「神の赦しは人を動かし、動かされた人は証しの生涯を送る」、そのドラマがこの短い手紙の中に隠されている。イエスは語られた「あなたがたの父が憐れみ深いように、あなたがたも憐れみ深い者となりなさい」(ルカ6:36)。

・もし私たちが「他者を無条件で赦し、迎え入れる時、そこには必ず奇跡(人格の生まれ変わり)が起こる。だから『あなたもそうしなさい』」と。ルターは語った「私たちはみな神のオネシモである」。私たちの負うべき負債をイエスが代わりに負って死んで下さった、このことを知る時、私たちも他者の負債を担って生きる者になりたいと願う。

・新約学者の中にはエフェソ書はオネシモが恩師パウロに代わって書いたのではないかと推測する人がいる。そう考えた時、エフェソ書の次の言葉が私たちに迫ってくる

-エフェソ2:14-16「実に、キリストは私たちの平和であります。二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、規則と戒律ずくめの律法を廃棄されました。こうしてキリストは、双方を御自分において一人の新しい人に造り上げて平和を実現し、十字架を通して、両者を一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼされました」。

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