江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2013年9月4日祈祷会(エステル記4:1-17,同胞救済に立ち上るエステル)

投稿日:2019年8月21日 更新日:

1.悲嘆にくれるモルデカイ

・ハマンによるユダヤ人抹殺の計画を知ったモルデカイは衣服を裂き、粗布をまとい、灰をかぶり、街角で声をあげて泣いた。モルデカイが、ハマンを先祖の敵として頑固に敬礼を拒んだばかりに、ペルシャ在留のユダヤ人全部を悲劇に巻きこんでしまったからである。モルデカイの悲嘆は大きかった。敬礼の拒否に対する仕返しにしては、ハマンの報復は著しくバランスを欠いた、憎悪むきだしの残忍さだからである。自らの信念から発した行動が、まさか民族抹殺で報いられるとは、彼には想像できなかったのである。
−エステル4:1-3「モルデカイは事の一部始終を知ると、衣服を裂き、粗布をまとって灰をかぶり、都の中に出て行き、苦悩に満ちた叫び声をあげた。更に彼は王宮の門の前まで来たが、粗布をまとって門に入ることは禁じられていた。勅書が届いた所では、どの州でもユダヤ人の間では大きな嘆きが起こった。多くの者が粗布をまとい、灰の中に座って断食し、涙を流し、悲嘆にくれた。」

2.モルデカイ、エステルを説得する

・理性を取り戻したモルデカイはエステルに民族の危機を知らせようと、王宮の前まで行ったが、粗布をまとい、灰をかぶった姿だったので、門前払いされてしまった。ペルシャに住むユダヤ人は、残酷な勅書の内容を知ると、粗布をまとい、灰をかぶり、苦悩の叫びをあげた。彼らの悲嘆の叫びは、心の底からの恐怖の叫びでもあった。
−エステル4:4-6「女官と宦官が来て、王妃エステルに告げたので、彼女は非常に驚き、粗布を脱がせようとしてモルデカイに衣服を届けた。しかし、モルデカイはそれを受け取ろうとしなかった。そこでエステルはハタクを呼んでモルデカイのもとへ遣わし、何事があったのか、なぜこのようなことをするのかを知ろうとした。ハタクは王に仕える宦官で、王妃のもとに遣わされて彼女に仕えていた。ハタクは王宮の門の前の広場にいるモルデカイのもとに行った。」
・エステルは人伝てにモルデカイの行動を知り、原因を知らぬまま、着替えの新しい衣服を届けようとして拒否され、改めて事の重大さに気付き、宦官ハタクに実情を探らせる。
−エステル4:7-9「モルデカイは事の一部始終、すなわちユダヤ人を絶滅して銀貨を国庫に払い込む、ハマンが言ったことについて詳しく語った。彼はスサで公示されたユダヤ人絶滅の触れ書きの写しを託し、これをエステルに見せて説明するように頼んだ。同時に、彼女自身が王のもとに行って、自分の民族のために寛大な処置を求め、嘆願するよう求めた。ハタクは戻ってモルデカイの言葉をエステルに伝えた。」
・モルデカイはハマンがユダヤ人抹殺を企て、その費用の銀貨を国庫に納めるに至る経緯を余すことなく説明、ユダヤ人抹殺の勅書の写しを側女ハタクに託したうえで、同朋を救うためクセルクセス王に直接嘆願するようエステルを説得する。
−エステル4:10-11「エステルはまたモルデカイへの返事をハタクにゆだねた。『この国の役人と国民のだれもがよく知っているとおり、王宮の内庭におられる王に、召し出されずに近づく者は、男であれ女であれ死刑に処せられる、と法律の一条に定められております。ただ、王が金の笏を差し伸べられる場合にのみ、その者は死を免れます。三十日このかた私にはお召しがなく、王のもとには参っておりません。』」
・ユダヤ人を救うには、王に命令を撤回させるしか手はなかった。しかし、王妃エステルでさえ、三十日間も王の召しがなかったのである。王に直訴するにはどうすればよいのか。ペルシャでは王の権威と安全を守るために、王の召しがなければ王には会えなかったのである。エステルは王妃として王に面会できたが、面会の理由を初めから明らさまにしたら、ハマンの知るところとなり、彼が妨害することは必定と考えられたからである。
−エステル4:12-14「エステルの返事がモルデカイに伝えられると、モルデカイは再びエステルに言い送った。『他のユダヤ人はどうであれ、自分は王宮にいて無事だと考えてはいけない。この時にあたってあなたが口を閉ざしているなら、ユダヤ人の解放と救済は他のところから起こり、あなた自身と父の家は滅ぼされるにちがいない。この時のためにこそ、あなたは王妃の位にまで達したのではないか。』」

3.エステルの覚悟

・モルデカイはエステルにも危険が迫っていることを明らかにする。彼女が王の召しがないまま王に謁見を求めても、謁見を避けてハレムに留まっても死に至るのであると、モルデカイは強調し、彼女に強い決断と行動を促す。モルデカイの言う「あなた自身と父の家は滅ぼされるにちがいない。」は、もしエステルが同胞を救うため立ち上がらなかったとしたら、神の審きを免れないだろうという意味である。
−エステル4:15-17「エステルはモルデカイに返事を送った。『早速、スサにいるすべてのユダヤ人を集め、私のために三日三晩断食し、飲食を一切断ってください。私も女官たちと共に、同じように断食いたします。このようにしてから、定めに反することではありますが、私も王のもとに参ります。このために死ななければならないのでしたら、死ぬ覚悟でおります。』そこでモルデカイは立ち去り、すべてエステルに頼まれたとおりにした。」
・モルデカイの熱心な説得は、ついにエステルの心を動かし、死をも覚悟のうえの行動に、向かわせることとなった。覚悟はできたものの、精神的支えが必要と感じたエステルは、ユダヤ人同朋に三日三晩の、断食行での支援を求めた。プロテスタント教会では、断食に対する関心が薄いか皆無だが、宗教者と断食は無関係ではない。断食は修行、祈願、服喪、贖罪あるいは従順を表すため行われる。断食は生命維持のため欠かせぬ食物を断ち、雑念を断ち、自我を捨てて全身全霊をもって神に祈る行為である。エステル、モルデカイにつづきユダヤ人たちは三日三晩の断食行をもって民族救済を祈願したのであった。

*エステル記4章参考資料
『もしかすると、この時のために』(エステル記4:14)ウィクリフ・パプアニューギニア宣教師 松丸嘉也

・私たちは教育宣教師として、宣教師の子女教育を通して聖書翻訳の働きに携わっています。家内の美香は主に小学部、昨年度は特にキンダー(幼稚園年長)で図工を教え、高等部では高校3年生の日本語母語クラスを担当しました。私は中学・高等部で体育を教えています。また、学校以外でも様々な働きの場があります。今日は、パプアニューギニア(PNG)での働きを通して神様から教えられている事、強く迫られていることをお分かちして、ご一緒に主への感謝をもって御名をあがめることを願っています。(中略)
・さて、このような歩みを通して神様から与えられているみ言葉が、エステル記4章14節です。「もし、あなたがこのような時に沈黙を守るなら、別の所から、助けと救いがユダヤ人のために起ころう。しかしあなたも、あなたの父の家も滅びよう。あなたがこの王国に来たのは、もしかすると、この時のためであるかもしれない。」このみことばは、現在の私にとって、奉仕をするにあたっての神様からの大きなチャレンジです。モルデカイのこの説得に命がけの応答をしたエステルの行動によって、ユダヤ民族は絶滅の危機から救われました。エステル記は王妃エステルの書ですが、私は、この書を読み重ねるうちに、むしろモルデカイに焦点が行くようになりました。この「もしかしたら」というこの箇所もモルデカイの言葉です。
・私はこの数年、奉仕の範囲が広くなってきたなあ、と感じることが多くあります。PNG派遣時には思いもしなかった奉仕があることを知るようにもなりましたし、またそれらの奉仕をする機会も増えてきたように感じています。このような時にこのみことばが迫ってきているのです。「あなたがこの場にいるのは、もしかしたらこの時のためかもしれない。」「あなたがこのポジションにいるのは」「あなたがこのことの経験があるのは」「これをなすための知識や技術があるのは」・・・そしてまた、モルデカイの「もし、あなたがこのような時に沈黙を守るなら、別の所から、助けと救いがユダヤ人のために起ころう。」という言葉も迫ってきます。「別の所」というのは、突き詰めれば「神様から」ということに他ならないのではないでしょうか。
・エステル記では「神」という言葉が意図的に隠されていると指摘されています。また同時に、「エステル記は神の名が出てこない書であるが、神様の摂理のみわざが明らかに記された書である」とも言われています。神様の摂理・ご計画という点において、類似の箇所には創世記45章5-7節が挙げられます。エジプトに売られたヨセフが、後に兄弟たちに言う言葉です。「神はいのちを救うために、あなた方より先に、私を遣わしてくださったのです・・・だから、今、私をここに遣わしたのは、あなたがたではなく、実に、神なのです。」
・数ヶ月前、ウカルンパのハイスクールの職員会議で、現地での奉仕を終えようとしている同僚宣教師の次のような証が、深く心に残っています。ごくごく要点だけをまとめると、「私の働きは、一見、毎年同じ仕事の繰り返しのように感じられる。しかし、聖書翻訳宣教という主の働きのオーケストラの中では欠かすことのできないパートであり、これがあるからこそ美しい演奏となっているのだという神様からの励ましと祝福をいただいています。」ということでした。「あなたがこの王国に来たのは、もしかすると、この時のためであるかもしれない。」「あなたのパンを水の上に投げよ。」あなたの毎日の生活、働き、学び、家族を含めて、周りの方々との関わり、神様との関わりについて、思い巡らす時を持てたら幸いだと思います。

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