すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

ようこそ篠崎キリスト教会のホームページへ

2017年12月10日説教から

2017-12-10
「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。このため、神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになりました」(フィリピ2:6−9)

イエスは私生児だと陰口されるような状況下でマリアの胎に宿り、生まれました。聖書は、それは神自らが、私たちと苦しみを共にする為だと語ります。神自らが卑しくへりくだられた、その極致が十字架の死です。それを示すのが招詞の言葉です。

私たちはルカによるイエスの降誕物語を信仰告白として受けとめます。ルカが伝えたいことは、マリアが処女降誕によってイエスを生んだことではなく、マリアが信じがたい言葉を受け入れて、「お言葉どおり、この身に成りますように」と語ったことです。そこから偉大な物語が始まったのです。

マリアに与えられた道は困難な道でした。婚約者ヨセフは当初マリアを離別しようとしますが、マリアの罪ではないことを知り、やがて彼女を妻として受け入れ、お腹の子を自分の息子として認知します。

私たちの人生には、不条理があり、理解できない苦しみや災いがあります。希望の道が閉ざされて考えもしなかった道に導かれることもあります。しかしその導きを神の御心と受け止めていった時に、苦しみや悲しみが祝福に変わる経験を私たちはします。「お言葉どおり、この身に成りますように」とは、幸福も不幸も神の摂理(計画)の中にあることを信じて、その現実を受入れることです。救いはそこから始まります。「お言葉どおり、この身に成りますように」、今日はこの言葉をクリスマスの福音として共に聞きたいと願います。

説教

新着一覧

証などのビデオ


17.11.26女性会アピール...

再生数:30 コメント0
世界祈祷週間のために


聖歌隊讃美

再生数:48 コメント0
もちいたまえ わが主よ


2017年10月8日聖歌隊讃美...

再生数:81 コメント0
聖歌667番「主を讃えよ、力満つる主を」...


教会員の証し

再生数:113 コメント0
聖歌隊リーダーとして立てられて


 
▶証などのビデオ新着一覧 はこちらから