江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2008年3月16日礼拝説教(ヨハネ18:12-27、ペテロの裏切り)

投稿日:2008年3月16日 更新日:

1.自らを引渡されるイエス

・今週から受難週に入ります。イエスの十字架の出来事を想起する時です。イエスは木曜日の夜に、ゲッセマネの園で捕らえられました。先週、私たちが学んだのは、その時のイエスは、「捕らえられた」と言うよりは、「捕らえさせられた」、自ら進んで捕縛されたことを学びました。イエスの逮捕は、「受難」ではなく、「引渡し」であったのです。今日は、ヨハネ18:12以下のイエスの裁判を学びますが、そこで明らかになることも、イエスが自ら十字架を、「選び取っていかれた」と言う事実です。
・捕縛されたイエスは、最初に大祭司カヤパの舅アンナスの邸に連れて行かれました(18:13)。アンナスは既に大祭司を退任していましたが、退任後も彼の息子や娘婿たちが大祭司職を受け継ぎ、カヤパに勝る勢力を保っていました。彼らの勢力の背景には、神殿から上がる膨大な神殿税や租税があったといわれています。イエスが神殿清めをされた(「私の父の家を商売の家としてはならない」と批判された:ヨハネ2:16参照)ことは、大祭司一族の勢力基盤を脅かすものでした。ですから、一族の長、アンナスは人一倍イエスを憎んでいました。最初に現職の大祭司カヤパではなく、舅アンナスの元に連行されたのも、そこに原因があったのかも知れません。
・アンナスはイエスに、弟子のことや教えのことについて尋ねました。これに対してイエスは答えられます「私は、世に向かって公然と話した。私はいつも、ユダヤ人が皆集まる会堂や神殿の境内で教えた。ひそかに話したことは何もない。なぜ、私を尋問するのか。私が何を話したかは、それを聞いた人々に尋ねるがよい。その人々が私の話したことを知っている」。あなたは私が誰で、何を話したかは、よく知っているではないか、何故また尋ねるのかとイエスは反論されたのです。権力者に逮捕された者は、体に縄を巻かれ、大勢の手下の前で、尋問されます。普通の人は悄然としてうなだれるか、強がって虚勢を張るでしょう。しかし、イエスはそうされず、冷静に話しておられます。何故ならば、「イエスは御自分の身に起こることを何もかも知っておられた」(18:4)、自ら進んで捕縛されたからです。
・大祭司の手下はそのイエスを見て、「生意気な」と思ったのでしょう。「大祭司に向かって、そんな返事のしかたがあるか」と言って、イエスを平手で打ちました。イエスはその者に向かって言われます「何か悪いことを私が言ったのなら、その悪いところを証明しなさい。正しいことを言ったのなら、なぜ私を打つのか」(18:23)。ここでのイエスは罪を糾弾される被告ではなく、不正を糾される告発者のようです。

2.自らを引渡す事の出来ないペテロ

・イエスがゲッセマネで捕らえられた時、イエスは兵士たちに言われました「私であると言ったではないか。私を捜しているのなら、この人々は去らせなさい」(18:8)。弟子たちに手をかけるな、弟子たちは逃げよと言われたのです。しかし、ペテロは逃げることが出来ませんでした。彼はイエスの跡を追って、大祭司の屋敷までついて来ました。しかし、門番がいて屋敷に入ることが出来ません。その時、大祭司の知り合いだった弟子の一人がペテロを手引きして、屋敷に導きます。この弟子が誰かはわかりません。いずれにせよ、ペテロは屋敷の中に足を踏み入れました。そのペテロを門番の女中はじっと見つめます。この人の顔は見たことがある、女中はペテロに言います「あなたもあの人の弟子の一人ではありませんか」(18:17)。ペテロは違うと否定します。この「違う」という言葉は、言語のギリシャ語では、「私ではない、ウーク・エイミー」です。ほとんどの英訳聖書は「I am not」と訳します。イエスは自分を逮捕しようとする人々に、「私がそうだ、エゴ・エイミー」と言われました。英訳すれば「I am 」、それに対してペテロは答えます「I am not」。「I am」と肯定されるイエスと、「I am not」と否定するペテロが対照的に描かれています。
・ペテロはイエスのことが気がかりで、屋敷を離れることが出来ません。屋敷の中庭では、僕や下役たちが炭火をおこして火にあたっていました。ペテロもその群れに入って、屋敷の中におられるであろうイエスの様子を探っていました。すると、火にあたっていた大祭司の僕の一人がペテロに言います「お前もあの男の弟子の一人ではないのか」。ペテロはここでも、「私はそうではない」と否定します。しかしそこには、ゲッセマネのイエスを逮捕するために行った僕もいました。彼はペテロを見つめて言います「園であの男と一緒にいるのを、私に見られたではないか」。ペテロは三度目も否認します。その時、鶏が鳴いたとヨハネは記します。
・ペテロの否認は15 -18節、25-27節の双方に分かれて書かれています。短い7節中に、ペテロの名前が10回も出てきます。「ペテロが、ペテロが、あのペテロが・・・主を三度否認した」とヨハネは書きます。ヨハネは何故、こんなにペテロの名前を繰り返し書くのでしょうか。それはペテロでさえ、いざとなれば主を否定した、「私には関わりない」と切捨てた事実を思い起こして欲しいからです。イエス・キリストを殺したのは直接的にはローマ総督でありユダヤ教の祭司たちです。逮捕の手引きをしたのは、イスカリオテのユダです。しかし、ペテロもまた加担した、ペテロを見守る弟子たちも加担した。「あなたもその場にいれば主を否認したのではないか」とヨハネは私たちに問いかけます。ペテロの弱さは、私たちの弱さなのです。

3.赦しの中にあることを知る

・今日の招詞に、ヨハネ13:36を選びました。次のような言葉です「シモン・ペトロがイエスに言った『主よ、どこへ行かれるのですか』。イエスが答えられた『私の行く所に、あなたは今ついて来ることはできないが、後でついて来ることになる』」。
・イエスが最後の晩餐の席で、自分が死ぬことを、「いましばらく、私はあなたがたと共にいるが、私が行く所にあなたがたは来ることができない」と表現されました(13:33)。その言葉にペテロは反問します「主よ、どこへ行かれるのですか」。イエスは答えられます「私の行く所に、あなたは今ついて来ることはできない」。ペテロは主の言葉に逆らいます「主よ、なぜ今ついて行けないのですか。あなたのためなら命を捨てます」。そのペテロを見てイエスは言われます「私のために命を捨てると言うのか。はっきり言っておく。鶏が鳴くまでに、あなたは三度私のことを知らないと言うだろう」。ペテロはイエスが言われた通り、鶏が鳴くまでに三度イエスのことを知らないと言いました。
・もしペテロが大祭司の屋敷で、イエスを否認せずに、「私はイエスの弟子だ」と肯定したら、何が起こったでしょうか。彼はイエスと共に捕らえられ、イエスと共に処刑されたかもしれません。彼はヒーローになったかも知れませんが、伝道者ペテロは生まれなかった。しかし、彼は踏み絵を踏んで生き残った。そのことによって、教会が生まれ、イエスの福音が世界中に伝えられていった。「今ついて来ることはできないが、後でついて来ることになる」。イエスはペテロが罪を犯すことを知っておられ、既にペテロを赦されていたのです。人は弱さの中で過ちを犯します。しかし、その過ちは既に赦されている。ここに福音があります。このペテロの過ち、あるいは裏切りこそ、ペテロのキリスト者としての出発点だったのです。
・このことは、私たちに、人生の秘儀を教えます。赦されない罪はないのです。逆に、過ちを犯し、罪に泣くことを通して、私たちは自分が赦しの中にいることを知り、イエスに従う者となります。だから、復活されたイエスはペテロに現れ、「私の羊を飼いなさい」とペテロに教会を委ねられたのです(21:17)。罪を犯して赦されたからこそ他者の罪を赦すことが出来る、罪を犯した者こそ真の牧会者になることが出来るのです。この赦しを知って、ペテロは生れ変りました。やがてペテロは教会の指導者として立ち、「イエスは復活された。私たちはその証人である」と宣教を続けました。イエスを殺した大祭司はペテロに、「もしイエスの名をこれからも宣教するならばおまえも殺す」と脅します。その時ペテロは、「御名のために恥を加えられるに足る者とされたことを喜んだ」(使徒5:41)とあります。大祭司の女中の言葉に怯えたペテロが、今、大祭司の前でイエスこそ「わが主」と告白するほどの者にされたのです。「今ついて来ることのできない」者が、時を経て、「後でついて来る」者に変えられたのです。福音の光は人間の挫折を通して現れるのです。
・このペテロと同じ経験をされた方がおります。讃美歌486番「ああ主のひとみ」を書かれた井置利男先生です。井置先生は、この讃美歌が生まれるに至った経緯を次のように語っておられます。「この詩が生まれたのは1950年の晩秋。前年のクリスマスにバプテスマを受けた私は、神学校に行く決心をしていたのですが、信仰の確信が得られず、自己嫌悪に襲われ、日夜懊悩しておりました。その日も夕べの祈祷会に出席するために、少し早い目に家をでたのですが、私の心は重く、「屠所に曳かれる羊」ような思いで教会への道を登っておりました。沈んでいく夕陽に映える柿の実が真っ赤に燃えていたのが印象的です。どこか遠くで鉄を打つ音が聞こえていました。そのときでした。まるで不意打ちのように『主はふりむいて、ペテロを見つめたもう』(ルカ22章61節)という聖書のことばが甦ってきたのです。そして、私は一瞬その主イエスの御目が、この自分にもそそがれていることを感じたのです。『井置よ、もう自分を責め立てることはやめろ、そのお前の罪の全部をこの私が代わって負っているのだから、お前は十分に赦されている者として生きろ』と呼びかけていてくださる主イエスのお心を、私はその眼差しの中に見たのでした。そして、教会の祈祷室に駆け上がるようにして机の前に座り、最初に書いたのがこの賛美歌2節『ああ主のひとみ、まなざしよ。三度わが主を否みたる、弱きペテロをかえりみて、赦すは誰ぞ、主ならずや』でした。1節、3節はそののち書き加えたものです」(新生讃美歌・ウィキペディアより)。
・キリストを知らない者は、自分の知恵と力で善を行い、人を愛することが出来ると思います。その傲慢が打ち砕かれ、自分は何も出来ないことを知る時、人は初めて神を求めます。挫折こそ神の与えた恵みなのです。自分が赦された罪人であることを知る時、初めて私たちは愛し合うことが出来ます。何故なら相手の罪を数えないからです。その愛が教会を立てていくのです。ペテロの「否認」は、「偉大な否認」に変えられたのです。

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