江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2014年12月17日祈祷会(マタイ福音書26:57−75、イエスの裁判とペトロの否認)

投稿日:2019年8月21日 更新日:

1.最高法院で裁かれるイエス

・イエスは大祭司の屋敷に連行された。ペトロは連行されるイエスに、距離をおきながらも、従いて行った。彼が大祭司の屋敷の中庭まで入り、下役たちの中に紛れ込み、成り行きを見ようとしたのは、師イエスの身を心配したからだった。
−マタイ26:57−58「人々はイエスを捕えると、大祭司カイアファのところへ連れて行った。そこには、律法学者たちや長老たちが集まっていた。ペトロは遠く離れてイエスに従い、大祭司の屋敷の中庭まで行き、事の成り行きを見ようと、中に入って、下役たちと一緒に座っていた。」
・イエスの裁判は大祭司の主導で行われた。大祭司や祭司長たちは初めからイエスを死刑にしようと企んでいた。多くの証人が、イエスに不利な偽証を次々並べ立てた。しかし、律法では二人以上の証言がなくては罪に定められないので、決定的証言はなかなか得られなかった。最後に二人の証人が現れ、「この男は『神の神殿を打ち倒し、三日あれば建てることができる』と言いました」と一致した証言をした。彼らはこの証言を取りあげた。
−マタイ26:59−61「さて、祭司長たちと最高法院の全員は、死刑にしょうとしてイエスに不利な偽証を求めた。偽証人は何人も現れたが、証拠は得られなかった。最後に二人の者が来て、「この男は、『神の神殿を打ち倒し、三日あれば建てることが出来る』と言いました」と告げた。」
・神殿管理の最高責任者である大祭司は、「神殿を打ち壊す」という証言に強く反応して立ち上がり、「あなたに不利な証言だ。弁明せよ」とイエスに命じた。しかし、イエスは何も答えなかった。
―マタイ26:62−63「そこで、大祭司は立ち上がり、イエスに言った。『何も答えないのか。この者たちがお前に不利な証言をしているが、どうなのか。』イエスは黙り続けておられた。大祭司は言った。『生ける神に誓って我々に答えよ。お前は神の子、メシアなのか。』」
・イエスは沈黙を破り、「あなたたちは、人の子が力ある方の右の座につき、天の雲に乗って来るのを見ることになる」と述べた。当時のユダヤ人は終末の時、神が人を裁くため来臨すると信じていた。その裁きの時には、イエス自身が来て、世を裁くと宣言したのである。大祭司はイエスの証言に衝撃を受け、着衣を引き裂いて叫んだ「諸君は今冒涜の言葉を聞いた。これ以上の証人はもう必要ない。」裁判を傍聴していた者たちも大祭司に呼応して「死刑にすべきだ。」と叫んだ。
−マタイ26:64−66「イエスは言われた。『それはあなたが言ったことです。しかし、私は言っておく。あなたたちはやがて、人の子が人の子が全能の神の右に座り、天の雲に乗って来るのを見る。』そこで、大祭司は服を引き裂きながら言った。『神を冒涜した。これでもまだ証人が必要だろうか。諸君は今冒涜の言葉を聞いた。どう思うか。』人々は、『死刑にすべきだ。』と答えた。」
・裁判の後、イエスは見張りの下役たちから、唾をかけられ、こぶしで殴られ、平手で打たれた。下役たちはイエスに目隠し「メシアなら、今お前を殴ったのは誰か当ててみよ」と言った。
−マタイ26:67−68「そして、イエスの顔に唾を吐きかけ、こぶしで殴り、ある者は平手で打ちながら、『メシア、お前を殴ったのはだれか。言い当てて見ろ』と言った。」
・「神はイエスを通してご自身を啓示してくださった、私たちはイエスを通して神に出会うことができる」。それが初代教会の信仰であり、私たちの信仰だ。しかし祭司長たちはそのイエスを被告席に立たせ、死刑判決を下し、殺してしまった。現代人も同じように神を被告席に立たせて責め立てる。彼らは言う「もし神がいるならば、600万の人がアウシュビッツで殺された時、何故何もしなかったのか」、「もし神がいるなら3.11の大津波で2万人の人が溺れ死ぬのを、何故放置されたのか」、「もし神がいるなら、本当にいるのならば、それを証明して見せよ」。現代人もまた神を被告席に立たせ、裁いている。それは大祭司がイエスを裁いた裁判と同じ構図である。
-C.S.ルイス・被告席に立たされる神「古代人は鋭い罪意識を持ち、被告人が裁判官に近づくように神に近づいていった。しかし現代人は罪の意識を持たずに自分が裁判官となり、神が被告席につく」。

2.ペトロ三度イエスを否認する

・大祭司の女中はイエスに同行するペトロを記憶していた。彼女が「あなたもガリラヤのイエスと一緒にいた」と言ったので、ペトロは狼狽して「何のことを言っているか分からない」とうそぶいた。一回目のイエス否認である。
−マタイ26:69−70「ペトロは外にいて中庭に座っていた。そこへ一人の女中が近寄って来て、『あなたもガリラヤのイエスと一緒にいた』と言った。ペトロは皆の前でそれを打ち消して、『何のことを言っているにか、私には分からない』と言った。」
・ペトロは大祭司の屋敷を抜け出そうとした。門に近づくと、今度は別の女中に見咎められ,「この人はナザレのイエスと一緒にいました」と言われた。ペトロは「そんな人は知らない」と誓って打ち消した。二度目のイエス否認だった。
−マタイ26:71−72「ペトロが門も方に行くと、ほかの女中が彼に目を留め、居合わせた人々に、『この人はナザレのイエスと一緒にいました』と言った。そこでペトロは再び、『そんな人は知らない』と誓って打ち消した。」
・二度目の否認後、今度は周囲の人々から「お前もあの連中の仲間だ。言葉遣いで分かる」とガリラヤなまりを指摘された。ペトロは進退窮まり、「そんな人は知らない」と呪いの言葉を口にしたとき、鶏が鳴いた。ペトロは今の今まで意識していなかったイエスの言葉「鶏が三度鳴く前に、あなたは三度私を知らないと言うだろう」を思い出し、屋敷の外へ出て、激しく泣いた。
−マタイ26:73−75「しばらくして、そこにいた人々が近寄って来てペトロに言った。『たしかにお前もあの連中の仲間だ。言葉遣いでそれが分かる。』そのとき、ペトロは呪いの言葉さえ口にしながら、『そんな人は知らない』と誓い始めた。するとすぐ鶏が鳴いた。ペトロは、『鶏が鳴く前に、あなたは三度私を知らないと言うだろう』と言われたイエスの言葉を思い出した。そして外に出て激しく泣いた。」
・ペトロはイエスを裏切り、外に出て、大泣きした。しかし、死を選ばなかった。その結果、彼は復活のイエスに出会い、教会の指導者として生かされていく。そのペトロが自分の過ちを告白した文章が聖書の中に残されている。
-1ペトロ2:24「そして(イエスは)十字架にかかって、自らその身に私たちの罪を担ってくださいました。私たちが、罪に対して死んで、義によって生きるようになるためです。そのお受けになった傷によって、あなたがたはいやされました」。
・ペトロはその後、命がけで信徒の群れを守り、紀元67年、ネロ皇帝迫害下のローマで殉教した。マタイは紀元80年頃書かれたので、ペトロの殉教を知っている。「殉教者ペトロでさえ、若い時にはイエスを否定したことがあった。それは弱い私たちへの慰めの物語だ」として、マタイはマルコから継承したペトロ否認の物語を受難物語の中に組み込んで行った。
-2コリント12:7-10「私の身に一つのとげが与えられました。それは、思い上がらないように、私を痛めつけるために、サタンから送られた使いです。この使いについて、離れ去らせて下さるように、私は三度主に願いました。すると主は『私の恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ』と言われました。だから、キリストの力が私の内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。それゆえ、私は弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、私は弱いときにこそ強いからです」。

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