1.偶像礼拝を強制するネブカドネザル王
・ダニエル書はシリア王アンティオコス・エピファネス(在位175-163)のユダヤ教徒弾圧の中で書かれた。ユダヤを支配したエピファネスは安息日や割礼を禁じ、エルサレム神殿にギリシアの神像を置いて礼拝を強制した。著者は時代を捕囚時代に遡らせ、ダニエルという人物に託して、現在の迫害からの救済を記す。ダニエル書3章にある金の像の礼拝強制も、エルサレム神殿にゼウス像を置き、これを拝ませたエピファネスを念頭に語られている。
-ダニエル3:1-6「ネブカドネツァル王は一つの金の像を造った。高さは六十アンマ、幅は六アンマで、これをバビロン州のドラという平野に建てた。ネブカドネツァル王は人を遣わして・・・高官たちを集め、自分の建てた像の除幕式に参列させることにした・・・高官たちはその王の建てた像の除幕式に集まり、像の前に立ち並んだ。伝令は力を込めて叫んだ『諸国、諸族、諸言語の人々よ、あなたたちに告げる。角笛、横笛、六絃琴、竪琴、十三絃琴、風琴などあらゆる楽器による音楽が聞こえたなら、ネブカドネツァル王の建てられた金の像の前にひれ伏して拝め。ひれ伏して拝まない者は、直ちに燃え盛る炉に投げ込まれる』」。
・シリア統治下のユダヤ人たちはエピファネスの命令に従い、神殿のゼウス像を拝んだ。バビロンに捕らえられた捕囚民の多くも、ネブカドネザル王の命令に従い、金の像を拝んだ。
-ダニエル3:7「角笛、横笛、六絃琴、竪琴、十三絃琴の音楽が聞こえてくると、諸国、諸族、諸言語の人々は皆ひれ伏し、ネブカドネツァル王の建てた金の像を拝んだ」。
・しかし三人のユダヤの若者たちは拝もうとしなかった。そのために彼らは告発される。
-ダニエル3:8-12「このとき、何人かのカルデア人がユダヤ人を中傷しようと進み出て、ネブカドネツァル王にこう言った『王様がとこしえまでも生き永らえられますように・・・バビロン州には、その行政をお任せになっているユダヤ人シャドラク、メシャク、アベド・ネゴの三人がおりますが、この人々は御命令を無視して、王様の神に仕えず、お建てになった金の像を拝もうとしません』」。
・三人はバビロン王に呼び出され、「拝めば良し、拝まなければ燃える炉に投げ入れる」と脅迫される。
-ダニエル3:14-15「シャドラク、メシャク、アベド・ネゴ、お前たちが私の神に仕えず、私の建てた金の像を拝まないというのは本当か・・・ひれ伏し、私の建てた金の像を拝むつもりでいるなら、それで良い。もしも拝まないなら、直ちに燃え盛る炉に投げ込ませる。お前たちを私の手から救い出す神があろうか」。
2.たとえそうでなくとも
・三人は答える「私たちの神は私たちを救ってくださる。たとえそうでなくとも、私たちは拝みません」。
-ダニエル3:17-18「私たちのお仕えする神は、その燃え盛る炉や王様の手から私たちを救うことができますし、必ず救ってくださいます。そうでなくとも、御承知ください。私たちは王様の神々に仕えることも、お建てになった金の像を拝むことも、決していたしません」。
・「たとえそうでなくても」、韓国で神社参拝を拒否した安利淑姉の手記の題名だ。1930年代中頃より日本による皇民化政策の一環として朝鮮での神社参拝の強制が実施され、約1000の神社が建てられ、朝鮮のキリスト者たちの参拝拒否運動が起こり、投獄された者の数は2000名、獄死した者の数は50名を超えた。シリア時代のユダヤにおいてもゼウス像を拝んだり、豚肉を食べることを拒否した者は、生きながら火あぶりの刑にされたと外典・マカバイ記は伝える。
-第二マカバイ記7:3-9「王は激怒した。そして大鍋や大釜を火にかけるように命じた。直ちに火がつけられた。王は・・・代表して口を開いた者の舌を切り・・・頭の皮をはぎ・・・体のあちらこちらをそぎ落とした。こうして見るも無残になった彼を・・・焼き殺すように命じた・・・こうして最初の者の命を奪うと、次に二番目の者を引き出し、これを辱めた・・・『肉を食え。それとも体をばらばらにされたいのか』・・・それに対して彼は、父祖たちの言葉で『食うものか』と答えた。そこで彼は最初の者と同じように拷問にかけられた。息を引き取る間際に彼は言った『邪悪な者よ、あなたはこの世から我々の命を消し去ろうとしているが、世界の王は・・・我々を、永遠の新しい命へとよみがえらせてくださるのだ』」。
・拒否した三人は火の燃え盛る炉に投げ入れられる。
-ダニエル3:19-23「ネブカドネツァル王はシャドラク、メシャク、アベド・ネゴに対して血相を変えて怒り、炉をいつもの七倍も熱く燃やすように命じた。そして兵士の中でも特に強い者に命じて、シャドラク、メシャク、アベド・ネゴを縛り上げ、燃え盛る炉に投げ込ませた。彼らは上着、下着、帽子、その他の衣服を着けたまま縛られ、燃え盛る炉に投げ込まれた・・・シャドラク、メシャク、アベド・ネゴの三人は縛られたまま燃え盛る炉の中に落ち込んで行った」。
3.主は救って下さった
・「しかし見よ」、三人は炉の中を自由に歩き回り、主の使いが彼らと共にいた。
-ダニエル3:24-25「間もなく王は驚きの色を見せ、急に立ち上がり、側近たちに尋ねた『あの三人の男は、縛ったまま炉に投げ込んだはずではなかったか』。彼らは答えた『王様、そのとおりでございます』。王は言った『だが、私には四人の者が火の中を自由に歩いているのが見える。そして何の害も受けていない。それに四人目の者は神の子のような姿をしている』」。
・こうして三人は救いだされ、ネブカドネザル王はこの奇跡を見て、主の前にひれ伏した。
-ダニエル3:26-29「シャドラク、メシャク、アベド・ネゴは炉の中から出て来た。総督、執政官、地方長官、王の側近たちは集まって三人を調べたが、火はその体を損なわず、髪の毛も焦げてはおらず、上着も元のままで火のにおいすらなかった。ネブカドネツァル王は言った『シャドラク、メシャク、アベド・ネゴの神をたたえよ。彼らは王の命令に背き、体を犠牲にしても自分の神に依り頼み、自分の神以外にはいかなる神にも仕えず、拝もうともしなかったので、この僕たちを、神は御使いを送って救われた。私は命令する。いかなる国、民族、言語に属する者も、シャドラク、メシャク、アベド・ネゴの神をののしる者があれば、その体は八つ裂きにされ、その家は破壊される。まことに人間をこのように救うことのできる神はほかにはない』」。
・この物語は当時のユダヤ人に「やがて主が助けてくださるからシリア王の前に跪くな」というメッセージを送る。そのメッセージは多くの信仰者に継承されていった。初代教会も「人間に従うよりも神に従う」として、ユダヤ議会からの宣教禁止命令に従わなかった。
-使徒行伝5:39-42「一同は・・・使徒たちを呼び入れて鞭で打ち、イエスの名によって話してはならないと命じたうえ、釈放した。それで使徒たちは、イエスの名のために辱めを受けるほどの者にされたことを喜び、最高法院から出て行き、毎日、神殿の境内や家々で絶えず教え、メシア・イエスについて福音を告げ知らせていた」。
・アウシュヴィッツのユダヤ人たちは「たとえそうでなくても」と言ってガス室で死んでいった。神は死を超えて報いて下さると信じたからだ。ボンヘッファーも死を超えた神の救いを信じた。
-ボンヘッファーの祈り「生きようと死のうと、私はあなたと共にあります。そして汝、わが神は、私と共にあります。主よ、私はあなたの救いを待ち望みます。そしてあなたの御国を待ち望みます」。