江戸川区南篠崎町にあるキリスト教会です

日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会

2005年11月27日説教(イザヤ51:1-16、解放の福音)

投稿日:2005年11月27日 更新日:

1.バビロンからの帰還

・今日から私たちは待降節(アドベント)を迎える。4週間後はクリスマス、キリストの誕生日だ。そのキリストを私たちは罪からの救い主、解放者として迎える。闇の中に住んでいた私たちに光がさした、その光の誕生を待ち望む、その時が待降節だ。闇とは何か、解放とは何かを、私たちはイザヤ書を通じて学ぶ。
・イザヤ書は66章あるが、40章からはバビロン捕囚からの解放を歌う。紀元前587年、イスラエルはバビロン帝国によって国を滅ぼされ、首都エルサレムは破壊され、主だった住民は捕虜としてバビロンに連れて行かれた。もし日本が1945年に戦争に負けた時、アメリカではなくソ連が日本に侵攻し、主だった人々を捕虜としてシベリアに連行し、強制労働に従事させたとすれば、このバビロン捕囚と似た状況が私たちにも起こったであろう。1945年にその危険性はあったことは、満州にいた関東軍兵士数十万人が十数年間もシベリア抑留の悲劇を経験したことでも明らかだ。
・イスラエルの民は、選民である自分たちの国が滅ぼされ、信仰の中心であったエルサレム神殿が破壊された時、神は自分たちを見捨てられたと考え、悲しい思いでバビロンに行ったことであろう。それから50年の時が過ぎた。苦しかった時期もあったが、今では、バビロンでの生活も落ち着き、子や孫も生まれ、それなりの安定した生活を送っていた。人々はエルサレムに戻ることなど考えもしなかったであろう。そのような時、思いもかけない出来事が起こった。バビロンがペルシャに敗れ、滅んだ。捕囚になっていたイスラエルの人々は、もうバビロンに留まる必要はなく、帰国したい者は帰国出来ることになった。その時、一人の預言者が現れ、民に語った。「主はペルシャを用いて、私たちをバビロンの縄目から解放して下さった。さあ、故国に戻ろう」。民の反応はまちまちだった。ある者は「いまさら廃墟となったエルサレムに戻るつもりはない」と言い、別の者は「私たちはここでの安定した生活を捨てるつもりはない」と断った。「共に故国に帰り、新しい国を興そう」という預言者の言葉に従う者は少数であった。
・そのような民に預言者が語った言葉がイザヤ51章の言葉だ。「あなたたちが切り出されてきた元の岩、掘り出された岩穴に目を注げ。あなたたちの父アブラハム、あなたたちを産んだ母サラに目を注げ。私は一人であった彼を呼び、彼を祝福して子孫を増やした」(51:1)。バビロンは私たちの永住の地ではない。エルサレムこそ、神が約束された地、父祖アブラハムとサラの生きた地ではないか。神はこのアブラハムを祝福し、星の数ほどに子孫を恵まれた。私たちがエルサレムに戻れば、神は同じ祝福を私たちに下さる。「主はシオンを慰め、そのすべての廃虚を慰め、荒れ野をエデンの園とし、荒れ地を主の園とされる。そこには喜びと楽しみ、感謝の歌声が響く」(51:3)。今、祖国エルサレムは廃墟となっているが、主はこの荒れ果てたエルサレムをエデンの園のような楽園に変えると約束されている。主の約束を信じて、共に帰ろう。
・預言者は続ける「主こそ裁き主。その主が言われる『天地は滅び、人もまた滅ぶ。しかし、主の言葉は滅びない』」。今、このバビロンの地で安楽な生活があるとしても、そのようなものはやがて終わる。滅びる現在の生活ではなく、滅びないものを求めてバビロンを出よう。永遠なるものは主の救いの業しかないのだ。しかし、この預言者の声は嘲りとののしりを招いた。多くの人々は預言者に従おうとせず、バビロンに残留する事を望んだ。祖国に帰ろうとする者たちに迫害が及び始めた。これは私たちにも理解出来る状況だ。捕囚から50年もたっている。戦前、日本から多くの人々が新しい生活を求めて、ハワイやブラジルに移住した。当初は苦しかったであろうが、苦労が報われ、土地も手に入れ、子や孫も増え、現地に生活基盤も出来た。その時、誰かが「共に祖国に帰ろう。祖国は私たちを必要としている」と叫んでも誰も従わないだろう。50年はそのような長い年月なのだ。


2.現在よりも未来を

・預言者は語り続ける。何故、現在の生活の安定をそのように大事にするのか。あなたたちは主の業を行うよう、召され、選ばれた民ではないか。天地創造の時、海の怪物ラハブを切り裂き、竜を貫いて、混沌の中から、秩序ある世を作り出されたのは、主ではないか。海を乾かして、エジプトから救い出して下さったのも主ではないか。その主が今、「バビロンを出て祖国に帰れ、そこに新しい国を建設せよ」と命じておられる。この主に依り頼め。バビロンは滅びた。征服者ペルシャも滅びるであろう。そのような滅ぶべき者、草にも等しい人の子を何故あなたがたは恐れるのか。恐るべきは主のみではないかと、預言者は叫んだ。
・バビロン捕囚からの解放というと、私たちは捕囚民が喜んで従ったと思いがちであるが、実際は違った。人々は現在の生活の安定を捨ててまで、廃墟のエルサレムに戻り、新しい生活を始めたいとは思わなかったのだ。状況は現在でも同じだ。多くの人々が現在の生活に満足し、福音を聞いても、教会に来ようとはしない。来る必要を認めないのだ。現在の生活がどのようにもろい基盤の上に立っているのか、生活の基盤が壊されてみないとわからない。その時、初めて、私たちが闇の中にいたことがわかる。
・働いていた会社が倒産した、住んでいたマンションが欠陥住宅だった、夫が浮気した、子どもが引きこもった、親が痴呆になった。毎日誰かの上に起きている出来事が私たちの周りに起こると、それだけで私たちの安定した生活基盤は崩れる。私たちは薄い舟板一枚の上に立って、闇の海をさまよっているのだ。イザヤが言うように「天が煙のように消え、地が衣のように朽ち、地に住む者もまた、ぶよのように死に果てる」(イザヤ51:6)のが、私たちの真実の姿なのだ。現在に満足しているものは未来を求めないが、その現実を見よと預言者は言う。神が共にいまさない限り、そこには真の平安はないのだと。

3.キリストを迎える

・今日の招詞にイザヤ53:4-5を選んだ。次のような言葉だ「彼が担ったのは私たちの病、彼が負ったのは私たちの痛みであったのに、私たちは思っていた。神の手にかかり、打たれたから、彼は苦しんでいるのだ、と。彼が刺し貫かれたのは、私たちの背きのためであり、彼が打ち砕かれたのは、私たちの咎のためであった。彼の受けた懲らしめによって、私たちに平和が与えられ、彼の受けた傷によって、私たちはいやされた」。
・神はバビロンに捕囚となっていた民をエルサレムに連れ帰るために、一人の指導者を立てられた。「主のしもべ」と呼ばれる人だ。彼はバビロンでの生活に満足し、祖国エルサレムに戻ろうとしない人々を説得し、故郷に連れ帰った。しかし、その過程で、多くの嘲りと迫害を受けた。「主のしもべの歌」と言われるイザヤ50:5-6は次のように語る「主なる神は私の耳を開かれた。私は逆らわず、退かなかった。打とうとする者には背中をまかせ、ひげを抜こうとする者には頬をまかせた。顔を隠さずに、嘲りと唾を受けた」。
・バビロンから勇んで帰ったエルサレムは廃墟であった。土地はいつの間にか他人のものになっており、帰還民の住んでいた家も今は他の人が住んでいる。エルサレムに残った民は「何故帰ってきたのだ、迷惑だ」と帰還民を排斥した。元々帰りたくなかった帰還の民は主のしもべに言い募った。「約束が違うではないか。どこにエデンの園があるのだ。ここには私たちの住む家も、耕すべき畑もないではないか」。民衆からの突き上げの中で、主のしもべは重い病にかかり、失意の内に死んだ。そのしもべの死を歌った歌がイザヤ53章だ。
・キリストが十字架で死なれた時、従っていた弟子たちは絶望に包まれた「この人こそ、神の子、救い主と思っていたのに、違った。この人は無力にも、磔にされて死なれた。この人は救い主ではなかった」。その弟子たちがやがて復活のイエスに出会い「この方こそ神の子キリスト」と信じるようになる。その神の子が何故十字架で死ななければいけなかったのか。彼らはその答えをイザヤ53章に見出した。「彼が担ったのは私たちの病、彼が負ったのは私たちの痛みであった。・・・彼の受けた懲らしめによって、私たちに平和が与えられ、彼の受けた傷によって、私たちはいやされた」。キリストが私たちのために死んで下さったことにより、私たちは神と和解し、神の平安に生かされる者となった。エルサレムに帰還した民は、やがて神殿再建に取り組み、エルサレムは徐々に往時の繁栄を取り戻していった。その時、人々は自分たちを導いて、エルサレムまで連れ帰ってくれた「主のしもべ」を思い起こし、彼が命と引き換えに自分たちをエルサレムまで連れ帰ってくれた事を感謝するようになっていった。聖書は私たちに約束する「信じてバプテスマを受ける者は救われる」(マルコ16:16)。この言葉の真実は、私たちが現在の生活を崩され、自分たちがどのような闇の中に暮らしていたかがわかり、その闇から神が私たちを救い出して下さったことがわかった時に、初めて理解できる。今の私たちは強い。職をなくしても、家を失っても、子どもが非行に走っても動じない。主が私たちを生かし、導いて下さる事を信じるからだ。「信じてバプテスマを受ける者は救われる」、この事を私たちは真心から証しし、その通りですと言う。

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