すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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2017年10月1日説教から

2017-10-1
「弟子たちがイエスに尋ねた。『ラビ、この人が、生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか。』イエスはお答えになった。『本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである』」(ヨハネ9:2-3)

当時の人々は、罪を犯したから、病気や障害になると考えていました。しかしイエスはそのような因縁、宿命を否定され、「神の業が現れるために」と語られました。

島崎光正さんは二分脊椎症という障害を持って生まれました。彼は証言します「今、出生前診断が可能になり、二分脊椎の障害を負った胎児が、安易な選別と処置につながることを恐れます。神様からさずかった命の尊厳性は、どのようなハンデを負って生まれて来ようとも、尊重されねばなりません」。人は人生に行き詰まりを感じた時、人生の意味を尋ねます。過酷な運命を与えられた人は必然的に自分の生まれたことの意味を問われます。その時、ヨブのように繰り返し「神様、何故ですか。なぜこのような不条理をあなたはされるのか」と問い続ける時に、「神の業がこの人に現れるためである」との声が聞こえてきます。不条理もまた神が与えたもうものであり、その中に意味があることを見出した時、「運命」が「使命」に変わっていきます。

島崎さんは与えられた運命を嘆くのではなく、神が何故この苦難を与えられたのかを模索し、障害を持った子を中絶して葬り去ろうという世の動きを阻止することが自分の使命だとして生涯を捧げられました。病気や障害が癒されることが神の業ではなく、病気や障害を持ちながらも使命に生かされていく人が現れることこそ、神の業の現れなのだと聖書は語ります。

説教

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