すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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2018年5月13日説教から

2018-5-13
「すべてのことが許されている。しかし、すべてのことが益になるわけではない。すべてのことが許されている。しかし、すべてのことが私たちを造り上げるわけではない。だれでも、自分の利益ではなく他人の利益を追い求めなさい」(1コリント10:23-24)

コリント教会の人々は語りました「私は自由だ、すべてのことは許されている」と。しかし、パウロはキリスト者の自由は、他者への愛によって束縛されると言います。何故ならば、主があなたのために死んで下さったからあなたがたは自由になった、それは購いとられた自由、責任を持つ自由なのです。

「すべてのことが益になるわけではない」、愛は自己ではなく、他者の利益を求めます。その愛=アガペーは、私たちの中に本来存在するものではない。しかし、神はそのあなたを子として下さった。その時、教会の兄弟姉妹も同じ神の子として、あなたの兄弟姉妹になるではないか。

アガペーは感情ではなく、意思です。それは神から与えられる賜物です。私たちは嫌いな人を好きになることはできなくとも、彼らのために祈ることはできます。自分に敵対する人のために祈るという実験を私たちも始めた時、その祈りは真心からのものではなく、形式的なものでしょう。しかし形式的であれ、祈り続けることによって、「憎しみが愛に変わっていく」体験をします。最後にパウロは言います「信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である」。

どのような問題を教会が抱えていようが、どのように不完全であろうとも、どのように醜い現実がそこにあろうとも、教会は神の国共同体ですから、私たちは教会から離れない。私たちが教会で求めるべきは、自己の救い、自己の達成ではありません。それは既に達成されている。そうではなく「他人の利益を追い求める」ことです。他者の救い、隣人の喜びがわが喜びになった時、私たちは本当の生きる喜びを知るのです。

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