江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2013年4月28日説教(マルコ5:21-43,必死の信仰は応えられる)

投稿日:2013年4月28日 更新日:

1.長血を患う女の癒し

・マルコ福音書を読んでいます。今日はマルコ5章21~43節の長い箇所をテキストとして、与えられました。長いのは、ここに二つの物語が同時進行的に描かれているからです。イエスがガリラヤにお戻りになった時、会堂長ヤイロがイエスを待っていました。彼の娘が危篤であり、イエスに助けを求めに来たのです。イエスは求めに応じてヤイロの家に向かいますが、その途上で長い間出血の病気に苦しむ女性と出会われ、彼女を癒されます。その中断のために時間が経過し、そのためヤイロの娘は死んでしまいます。しかし、イエスはヤイロの家に向かわれ、死んでいた娘をよみがえらせます。今日は二つの物語を同時に読みながら、御言葉を聞いていきます。
・本文に入っていきましょう。イエスが舟でガリラヤに戻られると、船着場に会堂長のヤイロが来て、「私の幼い娘が死にそうです。どうか、おいでになって手を置いてやってください」と救いを求めました(5:23)。イエスは既にユダヤ教会から異端の疑いをかけられ、会堂に入ることを禁止されていました(3:6)。そのイエスの足元にユダヤ教の指導者が来てひざまずきます。「娘が死につつある」、その極限状況の中で、彼は癒し人としての評判が高かったイエスのもとに出向き、娘の治癒を懇願します。「この人しか頼る人はいない」との思いが、世間体を捨てた行為に導いたのです。イエスはヤイロの必死の信仰に感動され、彼の家に向かわれます。
・イエスの周りには大勢の群集が集まっていました。その群集の後ろから長い間病気に苦しむ一人の女性が、イエスの衣に触れました。マルコは記します「ここに十二年間も出血の止まらない女がいた。多くの医者にかかって、ひどく苦しめられ、全財産を使い果たしても何の役にも立たず、ますます悪くなるだけであった。イエスのことを聞いて、群衆の中に紛れ込み、後ろからイエスの服に触れた。『この方の服にでも触れれば癒していただける』と思ったからである」(5:24-28)。この女性の病気は慢性の子宮疾患だと思われますが、当時出血を伴う病気は不浄とされ、人前に出ることを禁じられていました(レビ記15:25-26)。古代の人々は出血に触ることによって、病気が感染すると考え、これらの人々を不浄として排除していたのです。ですから彼女は正面からイエスに近づくことは出来ず、後ろからこっそりとイエスの服に触れました。「この方の服にでも触れれば癒していただける」、「触れる」と言う言葉はギリシャ語ハプトウ、「握る」との意味を持ちます。この女性は「何とか助けて」と、イエスの衣を必死に握りしめたとマルコは説明しています。そしてイエスに触れた途端に、「すぐ出血が全く止まって病気が癒されたことを体に感じた」(5:29)と記されています。
・一方イエスも「自分の内から力が出て行ったことに気づかれ」ました。この力はギリシャ語デュミナス、神の力です。この神の力が外に働けば、力ある業=治癒が起こります。イエスは「私の服に触れたのは誰か」と言われて、力を受けた人を探し出そうとされます。治していただいた女性はおずおずとイエスの前に出てひれ伏します。イエスは彼女に言われます「娘よ、あなたの信仰があなたを救った」(5:34)。イエスはこの女性の苦しみを即時に見抜かれました。病に苦しむだけではなく、社会から排斥され、結婚して家族を持つという、人並みの幸福さえ奪われてきた悲しみを見られました。だから女性に言われます「安心して行きなさい。もうその病気にかからず、元気に暮らしなさい」。「安心して」、「エイス・エレイネー=神の平安の中に」という意味です。「神はあなたに平安を与えられた、だから安心して生活に戻りなさい」とイエスは言われました。女性の必死の思いとイエスの憐れみが共に働き、死んだ屍のようだった一人の女性を新しい命によみがえらせたのです。
・この女性はイエスに触れることによって病気が「治癒」しました。しかし、それだけでは十分ではありません。だからイエスはあえて女性を探しだされ、彼女と話をして、人格と人格の交わりをして、彼女を祝福されました。29節「病気が癒された」、そこには治癒を示す「イオウマイ」という言葉が用いられていますが、39節「あなたの信仰があなたを救った」所には、「ソゾウ(救う)」という言葉が用いられています。病気の治癒だけでは不十分であり、治癒は全人格的な救いに至ることを通して完成するのです。

2.ヤイロの娘のよみがえり

・イエスが女性と話しておられた時に、会堂長の家から使いが来て、「お嬢さんは亡くなりました。もう、先生を煩わすには及ばないでしょう」と伝えられます(5:35)。会堂長ヤイロは落胆します「イエスがここで足を止めずにまっすぐ家に向かっていたら娘は助かったかも知れない」。余計な中断のために娘は死んでしまった、ヤイロは長血を患った女性を恨んだかもしれません。しかしイエスはヤイロに言われます「恐れることはない。ただ信じなさい」(5:36)。「死でさえも神の行為を中断することはできない」と言われたのです。イエスはヤイロの家に急がれます。家に着くと「人々は大声で泣きわめいて騒いでいました」。イエスは人々に言われます「なぜ、泣き騒ぐのか。子供は死んだのではない。眠っているのだ」(5:39)。人々はイエスを嘲笑します。彼等は娘の死を現に見ており、眠っているのではないことを知っていたからです。
・イエスは子どものいる部屋に入られ、子どもの手を取って、「タリタ、クム」と言われました。アラム語で「子よ、起きなさい」という意味です。すると少女は起き上がりました。死者がよみがえる奇跡がここに起こったのです。この物語は単なる伝承ではなく、歴史的な物語の核を持っていると考えられます。「タリタ・クム」というアラム語がそのまま伝承されていることは、この出来事を目撃した弟子たちが強い印象を持ち、そのためにイエスが言われたアラム語がそのまま伝承として伝えられたと思われます。ヤイロの必死さがこの出来事を生みました。聖書に名前が残っていることは、ヤイロはマルコの教会の中で広く知られた人物だったことを推測させます。ヤイロは娘の癒しを通して、イエスに従う者に変えられていったのです。この物語は単なる少女の病の癒しではなく、父親と娘の二人がよみがえった物語なのです。

3.必死の信仰は答えられる

・今日の招詞にマルコ9:23を選びました。次のような言葉です「イエスは言われた。『できれば』と言うか。信じる者には何でもできる」。イエスと三人の弟子が山に登って不在の時、癲癇の病の子を持つ父親が来て、残っていた弟子たちに子の治癒を依頼しましたが、弟子たちは治せませんでした。そこにイエスが帰って来られ、父親に「子を連れて来なさい」と命じられます。父親はイエスに言います「お出来になるなら、私どもを憐れんでお助けください」(9:22)。「お出来になるなら」、これまでもくの医者を尋ね歩いて来たが誰も治せなかった。イエスの弟子にも依頼したが無駄であった。イエスでもだめだろう。父親はそう考えています。イエスはその不信仰な父親に対して言われます「『できれば』と言うか。信じる者には何でもできる」(9:23)。「癒されるのは神である。そして神は私にその力を与えて下さった。これを信じるか」、父親は即座に言います「信じます。信仰のない私をお助けください」(9:24)。「信じきれない自分がいます。でも憐れんで下さい」と父親は懇願します。この父親の必死の言葉を聞いて、子は癒されました。
・ここにマルコ5章と同じ物語があります。「必死の信仰に神は答えて下さる」との告白です。ヤイロは娘が危篤になり、会堂長としての世間体を捨て、イエスに願い出ました。「この人以外には娘の命を救える人はいない」との必死の思いが、「娘に手を置いてやって下さい。そうすれば娘は救われるでしょう」という言葉に現れています。彼には使用人もおり、家族もいた、さらに娘は死の床にあった、通常は本人が出かける状況ではなく、家族か召使を遣わせば良いのに彼自身が出迎えに来ています。また、途上で使いが娘の死を知らせに来ますが、その時の使いは「もう先生を煩わすには及ばない」と冷たく言い放っています。イエスを家に迎えた時の人々の対応も冷淡です。周囲の人々はイエスに依頼することに反対していたのです。それにもかかわらず、彼はイエスを必死に求めました。その必死の行為こそが、イエスを動かし、そして神を動かしたのです。
・長血を患っていた女性の場合も同様です。彼女は病気故に周りの人々から排斥され、正面からではなく後ろからイエスに触れます。その触れ方もイエスの服を握り締めるような触れ方です。「この方の服にでも触れれば癒していただける」、その表現の中に女性の必死さが反映しています。その女性の必死さにイエスも応えて、会堂長への奉仕を中断されました。「あなたの信仰があなたを救った」、神は必死で求める者には必ず応えて下さることを物語は示しています。
・しかし、ある人々は反論するかもしれません「祈っても治らない病気があり、願っても改善できない生活がある。不遇の死を遂げる信仰者もいるではないか」、その通りです。ただ、その時、私たちは「治癒」と「癒し」の区別を再度考える必要があります。「神は求める者には応えて下さる。しかしその応えは必ずしも私たちの求めるものではない」ことを知るべきです。何故ならば神は単なる「治癒」ではなく、全人格的な「癒し」を与えてくださるからです。そして、癒しあるいは救いには長い時間が必要とされるからです。
・先日、ドストエフスキーの伝記を読みました。彼は士官学校を卒業して軍人になり、その後作家になろうと思い、24歳の時に「貧しい人々」という小説を書きます。この小説が高い評価を受け、彼は一躍文壇の寵児になり、上流階級のサロンに出入りするようになり、そこで知り合ったペトラシェフスキーという社会主義者の影響で革命運動に参加するようになります。しかし官憲に逮捕され、裁判となり、シベリア流刑の重刑を課せられます。流刑地で読むことを許されていた書籍は聖書のみであり、彼は4年間の獄中生活の中で、聖書、特に福音書を繰り返し読みます。そしてある時「時が歩みを止める」体験をします。2000年前に書かれた聖書の出来事が、「今ここにある」出来事として甦り、時空を超えてイエスに出会う体験をしたのです。その体験が基礎となって、「罪と罰」、「白痴」、「悪霊」、「カラマーゾフの兄弟」等の名作が生まれていきます。いずれも聖書の出来事が背景にある作品群です。
・ドストエフスキーは、聖書を通して、この世の出来事の意味がはっきりと見え始め、それを作品として発表するようになり、その作品は多くの人々に人生を変えるほどの衝撃を与えました。世界中で如何に多くの人が、ドストエフスキーの作品を通して信仰に導かれたことでしょうか。そして、その契機になったのはシベリア流刑というおぞましい出来事でした。流刑地での聖書との出会いが無ければ、彼の作品は生まれず、彼の作品を通して信仰に導かれる人もいなかった。神は、シベリア流刑という不幸な出来事を通して、ドストエフスキーを祝福されたのです。「神は必死に求める者には必ず応えて下さる」、ヤイロの必死さも長血を患う女性の必死さも、癲癇の子を持つ父親の必死さも報われたとすれば、私たちの必死さもまた報われるでしょう。神は私たちに「幸せな人生」ではなく、「意味のある人生」を与えられます。その委託に応えて、私たちも生きて行きたいと思います。

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