江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2020年7月29日祈祷会(ヨハネ黙示録7章、神の刻印を押された者は守られる)

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1.刻印を押された神の子たち

 

・六つの封印が切られ、混乱が地上に起き、人々は最後の「審き」が来たと恐れるが、終末はまだ来ていない。

-黙示録6:17「神と小羊の怒りの大いなる日が来たからである。だれがそれに耐えられるであろうか」。

・小羊が第七の封印を開いたとき、最後の「審き」が始まるが、それは8章以下に書かれている。その前に、「間奏曲」として、第7章がある。

-黙示録7:1「この後、私は大地の四隅に四人の天使が立っているのを見た。彼らは、大地の四隅から吹く風をしっかり押さえて、大地にも海にも、どんな木にも吹きつけないようにしていた」。

・冒頭に「大地の四隅から吹く風は天使によって抑えられていた」とある。当時の人々は、大地は平板な四角であり、四隅から吹く風が解き放たれたならば、地と海に恐るべき荒廃が起こると考えていた。その地を平安に保っているのが「抑えるもの」、天使たちである。この時代、世界は、「天」と「地」と「地の下」という三層の構造を持っていて、大地は四角の平面であると考えられていた。

-ダニエル7:2「ある夜、私は幻を見た。見よ、天の四方から風が起こって、大海を波立たせた。すると、その海から四頭の大きな獣が現われた」。

・歴史における審判はどのように厳しく、また罪のない人にも災いが及ぶように見えても、天使が地の崩壊を抑え、神の制御下にあることをヨハネは見る。ヨハネが見たのは、神の刻印を持って東から来る天使の姿であった。「東」、楽園は東方にあり、メシアは「東からくる」と言われていた。

-黙示録7:2-3「私はまた、もう一人の天使が生ける神の刻印を持って、太陽の出る方角から上って来るのを見た。この天使は、大地と海とを損なうことを許されている四人の天使に、大声で呼びかけて、こう言った『我々が、神の僕たちの額に刻印を押してしまうまでは、大地も海も木も損なってはならない』」。

・「災いの力をまだ解き放ってはいけない」、最後の審きは、神の僕たちが刻印を押されるまで起こらない。刻印を押された者は、どのような災いの中でも守られる。パウロはバプテスマを受けることは、この刻印を押されることだという。

-第二コリント1:21-22「私たちとあなた方とをキリストに固く結び付け、私たちに油を注いでくださったのは、神です。神はまた、私たちに証印を押して、保証として私たちの心に“霊”を与えてくださいました」。

-ガラテヤ6:17「これからは、だれも私を煩わさないでほしい。私はイエスの焼き印を身に受けているのです」。

・「刻印を押される」とは、神の救いの対象にされたことであり、その数は14万4千人であった。イスラエル12部族から各1万2千人、計14万4千人になる。12は完全数で、約束された者たちの意味であろう。この数字は「しるし」であり、それを文字通りに受け取ってはいけない。エホバの証人は14万4千人に入るために、伝道の成果を挙げよと強制する。明らかな誤読である。

-黙示録7:4-8「私は、刻印を押された人々の数を聞いた。それは十四万四千人で、イスラエルの子らの全部族の中から、刻印を押されていた。ユダ族の中から一万二千人が刻印を押され、ルベン族の中から一万二千人、ガド族の中から一万二千人、アシェル族の中から一万二千人、ナフタリ族の中から一万二千人、マナセ族の中から一万二千人、シメオン族の中から一万二千人、レビ族の中から一万二千人、イサカル族の中から一万二千人、ゼブルン族の中から一万二千人、ヨセフ族の中から一万二千人、ベニヤミン族の中から一万二千人が刻印を押された」。

・イスラエル12部族がここに挙げられているのは、失われた北王国の10部族も連れ帰られ、終末にはイスラエルが完全に復興するという希望が取り入れられている。ヨハネは終末時の神の民として、「新しいイスラエル=イエス・キリストの集会」を考えている。

 

2.天上での賛美

 

・14万4千人が一同に集まり、玉座の前で讃美の声を上げる。あらゆる国民、種族から選ばれた人々がいる。イスラエル12部族が肉のイスラエルではなく、霊のイスラエル、教会であることが明らかにされる。

-黙示録7:9-10「この後、私が見ていると、見よ、あらゆる国民、種族、民族、言葉の違う民の中から集まった、だれにも数えきれないほどの大群衆が、白い衣を身に着け、手になつめやしの枝を持ち、玉座の前と小羊の前に立って、大声でこう叫んだ『救いは、玉座に座っておられる私たちの神と、小羊との者である』」。

・14万4千人はどのようにして選ばれたのか。長老の一人は答えた「彼らはその衣を子羊の血で洗われた」。殉教者の群れが、天上で神と御子を讃美している。

-黙示録7:13-14「長老の一人が私に問いかけた『この白い衣を着た者たちは、だれか。また、どこから来たのか』。そこで、私が『私の主よ、それはあなたの方がご存じです』と答えると、長老はまた、私に言った『彼らは大きな苦難を通って来た者で、その衣を小羊の血で洗って白くしたのである』」。

・「殉教」(ギリシャ語:マルチュリア)は、「証人(マルテュール)」という言葉に由来する。主を証ししていくことは、初代教会においては殉教を意味した。イエスが世に憎まれたようにイエスに従う者も憎まれていく。

-ヨハネ15:18-19「世があなたがたを憎むなら、あなたがたを憎む前に私を憎んでいたことを覚えなさい。あなたがたが世に属していたなら、世はあなたがたを身内として愛したはずである。だが、あなたがたは世に属していない。私があなた方を世から選び出した。だから、世はあなたがたを憎むのである」。

・使徒言行録7章にステファノの殉教が記されている。彼は無念の内に死んで行ったのだろうか。

-使徒7:54-60「人々はこれを聞いて激しく怒り、ステファノに向かって歯ぎしりした。ステファノは聖霊に満たされ、天を見つめ、神の栄光と神の右に立っておられるイエスとを見て、『天が開いて、人の子が神の右に立っておられるのが見える』と言った。人々は大声で叫びながら耳を手でふさぎ、ステファノ目がけて一斉に襲いかかり、都の外に引きずり出して石を投げ始めた・・・人々が石を投げつけている間、ステファノは主に呼びかけて、『主イエスよ、私の霊をお受けください』と言った。それから、ひざまずいて、『主よ、この罪を彼らに負わせないでください』と大声で叫んだ。ステファノはこう言って、眠りについた」。

 

3.この世の生と天上の生

 

・キリスト者は世で報われることはないかもしれない。しかし天においては彼らの流した涙を、「小羊がことごとくぬぐわれる」とヨハネは証言する。だから現在の苦難を耐えよと。

-黙示録7:15-17「それゆえ、彼らは神の玉座の前にいて、昼も夜もその神殿で神に仕える。玉座に座っておられる方が、この者たちの上に幕屋を張る。彼らは、もはや飢えることも渇くこともなく、太陽も、どのような暑さも、彼らを襲うことはない。玉座の中央におられる小羊が彼らの牧者となり、命の水の泉へ導き、神が彼らの目から涙をことごとくぬぐわれるからである」。

・地上でのキリスト者の生き方は、報いを求めない生き方になる。それはマザーテレサが見抜いた通りだ。彼女の語る、「最良のものを与え続けなさい」は心に迫る。

-マザーテレサ「人は不合理、非論理、利己的です。気にすることなく、人を愛しなさい。あなたが善を行うと、利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう。気にすることなく、善を行いなさい。目的を達しようとするとき、邪魔立てする人に出会うでしょう。気にすることなく、やり遂げなさい。善い行いをしても、おそらく次の日には忘れられるでしょう。気にすることなく、し続けなさい。あなたの正直さと誠実さとが、あなたを傷つけるでしょう。気にすることなく、正直で誠実であり続けなさい・・・あなたの中の最良のものを、この世界に与えなさい。たとえそれが十分でなくても気にすることなく、最良のものをこの世界に与え続けなさい。最後に振り返ると、あなたにもわかるはず、結局は、全てあなたと内なる神との間のことなのです。あなたと他の人の間のことであったことは一度もなかったのです」。

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