1.士師サムエル
・契約の箱がペリシテからイスラエルに戻り、20年が過ぎたが、イスラエルは以前ペリシテの支配下にあった。サムエルはイスラエルの独立のために、偶像の神々を祭壇から取り除くように人々に求めた。
―?サムエル7:3-4「あなたたちが心を尽くして主に立ち帰るというなら、あなたたちの中から異教の神々やアシュトレトを取り除き、心を正しく主に向け、ただ主にのみ仕えなさい。そうすれば、主はあなたたちをペリシテ人の手から救い出してくださる」。
・彼はミツバに民を集め、悔改めの儀式を執り行った。罪ゆえにペリシテを排除することが出来なかったからだ。
―?サムエル7:5-6「人々はミツパに集まると、水をくみ上げて主の御前に注ぎ、その日は断食し、その所で「私たちは主に罪を犯しました」と言った。サムエルはミツパでイスラエルの人々に裁きを行った」。
・ペリシテ人は民が集合していたミツパに軍を送った。先に人々は神の箱を持ち出して、ペリシテと戦おうとしたが、今回はそうしなかった。神の箱に力があるのではなく、守って下さるのは主であることを知ったからだ。
―?サムエル7:7-11「イスラエルの人々がミツパに集まっていると聞いて、ペリシテの領主たちはイスラエルに攻め上って来た。・・・サムエルは・・・イスラエルのため主に助けを求めて叫んだ。主は彼に答えられた。サムエルが焼き尽くす献げ物をささげている間に、ペリシテ軍はイスラエルに戦いを挑んで来たが、主がこの日、ペリシテ軍の上に激しい雷鳴をとどろかせ、彼らを混乱に陥れられたので、彼らはイスラエルに打ち負かされた」。
・こうしてサムエルが士師として働いている間、イスラエルは平和を得た。
―?サムエル7:13「ペリシテ人は鎮められ、二度とイスラエルの国境を侵すことはなかった。サムエルの時代を通して、主の手はペリシテ人を抑えていた」。
2.王を求める人々
・サムエルは年老い、その職務を息子たちに譲った。しかし、息子たちはサムエルのように、民に仕えようとはせず、自分たちの利益を求めた。民はサムエルに王を立てるように求めた。
―?サムエル8:4-5「イスラエルの長老は全員集まり、ラマのサムエルのもとに来て、彼に申し入れた「あなたは既に年を取られ、息子たちはあなたの道を歩んでいません。今こそ、ほかのすべての国々のように、我々のために裁きを行う王を立ててください」。
・危急の時に指導者を選ぶ士師制度では、周囲の国々からの侵略に対抗できないという現実があった。主は王政をやむをえない悪として認めよとサムエルに言われた。しかし、それはあくまでも悪である。
―?サムエル8:7-9「民があなたに言うままに、彼らの声に従うがよい。彼らが退けたのはあなたではない。彼らの上に私が王として君臨することを退けているのだ。彼らをエジプトから導き上った日から今日に至るまで、彼らのすることといえば、私を捨てて他の神々に仕えることだった。あなたに対しても同じことをしているのだ。今は彼らの声に従いなさい。ただし、彼らにはっきり警告し、彼らの上に君臨する王の権能を教えておきなさい」。
・サムエルは「王はあなたたちの息子や娘を徴用し、あなたたちから税金や賦役を求めるが、それでも良いのか」と民に問うた。民はそれでも王が欲しいと求めた。
―?サムエル8:17-20「あなたたちは王の奴隷となる。その日あなたたちは、自分が選んだ王のゆえに、泣き叫ぶ。しかし、主はその日、あなたたちに答えてはくださらない」。民はサムエルの声に聞き従おうとせず、言い張った「いいえ。我々にはどうしても王が必要なのです。我々もまた、他のすべての国民と同じようになり、王が裁きを行い、王が陣頭に立って進み、我々の戦いをたたかうのです」。
・王政になれば王は自分の考えで動き始め、主の御心を求めない。王が見るのは人間の現実であり、それを超える神の現実を見ようとはしない。王政の採用により、イスラエルは滅びの道を歩き始める。
―イザヤ31:1-3「災いだ、助けを求めてエジプトに下り、馬を支えとする者は。彼らは戦車の数が多く、騎兵の数がおびただしいことを頼りとし、イスラエルの聖なる方を仰がず、主を尋ね求めようとしない。・・・エジプト人は人であって、神ではない。その馬は肉なるものにすぎず、霊ではない。主が御手を伸ばされると、助けを与える者はつまずき、助けを受けている者は倒れ、皆共に滅びる」。
・誰が本当の守り手であるのか。イスラエルがそれを知るのは、国を滅ぼされた後だ。
―エレミヤ33:5-7「彼らはカルデア人と戦うが、都は死体に溢れるであろう。私が怒りと憤りをもって彼らを打ち殺し、そのあらゆる悪行のゆえに、この都から顔を背けたからだ。しかし、見よ、私はこの都に、いやしと治癒と回復とをもたらす。・・・ユダとイスラエルの繁栄を回復し、彼らを初めの時のように建て直す」。