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日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2022年1月20日祈祷会(詩編85篇、苦難からの回復を求める祈り)

投稿日:2022年1月19日 更新日:



1.捕囚からの解放とその後の苦難

 

・詩編85篇は捕囚から帰還後の困難の中で苦しむ人々の、回復を求める祈りである。最初に詩人は捕囚からの解放を、感謝を持って讃美する。彼にとって捕囚からの解放は「罪の赦し=神の恵み」であった。

-詩編85:2-4「主よ、あなたは御自分の地をお望みになり、ヤコブの捕われ人を連れ帰ってくださいました。御自分の民の罪を赦し、彼らの咎をすべて覆ってくださいました。怒りをことごとく取り去り、激しい憤りを静められました」。

・ここには捕囚からの解放を「罪の赦し」と歌った第二イザヤの精神がある。

-イザヤ40:1-2「慰めよ、私の民を慰めよと、あなたたちの神は言われる。エルサレムの心に語りかけ、彼女に呼びかけよ、苦役の時は今や満ち、彼女の咎は償われた、と。罪のすべてに倍する報いを、主の御手から受けた、と」。

・帰還はなされた。しかし、帰還民を待つ現実は厳しかった。国土は廃墟になっており、神殿再建はサマリア人の妨害で進まず、干ばつによる飢饉で生活は苦しかった。詩人は苦しみの継続を主の怒りが続いているためと感じている。

-詩編85:5-8「私たちの救いの神よ、私たちのもとにお帰りください。私たちのための苦悩を静めてください。あなたはとこしえに私たちを怒り、その怒りを代々に及ぼされるのですか。再び私たちに命を得させ、あなたの民があなたによって、喜び祝うようにしてくださらないのですか。主よ、慈しみを私たちに示し、私たちをお救いください」。

・イスラエルを滅ぼしたバビロニアはペルシアによって滅ぼされ、キュロス王は前538年イスラエルの民の帰国を許した。50年ぶりの帰還である。しかし帰還後の混乱の中で神殿再建は挫折し、指導者は処刑されている。解放は確かに起こったが、救いはあまねく地には広がらなかった。第三イザヤの描く捕囚帰還後の苦しみがここにある。

-イザヤ59:1-9「主の手が短くて救えないのではない。主の耳が鈍くて聞こえないのでもない。むしろお前たちの悪が、神とお前たちとの間を隔て、お前たちの罪が神の御顔を隠させ、お前たちに耳を傾けられるのを妨げているのだ・・・正義は私たちを遠く離れ、恵みの業は私たちに追いつかない。私たちは光を望んだが、見よ、闇に閉ざされ、輝きを望んだが、暗黒の中を歩いている」。

 

2.苦難を超えて

 

・その困難の中で人々は主の恵みを求める。人々は苦難の中で、「慈しみ(ヘセド)」と「まこと(エメト)」が出会い、「正義(ツェデク)」と「平和(シャローム)」が口づけると歌う。御国の完成を詩人は夢見ている。

-詩編85:9-12「私は神が宣言なさるのを聞きます。主は平和を宣言されます。御自分の民に、主の慈しみに生きる人々に、彼らが愚かなふるまいに戻らないように。主を畏れる人に救いは近く、栄光は私たちの地にとどまるでしょう。慈しみとまことは出会い、正義と平和は口づけし、まことは地から萌えいで、正義は天から注がれます」。

・この詩の時代背景は紀元前520年ごろのハガイ・ゼカリヤの時代と思われる。挫折した神殿再建もハガイ・ゼカリヤの励ましや、指導者ゼルバベルや大祭司ヨシュアの働きで再開された。

-ゼカリヤ8:14-16「あなたたちの先祖が私を怒らせたので、私はかつて、あなたたちに災いをくだす決意をして悔いなかった、と万軍の主は言われる。そのように、今や私は再びエルサレムとユダの家に幸いをもたらす決意をした。恐れてはならない。あなたたちのなすべきことは次の通りである。互いに真実を語り合え。城門では真実と正義に基づき、平和をもたらす裁きをせよ」。

・人々は神が怒りを鎮められ、再び恵みを与えて下さると期待した。「主は良いものをお与えになる」、荒れ果てた地に再び豊かな作物の実りがあるようにとの願いである。

-詩編85:13-14「主は必ず良いものをお与えになり、私たちの地は実りをもたらします。正義は御前を行き、主の進まれる道を備えます」。

・人々はダビデの血を引くゼルバベルに国家再建の期待をかけたが、彼もまたペルシアによって失脚させられた。度重なる挫折にも拘わらず、人々はメシアを待望し続けた。ゼカリヤの後継者第二ゼカリヤ(ギリシャ時代)は「メシアは驢馬に乗ってエルサレムに来る」と預言し(ゼカリヤ9:9)、その預言はイエスのエルサレム入城で実現したと福音書記者は理解する。

-マタイ21:4-5「それは、預言者を通して言われていたことが実現するためであった『シオンの娘に告げよ。見よ、お前の王がお前のところにおいでになる、柔和な方で、驢馬に乗り、荷を負う驢馬の子、子驢馬に乗って』」。

・人生には多くの苦しみがある。しかし病気になって初めてわかる祝福があり、家族や友人を失って知る大切なものもあり、地上の財を奪われて初めて見える天上の宝がある。河野進「病まなければ」は心に響く歌である。

-河野進「病まなければ」「病まなければささげ得ない祈りがある。病まなければ信じ得ない奇跡がある。病まなければ聞き得ない御言葉がある。病まなければ近づき得ない聖所がある。病まなければ仰ぎ得ない御顔がある。おお、病まなければ私は人間でさえもあり得ない」。

・イスラエルの民は国を追われ、世界に散らされ、捕囚の憂き目を味あう中で、自分たちの罪を認め、神なしに生きることが出来ないことを知り、神の憐れみ深さを知る。そして彼らは地上の現実を超えた神の国を希求した。そして彼らは神の民として生きた。

-詩篇85:11-12「慈しみとまことは出会い、正義と平和は口づけし、まことは地から萌えいで、正義は天から注がれます」。

 

*詩編85篇参考資料:捕囚解放後のイスラエルの歴史(History of Israel : Ch.9 ペルシア時代から)

 

・紀元前千年ごろにダビデによって創始されたダビデ王朝はバビロニア帝国によって滅ぼされ、その民は、バビロン捕囚という悲劇的な出来事を経験した。50年後、新興ペルシアによってバビロニアが滅ぼされ、彼らは解放される。この歴史を実際に経験して、イスラエルの民は、第二イザヤが言った言葉「草は枯れ、花はしぼむ。しかし、われわれの神の言葉は、とこしえに変ることはない」(イザヤ40・8)をかみしめたことであろう。

・ペルシアのクロス王は、前539年、バビロニア帝国を倒し、バビロニアの領地をも支配することになった。またその後継者カンビュセス(前530-522年在位)は、前525年にエジプトをも支配した。この大帝国は、約200年間存続した。ペルシア帝国の政策は以前の支配者よりも寛大であった。特に諸民族の固有の生活・習慣や伝来の宗教を守ることには寛容であった。前538年に、クロスは、バビロンに捕囚になっていたユダヤ人たちが故国に帰還することを許可した。クロスは、エルサレム神殿の再建を許可しただけでなく、ネブカデネザルが没収していた神殿の器物を返還することも命じた。このエルサレム帰還の指導者としてゼルバベルという男が任命された(エズラ記1・11)。

・木田献一氏によると、このゼルバベルは、バビロンに捕囚になっていたエホヤキン王の第四男であり、イザヤ書53章などに歌われている「苦難の僕」のモデルになった人物である。同氏によると、ゼルバベルはダビデ家の家系ということもあって、帰還の民にメシアとして期待されたが、ペルシア当局によって失脚させられ、非業の死を遂げたとされる。

・エルサレム神殿の再建事業は、基礎が据えられた時点で、中断されてしまった。人々は、「主の家を再建する時は、まだ来ていない」と言っていた(ハガイ書1・2)。彼らは自分たちの生活に忙しく、神殿再建の事業までには余裕がなかった(ハガイ書1・9)。エルサレムの町は依然としてひどく荒れ果て、そこに住んでいた多くの人々は、みすぼらしい生活をしていた。さらに旱魃が起こり(ハガイ書1・10-11)、彼らの生活はますます苦しくなった。また、当時ユダ地方はサマリア州に含まれており、サマリア総督の妨害にもあった(エズラ記4・4-5)。そのような事情からエルサレム神殿の再建事業は頓挫し、約20年間放置されたのである。

・ペルシア帝国においては、ダレイオス一世が支配権を握り(前522-486年在位)、帝国内を安定させた。彼は、クロスと同様、支配地に対する宗教的寛容を示した。そして、かつてクロスが出したエルサレム神殿の再建許可の勅令が有効であるとされた。そういう中で、ユダヤでは再び、神殿再建の気運が起こり、前520年にバビロンの地からゼルバベルが帰還して、この事業を指導した。彼は、バビロン捕囚になったエホヤキン王の孫に当たり、ダビデ家の家系に連なる者として、メシア的期待がもたれた。ゼルバベルは、大祭司ヨシュアと協力してこの再建事業を指導し、また預言者ハガイとゼカリヤが彼らを支持して、人々に再建事業を激励した。その結果、前516年についに第二神殿が完成した。この神殿は、ソロモンの神殿に比べると貧弱なものであった。その落成の時、ゼルバベルは民族的英雄となり、ユダヤのメシア(王)に即位されようとしたが、これもやはりペルシア当局によって弾圧された。ユダヤの民衆は挫折を経験したが、ダビデ家の子孫からメシアが現れるという期待はその後もしばしば起こる。

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