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日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2015年4月26日説教(使徒言行録13:42-52,神に導かれた人生)

投稿日:2015年4月26日 更新日:

2015年4月26日説教(使徒言行録13:42-52,神に導かれた人生)

 

1.迫害を通して伝えられた福音

 

・復活のイエスに出会った弟子たちはエルサレムに教会を形成しました。その中心になったのは、ペテロやヨハネ等ガリラヤ以来の弟子たちで、彼らは復活のイエスに出会ってその存在を変えられた人々ですが、信仰的には「律法を守り、神殿を尊ぶ」ユダヤ教徒でした。彼らはあくまでも「ユダイオン」(ユダヤ教徒)であり、誰も彼らを「クリスティアノス」(キリスト者)とは呼びませんでした。ところが海外生まれのユダヤ人たちが教会に加入してくると、教会は変わり始め、ユダヤ教から自由な信仰を持つギリシア語系信徒たちはエルサレムを追放されます。散らされていった信徒たちの一部はシリアのアンティオキアにまで行きます。そこで初めて異邦人たちも教会の輪の中に加えられていき、その地で彼らが「キリスト者」(クリスティアノス)と呼ばれるようになります。使徒言行録13章はこのアンティオキアから、更に異邦世界に福音が拡がっていく様を描いています。

・アンティオキア教会は紀元35年頃に設立され、それから10年経ち、今はバルナバとパウロを中心に順調に成長していました。その教会に預言者を通じての神の言葉が伝えられます「バルナバとサウロを私のために選び出しなさい。私が前もって二人に決めておいた仕事に当たらせるために」(13:2)。教会の働きは内部だけで完結するものではなく、「地の果てまでも主の証人になる」(1:9)ことです。バルナバとサウロは教会の中核であり、二人がいなくなると教会は困りますが、それが神の御心であれば従おうと教会は決心し、二人を教会の任務から解放し、伝道へと派遣します。教会から送り出されたバルナバとサウロは、最初にバルナバの故郷であるキプロス島に向かいました。13章前半はこのキプロスでの伝道の模様を描いています。キプロスでの宣教を終えたパウロたちは、船で小アジア(現在のトルコ)のペルゲに渡り、そこからピシディヤ州アンティオケに進みます。当時、その地はガラテヤと呼ばれていました。

・彼らは安息日にユダヤ教の会堂(シナゴーク)を訪れます。ユダヤ教の会堂では安息日ごとに人々が礼拝に集まり、律法と預言の書(旧約聖書)が読まれた後、一人の人が立って短く説教します。今日のキリスト教会の礼拝の原型はこのシナゴーク礼拝から来ています。会堂管理者は、巡回伝道者と思えるパウロとバルナバが来ているのに気づき、「会衆のために励ましのお言葉があれば、話して下さい」と声をかけてくれました。パウロは早速立ち上がり、「イスラエルの人たち、ならびに神を恐れかしこむ方々、よく聞いてください」と語り始めます。イスラエルの人たちとはユダヤ人、神を恐れかしこむ人々とは改宗した異邦人のことです。会堂に集まったユダヤ人と異邦人に向けてパウロは語り始めます。そのパウロの説教が16節から41節にかけて記録されています。

 

2.神が導く人生と人が導く人生

 

・パウロの説教前半部分の特徴は、主語がすべて神であることです。「神は、私たちの先祖を選び出し・・・神はエジプトから導き出し・・・神はカナンの地を相続させて下さり・・・神は裁く者たちを任命なさり・・・神はサウルをお与えになり・・・神はダビデを王の位につけ・・・神は約束に従って、このダビデの子孫からイスラエルに救い主イエスを送って下さった」(13:17-25)。「神は、神は、神は」、歴史の主体は神であり、神が世界を支配し、歴史を導いておられるとパウロは証言します。この認識は非常に大事なことです。神を信じない人々は言います「歴史の主体は人間であり、人間が歴史を作っている。神などいない、いるのは人間だけであり、強い者の歴史だけが残っていく」。もし人が歴史の主体は人間だと考えれば、彼の人生は他の人々との戦いになります。弱肉強食の世界の中で、勝った人だけが表舞台を歩き、負けた人は退場を余儀なくさせられます。このような社会では平安はありません。勝った人もいつかは負けていくからです。

・他方、歴史の主体が神だとすれば、私たちの人生は別の歩み方になります。もし、私たちが、歴史は神により導かれていることを信じるならば、私たちの人生もまた、「神が選び、導き、育み、与えた」人生であることになります。私たちが出会う人、出来事、全ては偶然ではなく、必然だということになります。私たちが今、課題や問題を抱えているとすれば、それは神によって与えられていることになります。そして神が恵みの神であるとすれば、それは私たちを呪うためではなく、祝福に導くために与えられていることになります。このことを信じるとき、人生の意味は根本から変わってきます。どのような人生であろうとも、それを肯定できるようになるのです。パウロの説教は、私たちがどのような歴史認識を選ぶのかと問いかけてきます。どちらを選ぶのかは、私たちの人生を左右する選択です。信仰とは自分はどのような人生を生きるのかを選び取ることです。

・26節から説教は後半に入り、後半の特徴は、主語が人になっていることです「エルサレムに住む人々は・・・イエスを罪に定め・・・イエスを死刑にするように求め・・・イエスを木から降ろし、墓に葬りました」(13:27-29節)。神が主語の時は祝福と恵みがあったのに、人が主語になるとそれは呪いと悪意に変わります。救い主が世に送られたにもかかわらず、人々はこれを拒否し、十字架につけて殺しました。それにもかかわらず神は人々の悪意を超えて行動をされた、「神はイエスを死者の中から復活させてくださった」(13:30)。結論部分でパウロは語ります。「だから、兄弟たち、知っていただきたい。この方による罪の赦しが告げ知らされ、また、あなたがたがモーセの律法では義とされえなかったのに、信じる者は皆、この方によって義とされるのです」(13:38-39)。

・パウロが説教を終えた時、そこに大きな感動が生まれました。パウロの説教はこれまで聞いたことのない、新しい教えだったからです。人々は「次の安息日にもまた話して下さい」と頼みます。次の安息日になると、町中の人々が説教を聞くために集まってきました。特に異邦人求道者がたくさん集まって来ました。ユダヤ教の礼拝には異邦人も参加することが許されていましたが、彼らがユダヤ教に改宗するためには、モーセ律法に従い、割礼を受けることを求められました。多くの異邦人は、聖書の教えには惹かれましたが、割礼を受けることはためらっていました。ですから「異邦人は異邦人のままで、割礼も律法もなしで救われうる」というパウロの言葉は彼らに解放の福音として響きました。

・しかし、多くの異邦人が会堂に集まってきた事は、ユダヤ人たちに腹立たしさを与えました。パウロの説教は正統派ユダヤ人には危惧を与えるものでした。ユダヤ人は異邦人に割礼を求めましたが、パウロは「割礼を受ける必要は無い」と明言しました。ユダヤ人が大事にする律法を、パウロは「人は律法では救われない」と述べました。彼らは先週の説教は我慢して聞いていましたが、パウロの説教を再び聴くためにこれほどの異邦人が集まってきたのを見て、彼らの苛立ちは募りました。「ユダヤ人はこの群衆を見てひどくねたみ、口汚くののしって、パウロの話すことに反対した」とルカは記述します。それに対し、パウロは語ります「神の言葉は、まずあなたがたに語られるはずでした。だがあなたがたはそれを拒み、自分自身を永遠の命を得るに値しない者にしている。見なさい、私たちは異邦人の方に行く」(13:45)。

・「神の選びの民とされているあなたがたが神の招きを受け入れないならば、神はあなたがたを捨て、異邦人を新しい選びの民とされるだろう」と明言したわけです。ユダヤ人指導者たちは怒り、町の有力者を扇動して、パウロとバルナバを町から追い出しました。この出来事は、表面的に見れば伝道の挫折です。しかし、このことを通して、福音が世界中に広がっていくきっかけとなりました。後にパウロはローマ教会への手紙の中でこう述べています「ユダヤ人がつまずいたとは、倒れてしまったということなのか。決してそうではない。かえって、彼らの罪によって異邦人に救いがもたらされる結果になりましたが、それは、彼らにねたみを起こさせるためだったのです」(ローマ11:11)。もしユダヤ人が福音を受け入れれば、キリスト教はユダヤ教イエス派で終わったことでしょう。ユダヤ人が福音の受け入れを拒否したことにより、福音が異邦人にも伝えられることになり、キリスト教は民族宗教から全人類への福音となっていったのです。神の不思議な業がここにあります。

 

3.歴史は神の導きの中にある

 

・今日の招詞に使徒言行録14:1を選びました。次のような言葉です「イコニオンでも同じように、パウロとバルナバはユダヤ人の会堂に入って話をしたが、その結果、大勢のユダヤ人やギリシア人が信仰に入った」。パウロやバルナバの伝道はローマ帝国の各地にあったシナゴークを足がかりとしてなされています。アンティオキアでもイコニオンでもそうでした。シナゴークはユダヤ民族の流浪の象徴です。ユダヤは外国勢力により何度も国が滅ぼされ、その度に多くの人々が離散していきました。デイアスポラと呼ばれる放浪ユダヤ人です。彼らは逃れた各地に居住区を造って住み、シナゴークと呼ばれる会堂を中心に信仰生活を守りました。離散したユダヤ人たちは当時の共通語であったギリシア語を話し、旧約聖書もギリシア語(70人訳)で読まれました。こうして、各地のシナゴークにギリシア語聖書を読み、安息日ごとに礼拝する人々の群れが置かれ、パウロやバルナバの伝道はこのシナゴークを基点として為されたのです。歴史的に見れば、イスラエルは戦争に負けて国を失い、ある者は捕囚され、別の者は遠いアジアやヨーロッパまで流れて行きました。民族の悲劇です。しかし、神の眼から見れば、パウロが伝道を始めた時、既に世界中にシナゴークのネットワークが張られ、福音はそのネットワークを通じて広がっていきました。人間の目には悲劇と思える出来事も、神はそれを良い目的のために用いられます。

・この神の不思議な業を知った者は、今日たまたまこの教会に来て、たまたま使徒言行録を聞いたとは思いません。私たちは今日、神に招かれてこの教会に来て、神の言葉を聞いたのです。それは私たちが神の良い知らせを運ぶ者として召し集められたことを意味します。私たちはそれぞれの人生のある時、キリストに出会いました。そしてキリストを通して、神が私たちを愛しておられること、私たちが罪から自由になること望んでおられることを知りました。現実の私たちの生活の中にはいろいろな問題があります。すぐには解決が出来ないような苦しみをそれぞれが持っています。しかし明日に対する不安はありません。なぜならば使徒を通して次のような言葉を聴くからです「神は、これほど大きな死の危険から私たちを救ってくださったし、また救ってくださることでしょう。これからも救ってくださるにちがいないと、私たちは神に希望をかけています」(Ⅱコリント1:10)。

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