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2018年7月29日説教から

2018-7-29
「アブラハムは答えた。『私の子よ、焼き尽くす献げ物の小羊はきっと神が備えてくださる』。二人は一緒に歩いて行った」(創世記22:8)

イサクが成長した時、主はアブラハムに「イサクを焼き尽くす献げ物として捧げなさい」と命じられます。イサクは何十年間もの祈りの結果、やっと与えられた約束の子です。生まれた時には、笑いが、歓喜が、両親を包んだ子です。「その子を殺せ」と命じられます。

「何故なのか」、アブラハムには主の御心がわかりません。しかし、彼は一言も反論せず、主の命に従います。彼はイサクを連れてモリヤの山に向かいます。途中でイサクは父に尋ねます「火と薪はここにありますが、焼き尽くす献げ物にする小羊はどこにいるのですか」。それに対するアブラハムの返事が今日の招詞です「子よ、必要なものは神が備えて下さる」。

創世記をここまで読んできて、何故アブラハムに、長い間子が与えられなかった、何故、二人が高齢になるまで約束が実現しなかったのか、その理由が見えてきます。望み得ない状況の中で、約束が果たされることを見て、初めて、「主に不可能はない」ことを私たちは知ります。不可能を可能にされ、約束を守られる方であれば、イサクを捧げよとの命令にも意味があることを信じることが出来ます。「何故イサクを捧げよと言われるのかわからないが、この方が言われる以上、従っていこう。必要なものは備えて下さる」、アブラハムはそう信じました。だから一言も反論せずに、イサクを捧げようとするのです。アブラハムがモリヤの山に着き、イサクに手をかけて殺そうとした時、主が介入され、止められます。そしてイサクの代わりに一匹の羊が与えられ、アブラハムはその羊を焼き尽くす献げ物としてささげます。主が備えて下さったのです。信仰とは、この神の摂理を信じることです。私たちは神によって生かされていることを信じることです。

説教

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