すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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2018年3月18日説教から

2018-3-18
「この人たちは皆、信仰を抱いて死にました。約束されたものを手に入れませんでしたが、はるかにそれを見て喜びの声をあげ、自分たちが地上ではよそ者であり、仮住まいの者であることを公に言い表したのです」(ヘブル11:13)

イエスは死を前に、ゲッセマネで血の汗を流して祈られました「この杯を私から取りのけてください。しかし、私が願うことではなく、御心に適うことが行われますように」。神はイエスの祈りを聞かれず、イエスを十字架につけられました。十字架上でイエスは叫ばれます「我が神、何故私をお見捨てになったのですか」。

福音書はイエスが無念の思いで死なれたことを隠しません。しかしこの無念の中から奇跡が起こります。イエスの復活です。神はイエスを見捨てられなかった。神はイエスを死から起こし、逃げた弟子たちをも起こして復活の証人とされ、教会が形成されます。イエスは時の権力者により、無念の中に殺されました。しかしその無念の中から復活という出来事が生じました。

ヒットラー暗殺計画に失敗して捕らえられたボンヘッファーは、牢獄の中で次のように語りました。「神はすべてのものから、最悪のものからさえも、善を生ぜしめることができ、またそれを望み給うということを、私は信じる。」私たちも信じます。だから私たちは、どのような絶望の時にあっても、絶望しない。そして神の業は私たちの思いを越えて働きます。私たちが過ちを犯し、取り返しのつかない失敗をすることがあるでしょう。しかし神はその「悪を善に変える力」をお持ちである。そのことを私たちはマルコ福音書の受難物語から確認することが出来ます。逃亡した弟子たちの無様なありようがやがて福音となりうるのです。人生は信じるに足ります。何故なら、どのような闇の中にあっても、そこに神がおられるからです。

説教

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