すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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2018年9月30日説教から

2018-9-30
「主は労苦を通して彼らの心を挫かれた。彼らは倒れ、助ける者はなかった。苦難の中から主に助けを求めて叫ぶと、主は彼らの苦しみに救いを与えられた。闇と死の陰から彼らを導き出し、束縛するものを断ってくださった」(詩篇107:12-14)

「失楽園」を書いた17世紀の詩人ミルトンは、サムソン物語を劇詩として創作しました。そこにはかつて天下無双の怪力を誇った英雄の姿はなく、妖艶な女性の魅力に負け、敵方に囚われ、視力を奪われ、労役を科せられながら、過去を内省して苦闘する人間の姿が描かれています。

ジョン・ミルトンは41歳の時、過労で失明しています。自らが失明して、彼は失明したサムソンの悲しみと祈りを理解したのでしょう。ミルトンは語りました。「盲目であることが悲惨なのではない、盲目に耐えられないことが悲惨なのだ」。詩編は歌います「苦難の中から主に助けを求めて叫ぶと、主は彼らの苦しみに救いを与えられた」。主の助けがあれば、盲目になっても多くのことが出来ることを、サムソン物語は語ります。

サムソンは途方もない乱暴者で、女性の誘惑に弱く、失敗ばかりを繰り返し、最後は敵に捕らえられて目を抉り出されるような悲劇も経験しています。しかし民衆は失敗しても失敗しても諦めないサムソンの姿に感動して、そのことが多くの伝承を生んで、士師記に記載されました。

サムソン物語が私たちに伝えるのは、やり直すことを認める寛容性です。多くの芸術家たちが、盲目になったサムソンに惹かれたのは、盲目になってもあきらめず、やり直しを神に祈ったからです。神はサムソンに何度もやり直しの機会を与えられました。髪の毛をそられて力を喪失したサムソンに対し、彼の髪の毛を再び伸ばすことにより力を与えてくれました。聖書は「人にやり直すことを認める赦しの福音」に満ちた書なのです。聖書は、「人間の失敗とそれを赦す神の憐れみの歴史」を物語る書なのです。

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