説教要約
・招詞のイザヤ43:4は、神がイスラエルの民に語られた慰めと回復のことばです。
前後の文脈で、神は「恐れるな。わたしがあなたを贖ったからだ。あなたは、わたしのもの」(43:1)と語り、
ご自分の民をバビロン捕囚の苦しみや不安の中から救い出す約束をされています。
・人間の価値は、能力・立場・成果・人からの評価で決まるのではなく、神のまなざしによって定められる。
神が「あなたは尊い」と言われるので、その人は尊い存在なのです。
・神の愛は、気分や感情だけではなく、契約に基づく忠実な愛です。
罪や弱さを持つ民であっても、神は見捨てず、贖い、回復へと導かれます。
・神がご自分の民を救うために歴史を動かし、他の国々をも用いられるほどに、イスラエルを大切に扱われるという表現は、単に「他の人を犠牲にしてよい」という意味ではなく、神の救いのご計画の中で、ご自分の民を守り抜く強い決意を示しています。
・イザヤ43:4「あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」という神の愛は、最終的に御子イエス・キリストをお与えになる愛として明らかにされます。
旧約では神が「あなたを愛している」と語り、新約ではその愛が「ひとり子をお与えになったほどに」と示されます。
・礼拝の初めの招詞は、「私たちは神の目に尊い者として招かれている。そして、その愛はキリストにおいて完全に示された」と告げることばです。
招詞とヨハネ3:16は、「神の愛がどのように示されるか」という点で深くつながっています。
招詞では、神はご自分の民に「あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」
と語られます。ここで強調されているのは、神の民の価値は人間の側の立派さ功績によって決まるのではなく、神が愛をもって見ておられることによって定められるということです。
・一方、ヨハネ3:16では、その神の愛がさらに具体的に、そして決定的に示されます。
「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。」とあるように、神の愛は単なることばや感情ではなく、御子イエス・キリストを与えるという行為として現れました。
・招詞は神の愛の宣言です。神は「あなたは尊い」「わたしはあなたを愛している」と語られます。
ヨハネ3:16は、神の愛の成就です。
神はその愛を、ひとり子イエス・キリストを与えることによって実際に示されました。
・招詞の「あなた」は、ヨハネ3:16では「世」へと広がります。
旧約では、神の契約の民イスラエルに語られた愛が、新約ではキリストによって、国や民族を越えて、すべての人に向けられた救いの招きとして示されます。
・招詞の「いのちの代わりにする」という表現は、ヨハネ3:16では「御子をお与えになる」ことにおいて最も深く表されます。
・旧約では、神がご自分の民を守り救うために歴史を動かされることが語られます。
新約では、その救いのために、神ご自身が最も尊い御子を与えてくださったことが語られます。
その愛がどれほど深いかを、御子イエス・キリストの贈与によって明らかにする福音のことばです。
私たちは、「私は神の目に尊い者として招かれています。」
そして、「その尊さと愛は、キリストを与えてくださった神の救いに根ざしている」と深く受け取ることができます。
・神はあなたを尊い者として愛しておられる。その愛は、ひとり子イエス・キリストを与えるほどの愛なのです。