1.総督ゲダルヤの暗殺
・エレミヤ書41章は40章に引き続き、エレサレム滅亡後に立てられた総督ゲダルヤの暗殺とその後の混乱を記述する。ゲダルヤを暗殺したのは、ダビデ王家の血を引くイシマエルである。彼はダビデ王家の血筋ではないゲダルヤが総督に任命されたことを恨み、これを殺すに至った。また彼の背後にはユダの領土を狙うアンモン王の動きもあった。
-エレミヤ40:13-14「カレアの子ヨハナンと、野にいた軍の長たちがそろってミツパにいるゲダルヤのもとに来て、言った『アンモンの王バアリスが、あなたを暗殺しようとして、ネタンヤの子イシュマエルを送り込んでいるのをご存じでしょうか』。しかし、アヒカムの子ゲダルヤは彼らの言うことを信じなかった」。
・ゲダルヤは部下の進言を聞かず、食事の席で暗殺されてしまう。何故誠実に敗戦後の混乱を鎮め、残された民の安泰のために働いていたゲダルヤが殺されなければならなかったのか、聖書は何も語らない。
-エレミヤ41:1-2「七月に、王族の一人で、王の高官でもあった・・・イシュマエルが、十人の部下を率いてミツパに赴き、アヒカムの子ゲダルヤを訪ね、ミツパで食事を共にした。そのとき、ネタンヤの子イシュマエルと、彼と共にいた十人の部下は、突然襲いかかって、バビロンの王がその地に立てて総督とした・・・ゲダルヤを剣にかけて殺した」。
・イシマエルはその時、バビロン王から派遣されていたカルデア人たちも同時に殺し、またそこを通りかかったサマリアからの巡礼者たちも殺す。彼らは哀悼の巡礼にエルサレム神殿に赴く途中だった。何故イシマエルがこの人々をも殺したのかについても聖書は何も語らない。ルカ13:1-5にはガリラヤ人の巡礼者たちがエルサレム神殿で殺され、シロアムの塔が倒れて18人が死んだ記事がある。不条理もまた神の御手の中にあることを信じて行くしかないのだろうか。
-エレミヤ41:4-7「ゲダルヤ暗殺の翌日、まだだれにも知られないうちに、シケム、シロ、サマリアから来た八十人の一行が、ひげをそり、衣服を裂き、身を傷つけた姿で通りかかった。彼らは、主の神殿にささげる供え物と香を携えていた。ネタンヤの子イシュマエルがミツパから出て彼らを迎えた・・・一行が町の中に入ると、ネタンヤの子イシュマエルは、家来たちと共に彼らを殺し、穴の中にほうり込んだ」。
・イシマエルはミツパにいた残留者を捕えて、アンモン王のもとに逃亡する。
-エレミヤ41:10「イシュマエルは、王の娘たちをも含めて、ミツパにいた民の残留者すべて、すなわち、親衛隊の長ネブザルアダンがアヒカムの子ゲダルヤの監督のもとにおき、ミツパに残っていた民をすべて捕虜とした。ネタンヤの子イシュマエルは彼らを引き立てて、アンモン人のもとに逃れようと出発した」。
2.エジプトに逃れるユダの人々
・ユダの将軍ヨハナンはゲダルヤ暗殺の報を聞き、軍を連れてイシマエルを追い、彼に追いつき、捕虜を解放する。しかし、イシマエルを捕えることには失敗した。
-エレミヤ41:11-15「カレアの子ヨハナンをはじめとする軍の長は皆、ネタンヤの子イシュマエルが行った悪事を聞き、直ちに、すべての兵を率いてネタンヤの子イシュマエルと戦うために出発し、ギブオンの大池のほとりで彼に追いついた。 イシュマエルに捕らえられていた人々は皆、カレアの子ヨハナンと軍の長たちの姿を見て歓喜した・・・ネタンヤの子イシュマエルは八人の家来と共に、ヨハナンの前から逃れて、アンモン人のもとに向かった」。
・バビロン王が立てた総督が殺され、派遣されたカルデア人も殺され、その犯人を捕まえることができなかったヨハナンたちは、バビロン軍の報復を恐れてエジプトに逃亡することを決めた。
-エレミヤ41:16-18「アヒカムの子ゲダルヤの暗殺の後、カレアの子ヨハナンと、彼と共にいたすべての軍の長たちは、ネタンヤの子イシュマエルのもとから救い出した民の残りの者をすべて・・・連れて、出発し、ベツレヘムに近いキムハムの宿場にとどまった。彼らはエジプトへ向かおうとしていた・・・彼らはカルデア人の報復を恐れたのである」。
・エレミヤはエジプト逃亡に反対するが、人々は無理やりエレミヤを連れ去り、エジプトに逃れる。ここにユダ残留の人々による祖国再建の希望は潰えた。エレミヤ書はその終章で「バビロンに捕囚となっていたヨヤキン王が牢から出され、バビロン王の客人として遇された」という列王記の記事を掲載し、そこに将来の希望を見て終わる。
-エレミヤ52:31-34「ユダの王ヨヤキンが捕囚となって三十七年目に・・・バビロン王エビル・メロダクは、その即位の年にユダの王ヨヤキンに情けをかけ、彼を出獄させた。バビロンの王は彼を手厚くもてなし、バビロンで共にいた王たちの中で彼に最も高い位を与えた・・・彼は生きている間、死ぬ日まで毎日、日々の糧を常にバビロンの王から支給された」。
・ゲダルヤは主の御旨に沿って残された同胞のために働いたのに暗殺された。エレミヤは主の民のためにユダに残ったのに、この事件の後エジプトに連行されてそこで死ぬ。イザヤは王マナセにより、のこぎりで引かれて死んだという。「義人の死」、このような不条理をどう受け入れて行けば良いのだろうか。
-へブル11:37-38「彼らは石で打ち殺され、のこぎりで引かれ、剣で切り殺され、羊の皮や山羊の皮を着て放浪し、暮らしに事欠き、苦しめられ、虐待され、荒れ野、山、岩穴、地の割れ目をさまよい歩きました。世は彼らにふさわしくなかったのです」。