すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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2019年5月26日説教から

2019-5-26
「ところが、徴税人は遠くに立って、目を天に上げようともせず、胸を打ちながら言った。『神様、罪人の私を憐れんでください』」(ルカ18:13)

イエスは、自分は正しいとして人を見下しているファリサイ人を懲らしめるために、喩え話をされました。「二人の人が祈るために神殿に上った。一人はファリサイ派の人で、もう一人は徴税人だった。ファリサイ派の人は立って、心の中でこのように祈った。『神様、私は他の人たちのように、奪い取る者、不正な者、姦通を犯す者でなく、また、この徴税人のような者でもないことを感謝します』」。ここに典型的な律法主義者の生き方が示されています。自分は律法を守っている、自分は正しいと自負する人は、対価として救いを要求します。そして律法を守らない人を攻撃します(私は徴税人のような者でもない)。それに対して、罪人と名指しで攻撃された徴税人は、自分にできることはただ神の憐れみを乞うことだけと知っています。

パウロは語ります「兄弟たち、あなたがたは、自由を得るために召し出されたのです。ただ、この自由を、肉に罪を犯させる機会とせずに、愛によって互いに仕えなさい」。自由とは「自分の思う通り何でもできる」ことではありません。人はキリストに出会い、解放されることを通して、自分の中にある肉の欲が、霊の愛に変えられていきます。私たちは嫌いな人を好きになることはできなくとも、彼らのために祈ることはできます。形式的であれ、祈り続けることによって、「憎しみが愛に変わっていく」体験をします。

私たちはキリストの愛によって根底から自己が変えられていく、その道に招かれているのです。兄弟を憎まない自由、兄弟のために祈る自由が、私たちに与えられています。私たちはキリストの十字架に接して、兄弟を憎まない自由を強制ではなく、自由意志で選び取っていくのです。

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