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日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2016年5月1日説教(ヨハネ黙示録12:1-18、国家と教会)

投稿日:2016年5月1日 更新日:

2016年5月1日説教(ヨハネ黙示録12:1-18、国家と教会)

 

1.サタンと地上の教会

 

・ヨハネ黙示録を読み続けています。ヨハネ黙示録は理解が難しい書です。今日読むのは黙示録12章ですが、そこに出てくるのは「太陽をまとった身ごもった女性」であり、「赤い竜」であり、「竜は女が子を産んだらそれを食べようと待ち望んでいる」という光景です。物語が天界における神とサタンの戦いを示していることはおぼろげに理解できますが、現代の私たちにあまりにも荒唐無稽な記述であり、学ぶことに意味があるのだろうかと思わずにはいられない物語です。しかし黙示録の書かれた時代背景を知る時、言葉の意味が理解されてきます。

・黙示録は最初の三章は小アジアの諸教会にあてたヨハネの手紙です。スミルナにあてた手紙では次のように語られます「あなたは、受けようとしている苦難を決して恐れてはいけない。見よ、悪魔が試みるために、あなたがたの何人かを牢に投げ込もうとしている。あなたがたは、十日の間苦しめられるであろう。死に至るまで忠実であれ」(2:10)。スミルナ教会では皇帝礼拝に従わない信徒たちが投獄され、死の危険にある様子がうかがえます。またペルガモン教会への手紙では「私は、あなたの住んでいる所を知っている。そこにはサタンの王座がある。しかし、あなたは私の名をしっかり守って、私の忠実な証人アンティパスが、サタンの住むあなたがたの所で殺された時でさえ、私に対する信仰を捨てなかった」(2:13)とあります。ペルガモンにはローマ皇帝を神としてまつる神殿があり、その地の官憲は特にやかましく皇帝礼拝を市民に押し付け、アンティパスという信徒が信仰を守ったために殺されたと報告されています。ヨハネ黙示録は皇帝礼拝強制という時代の中で書かれています。矢内原忠雄は注解の中で語ります「黙示録は象徴的な言葉で書かれているが、そのような象徴的な言い方をしなければいけないほど、時代の空気はひっ迫していた」(矢内原忠雄「ヨハネ黙示録講義」、岩波書店、p386)。

・12章の物語を読んで行きましょう。そこにあるのは、天上における神とサタンの戦いの様子です。地上においてはサタンが支配し、教会は迫害の中で希望を失いかけています。絶望するヨハネに幻が与えられます。ヨハネは記します「天に大きなしるしが現れた。一人の女が身に太陽をまとい、月を足の下にし、頭には十二の星の冠をかぶっていた」(12:1)。女は十二の星の冠をかぶっています。12部族からなる旧約の民と、それを継承する12使徒に導かれる新約の民(教会)を表象していると言われます。女は身ごもっており、産みの苦しみのために叫び、そこにサタンが現れ、子が生まれたらそれを食べようと待ち構えています「もう一つのしるしが天に現れた。見よ、火のように赤い大きな竜である。これには七つの頭と十本の角があって、その頭に七つの冠をかぶっていた・・・竜は子を産もうとしている女の前に立ちはだかり、産んだら、その子を食べてしまおうとしていた」(12:2-4)。サタンは古代では竜(ギリシャ語=ドラゴン)として表象されていました(12:9「この巨大な竜、年を経た蛇、悪魔とかサタンとか呼ばれるもの、全人類を惑わす者」)。そのサタンの目の前で女は子を産みます。「その子は、鉄の杖ですべての国民を治めることになっていた。子は神のもとへ、その玉座へ引き上げられた」(12:5)とヨハネは記します。「鉄の杖で諸国を治める者」とは詩篇2:9に語られるメシアです。ここには「神の民の中からメシア・キリストが誕生された。サタンはそれを滅ぼそうとしたが失敗した」ことが象徴的に書かれています。

・キリストを殺すことに失敗したサタンは女を殺そうとしますが、女は荒れ野に逃げ、3年半の間守られたとあります(12:6)。三年半とは完全数である七年の半分、「しばらくの間」という意味を持ちます。地上では教会への迫害は今しばらく続くが、それも限られており、教会は神の用意された場所で生き続けることが出来るとヨハネは語ります。記述の背景には紀元70年のローマ軍によるエルサレム占領時、教会は崩壊の前にヨルダン川の東ペラの地に逃れ、生き残った歴史上の出来事があります。ヨハネの教会も小アジアに逃れた戦争の生き残り者の群れです。ヨハネにとって、祖国を滅ぼし、多くの同胞を殺戮したローマがサタンに見えるのも当然です。

2.サタンが天から追放される

・12章後半からは神とサタンの天上における戦いの模様が記されています「天で戦いが起こった。ミカエルとその使いたちが、竜に戦いを挑んだのである。竜とその使いたちも応戦したが、勝てなかった。そして、もはや天には彼らの居場所がなくなった。この巨大な竜、年を経た蛇、悪魔とかサタンとか呼ばれるもの、全人類を惑わす者は、投げ落とされた。地上に投げ落とされたのである」(12:7-9)。
・メシアの到来と共にサタンは地に投出されたとヨハネは記しますが、イエスご自身も天上においてサタンは既に敗れていると認識されていました。ルカは記します「イエスは言われた『私は、サタンが稲妻のように天から落ちるのを見ていた。蛇やさそりを踏みつけ、敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を、私はあなた方に授けた。だからあなたがたに害を加えるものは何一つない』」(ルカ10:18-19)。天上ではサタンが敗れ去ったことを讃美する声がわき上がります「今や、我々の神の救いと力と支配が現れた。神のメシアの権威が現れた。我々の兄弟たちを告発する者、昼も夜も我々の神の御前で彼らを告発する者が、投げ落とされたからである。兄弟たちは、小羊の血と自分たちの証しの言葉とで、彼に打ち勝った。彼らは、死に至るまで命を惜しまなかった。このゆえに、もろもろの天と、その中に住む者たちよ、喜べ。地と海とは不幸である。悪魔は怒りに燃えて、お前たちのところへ降って行った。残された時が少ないのを知ったからである」(12:10-12)。

・ヨハネは記します。「竜は、自分が地上へ投げ落とされたと分かると、男の子を産んだ女の後を追った。しかし、女には大きな鷲の翼が二つ与えられた・・・蛇は、口から川のように水を女の後ろに吐き出して、女を押し流そうとした。しかし、大地は女を助け、口を開けて、竜が口から吐き出した川を飲み干した」(12:13-16)。キリストは天にあり、神の民は地上にいます。それゆえに神の民の苦難は続きますが、地にある神の民(教会)も神の加護の中にあることをヨハネは確信しました「竜は女に対して激しく怒り、その子孫の残りの者たち、すなわち、神の掟を守り、イエスの証しを守り通している者たちと戦おうとして出て行った」(12:17)。

 

3.国家と教会

 

・今日の招詞に使徒言行録5:29を選びました。次のような言葉です「ペトロとほかの使徒たちは答えた『人間に従うよりも、神に従わなくてはなりません』」。私たちの国家に対する考え方の基本は、パウロやペテロが教えるように、「国家は神の秩序であり、国家の長である為政者を敬いなさい」というものです(ローマ13:1、第一ペテロ2:17)。しかし、黙示録が描くように、国家がサタン化する時もあります。その時には「人間に従うよりも、神に従わなくてはならない」。

・ヨハネ黙示録はサタン化した国家との戦いを13章以下に展開します。キリストの誕生を阻止できなかった竜は、海辺に立ち、配下となる獣を呼び出します。海とは地中海であり、海の彼方にはローマがあります。海から現れた獣には十の角と七つの頭がありました(13:1)。獣はローマ帝国で、それは地中海を制し、七つの丘を持つローマに立てられました「竜はこの獣に、自分の力と王座と大きな権威とを与えた」(13:2)。ローマ皇帝はサタンの権力の政治的表現であることがここに暗示されています。故に、ローマ皇帝は自分を「主」、「救い主」と呼ばせたとヨハネは理解しています。そして三年半の間、サタンはその勢力を振うことが許されました。

・13章後半には第二の獣が現れ、この獣の名前は666といわれます。当時のアルファベットはそれぞれ数字の代用であり、NERON QESAR(皇帝ネロ)をあわせると666になります。ネロとその後継であるローマ皇帝こそ、獣の正体であるとヨハネは語るのです。三年半の間、サタンはその勢力を振うことが許されますので、キリスト教徒に対するローマ帝国の迫害は続き、信徒はさらに捕らえられ、殺されていきます。しかし、「三年半」、限られた時間は終わる、ヨハネ教会を迫害したドミティアヌスは翌96年に暗殺されて死に、帝国からの迫害は終わります。太平洋戦争中、日本の教会は天皇を拝めと強制されましたが、その迫害も三年半で終わりました。黙示録は神話や幻に満ちた不思議な書ですが、その真実は紀元95年頃の迫害に苦しむ小アジア諸教会への慰めの書です。ですから時代背景を無視して、そのまま現代に適用するには慎重である必要があります。

・しかし同時に黙示録の描くサタンに象徴される悪の力を過小評価してもいけないと思います。サタンがいるかどうかは別にして、人間を苦しめる悪の力は間違いなく存在し、その悪の力がアウシュビッツの殺戮を引き起こし、原爆を投下させ、いまなお戦争を起こしています。「アメリカン・スナイパー」という映画があります。2001.9.11以降のイラク戦争を舞台に、米軍史上最多の160人を射殺した実在の狙撃手クリス・カイルを描いた作品です。カイルは英雄として多くのマスコミに取り上げられましたが、映画では残酷な戦場と幸せな家庭の狭間で、精神が徐々に崩壊していき、やがて犯罪に巻き込まれて死ぬ人物として、描写されています。

・映画の背景にはアメリカで社会問題化している戦争帰還兵士たちの心の病PTSD(心的外傷後ストレス障害)があります。アメリカ政府の統計では2010年に年間6570名のイラク帰還兵が自殺しています。2001年以来のアフガニスタンとイラクの戦争で死亡したアメリカ兵は総計6316名なので、それ以上の人が母国に帰って自殺した計算になります。200万人の米軍帰還兵のうち50万人がPTSDを病み、薬物中毒やアルコール依存になり、その果てに自殺しているのです。戦争は被害者を殺すだけでなく、加害者をも殺していく、まさにサタンの行為と言わざるを得ません。日本でも2015年に安全保障法制が成立し、今後自衛隊の海外派遣が増えていくと思われます。2003-2009年にイラクに派遣された延べ1万人の自衛官のうち28人が帰還後自殺しています。アメリカの悲劇が日本の悲劇になりかねない現実があります。今がどういう時代か、その見極めが必要であり、そのために今黙示録を読むように命じられているのです。

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