江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2010年8月29日説教(詩編78篇1−8節、後の世代に語り継ぐ)

投稿日:2010年8月29日 更新日:

1.イスラエルに対する警告

・司会者に78編1節から8節までを読んでいただきました。詩編78篇は、119篇の176節に次いで、2番目に長く72節まであります。長すぎて朗読時間内には、とても収まりませんので、1節から8節までを今日の朗読箇所としました。結果、「聖書教育」の学習範囲と同じになりました。ただし説教は朗読範囲を超えます。1節から8節は78篇のプロロ−グ、序論です。9節から72節が78編の本編となります。本編ではイスラエル民族の存続の歴史に、欠くことのできない、出エジプトからダビデ王の繁栄の時代にいたるまでのイスラエルの歴史が語られています。1節から8節の序論は、そのイスラエルの歴史を、なぜここで取り上げねばならないか、その理由が語られています。序論が全体の意義を解説しているのです。
・1節から8節の序論は、イスラエルの歴史に問題を投げかけています。78篇の作者は詩に書かれた歴史と同じ時代の人ではなく、後の時代の人です。後の時代からイスラエルの歴史を顧みて、先祖の罪を思っています。イスラエルは神の選民、契約の民でありながら、人々は神の恩寵を忘れ、神を裏切る忘恩を繰り返しているから、批判せざるをえないのです。しかし、詩人の目的は先祖の過ちの批判だけではありません。前向きに自分たちが生きている時代を含め、後の世代にいたるまで、先祖の過ちを繰り返さぬよう戒めているのです。過ちの歴史を語り継ぎ、過ちから学び、再び過ちを繰り返さぬよう、イスラエルの人々に警告しているのです。
・その思いがありますから78篇の作者は初めから、知恵の教師の姿勢で臨んでいます。私の教えを聞けと、最初からはっきり言っています。「マスキール。アサフの詩。私の民よ、私の教えを聞き 私の口の言葉に耳をかたむけよ。私は口を開いて箴言をいにしえからの言い伝えを告げよう」(78:1−2)。マスキールは箴言、この場合教訓的詩編を意味します。詩人はアサフ、アサフはレビ人で神殿合唱隊の楽長でした。この78篇はアサフの合唱隊により歌われた教訓的歌集の一つと説明されています。
・人々に歴史の中の真実を、伝え教えるのが教師の役目です。「私たちが聞いて悟ったこと、先祖が私たちに語り伝えたことを。子孫に隠さず、後の世代に語り継ごう。主への讃美、主の御力を、主が成し遂げられた驚くべき御業を」(78:3−4)。歴史を記録し編纂するとき、自らの都合の悪い恥ずべき部分を隠したくなります。しかし、それでは子孫に対する教訓にはなりません。だから作者は「子孫に隠さず語り継ごう」ときっぱり言い切っています。隠せば隠すほど真実から遠去かるのです。
・5−6節は主なる神と先祖の契約を子孫に語り伝えよと述べています。「主はヤコブの中の定めを与え、イスラエルの中に教えを置き、それを子孫に示すように、私たちの先祖に命じられた。子らが生れ、後の世代が興るとき、彼らもそれを知り、その子らに語り継がねばならない」。契約の民が契約を忘れ、反抗を繰り返していたのです。7−8節は序論の結びです。「子らが神に信頼を置き、神の御業を決して忘れず、その戒めを守るために、先祖のように頑なな反抗の世代とならないように、心が確かに定まらない世代、神に不忠実な霊の世代とならないように」。詩人は、子孫が先祖の過ちを繰り返さぬよう戒めています。

2.語り継ぐ民族の忘恩の歴史

・本論に入ります。「エフライムの子らは武装し、弓を射る者でであったが、戦いの日に裏切った。彼らは神との契約を守らず、その教えに従って歩むことを拒み、その御業をことごとく忘れた。彼らに示された驚くべき御業を」(78:9−11)。エフライムの子らというのは、北王国の民のことで、弓を射る者は兵士です。恵みによって約束の地に導かれたのに、その神の恵みを忘れ、彼らはその地の偶像神バアルを拝みました。彼らが求めたのは正しい方ではなく、自分たちの欲望を満たしてくれる神だったからです。それゆえに「神は御自分の民を剣に渡し、御自分の嗣業に怒りを注がれた」(78:62)。紀元前721年の北イスラエルの滅亡の理由は彼らの偶像礼拝にあったと詩人は語っています。
・神はイスラエルの民をエジプトから救い出すため、海の中に道を開きました。神は昼も夜もイスラエルの民を導き、岩を砕いて彼らに水を飲ませ、マナを降らせて彼らに食べさせました。その神の恩寵に対して民は、「荒野で食卓を整えることが神にできるのだろうか。神が岩を打てば、水がほとばしり出て川となり、溢れ流れるが、民にパンを与えることができるだろうか。肉を用意することができるだろうか」(78:19−20)とつぶやきます。彼らは素直に神に食べ物を与えてくださいと祈ったのではありません。水はくれても、パンは無理だろう、ましてや肉は無理だと神を試みたのです。彼らの忘恩に対し主の怒りが臨みます。「主はこれを聞いて憤られた。火はヤコブの中に燃え上り、怒りはイスラエルの中に燃えさかった。彼らは神を信じようとせず、御救いに依り頼まなかった」(78:21−22)。しかし、神は怒りを留め、自ら寛容を示されました。「それでもなお、神は上から雲に命じ、天の扉を開き、彼らの上にマナを降らせ、食べさせてくださった」(78:23−24)。この神の忍耐も彼らには通じませんでした。先祖に欠けたもの、それは歴史から学んで、自らを改める姿勢でした。度重なる神の恩寵も彼らに通ぜず、ついに北イスラエルは神に斥けられ、国は滅びてしまいます。
・67節以下が結論です。「主はヨセフの天幕を拒み、エフライム族を選ばず、ユダ族と、愛するシオンの山を選び、御自分の聖所を高い天のように建て、とこしえの基を据えた地のように建てられた」(78:67−69)。本編の詩人は南王国のユダ族に属する人でしょう。彼は兄弟国北イスラエル(ヨセフの一族、エフライム族)の滅亡を見て、そこに神の裁きを見ています。他方、南ユダは神の恵みによって今でも王国を維持しているが、同じように罪を犯せば裁かれ、国を滅ぼされるであろうとみています。だから若い世代に歴史を語り継ぎ、「先祖のように頑な反抗の世代とならないように、心が確かに定まらない世代、神に不忠実な霊の世代とならないように」と言葉をつなげているのです。

3.父祖の罪はなぜ私たちの罪なのか

・今日の招詞に詩編78:56-58を選びました。次のような言葉です「彼らはいと高き神を試み、反抗し、その定めを守らず、先祖と同じように背き、裏切り、欺く弓で射た矢のようにそれて行き、異教の祭壇に仕えて神を怒らせ、偶像を拝んで神の激情を引き起こした」。兄弟国北イスラエルは「背き、裏切り、欺く弓で射た矢のようにそれて行き、異教の祭壇に仕え、偶像を拝んだ」故に滅ぼされた年人は見ています。詩編の中で「過去の歴史から学べ」と教えるのが78編ですが、共通の主題をもっているのが106編で、同じく先祖の罪の歴史を振り返りかえっています。ただ大きな違いは、106篇においては、自らの罪が告白されてます「私たちも先祖と同じく、罪を犯し、不正を行い、主に逆らった」(106:6)。そして、その罪のゆえに「子孫は諸国の民に倒され国々の間に散らされることになった」(106:27)と、その罪はより深刻です。78篇は兄弟国北イスラエルの滅亡の中に神の裁きを見ましたが、その裁きは選ばれたと信じていた私たち南ユダ国にも及ぼされ、私たちも裁かれて国を滅ぼし、今は遠いバビロンの地に流されているのです。兄弟国、北イスラエルのことだとばかり思っていた神の裁きが、自分たちの国、南ユダに及んで、初めて「父祖の罪は、自分たちの罪でもあった」ことに気付くのでした。先祖の罪をいくら批判しても,それは私たちの生き方を変えるものとはなりません。「先祖の罪は私たちの罪であった」とわかった時に、初めて罪の痛みが出てくるのです。
・詩編78編の主題である「父祖の罪」を現代に置いて考える時、どうしても思い出す一冊の本があります。それは武田清子著「私たちと世界」です。この本は前に一度、説教で取り上げたことがありますので、覚えておられるでしょう。武田さんは近代日本思想史が専門のクリスチャン学者です。「私たちと世界」は、岩波ジュニア新書シリーズの一冊で、この本の中の「フィリッピンを旅して」で、彼女は中高生向けに、父祖の罪が子孫に及ぼす問題を、その体験から語っています。
・武田さんが若い頃、1951年9月、ヨ−ロッパからの帰途、飛行機がエンジン不調でフィリッピンのマニラに不時着し、修理のため数日間滞在しました。戦争が終わってまだ6年目、日本の若いクリスチャン女性の、海外旅行は珍しい時代でしたので、マニラの教会の紹介で多くのクリスチャン家庭に招待されました。しかし、その招待は武田さんにとって苦しみの始まりでした。「お訪ねしたどの家庭でも、話題は全て、日本軍占領下で自分たちがどのように苦しめられたかという話でした。自分たちの娘が、どれほどひどい目にあって殺されたか。自分たちの息子が顔にあざが残るほど軍靴で蹴られ、奴隷のように働かされたか。まだ赤ん坊だった孫がボールのように投げられて落ちて来るところを銃剣にさされて死んだ。自分の家も隣の家も日本兵によって焼かれてしまった。・・・私は黙って『申し訳ありませんでした』と謝る以外にはありませんでした。人々のなめた苦しい思い出が、日本の女性に出会い堰が切れたように、口からあふれ出たのでした。・・・マニラに滞在中、こうした苦しい日が続きました」。そしてある日のこと、変化が起きました。「フィリッピンの人が言いました。『よく毎日、私達の恨みに満ちた話を聞いて下さいました。本当のことを言うと、私達もこの苦しみから解き放たれたいのです。もうこれ以上日本兵について恨み言をいうことも、日本人を恨むこともやめたいと思います』」。
・恨み続けることは、恨む側にとっても苦しいのです。その苦しみから解放されたいと告白したフィリッピンの人々の言葉に武田さんは感動しました。武田さんは思いがけない飛行機の不時着でマニラに滞在中、「父祖の罪を子孫が負わねばならぬ」ことを体験しました。過去を変えることは誰にもできません。しかし、過去に目を閉ざすべきではありません。過去に目を閉ざすことは過去に学ばず、過ちを繰り返すことになります。私たちは過去の過ちを繰り返さぬため、過去から学び、未来に責任を負わねばなりません。
・前の世代が犯した罪を現代の私たちが担うべきかについては多くの議論があります。第二次大戦で多くのユダヤ人を集団殺戮したドイツはその過ちを認め、何十億ドルにも相当する金額を生存者とイスラエル政府に支払ってきました。時のドイツ首相アデナウアーは1951年ドイツ連邦議会での演説で「ドイツ国民の圧倒的多数はユダヤ人に対して行われた犯罪を嫌悪していたし、そうした犯罪に加担しなかった。しかし、語るに耐ええないような罪がドイツ国民の名において犯された。私たちはそれを謝罪し、賠償する責任がある」と語りました。日本が戦争中の残虐行為に対して公式に謝罪したのは戦後50年経った1995年の村山談話が初めてであり、補償についてはほとんど何もしていません。
・私たち日本人は戦争の忌まわしい記憶を早く忘れようとしてきました。しかし戦争の結果生じた米軍基地の存在は依然として沖縄の人々には現実です。原爆被害の問題も「既に終わった」出来事ではなく、現在の問題です。在日韓国・朝鮮の人々の苦難はまだ終わっていず、現在も続いています。戦時中に強制連行をされた人々が戦後補償を求めて裁判を起こしても日本の裁判所は時効を盾にその請求を拒んでいますが、そのことを私たちは痛みとして覚える必要があります。なぜなら「過去に目を閉ざす者は現在にも盲目となる」からです。過去があってこそ現在があり、現在があってこそ未来がある。詩編78篇は私たちに「歴史の問題を自分の問題として正面から取り組む」ことを求めています。そのことを日本人が敗戦の月として覚えるこの8月に、私たちも覚えて行きたいとおもいます。

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