江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2020年7月26日説教(第二テサロニケ3:1-13、信仰に報いる主)

投稿日:2020年7月25日 更新日:

1.苦難の中にある教会への二つの手紙

 

・弟子たちは宣教の業を続け、福音はエレサレムを超えて異邦世界に伝えられていきました。しかし、福音宣教は決して順調に行ったのではなく、多くの人々は弟子たちの言葉に耳を傾けませんでした。異邦人の冷やかな反応、ユダヤ人の繰り返される妨害の中でも、福音は伝えられていきました。その結果、新しく生まれた教会も、周囲の無関心とある人々の迫害の中で、苦闘していました。現在の私たちも同じ状況の中にあります。日本ではクリスチャン人口は1%に過ぎず、人々はクリスマスには関心を持っても、イースターや復活祭には無関心です。多くの人々は福音の中に命があることに気がつこうともしません。パウロは迫害と艱難の中にあるテサロニケ教会に二つの手紙を書いています。テサロニケ第一、第二の手紙です。今日はテサロニケ第二の手紙3章を共に読んでいきます。

・パウロは言います「兄弟たち、あなたがたのことをいつも神に感謝せずにはいられません・・・あなたがたが今、受けているありとあらゆる迫害と苦難の中で、忍耐と信仰を示していることを、神の諸教会の間で誇りに思っています」(1:3-4)。テサロニケ教会はパウロの伝道によって立てられました。ユダヤ人や異邦人たちの少数の者たちがパウロの宣教を聞いて偶像礼拝から離れ、キリストへの信仰に導かれましたが、迫害の中で苦闘していました。パウロはテサロニケ教会が心配で、弟子テモテを慰問に遣わし、その報告を受けて、手紙が書かれました「あなた方の信仰の戦いを私は知っているし、それを誇りにしています」とパウロは言い、「信仰の成長と共にお互いに対する愛が成長している」ことを喜びます。

・パウロもまた言います「神は正しいことを行われます。あなたがたを苦しめている者には、苦しみをもって報い、また、苦しみを受けているあなたがたには、私たちと共に休息をもって報いてくださるのです」(1:6-7)。信仰者は地上でどのような苦難や悲しみがあっても、やがて、それは慰められるとパウロは語ります「どうか、私たちの神が、あなたがたを招きにふさわしい者としてくださり、また、その御力で、善を求めるあらゆる願いと信仰の働きを成就させてくださるように」(1:11-12)。パウロは苦難が取り去られますようにとは祈りません。神の国の住人にふさわしいものにするために今苦難が与えられている、苦難はキリスト信徒の受ける栄光なのだと語ります。

 

2.終末は来たと混乱する教会への手紙

 

・テサロニケ教会は問題を抱えていました。教会内の一部の人々が、迫害の激化の中で終末=世の終わりを待望し、「すぐに終末が来る。いや、来たのだ。仕事をしている時などではない」(2: 2)と熱狂し、教会を混乱に巻き込んでいたのです。パウロはそのような教会を心配し、惑わされるなと伝えます。テサロニケの人びとは、自分たちに加えられる迫害や弾圧を、終わりの時のしるしと見たのかもしれません。人はこの世の成り行きから終末を考え、戦争・地震・飢饉・迫害等をその前兆と考えます。時代の閉塞感が強まった時、終末運動が歴史に現れます。11世紀の十字軍もその一つです。「キリストの再臨は近い。聖地エルサレムは異教徒によって汚染されている。聖地を浄化しなければならない」とのローマ法王の呼びかけで、十字軍は始まり、結果として、中世を終わらせました。

・この終末論は現在も強い影響力を持っています。アメリカが9・11のテロ攻撃の後、イラクを攻撃したのは、終末論が大きく影響していると言われています。「マホメットはテロリストであり、イスラムは悪である、彼らを倒して神の国を実現させよう。イラク戦争は聖戦だ」とキリスト教原理主義者は言いました。アメリカ型キリスト教原理主義者に対抗して、イスラム原理主義者は自爆テロ等の方法で対抗しています。イラク戦争は、キリスト教原理主義とイスラム教原理主義の戦いの様相を呈しました。しかし、パウロは言います「終末は神が歴史を完成させる時、信徒が救われる時なのだ」と。「それがいつであるか、私たちは知らないし、知る必要もない。あなた方はなすべきことを着実に行い、後のことは主に任せなさい」と。「私たちは主イエス・キリストに結ばれた者として命じ、勧めます。自分で得たパンを食べるように、落ち着いて仕事をしなさい。そして、兄弟たち、あなたがたは、たゆまず善いことをしなさい」(3:12-13)。「落ち着いて仕事をし、たゆまず善いことをしなさい」というパウロの勧告と、イスラム教徒を悪魔として殺し尽くそうとするアメリカ原理主義者の行動には、大きな隔たりがあります。テサロニケ教会で起きた出来事が、今も起こっている事を、私たちは知る必要があります。

 

3.祈りの支援を求める伝道者

 

・パウロは今、コリントで伝道しながら、テサロニケ教会へ手紙を書いています。伝道は苦戦しており、彼はそれを素直に認め、祈りで助けてほしいと願います「兄弟たち、私たちのために祈ってください。主の言葉が、あなたがたのところでそうであったように、速やかに宣べ伝えられ、あがめられるように、また、私たちが道に外れた悪人どもから逃れられるように、と祈ってください。すべての人に、信仰があるわけではないのです」(3:1-2)。コリントでは、道に外れた悪人=ユダヤ人によって宣教が妨害され、無関心な異邦人は耳を傾けようとはしません。「すべての人に信仰があるわけではないのです」という言葉は、パウロが開拓伝道に砂地に水をまくような空しさを感じていたことを示します。ですから、パウロはテサロニケの人々が祈りによって、パウロの戦いに参加してくれることを望んでいるのです。パウロは言います「主は真実な方です」。主はテサロニケではユダヤ人の妨害と異邦人の無関心の中で、教会を立てることを許して下さった。だからこのコリントでも教会形成は可能だと信じています。

・今日の招詞に使徒言行録18:9-10を選びました。次のような言葉です「ある夜のこと、主は幻の中でパウロにこう言われた『恐れるな。語り続けよ。黙っているな。私があなたと共にいる。だから、あなたを襲って危害を加える者はない。この町には、私の民が大勢いるからだ』」。コリントで苦闘するパウロに与えられた言葉です。使徒言行録18章を見ますと次のような記述があります「パウロは御言葉を語ることに専念し、ユダヤ人に対してメシヤはイエスであると力強く証しした。しかし、彼らが反抗し、口汚くののしった・・・ユダヤ人たちが一団となってパウロを襲い、法廷に引き立てて行って 『この男は、律法に違反するようなしかたで神をあがめるようにと、人々を唆しております』と言った」(使徒18:5-13)。コリントでは伝道が思うようにはかどらないばかりか、ユダヤ人たちはパウロを市当局に告発して、伝道を終わらせようとしています。しかし、主は言われます「この町には、私の民が大勢いる」。パウロにはその民は見えません。いくら伝道しても聞いてくれる人はいない、それでもパウロは伝道を続けます。

・「この町には、私の民が大勢いる」という言葉は、2000年間の教会の伝道を導く光でした。伝道者は、成果が見えない時は孤独です。しかし、神の民はそれぞれの地に必ずいます。伝道とは、隠されている神の民を見出すことです。私たちはこの篠崎の地で江戸川区の方々を対象に伝道しています。江戸川区の人口は70万人、それに対して教会は17しかありません。仮にキリスト者数が人口の1%であれば、江戸川区には7千人の潜在的なキリスト者がおり、1教会当り411人にもなります。411人の「神の民」が与えられているのに、私たちの教会の礼拝出席者が30名前後であることは明らかに私たちの努力不足があることを示します。

・コリント伝道がどのように為されていったかを振り返りましょう。失敗したアテネ伝道ではパウロは孤立無援を強いられましたが、成功したコリントでは、アキラとプリスキラ夫妻、テモテとシラスも加わり、チーム伝道がなされました。その結果、多くのコリント市民が信仰に導かれました。このチーム伝道こそ成功の秘訣ではないかと思います。私たちは、キリストを信じることによってキリストの体の一部となります。一部であって、全体ではない。教会を離れた信仰、一人だけの救いを求める信仰は、必ず挫折します。だから、私たちは、教会に集まるのです。教会の人々の祈りを求めたパウロは、今度は教会の人々のために祈り始めます「どうか、主が、あなたがたに神の愛とキリストの忍耐とを深く悟らせてくださるように」(3:5)。私たちの教会に今、最も必要なものは、祈りの交わりではないかと思います。牧会者と信徒の間に、そして信徒相互に、生き生きした祈りの交換が生まれる時、そこに神の国の先取りが生まれていきます。私たちが目指す教会は、「お互いが祈りあう教会」です。そして「あなたがたの信仰が大いに成長し、お互いに対する一人一人の愛が、あなたがたすべての間で豊かになっている」と言われるような教会形成をしたい。それが私たちの願いです。

・前にもご紹介したヘンドリック・クレーマーは「信徒の神学」で語ります「信徒は世にあり、世のもろもろの組織・企業・職業の中にくまなく存在する。その場所こそ彼らの宣教の場所だ。世にあるキリスト者、それが信徒であり、教会はその信徒を助け支える役割を持つ。教会は信徒を通じて、この世にキリストのメッセージを伝えていく。信徒こそが世に離散した教会である」。教会の将来を担うのはここにおられる信徒の方々の働きにかかっています。教会あるいは牧師はその信徒を助け支える役割を持ちます。「恐れるな。語り続けよ。黙っているな。私があなたと共にいる。この町には、私の民が大勢いる」、この言葉こそが私たちの信仰の核心です。

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