1.狭い門から入りなさい(13-14節)
・全ての人は神の国に入るように招かれている。しかし、招きに応えるものは少ない。
―ルカ14:16-24「ある人が盛大な晩餐会を催して、大ぜいの人を招いた。・・・ところが、みんな一様に断りはじめた。最初の人は、『わたしは土地を買いましたので、行って見なければなりません。どうぞ、おゆるしください』と言った。ほかの人は、『わたしは五対の牛を買いましたので、それをしらべに行くところです。どうぞ、おゆるしください』、もうひとりの人は、『わたしは妻をめとりましたので、参ることができません』と言った。・・・あなたがたに言って置くが、招かれた人で、わたしの晩餐にあずかる者はひとりもないであろう」
・それは命にいたる門は狭く、誰もそこを通りそうにないからである。
―マルコ10:21-22「『あなたに足りないことが一つある。帰って、持っているものをみな売り払って、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に宝を持つようになろう。そして、わたしに従ってきなさい』。すると、彼はこの言葉を聞いて、顔を曇らせ、悲しみながら立ち去った。たくさんの資産を持っていたからである。」
2.弟子として相応しい実を結びなさい(15-23節)
・教会はぶどうに例えられるが、教会に集う人がいつも良い実を実らせるわけではない。
―イザヤ5:2「彼はそれを掘りおこし、石を除き、それに良いぶどうを植え、その中に物見やぐらを建て、またその中に酒ぶねを掘り、良いぶどうの結ぶのを待ち望んだ。ところが結んだものは野ぶどうであった。」
・バプテスマを受け、主の晩餐にあずかり、主日礼拝を守ることがあなたの救いを保証するものではない。
―マタイ7:21「わたしにむかって『主よ、主よ』と言う者が、みな天国にはいるのではなく、ただ、天にいますわが父の御旨を行う者だけが、はいるのである。」
3.土台のない家は倒れる(24-29節)
・あなたが天の国に入れないのは、あなたが私につながっていないからだ。
―ルカ6:46-49「わたしを主よ、主よ、と呼びながら、なぜわたしの言うことを行わないのか。わたしのもとにきて、わたしの言葉を聞いて行う者が、何に似ているか、あなたがたに教えよう。それは、地を深く掘り、岩の上に土台をすえて家を建てる人に似ている。洪水が出て激流がその家に押し寄せてきても、それを揺り動かすことはできない。よく建ててあるからである。」
・その行いとは戒めを守ることではない。人に仕えることである。
―マタイ25:35-40「『主よ、いつ、わたしたちは、あなたが空腹であるのを見て食物をめぐみ、かわいているのを見て飲ませましたか。いつあなたが旅人であるのを見て宿を貸し、裸なのを見て着せましたか。また、いつあなたが病気をし、獄にいるのを見て、あなたの所に参りましたか』。すると、王は答えて言うであろう、『あなたがたによく言っておく。わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは、すなわち、わたしにしたのである』」。
・あなたにそれが出来ないことを知っている。人間は舌で神を讃美し、同じ舌で人を呪うものだからである。
―ヤコブ3:9-10「わたしたちは、この舌で父なる主をさんびし、また、その同じ舌で、神にかたどって造られた人間をのろっている。同じ口から、さんびとのろいとが出て来る。」
・だから求めなさい。神は求めるものには、出来ないことを成し遂げる聖霊の力をお与えになる。
―ルカ11:13「あなたがたは悪い者であっても、自分の子供には、良い贈り物をすることを知っているとすれば、天の父はなおさら、求めて来る者に聖霊を下さらないことがあろうか」。
・岩の上に自分の人生を立てよ。自分がどのようにして主に導かれたかをもう一度思い起こせ。
―第一ヨハネ3:16-18「主は、わたしたちのためにいのちを捨てて下さった。それによって、わたしたちは愛ということを知った。それゆえに、わたしたちもまた、兄弟のためにいのちを捨てるべきである。世の富を持っていながら、兄弟が困っているのを見て、あわれみの心を閉じる者には、どうして神の愛が、彼のうちにあろうか。子たちよ。わたしたちは言葉や口先だけで愛するのではなく、行いと真実とをもって愛し合おうではないか。」