2019年8月29日祈祷会(列王記上9-10章、ソロモンの繁栄と陰り)

投稿日:2019年8月28日 更新日:

 

2019年8月29日祈祷会(列王記上9-10章、ソロモンの繁栄と陰り)

 

1.ソロモンの繁栄

 

・ソロモンはアカバ湾を拠点に、多くの船団を持ち、貿易を通して多くの富を得た。

-列王記上9:26-28「ソロモン王はエツヨン・ゲベルで船団を編成した。そこはエドムの地の葦の海の海岸にあるエイラトの近くにあった。ヒラムは船団を組み、自分の家臣で航海の心得のある船員たちを送り、ソロモンの家臣たちに合流させた。彼らはオフィルに行き、金四百二十キカルを手に入れ、ソロモン王のもとにもたらした」。

・ソロモン王の富と繁栄は近隣諸国にも伝わり、シバの女王もソロモンを訪れ、その富と知恵に感嘆した。

-列王記上10:4-5「シェバの女王は、ソロモンの知恵と彼の建てた宮殿を目の当たりにし、また食卓の料理、居並ぶ彼の家臣、丁重にもてなす給仕たちとその装い、献酌官、それに王が主の神殿で献げる、焼き尽くす献げ物を見て、息も止まるような思いであった」。

・しかし、ソロモンの知恵は人の知恵であり、それは神の愚かさに劣る。イエスは「人ではなく、神を見よ」と言われた。

-マタイ12:42「南の国の女王は裁きの時、今の時代の者たちと一緒に立ち上がり、彼らを罪に定めるであろう。この女王はソロモンの知恵を聞くために、地の果てから来たからである。ここに、ソロモンにまさるものがある」。

・ソロモンの富は数えることも出来ないほどであった。彼の玉座は象牙で作られ、彼の杯は金で作られた。

-列王記上10:14-21「ソロモンの歳入は金六百六十六キカル、そのほかに隊商の納める税金、貿易商、アラビアのすべての王、地方総督からの収入があった・・・王は更に象牙の大きな王座を作り、これを精錬した金で覆った・・・ソロモン王の杯はすべて金、「レバノンの森の家」の器もすべて純金で出来ていた。銀製のものはなかった」。

・しかし、イエスは、ソロモンの繁栄も、野に咲く花に劣ると言われた。

-マタイ6:28-29「衣服のことで思い悩むのか。野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。しかし言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった」。

 

2.ソロモンの繁栄の陰り

・繁栄は主が与えて下さるが、人は栄華の中で、恵みを忘れていく。列王記記者は王国の歴史を回想する。ソロモン死後、王国は分裂し(前926年)、北王国はアッシリアに滅ぼされ(前722年)、南王国もバビロニアに滅ぼされ(前587年)、神殿は廃墟となった。列王記は国が滅んでバビロンに捕囚された民に向けて語られている「王たちは掟を守らず、あなた方も同様であった。だからあなた方は今苦境にあるのだ」と。

-列王記上9:1-7「ソロモンが主の神殿と王宮の建築を終え、造ろうと望んでいたものすべてについての念願を果たした時、主は・・・再びソロモンに現れ、こう仰せになった『私はあなたが私に憐れみを乞い、祈り求めるのを聞いた。私はあなたが建てたこの神殿を聖別し、そこに私の名をとこしえに置く・・・もしあなたたちとその子孫が私に背を向けて離れ去り、私が授けた戒めと掟を守らず、他の神々のもとに行って仕え、それにひれ伏すなら、私は与えた土地からイスラエルを断ち、私の名のために聖別した神殿も私の前から捨て去る』」。

・繁栄の中でソロモンはしてはならない事を始める。軍備強化のために、戦車と騎兵を集め始めた。

-列王記上10:26「ソロモンは戦車と騎兵を集め、戦車千四百、騎兵一万二千を保有した。彼はそれを戦車隊の町々およびエルサレムの王のもとに配置した」。

・国を守られるのは主だ。王が自分の武力や富を蓄え始めた時、彼は主から離れていく。

-申命記17:16-17「王は馬を増やしてはならない。馬を増やすために、民をエジプトへ送り返すことがあってはならない・・・王は大勢の妻をめとって、心を迷わしてはならない。銀や金を大量に蓄えてはならない」。

・馬を集め、金銀を蓄積する王は、やがて国民を見下すようになる。聖書は、王とは神の命により、民に仕えるために立てられたと明言する。

-申命記17:18-20「彼が王位についたならば、レビ人である祭司のもとにある原本からこの律法の写しを作り、 それを自分の傍らに置き、生きている限り読み返し、神なる主を畏れることを学び、この律法のすべての言葉とこれらの掟を忠実に守らねばならない。そうすれば王は同胞を見下して高ぶることなく、この戒めから右にも左にもそれることなく、王もその子らもイスラエルの中で王位を長く保つことができる」。

・神の賜物が信仰に基づいて用いられるならば、それは何倍にも増えていく。しかし、それを自分のために用い始めた時、賜物は腐食していく。イエスは愚かな金持ちの例えを通して、そのことを教えられた。

-ルカ12:20-21「神は『愚かな者よ、今夜、お前の命は取り上げられる。お前が用意した物は、一体だれのものになるのか』と言われた。自分のために富を積んでも、神の前に豊かにならない者はこの通りだ」。

 

3.列王記上10-11章の黙想~今日における災害と罪を考える

 

・列王記記者はソロモンの罪により王国は分裂し、分裂後の北王国は歴代の王が主に従わなかった故にアッシリアに滅ぼされ、南王国も罪によりバビロニアに滅ぼされたと理解した。「悔い改め」という視点から見れば、この見方は正しいと思える。イエスは「災いの時こそ自分を振り返る時」であると言われる。

-ルカ13:1-5「何人かの人が来て、ピラトがガリラヤ人の血を彼らのいけにえに混ぜたことをイエスに告げた。イエスはお答えになった。『そのガリラヤ人たちがそのような災難に遭ったのは、ほかのどのガリラヤ人よりも罪深い者だったからだと思うのか。決してそうではない。言っておくが、あなたがたも悔い改めなければ、皆同じように滅びる。また、シロアムの塔が倒れて死んだあの十八人は、エルサレムに住んでいたほかのどの人々よりも、罪深い者だったと思うのか。決してそうではない。言っておくが、あなたがたも悔い改めなければ、皆同じように滅びる』」。

・列王記は捕囚時代に書かれた。その捕囚の民は、当初は苦難が一日も早く終わり、エルサレムに帰ることを待望していた。その彼らにエルサレム滅亡が伝えられた。帰る所がある限り、民は心から悔い改めず、空しい望みを持ち続ける。しかし、帰る所がなくなった時、人々は初めて厳しい現実を見つめる。国を滅ぼされ、帰還の道を断たれた民は、滅びの意味を求めて、父祖からの伝承を集め、編集していった。その結果、神を離れ、奢り高ぶった罪が罰せられたことを知り、悔改める。創世記や出エジプト記等のモーセ五書や列王記等が最終的に編集されたのは、この捕囚期である。イスラエルの民は捕囚により、ダビデ王家とエルサレム神殿を中心とする民族共同体から、神の言葉、聖書を中心にする信仰共同体に変えられて行った。その旧約聖書が紀元前3世紀に当時の普遍語であるギリシャ語に翻訳され、世界中に広がって行く。

・「救いは滅びを通して来る」ことを、捕囚期の歴史書は教える。神の救いは、裁き、あるいは苦難を通して為される。私たちも自分たちの周りに起きる出来事の中に、神の経綸、導きを認める時、苦難が祝福に変わっていく経験をする。私たちは今、東北大震災が起こり、原発被害が与えられたことの意味を深く考えるべきであろう。原発廃棄物を無毒化できない今、原子力は人間のコントロールを許さない「神の火」と考えるべきではないか。

-河野進・病まなければ「病まなければ聞き得ない慰めのみ言葉があり、捧げ得ない真実な祈りがあり、感謝し得ない一杯の水があり、見得ない奉仕の天使があり、信じ得ない愛の奇跡があり、下り得ない謙遜の谷があり、登り得ない希望の山頂がある」。

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