すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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2019年3月31日説教から

2019-3-31
「私の愛する兄弟たち、こういうわけですから、動かされないようにしっかり立ち、主の業に常に励みなさい。主に結ばれているならば自分たちの苦労が決して無駄にならないことを、あなたがたは知っているはずです」(第一コリント15:58)

イエスの十字架死を見て絶望の中で歩むエマオへの旅人は、自分たちの悲しみで心がふさがれている時にはイエスがわかりませんでした。二人がイエスとわかったのは、イエスがパンを裂いて祝福された時、彼らの信仰の回復をとりなして祈られた時です。

二人の旅人は十字架のあるエルサレムから逃げて来ました。現実から逃げていく時、そこには悲しみしかありません。しかし、その悲しみにイエスが同行され、力を与えられ、彼らはまた、現実の中に戻って行きます。この物語が私たちに示すことは、救いとは「死んで天国に行く」ことではなく、「生きている現在に神の国に招かれ、絶望が希望に変わり、逃げてきた現実に再び戻り、その現実を変えるために働き始める」という事実です。

復活とは単に死んだ人が生き返るという生物学的な現象ではなく、死を超えた命が示される出来事です。神がこの世界を支配しておられ、私たちは「たまたま生まれ、たまたまここにいる」のではなく、「人生には意味があり、生かされている」ことを確認する出来事です。この二人の生き方は変えられた、それが復活の主に出会うことです。二人の弟子たちはイエスを引き止めたから、イエスは共にいてくださった。私たちも神の名を呼ぶ時、目が開けて、イエスが共にいてくださることを知ります。その時、私たちは新しい命を受け、新しい命を受けた者は次の者に命を伝えていきます。

二人の弟子は沈んだ心で、エマオに向かっていました。その弟子たちが復活のイエスに出会い、心が燃やされ、すぐにエルサレムに戻りました。復活の主に出会うとは、悲しみで始まった旅立ちが、喜びと讃美に変わることです。

説教

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