すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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2017年11月26日説教から

2017-11-26
「私は知る、私を贖う者は生きておられる、後の日に彼は必ず地の上に立たれる。私の皮がこのように滅ぼされたのち、私は肉を離れて神を見るであろう。しかも私の味方として見るであろう。私の見る者はこれ以外のものではない。私の心はこれを望んでこがれる」(ヨブ記19:25-27)

イザヤ書が明らかにするのは、「苦難には意味がある」ということです。イスラエルは国を滅ばされることを通して、自分たちが何故砕かれたのかを求め、その求めの中で旧約聖書が編集され、聖書の民に変えられていきました。

私たちも人生において多くの苦難に出会い、苦難を通して神が語られていることを知る時、その苦難が祝福に変えられていきます。ヨブ記では、不条理な苦難に襲われた主人公が神を呪い始めますが、その後の長い苦悩の中で悔改め、その悔改めの言葉が「私は知る、私を贖う者は生きておられる」です。人がこのことを見出した時、神との平和が与えられ、平安に導かれます。ヨブはキリストを知りませんが、彼は仲裁者を求め続けました。

捕囚から帰国したイスラエルの民もキリストを知りませんでしたが、彼らを贖う神を知り、その神の業をイザヤ53章で表現しました。そして、このイザヤ53章こそが、キリストの教会を立ち上げていった聖句として知られています。

苦難を与えられた人は、最初はその苦しみを自分では解決しようとし、次には他の人の助力を求めます。そしてどうしようもなくなった時初めて、神を求め、神は求められた時には答えられます。人間の力が絶えた所から神の力が働く、苦難こそ神が与えられる祝福であることを、イスラエルの民の歴史は示し、私たちも経験してきたことです。「私を贖う者は生きておられる、生きて私と関わりを持とうとされている」。これが福音であり、私たちの信仰です。私たちはこの福音を伝えるためにこの教会に集められているのです。

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