すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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2019年5月19日説教から

2019-5-19
「この十字架によって、世は私に対し、私は世に対してはりつけにされているのです。割礼の有無は問題ではなく、大切なのは、新しく創造されることです」(ガラテヤ6:14-15)

人が神からの招き=福音を受け入れるなら、その人の生き方は根本から変えられます。新しい創造が始まり、人は「世に対してはりつけにされる」、世とは異なる価値観に生かされます。私たちが信仰を教会の中だけに留めておけば、日曜日に礼拝を守る以上のことをしなければ、世との関係は良好に保たれるでしょう。しかし、私たちはどう生きたかを最後の審判の時に問われます。私たちが世の悪を見て見ぬふりをし、泣いている人々の顔を見つめようとしなければ、「この最も小さい者の一人にしなかったのは、私にしてくれなかったことなのである」と叱責されるでしょう。

日本のキリスト教会は明治以降150年経っても、信徒数が人口の1%を超えることが出来ません。それは日本人の信仰が個人の救いに留まり、社会的な広がりを持たなかったからです。信仰と生活が分離し、信仰がその人の生き方を変えなかったからです。人が信仰に導かれるのは、信仰者の行為を見ることによってです。パウロはガラテヤの人々が割礼を受けることに強硬に反対しました。割礼が何故そんなにいけないのか、それは「割礼を受ける」ことによって、救いの決定権を人間の側が持つようになるからです。割礼を受けた者は、「割礼を受けたのだから救って下さい」と神に迫っていくようになります。律法主義は自分の行いの正しさを神の前に持ち出す。そこでは「自分は正しい」という主張はあっても、心の変革は生じません。

福音は、無条件で人間を赦し、救って下さる神の憐れみを信じることです。この無条件の救いが人間の変革をもたらすのです。イエスは私たちの為に殺され、イエスの弟子であるパウロやペテロも殺されています。福音は高価な贖い、命をかけて贖われたものなのです。

説教

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