江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

  2022年1月12日祈祷会(マタイ25:31-46、最後の審判の時)

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1.すべての民族を裁く

 

・マタイは「人の子イエスが天使たちを従え栄光の座に着いた時、審判を受けるため、全世界の民族が栄光の座の前に集められる」と記す。マタイ13:49、黙示録20:12にも最後の審判の記事がある。

-マタイ13:49「世の終わりにもそうなる。天使たちが来て、正しい人々の中にいる悪い者どもをより分け、燃え盛る炉の中に投げ込むのである。悪い者どもは、そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。」

-ヨハネ黙示録20:12「私はまた、死者たちが、大きな者も小さな者も、玉座の前に立っているのを見た。幾つかの書物が開かれたが、もう一つの書物も開かれた。それは命の書である。死者たちは、これらの書物に書かれていることに基づき、彼らの行いに応じて裁かれた」。

・人は生前の行いにより裁かれると初代教会は信じた。25章では人が羊と山羊に譬えられ、羊飼いが羊を右、山羊を左に分ける。

-マタイ25:31-33「人の子は、栄光に輝いて天使たちを皆従えて来る時、その栄光の座に着く。そして、すべての国の民がその前に集められると、羊飼いが羊と山羊を分けるように、彼らをより分け、羊を右に山羊を左に置く。」

・再臨の王イエスは、善き羊に譬えられた正しい人たちを祝福し、神の国を受け継ぐよう語る。彼らの善行が神の国を受け継ぐにふさわしいからである。その行為とは、弱者への援助と、信仰のゆえに迫害され牢に入れられている人たちへの慰問である。この譬えは初代教会が置かれた苦難と迫害の時代を反映している。迫害されている同胞キリスト者を慰めることこそ、主が喜ばれる行為だとマタイは語る。

-マタイ25:34-36「そこで、王は右側にいる人たちに言う。『さあ、私の父に祝福された人たち、天地創造の時からお前たちに用意されている国を受け継ぎなさい。お前たちは、私が飢えていた時に食べさせ、のどが渇いていた時に飲ませ、旅をしていた時に宿を貸し、裸の時に着せ、病気の時に見舞い、牢にいた時に訪ねてくれたからだ。』」

・王に誉められた人たちには善行をした意識すらない。彼らは「いつ私たちがそのような善行をしたでしょうか」と王に質問する。彼らには困っている人々を助けるのは当然だという善意しかない、だから誉められようなどとは思わない。彼らの謙虚な答えを聞いた王は「私の兄弟である最も小さな者を助けたことは、王である私を助けたのと同じである」と彼らを祝福する。

―マタイ25:37-40「すると、正しい人たちが王に答える。『主よ、いつ私たちは、飢えているのを見て食べ物を差し上げ、のどが渇いておられるのを見て飲み物を差し上げたでしょうか。いつ、旅をしておられるのを見てお宿を貸し、裸でおられるのを見てお着せしたでしょうか。いつ、病気をなさったり、牢におられたりするのを見て、お訪ねしたでしょうか。』そこで、王は答える。『はっきり言っておく。私の兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、私にしてくれたことなのである。』」

・王の左側に分けられ、山羊に譬えられた人々の審判が始まる。王は最初から「呪われた者ども、私から離れ去り、悪魔とその手下のために用意してある永遠の火に入れ」と厳しい言葉を彼らに突きつける。永遠の火は焼き尽す滅びの火である。しかし、彼らには悪を行ったという意識はない。王なるイエスは彼らの偽善を追及し、弱く困苦の中にいる者らを助けなかったのは私を助けなかったのと同じであると彼らを叱る。最後に王の判決が下り、悪しき山羊には永遠の罰が与えられる。

-マタイ25:41-46「それから、王は左側にいる人たちにも言う。『呪われた者ども、私から離れ去り、悪魔とその手下のために用意してある永遠の火に入れ。お前たちは、私が飢えていた時に食べさせず、のどが渇いた時に飲ませず、旅をしていた時に宿を貸さず、裸の時に着せず、病気の時、牢にいた時に、訪ねてくれなかったからだ。』すると彼らも答える。『主よ、いつ私たちは、あなたが飢えたり、渇いたり、旅をしたり、裸であったり、病気であったり、牢におられたりするのを見て、お世話しなかったでしょうか。』そこで、王は答える。『はっきり言っておく。この最も小さい者にしなかったのは、私にしてくれなかったことなのである。』こうして、この者どもは永遠の罰を受け、正しい人たちは永遠の命にあずかるのである。」

 

2.最後の審判の記事から学ぶもの

 

・25章後半の教えによれば、神の審判は、人が生前に何を為したかによって決まる。つまり、どれだけ恵まれない人々のために働いたかにかかっている。空腹の人に食べさせ、喉が渇いた人に飲ませ、旅人をもてなし、病人を見舞い、牢獄にいる人を慰めることは、誰にもできる。この教えで人助けをした人は、自分が善行をしている意識さえなく、それどころか、隣人を助けることはむしろ当然と考えている。助けないではおれないから助ける、彼らは自然に心から湧き出た行動をしている。

・このマタイ25章の記事は最後の審判としてイエスが語られたものというよりも、マタイが教会の成員に向かって語ったものであろう。そこでは、「飢えている者に食べさせ、のどが渇いている者に飲ませ、旅をしている者に宿を貸し、裸の者に着せ、病気の者を見舞い、牢にいる者を訪ねよ」と命じられている。明らかに、キリストの福音を伝えるために放浪し、投獄され、飢え渇き、みすぼらしい身なりをし、宿泊する家もない、巡回伝道者に対する支援の勧めがここに語られている。

・しかし、この勧めの中にはイエスの教えが満ち満ちている。イエスは弟子たちに「私の羊を飼いなさい」と命じられ、弟子たちはその教えを実践したのである。

-マタイ9:36-38「群衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた。そこで、弟子たちに言われた。『収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい。』」

 

3.隣人を愛することこそ、良き行為

 

・「私の兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、私にしてくれたことだ」という言葉は、多くの人々を動かして来た。レフ・トルストイはこの言葉を読んで、「愛あるところに神あり」(靴屋のマルチン)という民話を書いた。トルストイは目の前にいる、困っている人こそイエスなのだと気づいたのだ。

-靴屋のマルチンから「キリストから『明日、おまえのところに行く』と告げられたマルチンは、仕事をしながら窓の外の様子に気をとめる。雪かきをしているおじいさんを家に迎え入れてお茶をご馳走する。赤ちゃんを抱えた貧しいお母さんにショールをあげた。リンゴを盗んだ少年のためにとりなしをする。しかしキリストは来なかった。マルチンは床に就き、夢の中にキリストが現れた。キリストはマルチンに言った『今日、あなたは私を歓迎してくれた。私が飢えていた時、あなたはパンをくれた。私が渇いている時、あなたはお茶を飲ましてくれた。私の兄弟であるこの小さい者にしたことは私にしたことなのである』」。

・マザ-・テレサは「身近にいる人をまず助ける」よう勧めた。彼女は何よりも貧しい人を助けることを優先した。彼女はノ-ベル平和賞の記念晩餐会を断った。「晩餐会はいりません。そのお金を貧しい人に使って下さい」。マザ-・テレサは常に、「大切なことは、遠くにいる貧しい人や、大きな援助をすることではなく、身近な人に対して、愛をもって接することです」と語っていた。1997年マザ-・テレサはインドのカルカッタの、自身が創立した修道院で「もう息ができない」の一言を残して天に召された。マザ-の生涯は、インドの貧しい人たちに捧げ切った87年だった。

-松見俊・ダイアナ妃とマザー・テレサ「1997年夏のほぼ同じ時期に、ダイアナ妃とマザー・テレサが亡くなった。ダイアナ妃は人に愛され、幸せになりたいと願い、それを追い続け、それが得られないままに世を去っていった。一方、マザー・テレサは人に愛を与えたい、幸せを与えたいと願い続けた。マザー・テレサの生涯は満たされた生涯だったのではないかと思う」

・16世紀に日本にキリスト教が伝えられ、短期間のうちに、多くの日本人が改宗して切支丹になったが、何が当時の人々の心を捕らえたのか。歴史学者たちは「宣教師やキリシタンたちが、キリストの愛の実践に基づいて、病める者を見舞い、その死を看取り、貧者であっても丁重に葬っていたことに感動した者たちがキリシタンに改宗した」のではないかと分析している(金城学院大学・筒井早苗氏)。

-1555年イエズス会士日本通信「異教徒等はわが死者を葬る方法を見て大いに感激せり、(中略)キリシタン等が最も貧窮なる者に対しても、富者に対すると同一の敬意を表するのを見て、その博愛と友情を認め、(中略)我らの主キリストの教えに勝るものなしと言えり」。

-1582年年報「長崎で疫病が流行った時、二人のパードレが自分たちも同じ熱病に罹りながら、絶えず告白を聴き、葬儀を行い、常に病人の救済を怠らなかった。それを見た常陸国の坊主が感激して切支丹になった」。

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