すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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今週の招詞(2008年4月27日説教から)

2008-4-27
「ファリサイ派の人は立って、心の中でこのように祈った。『神様、私はほかの人たちのように、奪い取る者、不正な者、姦通を犯す者でなく、また、この徴税人のような者でもないことを感謝します。私は週に二度断食し、全収入の十分の一を献げています』。ところが、徴税人は遠くに立って、目を天に上げようともせず、胸を打ちながら言った。『神様、罪人の私を憐れんでください』」(ルカ18:11-13) 

 イエスは「心の貧しい人々は幸いである」と言われました。神の憐れみを求める徴税人の言葉の中に、「心の貧しさ」があります。徴税人はその職業ゆえに卑しめられ、心が貧しくされたのです。イエスは言われます「義とされて家へ帰ったのはこの人であって、あのファリサイ派の人ではない。だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる」。
 
 幼い頃の病気で生涯寝たきりだった水野源三さんは、次のような詩を歌われました「もしも私が苦しまなかったら 神様の愛を知らなかった。多くの人が苦しまなかったら、神様の愛は伝えられなかった。もしも主イエスが苦しまなかったら、神様の愛は現われなかった」。もしも私が病気にならなければイエスに出会えなかった、病気になったことさえも祝福になる世界がここにあります。人を不幸にするのは、病気でも貧困でもありません。逆に病気や貧困を通して心が貧しくされ、神の言葉が聞こえるようになった時、貧乏であることも、病気であることも、苦難が与えられていることもまた、祝福に移って行くのです。このことを知らされた喜びを、今日、共に分かち合いたいと思います。

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