江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2013年8月11日説教(ダニエル2:31-49、神の平和を生きる)

投稿日:2013年8月11日 更新日:

1.バビロン王の夢

・8月15日、終戦記念日が近づいて来ました。この日を前に、ダニエル書2章が聖書箇所として与えられました。ダニエル書はシリア王アンティオコス四世(在位175−163)のユダヤ教弾圧の中で書かれた抵抗の書であり、背景には民族間の対立や戦争の物語があります。2章の物語はバビロン王ネブカドネザル王が不吉な夢を見て、その夢解きのために占い師や祈祷師を集める場面から始まります。王は賢者たちを呼び出して言います「夢を見たのだが、その夢の意味を知りたくて心が落ち着かない」(2:3)。ところが王は見た夢を思い出せません。賢者たちは「夢の内容がわからなければ解きようがない」と答えますが、その答えに王は怒り出し、「夢解きが出来ない者は殺す」(2:12)と宣言します。不条理で傲慢な要求です。しかし権力者に逆らうことは誰もできません。怒った王は「賢者たちすべてを処刑せよ」と命令します。王宮で教育を受けた捕囚民ダニエルも賢者の一人として殺されることになりました。ダニエルは王に申し出ます「しばらくの時をいただけますなら解釈いたします」(2:16)。ダニエルは夢の内容は知りません。しかし、彼は「神は不可能を可能にされる」方だと信じていますので不安はありません。ダニエルは神に祈り、その祈りに答えて王の夢の内容がダニエルに啓示されます。
・ダニエルの夢解きが31節から語られます。バビロン王が見た夢は「頭が金、胸と腕が銀、腹と腿が青銅、脛が鉄、足は鉄と粘土の像が、切り出された石により破壊され、跡形もなくなる」というものでした。ダニエルは語ります「天の神はあなたに、国と権威と威力と威光を授け、人間も野の獣も空の鳥も、どこに住んでいようとみなあなたの手にゆだね、このすべてを治めさせられました。すなわち、あなたがその金の頭なのです。あなたのあとに他の国が興りますが、これはあなたに劣るもの。その次に興る第三の国は青銅で、全地を支配します。第四の国は鉄のように強い。鉄はすべてを打ち砕きますが、あらゆるものを破壊する鉄のように、この国は破壊を重ねます」(2:37-40)。
・ダニエル書の読者たちはバビロン捕囚以降の歴史の変遷を知っていますから、夢の意味を理解できました。金はバビロン帝国です。バビロンはやがて滅び、銀の王国(メディア)が代わり、メディアも青銅の国ペルシャに滅ぼされ、やがて鉄の国ギリシャが世界を支配します。しかしギリシャ帝国の足は粘土でできており、もろく、すぐに分裂し、諸国が生まれていくとダニエルは語り続けます(2:41-43)。アレクサンダー死後のギリシャ帝国の分裂を示しています。その分裂した帝国の一部がセレウコス朝シリアであり、今ユダヤを苦しめている国です。ダニエルは続けます「この王たちの時代に、天の神は一つの国を興されます。この国は永遠に滅びることなく、その主権は他の民の手に渡ることなく、すべての国を打ち滅ぼし、永遠に続きます。山から人手によらず切り出された石が、鉄、青銅、陶土、銀、金を打つのを御覧になりましたが、それによって、偉大な神は引き続き起こることを王様にお知らせになったのです」(2:44-45)。ダニエル書の著者たちを苦しめているシリアはギリシャ帝国の分裂によって生まれ、今はパレスチナの支配者です。しかし、主なる神はこの苦難の時代に山から人手によらず切り出された石=メシアを起こされ、このシリア帝国を滅ぼされるとダニエルは夢解きをします。著者はダニエルの夢解きを通じて、今彼らを苦しめているシリア帝国の滅亡は近いと読者に伝えているのです。

2.この物語を私たちはどう聞くか

・ダニエル書が語るのは、世界の国々の興亡盛衰は神の御手の中にあるという真理です。バビロン王も神の前に跪いたように、今シリア王が暴虐をほしいままに振る舞い人々を苦しめていますが、彼もまた神の手の中にあり、やがて裁きの時が来る、だから「今しばらく忍耐して待て」とダニエル書はメッセージします。ダニエル書後半の11章33-36節には次のような言葉があります「民の目覚めた人々は多くの者を導くが、ある期間、剣にかかり、火刑に処され、捕らわれ、略奪されて倒される・・・これらの指導者の何人かが倒されるのは、終わりの時に備えて練り清められ、純白にされるためである。まだ時は来ていない。あの王はほしいままにふるまい、いよいよ驕り高ぶって、どのような神よりも自分を高い者と考える。すべての神にまさる神に向かって恐るべきことを口にし、怒りの時が終わるまで栄え続ける。定められたことは実現されねばならないからである」。人間の罪が悪を引き起こし、その悪は「怒りの時が終わるまで栄え続ける」が、「必ず終りの時は来る、その時を待て」とダニエル書は言います。
・しかし人々は待てません。自分の力で現在の状況を変えようとします。人々はダニエル書の使信を聞かず、ハスモン家を指導者としたシリアへの反乱に身を投じ、マカベア戦争が始まります。反乱軍はやがてシリア軍を追放し、勝利を治めました。シリアからの迫害は終わりました。しかし今度は別の迫害が始まります。反乱を主導したハスモン家はやがて王と大祭司職を独占し、今度は自分たちに逆らう者を迫害していきます。戦争の結果は、迫害者がシリアからハスモン家に代わっただけでした。ハスモン王朝はやがて内部の権力争いからローマの内政干渉を招き、ユダヤはローマに占領され、ローマの武力を背景にヘロデ家が権力を握っていきます。
・ナザレのイエスがお生まれになったのは、このヘロデ王の時代です。ヘロデはイドマヤ出身の異邦人であり、ローマ軍の後押しを受けてユダヤ王になりましたが、民衆の支持はありませんでした。ヘロデは王権の正当性を保つためにハスモン王家の血を引く女性を妻に迎えますが、彼女の一族が王位を狙っているとの猜疑心にかられ、妻を殺し、親族を殺し、ハスモン家の血を引く自分の子たちも反逆罪で処刑していきます。ヘロデの保護者であったローマ皇帝アウグストスは、「私はヘロデの息子(ヒュイオス)であるよりも、ヘロデの豚(ヒュス)であるほうがましだ」と言ったと伝えられています。人間が自分の力で物事を解決しようとする時、必ず同じような結末を迎えます。フランス革命然り、ロシア革命然り、いずれも流血の惨事に終わっています。「平和は神に祈ることなしには来ない」とダニエル書は訴えます。

3.平和を求めて

・「平和は神に祈ることなしには来ない」、これは聖書を貫く思想です。今日の招詞にローマ12:19-21を選びました。次のような言葉です「愛する人たち、自分で復讐せず、神の怒りに任せなさい。『復讐は私のすること、私が報復すると主は言われる』と書いてあります。『あなたの敵が飢えていたら食べさせ、渇いていたら飲ませよ。そうすれば、燃える炭火を彼の頭に積むことになる』。悪に負けることなく、善をもって悪に勝ちなさい」。2001年9月11日、テロ攻撃を受けた米国のブッシュ大統領は、報復を求めて、アフガニスタンやイラクを攻撃しました。それから10年、米国国防総省発表ではイラク・アフガン戦争の米軍死者は6,742人となり、報道機関推計による一般市民犠牲者17万人を加えれば、アメリカ軍の行動により計18万人の人が死んだことになります。同時多発テロの犠牲者は2,973人でした。報復により、9.11の犠牲者の60倍近い人が亡くなったのです。一時はブッシュを支持したアメリカ国民も今ではブッシュの政策は間違っていたと認めます。「自分の手で報復しない、神に委ねる」、平和はそれ以外の方法では来ないのです。
・この戦争の中で教会は平和を求めて祈り続けました。ジェームズ・マグロー著「グランド・ゼロからの祈り」という本があります。テロで破壊された貿易センタービルと同じ地域にあったオールド・ジョン・ストリート・合同メソジスト教会の2001年9月16日から10週間の礼拝説教の祈りを集めた本です。グランド・ゼロ=爆心地に立つ教会が、出来事をどのように受け止めていったのかが祈りの形で記されています。事故から5日後の9月16日、犠牲者の多くはまだ瓦礫の下におり、教会は電気が止まっている中で、ろうそくの明かりの中で礼拝を持ちました。広島やベルリンで起きたことが今自分たちの上に起こったことを悲しみ、亡くなった人に哀悼を捧げながらも、教会は祈ります「仕返しと報復を立法化せよと要求する怒りの声が悲劇の現場から教会の説教壇に至るまで鳴り響いています・・・復讐を求める合唱の中で『敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい』と促されたイエスの御言葉に聞くことが出来ますように」。
・次の週、町には星条旗があふれ、国内のイスラム教徒はテロのとの関連を疑われて次々に拘束されていきます。その中で教会は祈ります「戦争の風が勢いを増しています。どうか私たちに聖霊を吹き込んで下さい・・・私たちの怒りと復讐の要求を平和への切望に取り替えて下さい」。やがてアフガニスタンに対する報復攻撃が始まります。教会は祈ります「現在起きている事件の中で、全ての人々への同情心で私たちを満たすよう、聖霊を送って下さい。その人々とはアフガニスタンの罪なき子どもたち、女や男たちです。おお神様、あなたの愛に満ちた霊を全ての悩める心に吹き込んで下さい」。世の人々は同胞を殺された怒りと怖れの中で、アフガニスタンを憎み、攻撃しますが、教会はアフガニスタンの人々のために祈ります。何故ならば、「キリストは全ての人のために贖いとして御自身を捧げられた」からです。教会は祈ります「国は間違っています。神様、為政者のこの悪を善に変えて下さい」と。
・この祈りは無駄のように思えました。しかし、それから10年後を見ますと、祈りが聞かれたことがわかります。アメリカは今やイラクから撤退し、アフガニスタンからも撤退しようとしています。武力は平和をもたらすことが出来ないことを、多くの自国民の血を流して理解したからです。この世の目から見れば、教会は弱く、国家という巨像の脇に立つ、取るに足りない存在であるかのように見えます。けれども教会は、神の国が必ず勝ち、教会は神の摂理を見ることが許されていると確信して発言します。ダニエルが発言したように、です。それこそが地の塩としての教会の役割なのです。オールド・ジョン・ストリート・合同メソジスト教会は見事にその役割を果たしたのです。
・カール・バルトは「キリスト教倫理」の中で述べます「戦争には聖戦というものはない。どの戦争も物質的な利害や権力のぶつかり合いであった。戦争で主な役割を果たし、その動機になるのは、人間の経済的な力である。人間が経済的力を持つ以上、戦争は不可避的になる。戦争においては、敵の戦闘力の壊滅、即ちできるだけ多くの人間を意図的に殺すことが問題になる。戦争するということは人間を殺すということである。戦争は、国家共同体がその全ての肢にわたって、殺戮行為やその決起へ、またその準備や促進に入っていく行為である。神がそのような行為を命じられるだろうか。戦争は突き詰めれば敵を殺すことであり、敵が良いという行為はこちらから見れば悪である。従軍者は効果的に殺す為に、掠めたり、奪ったり、放火したり、嘘をついたり、騙したり、婦人を犯したりする。これが神の求め給う事なのだろうか。戦争を肯定するキリスト教倫理は全て誤りである」。8月15日の敗戦記念日を前に、このバルトの言葉を覚えたいと思います。

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