すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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2017年12月17日説教から

2017-12-17
「そこで、マリアは言った。『私の魂は主を崇め、私の霊は救い主である神を喜びたたえます。身分の低い、この主のはしためにも目を留めて下さったからです。今から後、いつの世の人も、私を幸いな者と言うでしょう。』」(ルカ1:46-48)

ヨハネの母エリサベトに祝福されたマリアは、「感謝の賛歌」を歌います。その冒頭の句が今日の招詞です。そこには教会に継承された信仰が歌われています。「主はその腕で力を振るい、思い上がる者を打ち散らし、権力ある者をその座から引き降ろし、身分の低い者を高く上げ、飢えた人を良い物で満たし、富める者を空腹のまま追い返されます」。

「権力のある、富んでいる者は、身分の低い人、飢えた人、貧しい人と場を入れ替わる」という運命の逆転こそ、イエスの福音の真髄です。イエスは語られました「貧しい人々は幸いである、飢えている人々は幸いである、泣いている人々は幸いである」。イエスの教えられた神は、「身分の低い人、飢えた人、貧しい人」に眼をとめて下さる方だとの信仰が歌われています。

この物語は私たちに大切な使信を与えます。一つは、「子が与えられることは神の祝福の業だ」ということです。現代の私たちは、「子は与えられるものではなく、造るものだ」と考え、自由に中絶もします。「子は父と母と神の霊から生まれる」ことの大事さを再確認したい。もう一つは、「神にできないことはない」という信仰です。エリサベトもマリアも信じがたい言葉を受け入れ、「お言葉通り、この身に成りますように」と受け入れ、そこから偉大な物語が始まりました。「神が為されるのであれば、そこから出てくるすべての問題も神が解決してくださる」、「御心のままに」とは、幸福も不幸も神の摂理(計画)の中にあることを信じて、その現実を受入れることです。救いはそこから始まります。

説教

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