すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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今週の招詞(2008年11月30日説教から)

2008-11-30
「イエスは言われた。『私がこの世に来たのは、裁くためである。こうして、見えない者は見えるようになり、見える者は見えないようになる』」(ヨハネ9:39) 

イエスは生まれつき目の見えない人を癒されましたが、そのことでパリサイ人とトラブルになります。その日が安息日であったからです。彼らはイエスを批判します「その人は、安息日を守らないから、神のもとから来た者ではない」。盲人が癒されたことを喜ぶよりも、安息日を守らないことを怒る人々がここにいます。

パリサイ人たちは繰り返し、イエスの罪を認めよと盲であった男に迫りますが、男は引きません「あの方が神のもとから来られたのでなければ、何もおできにならなかったはずです」。パリサイ人は彼を会堂から追放します。イエスは男が会堂から追放されたことを聞いて、捜して来られます。そして彼に出会うと「あなたは人の子を信じるか」と言われました。彼は答えます「その方を信じたいのですが」。イエスは言われます「あなたは、もうその人を見ている。あなたと話しているのが、その人だ」。彼は「主よ、信じます」と言って、イエスの前にひざまずきました。その彼にイエスが言われたのが招詞の言葉です。

癒された盲人が係わり合いを恐れてこの場を立ち去ったならば、彼は破門というトラブルに巻き込まれることはなかったでしょう。しかし男はその場に立ち尽くし、イエスと出会いました。この出会いを通して、彼はイエスが神の子であることが見えるようになります。救いとは目が見えるようになることではなく、イエスとの出会いを通して真実が見えるようになることなのです。

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