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日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2026年1月11日説教原稿 マルコによる福音書2:1~12「あなたの罪は赦される」中風の人をいやす

投稿日:2026年1月11日 更新日:

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はじめに

・みなさん、おはようございます。本日は、マルコによる福音書2章1~12節に記された「中風(ちゅうぶう)の人をいやす」出来事から、「あなたの罪は赦される」というテーマで共に御言葉に耳を傾けたいと思います。この物語は、イエスが癒し主としてだけでなく、罪を赦す権威を持つ方であることを私たちに鮮やかに示しています。
・ここで言う「中風」とは、現代医学でいう脳卒中や脳梗塞などによる麻痺状態のことです。中風の人は、体の一部または全体の運動機能が失われ、自分の力で歩いたり動いたりすることができなくなります。古代の社会では、治療法が限られていたため、日常生活にも大きな支障をきたし、社会的にも孤立しやすい状況に置かれていた。と考えられます。
・イエスが「あなたの罪は赦される」と宣言されたとき、そこに居合わせた律法学者たちは心の中で「神を冒涜している」と考えました。なぜなら、ユダヤの伝統において罪の赦しは神だけが与えることのできるものであり、人間がその権威を持つと認めることはできなかったからです。しかしイエスは、彼らの心を見抜き、あえて「中風の人に『あなたの罪は赦される』と言うのと、『起きて、床を担いで歩け』と言うのと、どちらが易しいか。」(2:9)と問いかけます。
・この問いかけは、イエスが神としての権威を持っておられること、そして罪の赦しと癒しが密接に結びついていることを示しています。実際に、中風の人はイエスの言葉通りに立ち上がり、皆の前で歩き出しました。この奇跡を通して、イエスが人間の内面だけでなく、外面的な問題にも力を与えるお方であることが明らかにされています。
・私たちも、自分の力ではどうにもできない問題や罪に直面することがあります。しかし、イエスは私たちを見捨てず、心の奥底から癒しと赦しを与えてくださいます。今日もこのイエスの御前に心を開き、「あなたの罪は赦される」という恵みの言葉を受け取りましょう。

 

1.信仰がもたらす行動

・この物語の冒頭、カペナウムの家には多くの人が集まっていました。体が動かなくなった中風の人のために、四人の友人たちは屋根をはがし、イエスのもとに彼を降ろしました。これは、彼らが「イエスならば必ず癒してくださる」と信じる信仰による大胆な行動でした。困難や障害があっても、友人たちはあきらめず、愛と信仰によって友をイエスのもとへ導いたのです。
(信仰がもたらす行動と非常識な行動の違い)
・この場面で友人たちが屋根を壊し、中風の人をイエスのもとに降ろす行為は、一見すると常識を逸した大胆な行動に見えます。しかし、信仰がもたらす行動は単なる衝動や無分別な非常識さとは異なります。信仰による行動は、神への信頼と愛に根ざし、目的が明確であり、他者を思いやる心に基づいています。
・一方、非常識な行動とは、社会的な規範や他者への配慮を欠いた、自己中心的で無計画な行為を指します。信仰に基づく行動は、たとえ周囲から非常識と思われても、神の御心や隣人愛のために勇気をもってなされるものです。友人たちは、中風の人を癒してほしいという切なる願いとイエスへの信頼から、常識の枠を超えて行動しましたが、その根底には中風の人への深い愛とイエスを信じる信仰がありました。
・つまり、信仰による行動は、神への信頼や他者への愛を動機とし、目的意識を持ってなされる点で、単なる非常識な行動とは明確に区別されます。私たちも信仰をもって行動する時、世の常識を超える勇気が必要ですが、それは決して自己中心的な無謀さではなく、神の導きに従う知恵と愛に基づくものです。
・当時の人々は病気を罪の結果と考え、中風の人は罪の赦しが病気の回復につながると信じていました。4人の友人は長く彼の苦しみを知り、イエスだけが救えると信じて助けを求めた、と思われます。
・私たちは日々の生活の中で、イエスの赦しと癒しを受けた者として、どのように歩むべきかが問われます。赦される経験をした私たちは、自分自身だけでなく、周囲の人々にもその恵みを分かち合うことが求められています。誰かの過ちや弱さに直面したとき、イエスが示してくださった寛容さと愛をもって接することが、信仰者としての歩みの重要な一部分です。
・また、イエスの奇跡や赦しの物語を思い起こすことは、困難な時や不安を感じる時に私たちの心を励まします。どんな状況でも、神は私たちを見捨てず、常に新しい希望と力を与えてくださるお方です。日々の祈りと感謝の中で、イエスの導きに信頼し、赦しと愛に満ちた人生を歩んでいきたいと思います。

 

2.「あなたの罪は赦される」 罪の赦しの宣言

・イエスは中風の人の姿を見て、彼の病をいやす前にこう宣言されました。「子よ、あなたの罪は赦される。」(2:5)人々は病の癒しを期待していましたが、イエスはまず彼の内なる問題、罪の赦しに目を向けられたのです。イエスは、私たちのもっとも根源的な問題、すなわち神との関係の回復を第一に考えてくださるお方です。
・ここで問われる「罪」とは、単に法律違反や社会的な犯罪行為を指すものではありません。聖書において罪とは、神との関係において人間が神の御心から離れ、自分勝手に生きる姿勢や、道徳的・宗教的な過ち全般を意味します。つまり、心の中の傲慢や、愛の欠如、他者への配慮を欠いた行動なども含まれるのです。イエスの「あなたの罪は赦される」という宣言は、こうした人間の根本的な弱さや過ちに対して、神が赦しと新しい始まりを与えてくださるという希望のメッセージなのです。
・私たちも日々の生活の中で、表面的な問題や悩みばかりに目を奪われがちですが、イエスは心の深いところ、私たちの罪や傷に目を向けてくださいます。そして、「あなたの罪は赦される」という宣言をもって、罪による重荷や恐れから私たちを解放してくださるのです。
・このように、イエスは罪の赦しを宣言されることで、人々に神との和解と新しい人生への希望を与えました。私たちもまた、自分の弱さや罪に悩む時、イエスの赦しの言葉に耳を傾けることで、心の深い部分から癒される体験ができるのです。赦しは過去を清算し、未来へと歩み出す力となります。
・私たちがこの物語から学ぶべきことは、神の赦しが無条件であり、どんな状況にあっても私たちを受け入れてくださるという信頼です。イエスの権威と愛は、私たちの人生に新たな希望をもたらし、神との関係を回復させる道を開いてくださいます。日々の生活の中でも、赦しと愛に満ちた歩みを心がけたいと思います。
・このように、旧約聖書と新約聖書は「赦し」という共通のテーマによって深く結びついています。神は昔も今も変わることなく、人々の罪を赦し、新しい始まりを与えてくださるお方であることがわかります。私たちが信仰を持って神の赦しを受け取るとき、心には平安と安心が広がり、過去の重荷から解放されて歩むことができるのです。
・私たちはイエスが示された赦しの力と、神ご自身が語られる罪の赦しの約束を心に留め、日々の生活の中でその恵みを体験していきましょう。困難や悩みの中でも、神の愛と赦しに支えられて、新たな一歩を踏み出す勇気と希望を持つことができるよう、祈りと感謝をもって歩んでいきたいと思います。

 

3.イエスの権威と癒し

・この宣言を聞いて、律法学者たちは「神を冒涜している」(2:7)と心の中で非難しました。しかしイエスは彼らの思いを知り、「罪を赦す権威」を持っていることを示すために、中風の人に「起き上がり、床を担いで家に帰りなさい。」(2:11)と命じられました。すると彼はすぐに立ち上がり、皆の前で歩み出しました。
ここにイエス・キリストの神としての権威が現れました。イエスは肉体の癒しも、魂の救いも、もたらす方なのです。
・私たちが罪の赦しを受け取るとき、心には平安と新たな希望が生まれます。どんなに過去に傷つき、悩みを抱えていたとしても、神の愛と赦しは私たちを包み、新しい人生を歩む力を与えてくださいます。日々の生活の中で、私たちはしばしば自分や他者の過ちを思い出し、後悔や不安にとらわれてしまうことがありますが、神は「あなたの罪を思い出さない」と約束してくださっています。
・この約束を信じて歩むとき、私たちは過去に縛られず、神の導きのもと、前向きに歩み出すことができます。また、赦しを受けた者として、私たち自身も他者を赦し、愛をもって接することが求められています。イエスの愛と赦しを周囲の人々に分かち合いながら、日々を過ごしていきましょう。
・この赦しの恵みと希望を日々の歩みの中で忘れずに、私たちの周囲の人々にも分かち合っていきたいと思います。神が私たちに与えてくださった無条件の愛と赦しは、私たち自身の生き方や人との関わり方にも大きな影響をもたらします。困難な時も、神の約束を思い出し、信仰をもって一歩一歩前進していきましょう。
私たちの人生が、イエスの赦しと愛によって支えられ、希望に満ちたものとなるように、心から祈ります。そして、どんな時にも神の導きと恵みに感謝しながら、共に歩んでいきましょう。

 

4.招詞イザヤ書43章25節

・招詞にイザヤ書43章25節を選びました。皆さんと一緒にお読みしたいと思います。
-イザヤ43:25「わたし、このわたしは、わたし自身のために/あなたの背きの罪をぬぐい/あなたの罪を思い出さないことにする。」 ありがとうございます。
・この御言葉は、神ご自身がご自分の愛と憐れみによって、私たちの罪を赦し、二度と思い出さないと約束してくださっていることを示しています。ここで強調されているのは、赦しが私たちの行いに基づくのではなく、神ご自身のご性質とご計画に基づいているという点です。
・また、「あなたの罪を思い出さない」という表現は、神が私たちの過去の過ちにとらわれず、新しい関係を築いてくださることを意味します。このような神の赦しは、イエス・キリストによる救いと深く結びついています、私たちがどんな過去を持っていても、神は私たちを新しく受け入れてくださるという希望を与えています。
・イザヤ書43章25節とマルコによる福音書2章は、どちらも「罪の赦し」をめぐる深いテーマで響き合っています。イザヤ書43章25節では、神ご自身が「あなたの罪を思い出さない」と宣言し、神の主権と憐れみによる完全な赦しが強調されています。一方、マルコ2章7節では、イエスが「あなたの罪は赦される」と語ったことに対して、律法学者たちが「神以外に罪を赦すことができる者などいない」と心の中で問い、イエスの権威に疑念を抱きます。
この二つの聖句は、神のみが罪を赦すことができるという旧約の教えと、その神の権威をイエスが体現していること。(イザヤ書)と(マルコ福音書)が結びついています。イエスが人の罪を赦す宣言をされたとき、まさにイザヤ書の約束が実現した瞬間であり、イエスが神のご性質と権威を持つ方であることが明らかにされています。つまり、イエスの「罪の赦し」の言葉は、旧約の神の赦しの約束を新約において具体的に成就するものであり、両者は神の赦しの一貫性とその深さを示しています。
・私たちがこの赦しのメッセージを受け取ることで、日々の生活にも新たな光が差し込みます。たとえ失敗や過ちを繰り返してしまったとしても、神の愛は決して尽きることがありません。赦しによって心が解放されると、他者への思いやりや寛容さも自然と生まれてきます。自分がずっと赦されていることを振り返ると、他人を赦せないと思う気持ちが生まれるでしょうか。
・これからも、私たちは神の約束とイエスの導きを信じ、困難なときこそ祈りをもって歩み続けましょう。そして、赦しの恵みを周囲の人々へ分かち合いながら、希望にあふれた人生を築いていきたいと思います。

 

5.今日の私たちへのメッセージ

・この物語を通して、私たちは二つのことを覚えたいと思います。一つは、困難や障害があっても、イエスのもとへと導く信仰の大切さです。もう一つは、どんな罪でもイエスは赦してくださるという希望です。
・イエスは今も私たち一人ひとりに「あなたの罪は赦される」と語りかけておられます。悩みや重荷を抱えている方も、傷ついている方も、どうかイエスの御前に心を開いてください。信仰によって近づくとき、イエスは必ず応えてくださいます。
・私たちが日々イエスの赦しを思い起こし、その愛の中で生きるとき、心に平安と希望が満ちていきます。どんなに小さな歩みであっても、主に信頼して進むならば、必ず新しい力と慰めが与えられます。
・どうかそれぞれが、神の赦しを自分のものとして受け取り、その喜びと感謝をもって、家庭や職場、地域社会で光となって歩んでいきましょう。主の恵みが皆さんの上に豊かにありますように、お祈りいたします。
・私たちが神の赦しに心から感謝し、その恵みを受け取るとき、私たち自身もまた赦しと愛を周囲に広げていくことができます。人生の中で出会うさまざまな人々や出来事の中で、イエスが示された愛と寛容の精神を忘れずに歩みたいものです。
・日々の小さな選択や行動の中で、赦しを実践することは容易ではありませんが、主の助けを祈り求めながら、一歩ずつ光の道を進んでまいりましょう。私たち一人ひとりの存在が、周りの人々にとって希望となることを願います。

 

結び

・「あなたの罪は赦される」――これはイエスだけが語ることのできる、究極の癒しと解放の言葉です。この恵みに感謝し、私たちもまた他者をイエスのもとへ導く者となるよう、共に歩みたいと思います。
・イエスの「あなたの罪は赦される」という言葉は、私たちにとって日々新しい希望と力を与えてくれるものです。私たちがこの赦しの恵みを深く受け止めるとき、自分自身だけでなく、周りの人々にも愛と寛容をもって接することができるようになります。
・人生にはさまざまな困難や葛藤がありますが、その中でイエスが与えてくださる赦しと平安は、私たちをしっかりと支えてくれます。どんな時も、主の導きに信頼し、赦しの心をもって歩み続けることが、私たち自身の成長と、周囲への良い影響につながるでしょう。
・これからも、イエスの愛を胸に、赦しのメッセージを分かち合いながら、共に希望に満ちた道を歩んでいきましょう。神の恵みと平安が、すべての人の上に豊かにありますように。

 

お祈りします。

・愛する真の命の神様、

今日、この恵みの時を与えてくださったことを感謝いたします。

イエス・キリストが語られた「あなたの罪は赦される」という言葉を、

私たち一人ひとりの心に深く受け止めることができますようにお導きください。

日々の歩みの中で、あなたの赦しと愛を思い起こし、

私たちもまた周りの人々に愛と寛容をもって接することができますようにお助けください。困難や迷いの中にある時も、主よ、どうか私たちに新しい希望と平安をお与えください。

これからも、あなたの恵みと御守りのうちに歩むことができますように、

そして私たちの存在が少しでも多くの人の励ましと希望となりますように、

心からお祈りします。

私たちの救い主、イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

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