すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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2017年4月2日説教から

2017-4-2
「大祭司は、自分自身も弱さを身にまとっているので、無知な人、迷っている人を思いやることができるのです」(ヘブル5:2)

私たちは、何か危機があれば、主を裏切り、見捨てて逃げかねない存在です。私たちがユダであり、ペテロなのです。イエスへの裏切りはその後の時代においても繰り返し起こっています。初代教会はやがてローマ帝国の各地に広がって行きますが、時々のローマ皇帝の宗教政策により、ある時は迫害され、ある時は容認されました。キリスト教に寛容な皇帝の下では信徒は増え、否定的な皇帝の下では信徒は散らされていきました。迫害があると多くの信徒が棄教し、迫害が止むと教会に戻ってくるという出来事が歴史上繰り返し起こっています。「目を覚ましている」ことができない私たちがそこにいます。

「心は燃えても肉体は弱い」のです。その私たちのために「キリストは弱くなられた」、イエスは苦しみの中でも自分を閉じられず、弟子たちに弱さを見せて下さった。「大祭司イエスは、自分自身も弱さを身にまとっているので、無知な人、迷っている人を思いやることができる」、まさにそこに救いがあるのです。人は苦難を通して神に出会います。

イエスは人として本当に苦しまれた故に、「神はイエスの祈りに復活という応答を与えて下さった」と私たちは信じます。だから私たちも教会の中で、お互いの弱さを隠さず、「祈ってほしい」と言うことができます。教会はお互いの弱さを受け入れ、赦すことのできる唯一の場所なのです。教会にあって、私たちは神の赦しを受け、神との平和をいただきます。神は弱い私たちを招き、神の業に参加することを許されています。

説教

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