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日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2018年9月30日説教(士師記16:18-31、サムソンの罪と悔い改め)

投稿日:2018年9月30日 更新日:

2018年9月30日説教(士師記16:18-31、サムソンの罪と悔い改め)

 

1.サムソンの愚かさ

 

・旧約聖書「士師記」にありますサムソンとデリラの物語は、文学や音楽、映画などで数多く取り上げられて有名です。「失楽園」等を書いた17世紀英国の詩人ミルトンは、この物語をギリシャ悲劇の様式に倣った劇詩「闘士サムソン」として創作しました。またヘンデルやサン・サーンスは「サムソンとデリラ」をオペラ化しています。レンブラントは「目をえぐられるサムソン」を絵画にしています。さらにセシル・デミルは物語を「サムソンとデリラ」として映画化しています。サムソン物語は、聖書の中でも最も知られた物語の一つです。何が芸術家たちをそのように魅惑するのでしょうか。今日は士師記の最終章である16章から物語を聞いていきます(士師記17章以下は後代の付加であり、サムソンは最後の士師です)。

・「サムソンは聖別されたナジル人として、人々の期待の中で生まれ、成長しました」(13:24-25)。彼は無双の力を持つ救国の英雄でしたが、欠点は女性の魅力に弱いことで、最初はペリシテ人女性を愛し、結婚しますが、争いを起こして失敗しています。そのサムソンがまたもペリシテの女に迷うところから16章の物語は始まります。「サムソンはソレクの谷にいるデリラという女を愛するようになった」(16:4)。ペリシテ人たちは自分たちを苦しめるサムソンの怪力の秘密を知るためにデリラを誘います「サムソンをうまく言いくるめて、その怪力がどこに秘められているのか、どうすれば彼を打ち負かし、縛り上げて苦しめることができるのか、探ってくれ。そうすれば、我々は一人一人お前に銀千百枚を与えよう。」(16:5)。

・デリラは金銭の欲と同胞の脅しの中で、サムソンに言い寄り、力の秘密を探ろうとしますが、サムソンは応じません。デリラは何度も哀願します「あなたの心は私にはないのに、どうしてお前を愛しているなどと言えるのですか。もう三回もあなたは私を侮り、怪力がどこに潜んでいるのか教えてくださらなかった」(16:15)。来る日も来る日もデリラがこう言って迫ったので、サムソンは耐えきれず、ついに心の中を一切打ち明けたと士師記は記します「私は母の胎内にいた時からナジル人として神にささげられているので、頭にかみそりを当てたことがない。もし髪の毛をそられたら、私の力は抜けて、私は弱くなり、並の人間のようになってしまう」(16:17)。デリラはサムソンを眠らせて、その髪の毛をそり、力はサムソンを去ります。彼はペリシテ人に捕らえられ、目をくりぬかれて奴隷にされます。「サムソンは眠りから覚めたが、主が彼を離れられたことには気づいていなかった。ペリシテ人は彼を捕らえ、目をえぐり出してガザに連れて下り、青銅の足枷をはめ、牢屋で粉をひかせた」(16:20-21)。私たちは神によって生かされています。サムソンの力も神から与えられたものです。その力は、彼が生まれる前からナジル人として神にささげられた者であることによって、神から与えられた賜物でした。しかしそのことを忘れた時、神の力はサムソンから去り、サムソンはただの人になってしまいました。

 

2.サムソンの悔い改め

 

・サムソンは、全てを失い、光さえも失った牢獄の中で、自分がかつて主なる神に捧げられた者だったこと、それによって力を神の賜物として与えられていたのだということを、初めて本当に知り、自覚します。そして自分の神に捧げられた者としての人生を、デリラへの執着、彼女への欲望のゆえに売り渡してしまったこと、神との関係よりも人間との関係を、女性への欲望を第一としたために、かけがえのないものを失ってしまったことを、後悔と共に知ったのです。人間は追いつめられないと真実は見えないのです。

・しかし追い詰められた人が真摯に悔い改めて祈る時、神は人の声を聴いてくださいます。サムソンの髪の毛は再び伸び始め、それに伴い、彼の力も復活しました。サムソンは自分の罪を悔い、祈り、神との交わりが回復したのです。それを知らないペリシテ人はサムソンを見世物にして楽しもうと宴席にサムソンを呼びます。士師記は記します「ペリシテ人の領主たちは集まって、彼らの神ダゴンに盛大な生贄をささげ、喜び祝って言った。『我々の神は敵サムソンを我々の手に渡してくださった』。民もまたサムソンを見て、彼らの神をたたえて言った。『わが国を荒らし、数多くの同胞を殺した敵を、我々の神は、我々の手に渡してくださった』。彼らは上機嫌になり、『サムソンを呼べ。見せ物にして楽しもう』と言い出した。こうしてサムソンは牢屋から呼び出され、笑いものにされた」(16:23-25)。

・サムソンは最後の力を振り絞って主に祈ります「私の神なる主よ。私を思い起こしてください。神よ、今一度だけ私に力を与え、ペリシテ人に対して私の二つの目の復讐を一気にさせてください」(16:28)。そこには自分の命をも捨てる真剣な祈りがありました。サムソンは「建物を支えている真ん中の二本を探りあて、一方に右手を、他方に左手をつけて柱にもたれかかった。サムソンは『私の命はペリシテ人と共に絶えればよい』と言って、力を込めて押した。建物は・・・そこにいたすべての民の上に崩れ落ちた。彼がその死をもって殺した者は、生きている間に殺した者より多かった」(16:29-30)。

 

3.サムソン物語をどう読むか

 

・今日の招詞に詩篇107:12-14を選びました。次のような言葉です。「主は労苦を通して彼らの心を挫かれた。彼らは倒れ、助ける者はなかった。苦難の中から主に助けを求めて叫ぶと、主は彼らの苦しみに救いを与えられた。闇と死の陰から彼らを導き出し、束縛するものを断ってくださった」。17世紀英国の詩人で『失楽園』を書いたミルトンは、この物語をギリシャ悲劇の様式に倣った劇詩として創作しました(闘士サムソン)。そこにはかつて天下無双の怪力を誇った英雄の姿はなく、妖艶な女性の魅力に負けた結果、敵方に囚われ、視力を奪われ、労役を科せられながら、過去を内省して苦闘する人間の姿が描かれています。ジョン・ミルトンは41歳の時、過労で失明しています。自らが失明して、彼は失明したサムソンの悲しみと祈りを理解したのでしょう。ミルトンは盲目でありながら「イリアス」や「オデッセイア」を描いたギリシャ詩人ホメロスをあげ、盲目が〈内面の目〉を培い、真の洞察に至ることを説きます。

・ミルトンが代表作「失楽園」を書いたのは、彼の失明後です。ミルトンは語りました。「盲目であることが悲惨なのではない、盲目に耐えられないことが悲惨なのだ。真理のための受難は崇高なる勝利への勇気なのだ」。ミルトンと同じように、盲目の中で自分は何を為すべきかを考え抜いた全盲の牧師がいます。玉田敬次牧師は神学校を卒業して宮城県の教会に牧師として赴任しますが、全盲の自分が晴眼者ばかりの教会に赴任して仕事が出来るだろうかという不安を持っていました。その彼に恩師が語ります「教会は牧師一人が働くところではなく、役員や会員が一緒になって奉仕する場所である。目に見える牧師はつい自分一人でやっていくことが多い。しかしあなたは目が見えないから、嫌でも信徒の手助けを借りなければならない。その方が真の教会の姿である」。目が見えないからこそ為すべきことがあることを示されたのです。

・玉田牧師はやがて故郷に戻り、芦屋三条教会の牧師になり、多くの人を育てましたが、その一人が小森禎司氏です。小森氏も全盲でしたが、励ましを受けて明治学院大学で英文学を学び、やがて桜美林大学の教授となり、ジョン・ミルトン研究に生涯を捧げます。盲目の中で「失楽園」を書いたミルトンを紹介する事こそ、自分に与えられた天命だと全盲で生まれた小森氏は思われた。詩編は歌います「苦難の中から主に助けを求めて叫ぶと、主は彼らの苦しみに救いを与えられた」。主の助けがあれば、盲目になっても多くのことが出来ることを、サムソン物語は語ります。ミルトンはサムソンの生き方に励まされて「失楽園」を書き、小森禎司氏は失楽園を読んでジョン・ミルトン研究に生涯を捧げ、その小森氏に触れて多くの盲人たちが励まされました。

・サムソンは途方もない乱暴者で、女性の誘惑に弱く、失敗ばかりを繰り返し、最後は敵に捕らえられて目を抉り出されるような悲劇も経験しています。しかし、残酷な抑圧者であるペリシテ人に対し、繰り返し抵抗します。民衆は失敗しても失敗しても諦めないサムソンの姿に感動しています。このことは現代日本社会に大事なメッセージを語るのではないかと思います。サムソン物語が私たちに伝えるのは、やり直すことを認める寛容性です。田原総一朗氏は「日本人の不寛容性が日本の成長を阻害している」と語ります。「日本の最先端の研究所はアメリカのシリコンバレーに集中している。何故か、それは日本の経営者たちは失敗を恐れてチャレンジせず、企業の価値判断が失敗を許されない空気に包まれているからだ。しかし、シリコンバレーでは、3回4回失敗しないと相手にされない。失敗をおかすことが特権なのである。社会全体が失敗を甘受しないと、研究者が活躍できない」。畑村洋太郎氏は「失敗学」という本を書きました。失敗に学び、同じ愚を繰り返さないようにするためにはどうすればよいか、それは人を責めるためではなく、同じ失敗を繰り返さないための学問です。日本人は不都合な真実を隠そうとしますが、それは失敗に向き合うことを許さない社会の体質があるためです。しかしやり直すことを認めない不寛容の国は滅びます。多くの芸術家たちが、盲目になったサムソンに惹かれたのは、盲目になってもあきらめず、今一度のやり直しを祈って為し遂げたからです。

・ペテロは生前に三度イエスを否定していますが、教会は、彼の失敗を責めず、彼を教会の筆頭使徒に立て、そのことによって初代教会は活動を拡大する事ができました。パウロは教会の迫害者でありながら復活のイエスと出会い、偉大な伝道者になりました。もしパウロがかつて教会を迫害したことをもって教会が彼の伝道活動を阻んだら、今日のキリスト教会はなかったでしょう。神は自分に不誠実であったサムソンに、何度もやり直しの機会を与えられました。髪の毛をそられて力を喪失したサムソンに対し、彼の髪の毛を再び伸ばすことにより力を与えてくれました。聖書は「人にやり直すことを認める赦しの福音」に満ちた書なのです。聖書は、「人間の失敗とそれを赦す神の憐れみの歴史」を物語る書なのです。

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