1.受難
・今日、私たちは、イエスの受難を記念するために、ここに集まりました。イエスは十字架で死なれましたが、十字架刑につけられる囚人は、先ず数十回の鞭打ち刑を受けます。鞭の先端に金属片が組み込まれ、40回以上打てば死に至るほどの刑です。この鞭打ちにより囚人は体力を大きく消耗します。その後、十字架の支柱を囚人自らが背負って刑場まで歩きます。この支柱はかなり重く、イエスはその重さに耐え切れずに支柱を落とし、クレネ人シモンが代わりに担いだとマルコは記します。刑場に着いたら囚人の両手首と足首は釘で支柱に打ち付けられ、さらし者にされます。そして、出血と疲労による衰弱で時間をかけて死に至ります。十字架刑は奴隷や反逆者にだけ適用される拷問刑であり、イエスはその拷問刑を受けて死なれました。
・イエスは朝の9時に十字架にかけられ、昼の12時に全地は暗くなり、3時まで続いたとマルコは記します。最後にイエスは「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ」と叫ばれました。アラム語で「我が神、我が神、何故私をお見捨てになったのですか」と言う意味です。多くの人々はイエスが詩篇22編冒頭の一節を言われたのではないかと想像します。詩篇22編は次のような言葉で始まります「わが神、わが神、なにゆえ私を捨てられるのですか」、22編はこのように神に対する嘆きで始まりますが、やがて神への讃美に転調します。おそらくイエスは小さい頃から親しんでおられた詩篇の言葉で、自分の思いを言われました。しかし、それは明らかに神への讃美ではなく、嘆きであり、苦しみの叫びです。聖書そのものが、イエスは神の見捨ての中で苦しんで死んでいかれたことを隠していません。「イエスは肉において激しい叫びと涙を持って父に訴えられた」とヘブル書5:7は記します。イエスは神から見捨てられ、激しい叫びをあげて死んで行かれた。私たちはこの事実に目をつぶってはいけません。この事実をしっかり見ないと十字架の意味が解らなくなります。
・神の子が十字架で死なれたのは何故か。それは神を信じることの出来ない者が、十字架を通して神と出会うためです。イエスは地上で数々のしるしを行われましたが、人間はしるしを見ても信じない存在です。それどころか祭司長や律法学者たちはイエスのなされた業を嘲笑して言いました「他人を救ったが、自分自身を救うことができない」と。人間の考える救いとは、世の困難や苦しみから解放され、自由になることです。しかし、聖書はそのような救いは命にとって何の意味もないと言います。病を癒され、苦しみが取り除かれても一時的であり、やがて死が全てを終らせます。死で終るようなものは救いでも何でもない、救いとは死を超えるもの、命の根源である神に繋がることだと聖書は主張します。
・人間はどのような時に神を信じることが出来るのでしょうか、それは自己しか愛せない人間が、その最も大切な命を他人に与えるのを見た時です。イエスは十字架上で、自分を十字架につけた者のために祈られ、今も自分を嘲笑する祭司長たちに反論されず、苦しみに耐えられます。神は人間がイエスの十字架死を見て、神を知るものになって欲しいと願われました。しかし、人間はイエスの十字架を見ても悔改めません。祭司長たちは言いました「十字架より降りてみよ、そうしたら信じてやろう」。このような人間には徹底的な死を示すしかありません。神は「何故私を捨てられたのか」というイエスの叫びを聞かれながらも、その叫びに耳をふさがれました。
2.十字架で人生を変えられた人
・マルコ15章を注意深く読むと、一人の人が、イエスの十字架を契機に人生が変えられたことに気づきます。クレネ人シモンです。アフリカのクレネにはユダヤ人居住区があり、シモンは過越祭りをエルサレムで祝うために、一時帰国していたのでしょう。運悪く、イエスの十字架の道行きに遭遇し、十字架を担ぐ羽目になりました。彼は、重い十字架を担がされ、ゴルゴダまで行かされ、見知らぬ罪人の処刑を見させられました。早く忘れてしまいたいような、いやな出来事であったでしょう。しかし、この出来事がシモンの生涯を変えて行きます。
・マルコは、シモンを「アレキサンデルとルポスの父」と紹介しています。アレキサンデルとルポスは、マルコの教会では名前の知られた信徒だったのでしょう。息子二人が信徒になったということは、父シモンに何かが起きたことを推測させます。ルポスはローマ人への手紙にも出てきます。パウロはローマ教会への手紙の中で「主に結ばれている選ばれた者ルポス及びその母にもよろしく。彼女は私にとっても母なのです」と言っています(ローマ16:13)。ルポスの母、シモンの妻はかってパウロの伝道を助け、今はローマに居を構えて、教会の一員となっていることを推察させます。シモンの妻もまた信徒になっています。クレネ人シモンはイエスの十字架を負わされ、イエスの死を目撃しました。その彼に何かが起こり、彼はイエスを神の子と信じる者にさせられました。そして妻と子供たちも信徒になりました。ゴルゴダで何かが起きたのです。
・シモンは無理やりに十字架を背負わされました。十字架の重みは、歩くたびに肩に応えてきます。目の前を、血とほこりにまみれたイエスが歩いておられる。この方は何をされたのか、何ゆえにこのような苦しみを負わされているのか、シモンはその時は何も知りませんでした。十字架の場から立ち去った後、彼はイエスが何故捕らえられ、どのように死んで行かれたかを知るようになったのでしょう。裁判にかけられても、己のために一言の弁明もされなかった事も、罵りの言葉に反論もされず、つばを吐きかけられても忍ばれた事も知りました。
・かつて、イエスは重い病を負う人たちを憐れまれ、いやされました。肉親の死を悲しむ者たちのために、死人をよみがえらせることもされました。それほどの力を持ちながら、自分のためには何もされませんでした。「他人を救ったのに、自分は救わない」、それがイエスの生涯でした。「自分を救う」、人間の行為は全て、この目的によって動かされています。自己愛、私たちの真実の姿です。イエスは他者の命を救うためにあれほど働かれたのに、自己の命のためには何もされませんでした。完全な自己放棄としてのイエスの死の中に、十字架に立ち会ったシモンは、人間ならざるものの働きを見ました。彼はその姿に神を見ました。やがて、彼はイエスの弟子たちの群れに加わり、その結果、復活のイエスに出会う幸運に出会ったものと思われます。
・クレネ人シモンはいやいやながら十字架を背負いました。私たちも同じ様に十字架を負わされることにより、命に到ります。人はそれぞれの十字架を負わされます。その重荷を私たちが神から与えられた賜物として受け入れる時、重荷の意味が変ってきます。私が10年前、東京バプテスト神学校に入学した時、各人が何故この学校に来たのかを自己紹介する場があり、その時、人は痛みや苦しみを通して命に近づくことを知りました。ある人は妻が自殺した、ある人は息子が若くして死んだ、ある人は事業に失敗した、それぞれの苦しみのなかで人生の意味を考え込まされ、神学校に導かれています。正に十字架こそ、命に到る道なのです。
・私たちが与えられた痛みや苦しみから逃げることなく、それを真正面から受け止めていった時、その悲しみや苦しみの意味が変ってきます。先天性の難病を持つ子供を与えられた時、病院や家族会の交流を通して、自分の子供だけではなく、多くの子供たちが苦しんでいる状況を知ります。そして、子供たちがその難病を抱えているにもかかわらず、いやむしろ難病であるからこそかわいいことを知るとき、「出生前遺伝子検査」によって、異常があればその子を中絶させるこの世のあり方に対し、疑問を感じ始めます。障害があってもこんなにかわいい自分の子を持って始めて、「障害のある子は不幸であり、生まれない方がよい」とするこの世の価値観のおかしさに気付きます。その問題を突き詰めて行く時、この国で毎年30万人の子供たちが人工妊娠中絶により闇から闇に殺されている現実に気付きます。しかもその中絶が、母体保護や緊急必要性から為されるのではなく、男の子が続いたから次は女の子が欲しいとか、これ以上子供を生むと教育費が大変だとかの、勝手な理由で為されていることを知った時、私たちの疑問は怒りに変わり、そのような世のあり方に同意出来なくなります。そして神に、何故あなたはこれを許すのかと問うことによって、神は応えられ、その応答を通して私たちは自分の中にある罪を知らされ、悔改め、赦されます。
・十字架の時は栄光の時です。英語では受難日を「グッド・フライデー=良い金曜日」と呼びます。「バッド」ではなく、「グッド」なのです。自分で十字架を負ってみて、初めてそれがわかります。その時、次のようなイエスの言葉が響いて来ます「私の後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、私に従いなさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、私のため、また福音のために命を失う者は、それを救うのである」(マルコ8:34-35)。