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日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2015年11月29日説教(創世記11:1-9、バベル崩壊により新しいものが生まれた)

投稿日:2015年11月29日 更新日:

2015年11月29日説教(創世記11:1-9、バベル崩壊により新しいものが生まれた)

 

1.バベルの塔

 

・今日からアドヴェント、待降節に入ります。キリストの来臨を待ち望む時です。この日に与えられたテキストが創世記11章、バベルの塔の物語です。創世記は1-11章が原初史で、バビロン捕囚時代に最終編集されたと言われています。イスラエルは紀元前587年、祖国をバビロニア帝国に滅ぼされ、指導者たちは異国の地バビロンに捕囚となりました。自分たちは「選民である」という誇りを持っていたイスラエル民族にとって、この亡国・捕囚の出来事は衝撃的でした。神は何故自分たちを捨てられたのか、自分たちは異国の地で滅び去るのかと苦悩します。70年に及ぶ捕囚の中で、彼らは祖先から伝えられた伝承を調べ、その記録がやがて創世記といわれる書にまとめられていきました。

・その中で創世記11章はどのような意味を持っているのでしょうか。11章は記します「世界中は同じ言葉を使って、同じように話していた。東の方から移動してきた人々は、シンアルの地に平野を見つけ、そこに住み着いた。彼らは『れんがを作り、それをよく焼こう』と話し合った。石の代わりにれんがを、漆喰の代わりにアスファルトを用いた。彼らは『さあ、天まで届く塔のある町を建て、有名になろう。そして、全地に散らされることのないようにしよう』と言った」(11:1-4)。シンアルの地はバビロニアを指し、物語は都市と塔の建設というメソポタミアの歴史を背景にしています。メソポタミアでは、複数の町で最上階に神殿を築いた巨大な方形の塔(ジッグラト)が発見されています。バビロンで見つかった粘土板に楔形文字で記された物語によれば、この塔の土台は幅と奥行が約90メートル、高さは90メートルほどあったといいます。バベルの塔のモデルになったのは、このジグラットだといわれます。高さ90メートルは現代のビルでいうと30階建の高層ビルです。2500年前の人々が30階建てのビルに相当する建物を建築する技術を持っていたことは驚くべきことです。そして、それを可能にしたのは、「日干し煉瓦とアスファルト」という、それまでの「石と漆喰」に代わる新しい素材でした。技術革新が高層ビルの建設を可能にしたのです。

・国を滅ぼされたイスラエル人は強制的にメソポタミア地方に移住させられ、首都バビロンで天にそびえる高い塔を見せられます。バビロニア人はその塔を「エ・テメン・アンキ」(天と地の基礎なる家)と呼び、「これこそ神が立てられた世界の中心だ。我々こそ世界を治める民族であり、この塔はそのしるしだ」と誇りました。敗戦国イスラエルの民は屈辱の中でその言葉を聞き、そのようなバビロニア人の高慢を主なる神は決して許されないと心で思い、その思いがバベルの塔の崩壊物語を書かしめたのではないかと言われています。

 

2.神のようになろうとする人を神は砕かれた

 

・バベル(神々の門、バビロンのヘブライ語読み)に代表される大都市は、古代文明の担い手であり、その首都にそびえる神殿の塔は、王国の政治的・宗教的権力の象徴でした。その都市を拠点とするアッシリヤやバビロニアの帝国は、周辺の国々を制圧し、併合して、支配体制に組み込んでいきました。「天まで届く塔のある町を建て、有名になろう」という言葉は、自分たちが世界の中心になろうということであり、「全地に散らされることのないようにしよう」とは、周辺諸国の自由な在り方を許さないとの意思表明です。そしてイスラエルの民も、権力一元化のうねりに飲み込まれ、国を滅ぼされました。

・捕囚の民イスラエルは思いました「私たちの神はそのような傲慢を許されず、それを断ち切ろうとされる方だ」と。その思いが5節以下の記述にあると思われます。「主は降って来て、人の子らが建てた、塔のあるこの町を見て、言われた『彼らは一つの民で、皆一つの言葉を話しているから、このようなことをし始めたのだ。これでは、彼らが何を企てても、妨げることはできない。我々は降って行って、直ちに彼らの言葉を混乱させ、互いの言葉が聞き分けられぬようにしてしまおう』」(11:5-7)。

・古代の中央集権国家は歴史の流れの中で滅んでいきます。アッシリヤ帝国は紀元前612年に滅亡し、バビロニア帝国も紀元前539年に滅びます。バビロン捕囚時代に立てられた預言者(第二イザヤ)は、バビロニア帝国を滅ぼしたペルシャ王キュロスを「主が油を注がれた人」と呼び、主なる神がペルシャを用いて傲慢の極みに達していたバビロニアを滅ぼし、イスラエルを捕囚から解放して下さったと述べています(イザヤ45:1-3)。バベルの塔の崩壊は、直接にはバビロニア帝国の崩壊を意味していたのです。

・バベルの塔の物語は私たちに何を伝えるのでしょうか。「文明や技術の進歩が人間に何をもたらすのかを見つめよ」とのメッセージがそこにあるような気がします。人々は「石の代わりにれんがを、漆喰の代わりにアスファルトを用いて」、高い建築物を造ることができるようになりました。技術革新がそれを可能にしました。その技術革新を人間はどのように用いてきたのか。創世記4章によると、青銅や鉄を人間が見出したのは、レメクの子トバルカインの時であるといわれています(創世記4:22)。そして最初に行ったのは「刃物を鍛える」こと、人類最初の発明は、人を殺す為の銅や鉄の精錬でした。創世記記者はそこに「人間の罪」を見据えています。アルフレッド・ノーベルは土木工事や鉱山開発のための道具としてダイナマイトを発明し、それにより工事や建設現場の生産性は上がりましが、やがてダイナマイトは人間を殺すための爆弾に転用されていきます。ノーベルが全財産を投じてノーベル賞基金を作り、その中に平和賞を設けたのも、自分の発明が戦争に用いられ、多くの人命を奪うものになった、その悔い改めのためだと言われています。

・アメリカで起きた同時多発テロによるNY国際貿易センタービルの崩壊は、現代のバベルの塔の崩壊と呼べるかもしれません。アメリカの繁栄を象徴するような110階建てのツインタワーが、テロリストに乗っ取られた旅客機の突入によりもろくも崩れていった光景を、私たちはTV中継で見ました。この2001年9月11日を契機に世界史は大きく変化します。アメリカは2001年10月にはアフガニスタンに武力侵攻し、2003年にはイラクとの戦争も始まりました。それから14年が経ち、アメリカ軍の死者は6800人、民間人犠牲者は13万人、そして700万人を超える難民を生みました。戦争はイラクだけではおさまらず、今やシリアにも飛び火し、その余波が今回のフランスでのテロになりました。「技術開発の結果生まれたものは何だったのか。それは人を幸せにしたのか」とバベルの塔の物語は私たちに問いかけます。

・2011年に起きた福島原発事故もまた現代の「バベルの塔崩壊」かもしれません。事故が問いかけるのは、「人間は本当に原子力や核廃棄物を管理できるのか」という問題でした。今回の事故は津波等により、核燃料の冷却ができない状態になり、核燃料がメルトダウンし、周囲に放射性物質を拡散させました。また使用済み核燃料(核廃棄物)は完全に無害化することはできず、最終処分の方法が見出せないことも明らかになりました。今回の原発事故をある人は、「人間の傲慢が砕かれた現代のバベルの塔ではないか」と語ります。

 

3.バベルの崩壊によって新しいものが生まれた

 

・神はバベルの塔を壊されました。創世記は語ります「主は彼らをそこから全地に散らされたので、彼らはこの町の建設をやめた。こういうわけで、この町の名はバベルと呼ばれた。主がそこで全地の言葉を混乱(バラル)させ、また、主がそこから彼らを全地に散らされたからである」(11:8-9)。神はバベルの塔を壊され、人々は全地に散らされ、互いに言葉が通じない存在になって行きました。しかし、神は洪水からノア一族を救われたように、バビロニアの地から一人の人を選び出し、彼を通して、人類を救おうとされます。それが創世記12章から始まるアブラハムから始まるイスラエル民族の歴史です。アブラハムの出身地はメソポタミアのハランでした(11:31)。

・今日の招詞に創世記12:1-3を選びました。次のような言葉です「主はアブラムに言われた『あなたは生まれ故郷、父の家を離れて、私が示す地に行きなさい。私はあなたを大いなる国民にし、あなたを祝福し、あなたの名を高める。祝福の基となるように。あなたを祝福する人を私は祝福し、あなたを呪う者を私は呪う。地上の氏族はすべてあなたによって祝福に入る』」。「地上の氏族はすべてあなたによって祝福に入る」、アブラハムの末裔から、イエス・キリストが生まれます。イエスが地上の生涯を終えられた時、神は弟子たちに聖霊を下され、それぞれの民族にその国の言葉で福音が語られました。キリストの十字架を通して、自己中心の思いが砕かれ、相手との交わりが始まった時に、言葉は再び通じるようになることを使徒言行録は示します(使徒2:7-8)。

・神の不思議な業は今日でも継続しています。福島原発事故を通して、ドイツやスイスでは今後は原子力発電所を新しく造らず、既存発電所も耐用年数が来れば廃棄すると発表しました。日本では原子力発電所再稼働の方向で進んでいますが、どこかの段階で見直しが必要になると思います。先日福島被災地ツアーに参加して、福島県双葉郡富岡町に行ってきましたが、そこはゴーストタウンでした。立ち入り制限区域にあるため津波の跡が生々しく残り、他方津波被害を受けなかった地域では家々が元のままに残されていましたが、人影は全く途絶えていました。除染作業は進んでいますが、帰還の目途は立っていません。あの光景を見れば誰でも原発再稼働に反対するでしょう。原発は万一の事故があれば、地域から人を「散らして」しまうのです。神がかつてバベルの塔を崩されたように、神は今、原子力発電所を崩されました。私たちはこのことの意味を考えるべきです。原発依存を廃止し、自然エネルギー開発に注力するという政策の変更がなければ、大きな被害をもたらした事故の意味がないのではないかと思われます。原子力発電所というバベルの塔が崩壊することを通して、新しい良いものを生み出す努力が私たちに求められています。今日からアドヴェントが始まります。新しい良いものを待ち望む時、そのために努力する時、それが私たちのクリスマスです。

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