1.バビロン王の夢
・ダニエル書はシリア王アンティオコス四世エピファネス(在位175-163)のユダヤ教徒弾圧の中で書かれた抵抗の書である。ユダヤを支配したエピファネスは律法の書を火で焼かせ、安息日や割礼を禁じ、エルサレム神殿にギリシアの神像を置いて礼拝を強制し、従わない者は処刑した。この中で、著者は時代を捕囚時代に遡らせ、ダニエルという伝説上の人物に託して、迫害からの救済を記す。従って物語の真意を理解するためには、物語の背景に隠されたシリア時代の歴史を読み取る必要がある。ダニエル2章でもネブカドネザルの背景にエピファネス王がいる。
・物語はネブカドネザル王が不吉な夢を見て、その夢解きのために占い師や祈祷師を集める場面から始まる。
-ダニエル2:1-3「ネブカドネツァル王が即位して二年目のことであった。王は何度か夢を見て不安になり、眠れなくなった。王は命令を出して、占い師、祈祷師、まじない師、賢者を呼び出し、自分の夢を説明させようとした。彼らが王の前に進み出ると、王は言った『夢を見たのだが、その夢の意味を知りたくて心が落ち着かない』」。
・ところが王は見た夢を思い出せない。賢者たちは「夢の内容がわからなければ解きようがない」と答え、王は怒り出す。ここにシリア王が律法を捨てない者は殺すと命令したのと同じ、不条理で傲慢な要求がある。
-ダニエル2:7-9「彼らは繰り返し答えた『王様、どうぞその夢をお聞かせください。僕らはその解釈をいたしましょう』。王は言った『思ったとおりだ。私の命令が必ず実行されることを知っているので、時間を稼ごうとしているのだ。その夢を話して聞かせることができなければ、お前たちに下される判決は今言ったとおりだ。だから、私の前でうそをついたり、いいかげんなことを述べ立てたりして、私の考えが変わるまで時を稼ごうとしているにちがいない。さあ、夢を話してみよ。そうすれば、解釈できるかどうかも分かるだろう』」。
・王が求めているのは人間の知恵ではなく神の知恵だ。しかしバビロン王の宮廷には神の知恵を知る者はいず、怒った王は賢者たちをすべて処刑せよと命令する。ここにおいて王宮で教育を受けた捕囚のユダヤ人ダニエルが登場する。
-ダニエル2:12-16「王は激しく怒り、憤慨し、バビロンの知者を皆殺しにするよう命令した。知者を処刑する定めが出されたので、人々はダニエルとその同僚をも殺そうとして探した。バビロンの知者を殺そうと出て来た侍従長アルヨクにダニエルは思慮深く賢明に応対し・・・王のもとに行って願った『しばらくの時をいただけますなら解釈いたします』」。
2.夢を解き明かすダニエル
・ダニエルは家に帰り、主なる神に「夢を解く知恵を与えて下さい」と祈る。彼は神が全地を支配しておられ、王を立て、王を廃する方であり、神秘の事柄にも関与され、暗闇の中でも光を与えて下さる方であることを信じて祈る。
-ダニエル2:20-23「知恵と力は神のもの。神は時を移し、季節を変え、王を退け、王を立て、知者に知恵を、識者に知識を与えられる。奥義と秘義を現し、闇にひそむものを知り、光は御もとに宿る。私の父祖の神よ、感謝と賛美をささげます。知恵と力を私に授け、今、願いをかなえ、王の望むことを知らせて下さいました」。
・神から与えられた啓示を、ダニエルはバビロン王の前に出て語り始める。ダニエルの言葉を通して、著者は自分に与えられた啓示がやがて成就するであろうことを、現在苦難にあえぐユダヤ人読者たちに伝えている。
-ダニエル2:27-30「王様がお求めになっている秘密の説明は、知者、祈祷師、占い師、星占い師にはできません。だが、秘密を明かす天の神がおられ、この神が、将来何事が起こるのかをネブカドネツァル王に知らせてくださったのです・・・お休みになって先々のことを思いめぐらしておられた王様に、神は秘密を明かし、将来起こるべきことを知らせようとなさったのです。その秘密が私に明かされたのは、命あるものすべてにまさる知恵が私にあるからではなく、ただ王様にその解釈を申し上げ、王様が心にある思いをよく理解なさるようお助けするためだったのです」。
・夢解きが始まる。バビロン王が見た夢は「頭が金、胸と腕が銀、腹と腿が青銅、脛が鉄、足は鉄と粘土の像が、切り出された石により破壊され、跡形もなくなる」というものだった。夢の解き明かしがダニエルによって語られる。
-ダニエル2:37-40「王様、あなたはすべての王の王です。天の神はあなたに、国と権威と威力と威光を授け、人間も野の獣も空の鳥も、どこに住んでいようとみなあなたの手にゆだね、このすべてを治めさせられました。すなわち、あなたがその金の頭なのです。あなたのあとに他の国が興りますが、これはあなたに劣るもの。その次に興る第三の国は青銅で、全地を支配します。第四の国は鉄のように強い。鉄はすべてを打ち砕きますが、あらゆるものを破壊する鉄のように、この国は破壊を重ねます」。
・金はバビロン帝国だが、帝国はやがて滅び、銀の王国(メディア)が代わり、メディアも青銅の国ペルシャに滅ぼされ、やがて鉄の国ギリシア(マケドニア)が世界を支配する。しかしマケドニア帝国の一部は粘土でできており、すぐに分裂し、諸国が生まれていくとダニエルは啓示を語り続ける。
-ダニエル2:41-43「足と足指は一部が陶工の用いる陶土、一部が鉄であるのを御覧になりましたが、そのようにこの国は分裂しています。鉄が柔らかい陶土と混じっているのを御覧になったように、この国には鉄の強さもあります。足指は一部が鉄、一部が陶土です。すなわち、この国には強い部分もあれば、もろい部分もあるのです。また、鉄が柔らかい陶土と混じり合っているのを御覧になったように、人々は婚姻によって混じり合います。しかし、鉄が陶土と溶け合うことがないように、一つになることはありません」。
・ダニエル書の著者たちを苦しめているセレウコス朝シリアはマケドニア帝国の分裂によって生まれ、プトレマイオス朝エジプトと一時は婚姻関係を結んでいたがやがて敵対し、現在に至る。その王たちの時代に、主なる神はメシアの王国を起こされ、ユダヤはシリアの圧政から独立する旨をダニエルは預言する。
-ダニエル2:44-45「この王たちの時代に、天の神は一つの国を興されます。この国は永遠に滅びることなく、その主権は他の民の手に渡ることなく、すべての国を打ち滅ぼし、永遠に続きます。山から人手によらず切り出された石が、鉄、青銅、陶土、銀、金を打つのを御覧になりましたが、それによって、偉大な神は引き続き起こることを王様にお知らせになったのです。この夢は確かであり、解釈もまちがいございません」。
・ダニエルの夢の解き明かしを聞き、バビロン王はダニエルの信じる神の前に跪いた。
-ダニエル2:46「これを聞いたネブカドネツァルはひれ伏してダニエルを拝し、献げ物と香を彼に供えさせた」。
3.この物語を私たちはどう聞くか
・ダニエル書が語るのは、世界の国々と王は神の支配下にあり、その興亡盛衰は神の御手の中にあるという真理だ。バビロン王も神の前に跪いた。今ユダヤではシリア王が暴虐をほしいままに、人々を苦しめているが、彼もまた神の手の中にあり、やがて倒れる。だから今しばらく忍耐して待てとダニエル書はメッセージする。
-ダニエル11:33-36「民の目覚めた人々は多くの者を導くが、ある期間、剣にかかり、火刑に処され、捕らわれ、略奪されて倒される・・・これらの指導者の何人かが倒されるのは、終わりの時に備えて練り清められ、純白にされるためである。まだ時は来ていない。あの王はほしいままにふるまい、いよいよ驕り高ぶって、どのような神よりも自分を高い者と考える。すべての神にまさる神に向かって恐るべきことを口にし、怒りの時が終わるまで栄え続ける。定められたことは実現されねばならないからである」。
・「怒りの時が終わるまで栄え続ける」が必ず終りの時は来る、その時を待てと聖書はいう。しかし人々は待てない。信仰者が「剣にかかり、火刑に処せられ、囚われ、略奪され、倒されていた」現実に耐えることが出来なかったからだ。ユダヤの人々はハスモン家のマッタティアを指導者として、抗戦を開始し、多くの人々が参加し、反乱は瞬く間にユダヤ全土に広まった。その後、反乱軍はエルサレムをシリア軍から解放し、前165年にはエルサレム神殿からゼウスの像と異教の祭壇を取り除き、神殿を清めた。しかし反乱を主導したハスモン家はやがて政治的権力を求めるようになり、人々の心は次第に離れていった。ハスモン王朝は、一時は独立国家を形成するが、内部の権力争いからローマの内政干渉を招き、ユダヤはローマに占領され、ローマの武力を背景にヘロデ家が権力を握っていく。
・苦難の中で主の名を呼び続けることは難しい。自分の手で何とかしたいと思う。しかし忍耐して待て、今やるべきことは祈りだとダニエル書は私たちに教え、ヨハネ黙示録もそう教える。
-ヨハネ黙示録6:9-11「小羊が第五の封印を開いたとき、神の言葉と自分たちがたてた証しのために殺された人々の魂を、私は祭壇の下に見た。彼らは大声でこう叫んだ『真実で聖なる主よ、いつまで裁きを行わず、地に住む者に私たちの血の復讐をなさらないのですか』。すると、その一人一人に、白い衣が与えられ、また自分たちと同じように殺されようとしている兄弟であり、仲間の僕である者たちの数が満ちるまで、なお、しばらく静かに待つようにと告げられた」。