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2017年7月9日説教から

2017-7-9
「安息日は、人のために定められた。人が安息日のためにあるのではない」(マルコ2:27)

イエスの弟子たちが安息日に麦の穂を摘み、食べたのを見て、宗教指導者たちは、弟子たちが安息日に禁じられていた仕事をしたと非難し、それに対してイエスは言われた言葉が今日の招詞です。

イエス亡き後、初代教会は安息日をユダヤ教の土曜日から、日曜日に変更して、この日を「主の日」として守ります。金曜日に死なれたキリストが日曜日に復活されたからです。こうして安息日は第七の日から第一の日に変えられ、喜びの日となりました。

ところが時代を経るに従い、次第に、日曜日には礼拝に出ることが強制され、礼拝を休む者は処罰されて行きます。中世において、日曜日は「守らなければいけない日」となり、この伝統は最近まで続いていました。戦後の世俗化の流れの中で、人々は日曜日に買い物をし、運動を楽しむようになります。日曜日が、「聖なる日」(Holly Day)から「休日」(holiday)に意味を変え、再度第七の日、週末になって行きます。

イエスの復活の生命を生きる私たちは、安息日をどのように考えるべきでしょうか。私たちは日曜日(主の日)に教会に来て神の前に静まります。しかし、教会に来ることの出来ない時もあります。個々の事情を、私たちはイエスが言われた言葉「安息日は人のために定められた。人が安息日のためにあるのではない」に従って判断します。カール・バルトは安息日を「祝いと自由と喜びの日」とします。日曜日を「礼拝を守らなければいけない日」と考えた時、それは私たちを縛る日になります。日曜日を「礼拝に参加することが出来る日」に変えることが出来れば、私たちの人生はどんなにか豊かになるのではないでしょうか。

説教

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