江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2020年5月24日説教(使徒言行録8:1-8、26-40、散らされることを通して道が開いた) 

投稿日:2020年5月23日 更新日:

 1.迫害を通して福音が広がる

・ペンテコステの日に弟子たちは聖霊を受け、「救いの時が来た」と宣教を始めました。弟子たちの宣教を聞いて、悔い改めてイエスをキリストと信じる者たちが起こされ、教会が生まれ、宣教が続けられました。その結果、日々信じる者が与えられ、教会の群れは成長していきます。ただユダヤ教当局者はこの時点では、積極的な迫害はしませんでした。中核にいる使徒たちはユダヤ教の枠内にあって、神殿礼拝を大事にしていたからです。しかし、群れが拡大するに従い、神殿批判を行う信徒たちも出てきました。ステファノやフィリポのような、ギリシャ語を話すユダヤ人(ヘレニスタイ)たちは、「神は人の造った神殿には住まわれない。本当の神殿はイエスを信じる者の心の中にある(7:48)」と主張するようになりました。彼らはディアスポラと呼ばれる海外生まれのユダヤ人たちです。彼らは、広い世界を体験していますので、神殿礼拝という過去のしがらみから自由な信仰を持ち、ユダヤ教の枠の外に出ようとしていました。
・神殿に敬意を払う使徒たちには我慢できたユダヤ教当局者も、神殿を否定するステファノたちには我慢が出来ず、指導者たちは民衆を扇動してステファノをリンチにかけて殺し、それを契機にエルサレム教会内の自由主義者に対する迫害が始まりました(8:1)。多くのヘレニスタイたちがエルサレムを追われてユダヤとサマリアの各地に散って行きました。彼らは行った先々で御言葉を述べ伝えました。勢いづいて暴れまわる迫害者を前に、彼らは為すすべもなく散らされていきますが、その散らしを通じて、福音がエルサレムからユダヤ各地に広がって行ったのです。迫害がなければ教会はエルサレムに留まり続けた、神は迫害という災いを通して福音をエルサレムの外へ、「ユダとサマリアの全土でキリストを証しする」(1:8)ように彼らを押し出されました。
・その時の迫害者の一人がサウロ(後のパウロ、8:1)で、彼は「一方、サウロは家から家へと押し入って教会を荒らし、男女を問わず引き出して牢に送っていた」とあります。後の大使徒パウロは当初はキリスト教会の迫害者でした。他方、エルサレムを追われたキリスト者の一人がフィリポです。フィリポはサマリアに逃れてその地で福音宣教を行い、多くの者をバプテスマに導いたと使徒言行録は記します(8:5-8)。そのフィリポを通して、今度は福音が異邦人世界にも伝えられていきます。福音がどのようにして、ユダヤという地域の隔てを超えて異邦人に述べ伝えられていったかを記すのが、本日共に読みます、使徒言行録8章の記事です。

2.異邦人との出会い

・エルサレムを追われたフィリポは、サマリアの町に下り、人々にキリストを宣べ伝え、多くの回心者が与えられました(8:12)。その彼に新たな神の召しがあります。8章26節です「主の天使はフィリポに、ここをたって南に向かい、エルサレムからガザへ下る道に行けと言った。そこは寂しい道である」。「寂しい道である」と訳されている箇所の原文は、「荒野であった」です。当時、ガザは海沿いに新しい町が立てられ、古い町はさびれていました。ピリポが行けと命じられたのはその寂しい道、荒野の、誰も通りそうもない道でした。伝道は通常は人の多いところでなされます。しかし、行けと命じられたのは荒野であり、人がいるとは思えません。それでもフィリポは何も言わずに出かけました。
・その場所で、フィリポは一人のエチオピア人に会います。エチオピア女王の財政顧問をしていた宦官がそこを馬車で通りかかったのです。彼はエルサレム神殿に巡礼のために来て、故国に戻るところでした。当時、離散ユダヤ人がローマ帝国の各地に住み、礼拝と伝道を行っていました。旧約聖書も公用語であるギリシャ語(70人訳)に翻訳され、異邦人の改宗者も出てきました。このエチオピア人も改宗ユダヤ教徒で、エルサレム神殿への参拝を終えて、故郷に帰るところでした。彼は馬車の中でイザヤ書を読んでいましたが、異邦人の彼には理解が難しかったようです。フィリポが「読んでいることがお分かりになりますか」と声をかけたところ、エチオピア人は答えます「手引きしてくれる人がいなければ、どうして分かりましょう」。聖書は手引きしてくれる人がいない時、その真意がわかりにくい。だから私たちは水曜日や木曜日の祈祷会に集まって、一緒に聖書を読むのです。
・フィリポは一緒に馬車に乗り、彼が読んでいた聖書を手にとって読みました。次のような言葉でした「彼は、羊のように屠り場に引かれて行った。毛を刈る者の前で黙している小羊のように、口を開かない。卑しめられて、その裁きも行われなかった。だれが、その子孫について語れるだろう。彼の命は地上から取り去られるからだ」(8:32-33)。これはイザヤ書53:7-8のギリシャ語訳聖書からの引用ですが、エチオピア人はこれが誰について言われているのかを理解できませんでした。その彼にフィリポは言います「ナザレのイエスがこの世に来られ、十字架で死なれました。私たちはイエスが死なれた時、望みは絶えたと思いました。しかし、神はこのイエスを死からよみがえらせ、そのことを通じてイエスこそキリストであることを明らかにされたのです。私たちは復活されたキリストに出会いました。救いの時が始まったのです。この苦難の僕こそナザレのイエスで、彼を通して、私たちは救われるのです」。フィリポの熱心にエチオピア人は応答しました「ここに水があります。私にバプテスマを授けて下さい」。彼はフィリポからバプテスマを受けました。
・ここに初めて、ユダヤ人以外の異邦人がクリスチャンになりました。伝承によればこのエチオピア人は国に帰って人々に伝道し、多くの改宗者を得たといいます。今日、アフリカ諸国の多くはイスラム教国ですが、エチオピアだけは古くからのキリスト教国でした(コプト教と呼ばれます)。彼の改宗が影響しているのかも知れません。「ガザに下る道に行きなさい」という召命を受けてフィリポは従いました。人間的に見れば荒野では何の収穫も期待できません。しかし、神はこのエチオピア人に福音を伝えるためにピリポを召し、荒野に遣わされました。まさに神の思いは人の思いを超えています。

3.望みをなくした者に希望を

・今日の招詞にイザヤ56:3を選びました。次のような言葉です。「主のもとに集って来た異邦人は言うな、主は御自分の民と私を区別される、と。宦官も言うな、見よ、私は枯れ木にすぎない、と」。フィリポからバプテスマを受けたエチオピアの高官はイザヤ書を読んでいました。当時の聖書は羊皮紙に筆記された巻物で、非常に高価で、通常は会堂に備え付けられ、個人で買って読むものではありませんでした。彼は相当のお金を払って、イザヤ書の写本を買い求めたのでしょう。何故、そうしたのでしょうか。その謎を解く言葉が今日の招詞の中にあります。そこには、「異邦人や宦官は、今は主の会衆に加わることは出来ないが、時が来れば彼らも主の会衆に加わることが出来る」と預言されています。彼はこの言葉の中に、一筋の希望を見出したのです。
・異邦人も改宗して割礼を受ければユダヤ教徒になることが出来ますが、彼は不可能でした。彼は宦官として去勢されており、割礼を受けることが出来なかったのです。申命記23:2は規定します「睾丸のつぶれた者、陰茎を切断されている者は主の会衆に加わることはできない」。宦官とは去勢されて王宮に仕える役人であり、彼は男性機能の喪失と引き換えに高い地位に就いたのです。しかし今は宦官ゆえに、彼は主の会衆に加わることができない。彼はエルサレム神殿に参拝しましたが、宦官ゆえに聖所に参拝することは出来ませんでした。無割礼の者は、神殿の中庭に入ることは許されなかったのです。また彼は去勢しているゆえに、子を持つ希望がありませんでした。努力して、財をつくってもそれを継承する者はいなかった、彼は“枯れ木”だったのです。望みが絶たれているように見えた彼は、イザヤ書の中に一筋の光を見ました。イザヤ書は語ります「主はこう言われる。宦官が、私の安息日を常に守り、私の望むことを選び、私の契約を固く守るなら私は彼らのために、とこしえの名を与え、息子、娘を持つにまさる記念の名を、私の家、私の城壁に刻む。その名は決して消し去られることがない」(イザヤ56:4-5)。
・「お前は異邦人であり、宦官であり、救いの対象にはならない」と冷たく拒絶する律法を越えた希望を、彼はイザヤ書の中に見出しました。イザヤ53章は、主の僕が苦難のうちに死ぬことを通して、救いがユダヤ人から異邦人へ、貧しい人へも及ぶことを記しています。そして彼はフィリポの宣教を通して、主の僕イエスが彼のために死んでくださったことを知ります。ですから彼は言うのです「ここに水があります。バプテスマを受けるのに、何か妨げがあるでしょうか」。
・私たちは宦官ではありませんから、私たちの前に救いの道は閉じていません。でも、本当に道は開いているでしょうか。現代日本は格差社会と言われています。特にワーキング・プアと呼ばれる、派遣やパート労働者の問題があります。日本の労働人口は約6000万人ですが、その4割、2400万人は派遣やパート・アルバイトといった非正規労働者です。調査によれば正社員の平均月収は30万円を超えますが、派遣労働者は月収10~20万円です。さらに派遣労働者は賃金昇給がなく、10年後も20年後も同じ給与であり、雇用が不安定のため、結婚して子供を持つことができません。正社員になれば良いとの意見がありますが、企業は人件費抑制のために高コストの正社員を減らし、非正規社員を増やしており、派遣から正社員になる道はほとんどが閉ざされているのが現実です。つまり、派遣の人はいつまでも派遣で、派遣ゆえに収入が低く子供を持てず、派遣ゆえに社会の中で低い待遇しか受けることが出来ないのです。これは律法の壁に救いを阻まれていたエチオピアの宦官と同じ状況ではないでしょうか。道が閉ざされているのです。
・エチオピアの宦官は救いの道を求めました。エチオピアからエルサレムまで1000Km以上の道のりを、彼は求めて来ました。だから神は彼のためにフィリポを準備され、フィリポを通してキリストと出会い、希望が与えられました。現代の私たちも状況は同じです。派遣労働者も変革を求めることによって何かが変わり始めます。私たちがフィリポとなることを通して、彼らに道が開かれて行くのです。神の力の偉大さを信じた時に、私たちに為すべき道が示されて行きます。この方は教会の迫害者サウロを教会の伝道者に変えた力をお持ちの方です。イザヤ55章11節は歌います「私の口から出る私の言葉も、むなしくは、私のもとに戻らない。それは私の望むことを成し遂げ、私が与えた使命を必ず果たす」。この言葉を信じる人たちの群れが世の中を変えていきます。

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