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2017年4月16日説教から

2017-4-16
「最も大切なこととして私があなた方に伝えたのは、私も受けたものです。すなわち、キリストが、聖書に書いてある通り、私たちの罪のために死んだこと、葬られたこと、また、聖書に書いてある通り、三日目に復活したこと、ケファに現れ、その後十二人に現れたことです」(1コリント15:3−5)

聖書はイエスの復活を客観的に観察して、それが事実であることを論証しようとはしません。むしろ、そんなことは信じられないという人々が、信じかねるような事件に出会って、変えられて行った事実を伝えます。復活は信じることが難しい出来事ですが、この出来事が世界史を変えていきました。イエスが十字架で死なれた時、弟子たちは逃げて、そこにいませんでした。日曜日の朝、弟子たちは「家の戸に鍵をかけて閉じこもっていました」。その弟子たちが、数週間後には、神殿の広場で、「あなたたちが十字架で殺したイエスは復活された。私たちがその証人だ」と宣教を始め、逮捕され、拷問を受けてもその主張を変えませんでした。弟子たちの人生を一変させる何かが起こった、それが「復活のイエスとの出会いだった」と聖書は語ります。

キリストは十字架上で殺されました。しかし、神はそのイエスを「死人の中から起こされた」、神は悪をそのままには放置されないことを、私たちは復活を通して知ります。どのような困難があっても、神が共にいて下さるゆえに、私たちは絶望しません。神が必ず道を開いて下さることを信じるからです。

私たちが復活を信じるということは、この世界が究極的には、「神の支配される良き世界」であることを信じることです。その信仰が希望をもたらし、希望は私たちに行動をもたらします。復活信仰は人間に生きる力を与え、「幸せな人生」ではなく、「意味のある人生」に導くのです。

説教

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