1.過去の全盛時代をしのぶヨブ
・ヨブ記29-31章はヨブの独白であり,29章ではかつての全盛時代をしのび、30章ではそれと対比して現在の悲惨を述べ,31章では神に最後の判定を求める構成になっている。過去の栄光を求める者は,現在が不幸で満たされないからだ。−ヨブ記29:1-6「ヨブは言葉をついで主張した。どうか、過ぎた年月を返してくれ、神に守られていたあの日々を。あのころ、神は私の頭上に灯を輝かせ、その光に導かれて、私は暗黒の中を歩いた。神との親しい交わりが私の家にあり、私は繁栄の日々を送っていた。あのころ、全能者は私と共におられ、私の子らは私の周りにいた。乳脂はそれで足を洗えるほど豊かで、私のためにはオリーブ油が岩からすら流れ出た」。
・人間は満たされている時は神を褒め称え,苦難になると神を呪う。人が求めるのは所詮、現世利益なのだ。ヨブがかつての自分は共同体から,いかに尊敬され,一目置かれていたかを述べるのも、現在が不当だとのエゴの叫びなのだ。
−ヨブ記29:7-10「私が町の門に出て、広場で座に着こうとすると、若者らはわたしを見て静まり、老人らも立ち上がって敬意を表した。おもだった人々も話すのをやめ、口に手を当てた。指導者らも声をひそめ、舌を上顎に付けた。
・ヨブは続ける「自分は貧者や孤児を助け,不正を行う者を懲らしめた」とヨブはかつての自分を賞賛するに至る。
−ヨブ記29:11-17「私のことを聞いた耳は皆、祝福し、私を見た目は皆、賞賛してくれた。私が身寄りのない子らを助け、助けを求める貧しい人々を守ったからだ。死にゆく人さえ私を祝福し、やもめの心をも私は生き返らせた。私は正義を衣としてまとい、公平は私の上着、また冠となった。私は見えない人の目となり、歩けない人の足となった。貧しい人々の父となり、私にかかわりのない訴訟にも尽力した。不正を行う者の牙を砕き、その歯にかかった人々を奪い返した」。
・「私は正義を衣としてまとい、公平は私の上着、また冠となった」とヨブは誇る。ここにヨブの罪があるのであろう。ヨブに与えられた苦難は不当なものではなく,ヨブが「新しく生まれるために」必要なものであったのだ。
−ルカ18:9-14「自分は正しい人間だとうぬぼれて、他人を見下している人々に対しても、イエスは次のたとえを話された。「二人の人が祈るために神殿に上った。一人はファリサイ派の人で、もう一人は徴税人だった。ファリサイ派の人は立って、心の中でこのように祈った『神様、私はほかの人たちのように、奪い取る者、不正な者、姦通を犯す者でなく、また、この徴税人のような者でもないことを感謝します。私は週に二度断食し、全収入の十分の一を献げています』。ところが、徴税人は遠くに立って、目を天に上げようともせず、胸を打ちながら言った『神様、罪人の私を憐れんでください』。言っておくが、義とされて家に帰ったのは、この人であって、あのファリサイ派の人ではない。だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる」。
2. 過去ではなく、未来を
・ヨブは、自分は神の祝福の下にあり、この繁栄はいつまでも続くものだと思っていた。
−ヨブ記29:18-20「私はこう思っていた「私は家族に囲まれて死ぬ。人生の日数は海辺の砂のように多いことだろう。私は水際に根を張る木、枝には夜露を宿すだろう。私の誉れは常に新しく,私の弓は私の手にあって若返る」。
・21節以下のヨブはまるで救世主のようだ。彼は誇る「私は嘆く人を慰め,人々に道を示し,人々の王になった」と。
−ヨブ記29:21-25「人々は黙して待ち望み、私の勧めに耳を傾けた。私が語れば言い返す者はなく、私の言葉は彼らを潤した。雨を待つように、春の雨に向かって口を開くように、彼らは私を待ち望んだ。彼らが確信を失っているとき、私は彼らに笑顔を向けた。彼らは私の顔の光を曇らせることはしなかった。私は嘆く人を慰め、彼らのために道を示してやり、首長の座を占め、軍勢の中の王のような人物であった」。
・過去を誇るヨブは神のようになっている。しかし彼は神ではなく,人だ。ヨブが人であることを示すためには,ヨブの誇りが砕かれる必要がある。それがヨブに与えられた苦難の意味だとヨブ記の作者は示しているのではないか。
−ルカ15:1-7「徴税人や罪人が皆、話を聞こうとしてイエスに近寄って来た。すると、ファリサイ派の人々や律法学者たちは「この人は罪人たちを迎えて、食事まで一緒にしている」と不平を言いだした。そこで、イエスは次のたとえを話された「あなたがたの中に、百匹の羊を持っている人がいて、その一匹を見失ったとすれば、九十九匹を野原に残して、見失った一匹を見つけ出すまで捜し回らないだろうか。そして、見つけたら、喜んでその羊を担いで、家に帰り、友達や近所の人々を呼び集めて『見失った羊を見つけたので、一緒に喜んでください』と言うであろう。言っておくが、このように、悔い改める一人の罪人については、悔い改める必要のない九十九人の正しい人についてよりも大きな喜びが天にある」。
・内村鑑三がキリスト者として世に出る契機になったのは,彼が人から非難され,棄てられた時であった。人は他者からの見捨てを経験して,始めて神に出会うのではないだろうか。
*ヨブ記29−30章参考資料「内村鑑三 世の人々に捨てられた時」
・1891年1月19日に起こった第一高等中学校不敬事件で、内村鑑三はその職を奪われ、全国民から国賊と罵られたばかりか、彼が勅語に対して礼拝ではなく敬礼ならするといって、一人の同僚に代って敬礼をし直して貰ったことに対して、教会からも卑怯とのそしりを受け、その上みずから重患の床に打ち倒されている間に、妻加寿子も急逝して、文字通り人生のどん底に投げ込まれた。その事件から2年後の1893年に彼は、「基督信徒の慰め」を発表し、教会の中で自分が孤立し、無神論者、異端と弾劾され窮地に陥った時、聖書によって救われたこと、本来はお互いに愛し愛されるキリストの家庭としての教会であるはずなのに、実際の教会にあるのは、ねたみ、そしり、不遜、高慢、無慈悲、無情であり、その偏狭な排他的精神であることを批判し、行き場所がなくなったが故に仕方なく無教会となったこと、キリスト者は真理に対して謙遜であること、他に対して寛容であることが必要と説いただけでなく、これを自分の祈りとした( 高橋三郎著「なぜ無教会か」より)。
・「基督信徒の慰め」から
−されども神よ、我が救い主よ、汝はこの危険より余を救いたまえり。人、聖書をもって余を攻むるとき、これを防御するに足る武器は聖書なり。『義人は信仰によりて生くべし』、聖書は孤独者の楯、弱者の城壁、誤解人の休み所なり。余は聖書なる鉄壁のうしろに隠れ、余を無神論者と呼ぶ者と戦わんのみ。
−神の教会は宇宙の広きがごとく広く、善人の多きがごとく多し。余は教会に捨てられたり。しかして余は宇宙の教会に入会せり。余は教会に捨てられて 初めて寛容の美徳を了知するを得たり。ああ余は、余が他人をさばきしがごとく、さばかれたり。余もまた教会にありし間は、教会外の人を議するに当って、かくなせしなり・・・されども教会に捨てられて余理の目は開き、所信を異にしても人は善人たるを得べしとの大真理を、余はこの時において初めて学び得たり。真理は余一人のものにあらずして宇宙に存在するすべての善人のものたることを知れり。
−余は初めて世界に宗教の多き理由と、同一宗教内に宗派の多く存する理由とを解せり。真理は富士山の壮大なるがごとく大なり。一方よりその全体を見るあたわざるなり。人間の力弱きことと、真理の無限無窮なることとを知る人は、思想のために他人を迫害せざるなり。全能の神のみ、真理の全体を会得し得る者なり。願わくは神よ、余に真正のリベラルなる心を与えて、余を放逐せし教会に対しても寛容なるを得しめよ。