1.ベテルへの呪い
・ソロモンの死後、王国は分裂し、北王国の王となったヤロブアムはエルサレムに対抗するために、ベテルに祭壇を築き、そこに偶像を安置した。自国内に祭壇がないと民の心が離れると危惧したからである。
-列王記上12:26-28「ヤロブアムは心に思った『今、王国は、再びダビデの家のものになりそうだ。この民が生贄をささげるためにエルサレムの主の神殿に上るなら、この民の心は再び彼らの主君、ユダの王レハブアムに向かうだろう』。彼はよく考えたうえで、金の子牛を二体造り、人々に言った『あなたたちはもはやエルサレムに上る必要はない。見よ、イスラエルよ、これがあなたをエジプトから導き上ったあなたの神である』」。
・列王記上13章は偶像崇拝の祭壇を破壊するために「神の人」が来て、祭壇の破壊を預言するエピソードを記す。
-列王記上13:1-2「主の言葉に従って神の人がユダからベテルに来た時も、ヤロブアムは祭壇の傍らに立って、香をたいていた。その人は主の言葉に従って祭壇に向かって呼びかけた『祭壇よ、祭壇よ、主はこう言われる。見よ、ダビデの家に男の子が生まれる。その名はヨシヤという。彼は、お前の上で香をたく聖なる高台の祭司たちを、お前の上でいけにえとしてささげ、人の骨をお前の上で焼く』」。
・ここに記述される「ヨシヤ」はヤロブアム時代から300年後の王で、申命記の精神に基づいて神殿改革を行い、ベテルの祭壇を廃棄した人物である。この個所は明らかに、300年後の神殿改革をもとに記述されている(列王記が書かれたのはヨシヤ王の死後、バビロン捕囚時である)。
-列王記下23:15-17「(ヨシヤは)ベテルにあった祭壇と、イスラエルに罪を犯させたネバトの子ヤロブアムが造った祭壇と聖なる高台を取り壊し・・・アシェラ像を焼き捨てた。ヨシヤは振り向いて、山に墓があるのを見、その墓の骨を取りにやり、その骨を祭壇の上で焼いて祭壇を汚した。かつて神の人がこのことを告げたが、その神の人の告げた主の言葉のとおりになった。ヨシヤは『あそこに見える石碑は何か』と言った。町の人々は『神の人の墓です。この人はユダから来て、あなたがベテルの祭壇になさったことを予告しました』と答えた」。
2.物語の意味を考える
・この神の人はヤロブアムに警告した後、「北王国の人と交わるな」と神の戒めを破り、殺されてしまう。
-列王記上13:20-22「彼らが食卓に着いている時、神の人を連れ戻した預言者に主の言葉が臨んだ。彼はユダから来た神の人に向かって大声で言った『主はこう言われる。あなたは主の命令に逆らい、あなたの神、主が授けた戒めを守らず、引き返して来て、パンを食べるな、水を飲むなと命じられていた所でパンを食べ、水を飲んだので、あなたのなきがらは先祖の墓には入れられない』」。
・北王国の老預言者は自国に与えられた呪いを解くために、南から来た神の人の裏切りを誘い、言葉の効果を減殺しようとした。しかし、彼は神の人の死に方を見て、彼の言葉はそれにもかかわらず真実であることを認める。
-列王記上13:31-32「埋葬の後、老預言者は息子たちに言った『私が死んだら、神の人を葬った墓に私を葬り、あの人の骨のそばに私の骨を納めてくれ。あの人が主の言葉に従ってベテルにある祭壇とサマリヤの町々にあるすべての聖なる高台の神殿に向かって呼びかけた言葉は、必ず成就するからだ』」。
・ここに描かれる神は旧約聖書の証言する神とは異なる。旧約の神は知らずに犯した罪を罰せられる神ではない。聖書の神は「人を死なせる神」ではなく、「人を生かす神」である。
-申命記19:4-7「意図してでなく、積年の恨みによるのでもないのに、隣人を殺してしまった者が逃れて生き延びうるのは、次のような場合である・・・隣人と柴刈りに森の中に入り、木を切ろうと斧を手にして振り上げたとき、柄から斧の頭が抜けてその隣人に当たり、死なせたような場合である。彼はこれらの町の一つに逃れて生き延びることができる。復讐する者が激昂して人を殺した者を追跡し、道のりが遠すぎるために、追いついて彼を打ち殺すことはあってはならない。その人は、積年の恨みによって殺したのではないから、殺される理由はない。私はそれゆえ、三つの町を選び分けるようにあなたに命じる。
・預言者たちの警告にもかかわらず、ヤロブアムは悔い改めることをしなかった。そのためにヤロブアム王朝は短期間に滅ぼされたと列王記は記す。
-列王記上13:33-34「この出来事の後も、ヤロブアムは悪の道を離れて立ち帰ることがなく、繰り返し民の中から一部の者を聖なる高台の祭司に任じた。志望する者はだれでも聖別して、聖なる高台の祭司にした。ここにヤロブアムの家の罪があり、その家は地の面から滅ぼし去られることとなった」。
・ヤロブアム王朝は子のナダブの時に反乱者バシャによって滅ぼされ、一族はすべて殺された。悔い改める機会を逃したものには残酷な結末が待つ。
-列王記上15:28-30「バシャがナダブを殺し、代わって王となったのは、ユダ王アサの治世第三年のことであった。彼は王になるとヤロブアムの家の者をすべて撃ち、ヤロブアムに属する息のある者を一人も残さず、滅ぼした。これは・・・ヤロブアムが自ら罪を犯し、またイスラエルに犯させた罪によって、イスラエルの神、主の怒りを招いたためである」。
3.列王記上13章の黙想(北イスラエルの滅亡の預言)
・旧約聖書は何故列王記上13章の物語を保持するのか。それは、神は背信行為を悔い改めるように忍耐強く求められるが、それでも悔い改めない場合には、最終的な決断をされることの証しとしてであろう。ヤロブアム以降200年間のイスラエルの歴史は、背信の歴史である。王は部下に殺され、新しい王もまた殺されていく。イスラエルは前722年にアッシリアに滅ぼされ、民は異国に捕囚され、後には異民族が移植された。その異民族の子孫がサマリア人であった。ゆえにイスラエルにとってサマリア人は汚れの対象となる。
-列王記下17:1-6「ユダの王アハズの治世第十二年、エラの子ホシェアがサマリアでイスラエルの王となり、九年間王位にあった。彼は主の目に悪とされることを行った・・・アッシリアの王シャルマナサルが攻め上って来たとき、ホシェアは彼に服従して、貢ぎ物を納めた。しかし、アッシリアの王は、ホシェアが謀反を企てて、エジプトの王ソに使節を派遣し、アッシリアの王に年ごとの貢ぎ物を納めなくなったのを知るに至り、彼を捕らえて牢につないだ。アッシリアの王はこの国のすべての地に攻め上って来た。彼はサマリアに攻め上って来て、三年間これを包囲し、ホシェアの治世第九年にサマリアを占領した。彼はイスラエル人を捕らえてアッシリアに連れて行き、ヘラ、ハボル、ゴザン川、メディアの町々に住ませた」。
・北王国はその偶像礼拝の故に滅んだと列王記記者は記す。
-列王記下17:7-12「こうなったのは、イスラエルの人々が、彼らをエジプトの地から導き上り、エジプトの王ファラオの支配から解放した彼らの神、主に対して罪を犯し、他の神々を畏れ敬い、主がイスラエルの人々の前から追い払われた諸国の民の風習と、イスラエルの王たちが作った風習に従って歩んだからである。イスラエルの人々は、自分たちの神、主に対して正しくないことをひそかに行い、見張りの塔から砦の町に至るまで、すべての町に聖なる高台を建て、どの小高い丘にも、どの茂った木の下にも、石柱やアシェラ像を立て、主が彼らの前から移された諸国の民と同じように、すべての聖なる高台で香をたき、悪を行って主の怒りを招いた。主が、『このようなことをしてはならない』と言っておられたのに、彼らは偶像に仕えたのである」。
・南のユダ王国ではダビデ王朝の支配が続いた。王位継承の問題は、世襲的王権の原理によって、最終的な決着がついていたからである。他方、北王国では数十年間にわたって安定した王朝が建てられることはなかった。選任王制と世襲王制という二つの原理が絶えず対立葛藤を続け、北王国の政情は極めて不安定なものとなった。イスラエル王国の不安定性は、北王国の王19人のうち、8人までが暗殺されているという事実に端的にあらわれている。三代以上にわたって王位が継承されたのはオムリ王朝とエヒウ王朝だけであった。