1.レハブアムの愚かさ
・ソロモンが死んだ後、レハブアムが王位についたが、王国は彼の時代に南北に分裂する(前922年)。歴史的に見れば、ソロモン王の重税と教勢徴用に対する不満が、非主流派イスラエル10部族の独立の形をとった。
−?列王記12:1-4「すべてのイスラエル人が王を立てるためにシケムに集まって来るというので、レハブアムもシケムに行った。ネバトの子ヤロブアム・・・を呼びに使いが送られて来たので、彼もイスラエルの全会衆と共に来て、レハブアムにこう言った。「あなたの父上は私たちに苛酷な軛を負わせました。今、あなたの父上が私たちに課した苛酷な労働、重い軛を軽くしてください。そうすれば、私たちはあなたにお仕えいたします」。
・王国の分裂はイスラエル部族の要求をレハブアムが断ったために起こるが、記者はそこに神の意思をみる。
−?列王記12:13-16「王は彼らに厳しい回答を与えた・・・こうなったのは主の計らいによる。主は、かつてシロのアヒヤを通してネバトの子ヤロブアムに告げられた御言葉をこうして実現された。イスラエルのすべての人々は、王が耳を貸さないのを見て、王に言葉を返した「ダビデの家に我々の受け継ぐ分が少しでもあろうか。エッサイの子と共にする嗣業はない。イスラエルよ、自分の天幕に帰れ。ダビデよ、今後自分の家のことは自分で見るがよい」。こうして、イスラエルの人々は自分の天幕に帰って行った」。
・王とは支配するものではなく、仕えるべきものだ。王が仕えることを忘れた時、祝福は王を去る。
−マタイ20:25-27「あなたがたも知っているように、異邦人の間では支配者たちが民を支配し、偉い人たちが権力を振るっている。しかし、あなたがたの間では、そうであってはならない。あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、皆の僕になりなさい」。
・レハブアムは軍を集めてイスラエルを征伐しようとするが、主は預言者を通してこれを止められる。イスラエル10部族の戦力はユダ2部族を上回り、勝敗は明らかだ。レハブアムは初めて主の言葉に従った。
−?列王記12:21-24「レハブアムはエルサレムに帰ると、ユダの全家とベニヤミン族からえり抜きの戦士十八万を召集し、イスラエルの家に戦いを挑み、王権を奪還して自分のものにしようとした。しかし、神の言葉が神の人シェマヤに臨んだ・・・「上って行くな。あなたたちの兄弟イスラエルの人々に戦いを挑むな。それぞれ自分の家に帰れ。こうなるように計らったのは私だ」。彼らは主の言葉を聞き、主の言葉に従って帰って行った」。
2.ヤロブアムの罪
・ヤロブアムはユダ王国に対抗するためにシケムに祭壇を築く。彼が祭ったのは偶像の牛であった。
−?列王記12:25-29「ヤロブアムは心に思った「今、王国は、再びダビデの家のものになりそうだ。この民がいけにえをささげるためにエルサレムの主の神殿に上るなら、この民の心は再び彼らの主君、ユダの王レハブアムに向かい、彼らは私を殺して、ユダの王レハブアムのもとに帰ってしまうだろう」。彼はよく考えたうえで、金の子牛を二体造り、人々に言った「あなたたちはもはやエルサレムに上る必要はない。見よ、イスラエルよ、これがあなたをエジプトから導き上ったあなたの神である」。彼は一体をベテルに、もう一体をダンに置いた」。
・ヤロブアムの背信は忌まわしいもであった。北王国はこの背信ゆえに前722年にアッシリアに滅ぼされ、民は別の地に移され、その後に異民族が移される。これがサマリヤ人であった。イスラエル10部族は完全に滅んだ。
−?列王記17:20-23「主はそこでイスラエルのすべての子孫を拒んで苦しめ、侵略者の手に渡し、ついに御前から捨てられた。主がダビデの家からイスラエルを裂き取られた時、このイスラエルの人々はネバトの子ヤロブアムを王としたが、ヤロブアムはイスラエルを主に従わないようにしむけ、彼らに大きな罪を犯させた。イスラエルの人々はヤロブアムの犯したすべての罪に従って歩み、それを離れなかった。主はついにその僕であるすべての預言者を通してお告げになっていたとおり、イスラエルを御前から退けられた。イスラエルはその土地からアッシリアに移され、今日に至っている」。
・軍事的にも人口的にも北王国は南王国よりも強大であった。しかし、イスラエルの信仰は強大なイスラエル王国ではなく、小国ユダによって保持される。神は強いものを裁くために、この世の弱いものを選ばれる。
−?コリント1:26-29「兄弟たち、あなたがたが召されたときのことを、思い起こしてみなさい。人間的に見て知恵のある者が多かったわけではなく、能力のある者や、家柄のよい者が多かったわけでもありません。ところが、神は知恵ある者に恥をかかせるため、世の無学な者を選び、力ある者に恥をかかせるため、世の無力な者を選ばれました。また、神は地位のある者を無力な者とするため、世の無に等しい者、身分の卑しい者や見下げられている者を選ばれたのです。それは、だれ一人、神の前で誇ることがないようにするためです」。