聖書教育の学び

2019年12月8日聖書教育の学び(2013年11月13日祈祷会、マタイによる福音書1:18-25、イエスの誕生)

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  1. イエス・キリストの誕生の次第

 

・マタイは福音書の冒頭に「イエス・キリストの系図」を置く。マタイの意図は、18節以下の「イエス・キリストの誕生」に明示されている。「イエスはメシアであり、ダビデの家系から生まれた」ことを明示するために、この系図を福音書の導入部とした。

-マタイ1:1-17「アブラハムの子ダビデの子、イエス・キリストの系図・・・エッサイはダビデ王をもうけた。ダビデはウリヤの妻によってソロモンをもうけ・・・バビロンへ移住させられた後、エコンヤはシャルティエルをもうけ、シャルティエルはゼルバベルを・・・マタンはヤコブを、ヤコブはマリアの夫ヨセフをもうけた。このマリアからメシアと呼ばれるイエスがお生まれになった。こうして、全部合わせると、アブラハムからダビデまで十四代、ダビデからバビロン移住まで十四代、バビロンへ移されてからキリストまでが十四代である。」

・当時のユダヤでは当人がまだ子供の時に、親が婚約相手を決める。そして相応の年齢になった時、決めた婚約を、正式に承認して許嫁になる。許婚の期間は一年で、その間二人は周囲から夫婦同様に扱われた。許婚の期間が終わると、結婚式をあげ、二人は正式に結ばれる。結婚年齢は男性が18歳から20歳くらい、女性は12歳から14歳くらいだと言われている。

・マリアとヨセフは、許婚の期間中であった。習慣に従い、マリアはすでにヨセフの妻同然にみられており、結婚式を挙げるばかりになっていた。そのマリアが妊娠した。ヨセフは困惑し、マリアをひそかに離縁しようと考えた。婚約中の不義は石打ちの刑と律法に定められていた(申命記22:23-24)。ヨセフの時代には、石打ちの刑は実施されなくなっており、離縁状を法廷に提出して判決を受けそれを公表するか(申命記24:1)、または離縁状を提示して証人に立ち会わせ秘かに相手を去らせるか、どちらかをとるよう定められていた。ヨセフは第二の方法で、離縁を公表せず、秘かにマリアを去らせようと考えていた。

-マタイ1:18-19「イエス・キリストの誕生の次第はこうであった。母マリアはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に、聖霊によって身ごもっていることが明らかになった。夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表ざたにするのを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した。」

・マリアの懐妊はヨセフにはまさに「寝耳に水」の出来事であり、考えあぐねた末の決断だった。ヨセフが心をかき乱され、様々に思いにふけっている時、突然主の天使が現れ、「聖霊によってマリアは身ごもり、男の子を産むであろう」と告げられる。

-マタイ1:20-23「このように考えていると、主の天使が夢に現れて言った。『ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。』このすべてのことが起こったのは、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。『見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。』この名は、『神は我々と共におられる』という意味である。」

 

2.ヨセフの立場に立って見て

 

・「マリアの妊娠は不倫ではなく、聖霊による」とヨセフは告げられた。それはヨセフの理解を越える出来事だった。しかしヨセフは「すべては神の計画である」ことを受け入れていく。ヨセフの経験した夢は今日では「宗教的神秘体験」といいうるかもしれない。小さな自己を超えた別の大きな力との出会いである。イザヤが預言したメシアが自分を通して実現していく夢を見たのかもしれない。

-イザヤ4:14「それゆえ、私の主が御自ら、あなたたちにしるしを与えられる。見よ、おとめが身ごもって、男の子を産む。その名をインマヌエルと呼ぶ。」

・ヨセフは生まれてくる子を自分の子として受け入れていく。もし、ヨセフがマリアとその子を受入れなければ、マリアとその子は悲惨さの中に放り込まれ、生存さえ危ぶまれる事態になったかもしれない。マタイ福音書の描く「父」としてのヨセフは、妻に子を産ませることで自分の血統を伝えることではなく、神が与えられた子の命をその母と共に保護していく役割だ。そしてこのヨセフの決断により、世界史を動かす出来事が始まった。マタイはそれを伝えたかったように思える。

-マタイ1:24-25「ヨセフは眠りから覚めると、主の天使が命じたとおり、妻を迎え入れ、男の子が生まれるまでマリアと関係することはなかった。そして、その子をイエスと名付けた。」

・当時のヘレニズム・ローマ世界では、偉人や英雄の誕生に関して、「神による妊娠」や「処女降誕」といった考え方があった。偉人や英雄は世の常ならざる仕方で生まれると当時の人々は考えた。ギリシア帝国を創り上げたアレキサンダーやローマ帝国の初代皇帝アウグストゥスは処女から生まれたという伝承があり、プラトンも処女降誕から生まれたとされる。イエスも神の子であれば、それにふさわしい形で生まれられたであろうと人々が思うのは当然で、「神による妊娠」や「処女降誕」等の伝承が福音書に中に取り込まれていったのであろう。

 

3.今日の聖書学はこの生誕物語をどう読むか

 

・教会の伝統では「イエスは母マリアが聖霊によって身ごもって、ダビデの村であるベツレヘムで生まれた」とする。しかし、今日の聖書学者の多くは「イエスはナザレで生まれ、その父はヨセフ、母はマリアだった」とする。パウロは、イエスはごく普通に誕生したと述べ(ガラテヤ4:4)、ヨハネ福音書はイエスを「ナザレの人で、ヨセフの子イエス」(ヨハネ1:45)と紹介する。またマルコはイエスの降誕物語を書かない。他方、マタイ福音書とルカ福音書は、「イエスは処女マリアより、ベツレヘムで生まれた」と記述する。しかし両福音書の誕生物語はかなり相違しており、両方の記述を調和させることは難しい。

・マタイ福音書1-2章によれば「イエスの両親はベツレヘムに定住していたが、ヘロデ王の迫害から逃れるためにエジプトに亡命し、ヘロデ王の死後パレスチナに戻ってきたが、領主アルケラオス(ヘロデの息子)に不信をいだき、亡命者としてガリラヤのナザレに落ち着いた」とする。他方、ルカでは「ユダヤ地方がローマのシリア州に編入された時、ローマ皇帝アウグストスの人口調査指令により、ダビデ家出身のヨセフは身重の妻マリアを連れて本籍地であるベツレヘムに移動し、イエスはその地で生まれた」とする。

・新約学者P.ロロフは言う「この二つの物語は相互に調和しないだけでなく、それぞれの描写の細部において非現実的である」(ロロフ『イエス、時代・生涯・思想』)。マタイではベツレヘムでの幼児虐殺、東方の占星術師の来訪等が描かれ、ルカではヨセフとマリアのベツレヘムへの旅、家畜小屋での生誕、羊飼いの訪問等が描かれる。ロロフは言う「以上の考察から導き出される歴史学上の結論は、イエスがダビデ家の子孫であることは確固とした伝承の基本要素であり、その点が既に早期に一層の装飾をもたらしたという認識である」。つまり、初代教会はイエスこそ「メシア」と信じ、メシアは「ダビデの子」から生まれ、ダビデの子は「ベツレヘム」で生まれなければいけないという神学上の要請から、降誕物語を書いた。

・フェミニズム神学の立場に立つ山口里子は「マリアは婚外妊娠でイエスを産んだ」(山口里子『新しい聖書の学び』)とする。「イエス誕生の物語は、元来は母マリアの非合法な婚外妊娠について語られたものであった。その背景は歴史的事実に基づく女性たちの口頭伝承で、『マリアは婚約者以外の男性との性交で妊娠したが、それについて責められるべきことはなく、イエス誕生は聖霊によって(神の祝福の下で)為された』と語った。マタイはイエスの系図内に4人の罪人とされる女性たちを挿入することにより、マリアの物語(婚姻外の妊娠)の伏線とし、「マリアからイエスが生まれ」(1:16)という記述において、ヨセフがイエスの生理的な父でないことを暗示し、「聖霊により身ごもる」(1:20)とは、人間的に困難の中での妊娠に対する信仰的表現であり、「乙女が身ごもって」(1:23)とは、イザヤ7:14のメシア預言が成就した神的妊娠であることを示す。」説得力を持つ考え方である。

・過去において、イエスの処女降誕物語は教会においては当然視され、それを疑うのは「不信仰」であるとされてきた。しかし私たちはマタイやルカの記述は神学的告白であり、史実を反映したものではないことを認める必要があろう。同時にE・シュバイツアーがマタイ注解書の中で述べるように、処女降誕の聖書における役割は小さいことを認めるべきであろう(「このような奇跡を可能と考えるか否かという点で信仰をはかることは決してすべきではないであろう。処女降誕が新約聖書において極めて小さい役割しか果たしていないだけに、なおさらである」)。

・オスカー・クルマン「クリスマスの起源」によれば、「初期のキリスト教では、イエスの死と復活こそが重視され、彼の誕生日がいつであったかなど、それほど大きな問題にはならなかった。ところが、アレクサンドリアの異端的なキリスト集団(グノーシス主義バシレイデス派)が1月6日に行っていた「降臨祭」(イエスの洗礼時に神が「降臨」したことを祝う祭)を、4世紀初頭に教会の側が取り入れ、後にそれをイエスの「誕生祭」であると強調したことから、クリスマスの習慣が形成されることとなった。またローマ帝国で太陽崇拝を実践していたミトラス教に対抗するために、ミトラス教の祭日であった12月25日(冬至)を、「キリストという太陽」の誕生の日として読み替えることで、現在一般的となったクリスマスの期日が決定していった」とする。教会が第一に大事にすべきはイースターであり、クリスマスではない。

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