すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

ヘッドライン


新着リスト
2018年11月11日説教(イザヤ61:1-11、悲しみが喜び... 説教ブログ

1.失望し落胆する民への預言者の言葉
・クリスマスを前に、11月はイザヤ書を読んでいきます。イザヤ書は40章から、バビロン捕囚からの解放の預言を記します。捕囚とは国が亡び、異国に強制連行されるという体験でしたが、50年もたつとそれなりに、人々はバビロンの地で生活基盤を築いていました。その人々に第二イザヤと呼ばれる預言者が「解放の時が来たから、共に故国に帰ろう」と呼びかけました(40:1-2)。しかし人々は今さら廃墟のエルサレムに帰りたくないと言い張っていました。その人たちに預言者は、「主が解放して下さったのだ。共にエルサレムに帰ろう、主は荒野をエデンの園に、荒れ地を主の園にされる」と励ましました(51:3)。励まされた人々は帰国の途につきます。紀元前538年のことです。しかし、帰国した民を待っていたのは、厳しい現実でした。イザヤ61章はこのような背景の中で語られています。
・帰国した人々が最初に行ったのは、廃墟となった神殿の再建でした。帰国の翌年には、神殿の基礎石が築かれましたが、工事はやがて中断します。先住の人々は帰国民を喜ばず、神殿再建を妨害しました。また、激しい旱魃がその地を襲い、穀物が不足し、飢餓や物価の高騰が帰国の民を襲いました。神殿の再建どころではない状況に追い込まれたのです。そして人々はつぶやき始めます「私たちは光を望んだが、見よ、闇に閉ざされ、輝きを望んだが、暗黒の中を歩いている」(59:9)。約束が違うではないか、どこにエデンの園があるのか。エルサレムなどに帰らなければ良かった、バビロンの方が良かったと民は言い始めているのです。
・この状況は、日本が戦争に敗れ、満州や朝鮮で暮らしていた人々が強制送還された時と共通するものがあります。着の身着のままで現地を追われ、日本に帰りさえすれば何とかなるとして、帰国した人々を待っていたのは、食糧難と迷惑そうな親族や近隣の顔でした。捕囚の民が50年ぶりに帰国すると、住んでいた家には他の人が住み、畑も他人のものになっていました。彼らは言います「主の手が短くて救えないのではないか。主の耳が鈍くて聞こえないのではないか」(59:1)。これに対して、そうではない。問題は主にあるのではなく、あなたがたにあるのだと言って立ち上がった預言者が、第三イザヤです。彼は言います「主の手が短くて救えないのではない。主の耳が鈍くて聞こえないのでもない。むしろお前たちの悪が、神とお前たちとの間を隔て、お前たちの罪が神の御顔を隠させ、お前たちに耳を傾けられるのを妨げているのだ」(59:1-2)。
2.悲しみが喜びに
・預言者は人々に語ります。「主は私に油を注ぎ、主なる神の霊が私をとらえた。私を遣わして、貧しい人に良い知らせを伝えさせるために。打ち砕かれた心を包み、捕らわれ人には自由を、つながれている人には解放を告知させるために」(61:1)。主は、困難の中にあるあなたがたを慰めるために私を立てられた、良い知らせを伝えるために私に言葉を与えられた。預言者は続けます「シオンのゆえに嘆いている人々に、灰に代えて冠をかぶらせ、嘆きに代えて喜びの香油を、暗い心に代えて賛美の衣をまとわせるために」(61:3前半)。良い知らせ(福音)は、灰(悲しみ)を冠(喜び)に変える。主は悲しんでいるあなた方に、喜びの冠を与えると言っておられる。主はあなた方を通して、この廃墟をエデンの園に変えられる。あなた方こそ「とこしえの廃墟を建て直し、古い荒廃の跡を興す者」なのだ(61:4)と預言者は人々を慰めます。
・預言者は語ります「あなたたちは主の祭司と呼ばれ、私たちの神に仕える者とされ、国々の富を享受し、彼らの栄光を自分のものとする」(61:6)。あなた方はバビロンで50年にわたる苦難を受けた。それはあなた方を主の民、主の祭司とするためだった、あなた方を通して諸国の人々を解放するためだった。あなた方は単に自分の救いを求める者ではなく、神の祝福を隣人に、異邦人に伝える者となるのだ。あなた方が自分のためだけに幸いを求めるから、主は苦難を与えられる。隣人のために幸いを求めてみよ。主はあなた方を豊かに祝福されるだろうと預言者は語ります。
・中断された神殿再建が再び始まったのはそれから20年後でした。神殿再建を導いたのは、ダビデの血筋を引くゼルバベルです。人々は、ゼルバベルを王にいだいて国の独立を求めましたが、宗主国ペルシャ帝国によって弾圧され、イスラエルはその後も国の独立を果たすことが出来ませんでした。しかし、彼らは、捕囚時代に編纂された旧約聖書を守りながら生き抜くことを通して民族の同一性を保持し、旧約聖書はやがて当時の共通語ギリシャ語に翻訳され、多くの異国人がこの翻訳聖書を通して主に出会うようになります。イザヤは預言しました「彼らの子孫は、もろもろの国の中で知られ、彼らの子らは、もろもろの民の中に知られる。すべてこれを見る者はこれが主の祝福された民であることを認める」(61:9)。ユダヤ人は、国が敗れることを通して、主の民として異邦人に仕える者になり、やがてはこのユダヤ人の中からイエスと呼ばれるキリスト=救い主が生まれてこられます。
3.イエスが第三イザヤの口を通して福音を語られた
・バビロン捕囚から500年の時が流れ、イエスが生まれられました。イエスはその宣教の初めに、故郷ナザレでイザヤ61章を読まれ、宣言されました。それが今日の招詞、ルカ4:20−21です。「イエスは巻物を巻き、係の者に返して席に座られた。会堂にいるすべての人の目がイエスに注がれていた。そこでイエスは、『この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した』と話し始められた」。イエスの時代、人々は安息日に会堂に集まり、聖書を読み、説教を聞き、祈りました。最初に信仰告白が読まれ、次に聖書日課に従って先ず律法の書が、次に預言書が読まれ、読んだ人がそれについて短い話をするのが慣例でした。その日の預言書の個所はイザヤ61章であり、イエスは渡されたイザヤ書の巻物を朗読されます。それがイザヤ61:1-2の預言です「主の霊が私の上におられる。貧しい人に福音を告げ知らせるために、主が私に油を注がれたからである。主が私を遣わされたのは、捕らわれている人に解放を、目の見えない人に視力の回復を告げ、圧迫されている人を自由にし、主の恵みの年を告げるためである」。
・イエスは、イザヤの預言を、現在の人々の困窮に焦点を当てて語られています。イザヤ61章が語られた時代は、人々が将来に希望を持てない時代でした。イエスの時代も同様でした。当時の人々は食べるのがやっとの貧しい生活を強いられていましたが、その貧しい人々に良い知らせが語られるとイエスは慰められます。税金が払えない人は獄に入れられていましたが、彼らは獄から解放される。病に苦しむ人はその病が癒される。土地を持たず、苦しむ人には土地が与えられるとイエスは言われたのです。人々はメシヤが来て、自分たちの生活が良くなることを待望していました。その人々にイエスは言われました。「私がそのメシヤである。あなた方の救いは、今日私の言葉を耳にした時に成就した」と(ルカ4:21)。
・イエスは人々に救いを告げられましたが、多くの人々にとって救いとは今現在の苦しみからの解放でした。イエスは霊の命を与えようとされましたが、人々は肉のパンを求めました。イエスは神の国を与えようとされましたが、人々は地上の王国を欲しました。人々の驚嘆と尊敬の中に始まったイエスの宣教が、三年を経ずして、人々のつぶやきと憎悪の中に、十字架の死をもって終るに至ったのはこのためです。イエスの業は挫折したのでしょうか。そうではありません。十字架につけられて死なれたイエスを神は復活させて下さいました。その復活のイエスに出会い、何人かの信じる者たちが起こされていきます。弟子たちを通して、イエスの業は継承されていったのです。そして今イエスの業を継承するために、私たちがこの教会に集められています。
・イエスは言われました「疲れた者、重荷を負う者は、だれでも私のもとに来なさい。休ませてあげよう」(マタイ11:28)。この言葉はどのようにして実現するのでしょうか。私たちを通してです。私たちは闇の中にいましたが、イエスと出会って光を見出した。光を見出した者が次に行うことは、その光、良い知らせを隣人に伝えていくことです。伝えるとは、言葉と同時に行為で伝えることです。隣人の重荷を私たちが一緒に担う事です。しかし、現実はそう甘くはありません。たとえば夜中に突然一人の人が教会に来られ、行くところが無いので今夜一晩泊めてほしいと言われた時、私たちはどうするでしょうか。その人に泊まっていただくことは可能なのでしょうか。身元のわかっている方であれば可能かもしれませんが、見ず知らずの方を教会にお泊めするのは不可能でしょう。言葉と同時に行為で伝えることは簡単な事ではありません。
・しかしヤコブは私たちを励まします「もし、兄弟あるいは姉妹が、着る物もなく、その日の食べ物にも事欠いているとき、あなたがたのだれかが、彼らに、「安心して行きなさい。温まりなさい。満腹するまで食べなさい」と言うだけで、体に必要なものを何一つ与えないなら、何の役に立つでしょう。信仰もこれと同じです。行いが伴わないなら、信仰はそれだけでは死んだものです」(ヤコブ2:15-17)。イザヤの時代は今から2500年前、イエスの時代は2000年前です。時代が変わっても、本質的な問題は何も変わっていません。人々は現在の生活に不満を持ち、明日の生活に不安を持っています。その中で唯一変わった事はイエスの言葉に耳を傾け、従う人々が生まれたことです。私たちは神の業を行うように、ここに集められ、神の言葉を聴いています。もう自分のことばかりにかかわりわずらうことをやめ、隣人のために働く者となりたいとの希望を持って、私たちは今ここに集められています。
2018年11月4日召天者記念礼拝説教(詩篇90:1-15、死... 説教ブログ

1.死を忘れるな
・今日、私たちは召天者記念礼拝を行います。私たちの教会では11月第一主日に召天者を覚える礼拝を行いますが、これは教会の暦で11月第一日曜日が「聖徒の日(死者の日)」、亡くなった信徒たちのために祈る日にしていることを覚えてのことです。死者の日は、元々はケルトのお盆(ハローウィン、秋の終わり・冬の始まりの収穫祭)に死者の霊が家族を訪ねてくる風習を教会が取り入れたものと言われています。私たちの教会ではこの日に召された方々のお名前をお呼びし、死の意味を共に考えていきます。今日は詩篇90編を通して死と生の問題について御言葉を聴いていきます。
・詩篇90編がまず私たちに語ることは「死を忘れるな」と言うことです。5-6節は語ります「あなたは眠りの中に人を漂わせ、朝が来れば、人は草のように移ろいます。朝が来れば花を咲かせ、やがて移ろい、夕べにはしおれ、枯れて行きます」。朝は咲いていた花も夕には枯れます。人の一生もそのようなものだと詩人は歌います。人は誕生し、少年期、青年期を経て壮年期に至ります。生きているうちに何事かを為したいと思い、学び・働き・結婚し、家族を形成します。幸運に恵まれ、一代で財を成す人もいれば、多くの家族に恵まれる人もいます。健康に恵まれた人は70代、80代まで生きることが出来ます。しかし、振り返ってみれば、その人生は労苦と災いだと詩人は歌います。「人生の年月は七十年程のものです。健やかな人が八十年を数えても得るところは労苦と災いにすぎません。瞬く間に時は過ぎ、私たちは飛び去ります」(90:10)。
・詩編が歌われた3000年前の平均寿命は30年、40年だったでしょう。その当時、70年、80年生きることの出来る人はまれであった。ただその幸運を生きた長生きの人でも、振り返ってみれば、一瞬の人生であると詩人は歌います。現在の私たちは当時の人がうらやむほどの長寿を生きることが出来ます。しかしいくら長寿になっても少しも幸せとは思えない。神を見失った、神が共におられないからです。詩人は歌います「朝にはあなたの慈しみに満ち足らせ、生涯、喜び歌い、喜び祝わせてください」(90:14)。
・私たちは生まれ、死んでいきます。人生とは誕生と死の間にあるひと時の時です。多くの人は自分がこの限界の中にあることを認めようとしません。だから近親者の死に直面する時、私たちは「死んではならないはずのものが死んだ」という矛盾の中で苦しみます。聖書は「私たちは死という限界の中にあることを覚えよ」と求めます。それが12節の言葉です「生涯の日を正しく数えるように教えてください。知恵ある心を得ることができますように」。詩人は、生涯の日を正しく数える、死ななければならない存在であることを受け入れることが出来ますようにと神に求めています。
・私たちは自分が死ぬ存在である、人生が死によって限界付けられていることを認めようとしない存在です。パスカルは語りました「人間は死と悲惨を癒やすことが出来ないので、自分を幸福にするためにそれらを考えないようにした」。別な人は語ります「私たちは死の前に衝立を置いて、そのこちら側で営まれている生活を幸福な生活とよんでいる。本当の幸福はそのような貧弱な幸福ではないではないか」。私たちはいつも死を他人事ととらえます。死とは身内の死、親族の死、友人知己の死であり、自分の死ではありません。死が他人事である限り、私たちは死について考えようとしない。死について考えないとは現在の生についても考えないことです。聖書は私たちに求めます「あなたは死ぬ。死ぬからこそ、現在をどう生きるかを求めよ」。
2.死を考えまいとする私たち
・私たちは死を考えまい、あるいは忘れようとします。その試みの一つが「魂の不死、あるいは霊魂の不滅」という信仰です。人は死ぬがそれは肉体が滅びるのであって霊は滅びない、霊は肉体の死を超えて生きる。古代以来多くの人々がそう信じてきました。プラトン、アリストテレスから始まり、カントに至るまでそうです。教会に来ているクリスチャンの大半も実は信じているのは復活ではなく、霊魂の不死ではないかと思えます。母親は死んだ夫について子どもたちに教えます「お父さんは今天からお前を見守ってくれている」。私たちも墓参りに行き、死者に呼びかけます「来ました」。心情的には理解できますが、この信仰は聖書の信仰ではありません。
・二番目は現在の生の肯定を通して、死から逃れようとする考え方です。私はまだ死んでいない、今しばらくは死なないだろう、生きているうちに充実した生を楽しみたいと世の多くの人は考えます。パウロはそのような生き方は空しいと語ります「「食べたり飲んだりしようではないか。どうせ明日は死ぬ身ではないか」(第一コリント15:32)。このような生き方を私たちは「良し」とするのか。しかし、このような生き方、死を考えまいとするいき方はいつか破綻します。死は必ず訪れるからです。
・聖書は、人間の真の生き方は、死を忘れないこと、自分の限界を知ることだと述べます。有限性を知ることは自分が被造物に過ぎない、死に対する決定権が自分にはないことを認めることです。そこから創造者である神を思う心が生まれます。死をおそれずに死と向き合う唯一の道は、命の創造者である神を覚えること、だから詩人は歌います「主よ、あなたは代々に私たちの宿るところ。山々が生まれる前から、大地が、人の世が、生み出される前から、世々とこしえに、あなたは神」(90:1-2)。
・私たちは神に創造されました。それにもかかわらず私たちは死にます。それは何故か、罪の咎として死が与えられたと詩人は語ります。7-9節「あなたの怒りに私たちは絶え入り、あなたの憤りに恐れます。あなたは私たちの罪を御前に、隠れた罪を御顔の光の中に置かれます。私たちの生涯は御怒りに消え去り、人生はため息のように消えうせます」。罪の結果として、神の怒りとして、死があるとすれば、死から解放される道は神による罪の赦ししかありません。だから詩人は祈ります「主よ、帰って来てください。いつまで捨てておかれるのですか。あなたの僕らを力づけてください」(90:13)。詩人は神が正義の神である故に罪びとに死が与えられることを知ります。同時に神は憐れみの神であり、人が求める時、恵んでくださる方であることを信じます。故に願います「朝にはあなたの慈しみに満ち足らせ、生涯、喜び歌い、喜び祝わせてください。あなたが私たちを苦しめられた日々と、苦難に遭わされた年月を思って、私たちに喜びを返してください」(90:14-15)。
3.死を恐れるな
・今日の招詞にヨハネ11:25-26を選びました。次のような言葉です「イエスは言われた『私は復活であり、命である。私を信じる者は、死んでも生きる。生きていて私を信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか』」。ラザロが死んで4日目にイエスはベタニヤ村に来られ、兄弟の死を悲しむマルタに言われました「あなたの兄弟は復活する」(ヨハネ1:23)。マルタは答えます「終わりの日の復活の時に復活することは存じております」。マルタが信じているのは霊魂の不滅であり、今ここでのラザロのよみがえりではありません。そのマルタにイエスは言われます「私は復活であり、命である。私を信じる者は、死んでも生きる。生きていて私を信じる者はだれも、決して死ぬことはない」。神は死者を生き返らせることが出来る。死んだラザロを今よみがえらせることが出来る。その神の力、神の憐れみを信じるか。マルタは信じることが出来ません。イエスはマルタのためにラザロを墓から呼び出され、ラザロは再び生きるものとなりました。神の憐れみがイエスを通して示されました。
・死んだ後どうなるのか、誰にもわかりません。神を信じる者にもわかりません。ただわかることはイエスが死んで復活されたこと、イエスが今も生きておられることの二点です。イエスによって死が乗り越えられた故に、私たちはイエスが復活されたように、信仰者に復活の約束が与えられていることに希望を置きます。イエスの復活を信じる時、信仰者は今ここで永遠の命の中に入ります。永遠の命とは、死んで天国に行くことではなく、今、死から解放されることです。神を信じる者は、水のバプテスマを受けます。バプテスマは水に入り、水から引き出される行為です。水に入りイエスと共に復活の命に生きる。パウロの語る通り、「死は勝利にのみ込まれた。死よ、お前の勝利はどこにあるのか。死よ、お前のとげはどこにあるのか」(第一コリント15:54-55)。だから私たちは死を悼みません。死とは終わりではなく、新しい命の出発だからです。
・信仰を持たない人々にとって、「死は嘆き悲しむ出来事」であり、「死は受入れるしかない」出来事です。パウロ時代の手紙は書きます「死に対して私たちが出来ることはありません。だからあなたたちはお互いに慰めあって下さい」(NTD新約注解・パウロ小書簡P442)。これは現代においても同じです。多くの日本人は死を全ての終わりと考えています。しかし、パウロは言います「イエスが死んで復活されたと私たちは信じています。神は同じように、イエスを信じて眠りについた人たちをも、イエスと一緒に導き出してくださいます」(第一テサロニケ4:14)。キリストが復活されたのであれば、キリストを信じて死んだ兄弟もまた復活するとパウロは語ります。世の若者たちは死ぬことを考えないし、老人たちは自分たちの時代はもう終わったとして人生を諦めます。それに対して私たちは、若いうちから死を覚えて現在を誠実に生き、歳をとればこの世での残された日々を大切に生き、死ねば天に召される生き方に召されています。「死を忘れるな」、そして「死を恐れるな」。これが聖書の語るメッセージです。
2018年10月28日説教(詩篇51:1-19、罪の悔い改めと... 説教ブログ

1.ダビデの犯した悪
・詩篇51編は罪の悔い改めと赦しを求める詩として有名です。人々はダビデ王が罪を犯し、預言者ナタンがそれをとがめた時に、ダビデが悔い改めた言葉として、この詩を唱和してきました。それが表題の「ダビデの詩、ダビデがバト・シェバと通じたので預言者ナタンがダビデのもとに来た時」(51:1-2)という解説です。ダビデの犯した罪については、サムエル記下11-12章に詳しく書かれていますので、最初に物語を見て行きます。当時、イスラエルはダビデ王の下に統一され、王国として栄え始めていました。ダビデは近隣諸国を征服し、領土を拡大していきます。ダビデは得意の絶頂期にありました。そのダビデがある日の夕暮れ、王宮の屋上から湯浴みする一人の婦人を見ます。彼女は兵士ウリヤの妻バテシバで、「女は大層美しかった」とサムエル記は記します。夫ウリヤはアンモン人との戦いのために出征し、不在でした。ダビデは婦人を王宮に呼び、彼女と寝て、その結果バテシバは妊娠します。
・バテシバの妊娠に困惑したダビデは、夫ウリヤを前線から呼び戻し、妻と寝させることによって自分の犯した悪をごまかそうとしますが、ウリヤは前線の将兵が戦いの中にある時、自分一人、家で妻と寝るわけには行かないと断ります。ダビデの目論見は失敗し、彼は自分の犯した悪をごまかすために、上司である将軍ヨアブに手紙を持たせ、ウリヤを最前線に立たせて死なせるように命じ、ウリヤは死にます。「罪は罪を生む」、姦淫が殺人にまで発展したのです。バテシバはやもめとなり、ダビデはバテシバを妻として宮殿に迎え入れ、彼女は男の子を生みます。
・サムエル記はこの事実を淡々と述べた後、最期に記します「ダビデのしたことは主の御心に適わなかった」(サムエル下11:27)。他の国では王が臣下の妻を奪ったとしてもさしたる罪ではないかもしれませんが、イスラエルにおいてはその罪は放置されません。王は神の委託下にあるからです。「主はナタンをダビデのもとに遣わされた」(同12:1)。ダビデの前に現れたナタンはダビデに一つの物語を語ります(同12:1-4)。「多くの羊や牛を持つ豊かな男が自分の羊をつぶすのを惜しみ、一匹の羊しか持たない男の羊を取り上げ、それを客に出した」。ダビデは叫びます「そのような無慈悲なことをした男は死罪にされるべきだ」。ナタンは断言します「その男はあなただ」(同12:7)。ナタンは主の言葉を続けます「あなたをイスラエルの王にしたのは私であり、あなたを恵んできたのも私である。それなのに何故、ウリヤの妻を欲してウリヤを殺すような悪を為したのか」(同12:7-10)。この言葉にダビデは頭をたれ、告白します「私は主に罪を犯しました」(同12:13)。
2.ダビデの物語として詩編51篇を読む
・ダビデの悔い改めの言葉を受けて詩編51篇が始まります。「神よ、私を憐れんで下さい、御慈しみをもって。深い御憐れみをもって、背きの罪をぬぐって下さい。私の咎をことごとく洗い、罪から清めて下さい」(51:3-4)。ダビデは神に背き、罪を犯しました。その結果平安は彼から去りました。罪は赦されなければ消えません。だから彼は神に罪を洗い清めて下さるように祈ります。「あなたに背いたことを私は知っています。私の罪は常に私の前に置かれています。あなたに、あなたのみに私は罪を犯し、御目に悪事と見られることをしました。あなたの言われることは正しく、あなたの裁きに誤りはありません」。私は咎のうちに産み落とされ、母が私を身ごもったときも、私は罪のうちにあったのです」(51:5-7)。
・ダビデはウリヤの妻を横取りし、夫ウリヤを謀殺しました。罪は一義的には人に犯した罪です。しかし、それは突き詰めると神に逆らう行為です。神という絶対的な存在が無い時、本当の罪意識は生まれません。神がいない時、人はわからなければ何をしても良いと思う存在です。ダビデは罪の結果の子が生まれるまで、1年余りも平気で暮らしていました。人は、「その男はあなただ」と告発されなければ、自分の罪が見えないのです。罪を告発されたダビデは、その罪が生まれ落ちた時からあったことを自覚します。ここでは単に「ウリヤを殺すという罪を犯した」ことだけではなく、これまでに犯した様々な罪が詩人を圧倒し、「自分の存在それ自体が罪人である」と告白しているのです。
・「存在そのものが罪」である時、その罪は自分の力では洗い流すことはできません。いくらヒソプ(石鹸)で洗っても落ちません。だから神に罪を洗い流して下さるように祈ります「ヒソプの枝で私の罪を払ってください、私が清くなるように。私を洗ってください、雪よりも白くなるように。喜び祝う声を聞かせてください、あなたによって砕かれたこの骨が喜び躍るように。私の罪に御顔を向けず、咎をことごとくぬぐってください」(51:9-11)。罪の清めとは単に処罰が赦されることでは済まず、古き自己が葬られ、新たな自己に生かされなければ救済はありません。ですからダビデは主に願います「神よ、私の内に清い心を創造し、新しく確かな霊を授けて下さい。御前から私を退けず、あなたの聖なる霊を取り上げないでください。御救いの喜びを再び私に味わわせ、自由の霊によって支えてください」(51:12-14)。
・「私を変えて下さい。私自身が問題なのです」とダビデは血の汗を流しながら祈っています。罪からの清め、救いとは人格を変える出来事なのです。人格を変える出来事を経験した者は他者のために祈り始めます。「私はあなたの道を教えます、あなたに背いている者に、罪人が御もとに立ち帰るように。神よ、私の救いの神よ、流血の災いから私を救い出してください。恵みの御業をこの舌は喜び歌います。主よ、私の唇を開いてください、この口はあなたの賛美を歌います」(51:15-17)。
・そして中核の言葉が祈られます「もし生贄があなたに喜ばれ、焼き尽くす献げ物が御旨にかなうのなら、私はそれをささげます。しかし、神の求める生贄は打ち砕かれた霊。打ち砕かれ悔いる心を、神よ、あなたは侮られません」(51:18-19)。罪の赦しは悔い改めの結果与えられるものであり、それは神殿に犠牲の動物を捧げることによって赦されるようなものではありません。私たちが捧げるべき生贄は「砕かれた霊」であり、主は「砕かれた悔いる心」を受け入れて下さる、それを信じてダビデは祈りを捧げました。
・詩篇編集者はこの詩に「ダビデの歌」との表題を付けましたが、内容的にはダビデ時代のものであるよりも、捕囚期以後の詩である可能性が高いといわれます。しかし、旧約の人々も新約の人々もこの詩をダビデの詩として親しんできました。その理由を高橋三郎氏は「イスラエルはその王なるダビデの醜悪な罪をこの詩を唱和する毎に想起し、打ちのめされた罪人の告白の中にこそ、信仰による生の原点を見出した」と表現します(高橋三郎「エロヒーム歌集」)。人々はダビデを慕いました。それはダビデがイスラエルを繁栄に導いた王であるからではなく、王であるにも関わらず、自らの罪を認め、神の前に悔い改めたからです。人は罪を犯さないから偉大なのではありません。「罪を心から悔いることのできる人」が偉大なのです。
3.私たちの物語として詩編51篇を読む
・詩編51編は、いろいろなことを私たちに示します。ダビデは王でした。権力者が悪を犯しても世間は何も言いません。しかし、人の目に隠れていることも神は明らかにされます。神はダビデの罪を公衆の前にさらけ出されました。権力者であれば、ダビデがするようなことは誰でもするでしょう。それにもかかわらず、ダビデは裁かれなければなりません。このバテシバを通じてソロモンが生まれ、このダビデ-ソロモンの系図からイエス・キリストが生まれたことをマタイ福音書は記します。「エッサイはダビデ王をもうけた。ダビデはウリヤの妻によってソロモンをもうけ・・・ヤコブはマリアの夫ヨセフをもうけた。このマリアからメシアと呼ばれるイエスがお生まれになった」(マタイ1:1-16)。マタイはあえて「ウリヤの妻によってソロモンが生まれた」と記します。それはキリストの系図もまた、汚れていたことを示すためです。人間は罪の中に生まれ、その罪を背負って生きる存在であり、その人間の罪を背負うためにキリストは来られたことを示すためです。私たちの系図も罪で汚れています。誰も知らない罪、隠しておきたい出来事、神は全てをご存知であり、それを承知の上で私たちを招かれています。
・今日の招詞にヨハネ8:11を選びました。次のような言葉です「女が、『主よ、だれも』と言うと、イエスは言われた。『私もあなたを罪に定めない。行きなさい。これからは、もう罪を犯してはならない』」。姦淫の罪を犯した女性にイエスが言われた言葉です。イエスのもとに、人々が姦淫の現場で捕えた女を連れてきて、言いました「先生、この女は姦通をしている時に捕まりました。こういう女は石で打ち殺せとモーセは律法の中で命じています。あなたはどうお考えになりますか」。それに対してイエスは言われました「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、石を投げなさい」(ヨハネ8:7-8)。イエスの答えを聞いた者は「年長者から始まって、一人また一人と、立ち去ってしまい、イエスひとりと、真ん中にいた女が残った」(同8:9)。自らを「罪なし」と言える者は一人も居なかったのです。イエスは身を起して女に言われました。「婦人よ、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罪に定めなかったのか」。女が「主よ、だれも」と言うと、イエスは言われました「私もあなたを罪に定めない。行きなさい。これからは、もう罪を犯してはならない。」イエスはそれ以上、咎めようとせず女を赦されました。
・この女性はマグダラのマリアではないかと言われています。イエスが十字架にかけられた時、ゴルゴタの丘まで付き従い、イエスが葬られた後は、その墓に行き、復活のイエスに最初に出会った女性です。マグダラのマリアは、イエスの慈しみと、赦しにより新しく生まれ変わったのです。女を石打ちから守った温かい抱擁力、悔い改めを待つ忍耐、おおらかな罪の赦し、これらは全て主の慈しみ(ヘセド)からくるものです。神を信じる人とそうでない人は何が違うのでしょうか。共に罪を犯します。キリスト者は罪を犯した時、それを神に指摘され、裁かれ、苦しみます。その苦しみを通して神の憐れみ(ヘセド)が与えられ、また立ち上がることができます。神を信じることの出来ない人々は犯した罪を隠そうとします。「罪を犯した」と認めることが出来ないため、罪が罪として明らかにされず、裁きが為されません。裁きがないから、償いがなく、償いがないから赦しがなく、赦しがないから平安がない。罪からの救いの第一歩は、罪人に下される神の裁きです。「私は罪を犯した」と悔改めた時、神の祝福が始まることを聖書は繰り返し、私たちに伝えます。
2018年10月21日説教(詩編46:1-12、主が共におられ... 説教ブログ

1. 神の都をたたえる歌
・詩編46編は「神はわれらの避け所また力、悩める時のいと近き助け」と歌い、多くの讃美歌の題材にもなってきました。宗教改革者マルチン・ルターは、この詩編をもとに新生讃美歌538番「神はわがやぐら」を書いたといわれています。ルターは歌います「神はわがやぐら、わが強き盾、苦しめる時の、近き助けぞ」と。詩編46編の主題は万軍の主に対する信頼です。8節、12節に「万軍の主は私たちと共にいます。ヤコブの神は私たちの砦の塔」と繰り返えされています。この世にいる限り私たちには苦難がありますが、神は私たちが受ける苦難をご存知であり、必ずそこにいて助けてくださると詩編46編は歌います。
・最初に詩人は、天地を支配される主をほめたたえます。主ご自身が「私たちの砦、避けどころ」であるがゆえに、大地や山々が揺れ動き、海が荒れ狂おうとも、私たちは恐れないと詩人は歌います。この避け所、ヘブル語マフセーはギリシャ語聖書ではエルピス(希望)と訳されています。「神こそ私たちの希望」と歌われているのです。「神は私たちの希望、私たちの砦。苦難の時、必ずそこにいまして助けてくださる。私たちは決して恐れない」(46:2-3a)。「地が姿を変え、山々が揺らいで海の中に移るとも、海の水が騒ぎ、沸き返り、その高ぶるさまに山々が震えるとも」(46:3b-4)。「山々が揺らぎ」、「海の水が騒ぎ」、「山々が震える」、いずれも創造以前の原始の混沌(カオス)を意味する言葉です。主は原始の混沌を秩序(コスモス)に変えて、天地を創造されたと聖書は語ります。だから「山々が揺らぎ、海の水が騒ぎ、山々が震える」とも、「私たちは決して恐れない」と詩人は語ります。
・2011年3月11日に東日本に大きな地震と津波が起こり、2万人近い方が亡くなり、多くの人が問いました。「神が愛であるならば、何故このような地震や津波を起こし、何万人もの命を奪われたのか」。しかし冷静に振り返ると、東日本を襲った地震と津波は、北米大陸プレートが過去に相当の回数行って来た自然界のリズムによるものです。自然災害は身に引き受けるしかありません。しかし自然災害でありますから、「山々が揺らぎ、海の水が騒ぎ、山々が震える」とも、私たちは決して恐れる必要がありません。対処法を神が示してくださるからです。
・天地を支配される方は、また歴史をも支配される方です。国々がどのように武力を誇ろうとも、主の前においては何の意味もなく、主の御声で地の力は溶けさり、主は住まいである聖所、神の都シオンを守って下さると詩人は歌います。「大河とその流れは、神の都に喜びを与える、いと高き神のいます聖所に。神はその中にいまし、都は揺らぐことがない。夜明けとともに、神は助けをお与えになる。すべての民は騒ぎ、国々は揺らぐ。神が御声を出されると、地は溶け去る」(46:5-7)。現実のイスラエルは東のメソポタミヤ、西のエジプトの二大帝国の狭間の中で、常に独立が脅かされ、繰り返し占領され、支配されてきました。その中で詩人は「主が共におられる故に私たちは揺るがない。主は弓を砕き、槍を折り、盾を焼かれて、地の果てまでも戦いを終わらせる方だ」との信仰を表明します。詩人は歌います「主の成し遂げられることを仰ぎ見よう。主はこの地を圧倒される。地の果てまで、戦いを断ち、弓を砕き、槍を折り、盾を焼き払われる」(46:9-10)。
・詩人は、「私たちはこの主に依り頼んで国の平和を守る」と宣言します。「力を捨てよ、知れ、私は神。国々にあがめられ、この地であがめられる」(46:11)。「私たちは主に依り頼んで国の平和を守る」、と詩編は歌いますが、私たちの国は「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と歌います(日本国憲法前文)。詩編と憲法前文の違いは、詩編は「主に依り頼んで国の平和を守る」と語るのに対し、日本国憲法は「諸国民の公正と信義に信頼して国の平和を守る」とします。でも本当に「諸国民の公正と信義に信頼」できるのか、近隣のロシアや中国、北朝鮮をそんなに信頼できるのか。信頼できないからこそ、日本は自衛隊を持ち、アメリカと軍事同盟を結んで、アメリカの核の傘の下で、「国の平和を守ろう」としています。
2.神の都とは何か
・「主が共におられる故に私たちは揺るがない。主は弓を砕き、槍を折り、盾を焼かれて、地の果てまでも戦いを終わらせる方だ」の信仰の背景にあるのは、「神の都シオンは永遠である」というシオン神学があります。イザヤは「万軍の主の御座であるエルサレムは滅びない」と宣言し、国際情勢の変動に動揺する為政者に対して、「恐れるな、平静であれ」と説き、「大国に頼るな」と戒めました。アッシリアが攻めて来た時、イザヤの預言通り、エルサレムを包囲した敵軍が撤退し、エルサレムは守られたという歴史があります。「主の御使いが現れ、アッシリアの陣営で十八万五千人を撃った。朝早く起きてみると、彼らは皆死体となっていた。アッシリアの王センナケリブは、そこをたって帰って行き、ニネベに落ち着いた」(イザヤ37:36-37)。ペストが発生してアッシリア軍は大打撃を受け、退いたと言われています。ここからシオン神学が生まれました。エルサレムは神の都だから滅ぼされることはないと。
・それに対して後代の預言者エレミヤは、罪を犯した民を主は罰せられ、神はシオンでさえも捨てられると説きます。エレミヤの言葉を「聖なる都」に対する冒涜とした祭司たちは裁判でエレミヤの死刑を求め、シオンの不可侵性を守ろうとしましたが、エレミヤの預言通り、エルサレムは紀元前587年にバビロン軍に占領され、焼かれました。シオンは不可侵ではなかったのです。
・エルサレムが聖なる存在ではなく、神が聖なる方だと知った人々は、「争いを終わらせる主」を待望するようになります。ミカは歌います「終わりの日に、主の神殿の山は、山々の頭として堅く立ち、どの峰よりも高くそびえる。もろもろの民は大河のようにそこに向かい、多くの国々が来て言う『主の山に登り、ヤコブの神の家に行こう。主は私たちに道を示される。私たちはその道を歩もう』と・・・主は多くの民の争いを裁き、はるか遠くまでも、強い国々を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない」(ミカ4:1-3)。「剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする」、この言葉はニューヨークの国連ビルの土台石に刻まれている言葉として有名です。20世紀は戦争の世紀でした。第二次世界大戦が終わった時、人々はもう戦争は止めようとして国連を組織し、武器を捨てるという決意で土台石にこの言葉を刻み込んだのです。
3.新しい天と新しい地
・今日の招詞にヨハネ黙示録21:1-2を選びました。次のような言葉です「私はまた、新しい天と新しい地を見た。最初の天と最初の地は去って行き、もはや海もなくなった。更に私は、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために着飾った花嫁のように用意を整えて、神のもとを離れ、天から下って来るのを見た」。この世は悪の世であり、支配者は権力を振るい、逆らう者は殺されていく不条理があります。しかしいつまでも悪の支配は続かない。「主は地の果てまでも、戦いを絶ち、弓を砕き、槍を折、盾を焼き払われる」方だとの信仰は新約にも継承されました。
・ヨハネ黙示録は、紀元95年前後、ローマ皇帝ドミティアヌスの時代に書かれました。ドミティアヌスは帝国全土に自分の像を祀らせ、これを神として拝むことを強制し、従わない者は迫害しました。多くのキリスト教徒は、「皇帝は人であり、神として拝むことは出来ない」として拒否し、捕らえられ、殺されて行きました。著者ヨハネも不服従の罪でパトモス島に流されています。そのパトモス島でヨハネは幻を見ました。ヨハネは証言します「私はまた、新しい天と新しい地を見た。最初の天と最初の地は去って行き、もはや海もなくなった」(21:1)。「最初の天と最初の地」とは、古い世界、この現実世界のことです。ローマ皇帝が力で世界を支配し、従わない者を殺し、迫害の中で教会は消え去ろうとしている世界です。しかし、神が創り給うた世界はいつまでも悪の支配するところではない、古い世界は「去って行く」、そこから獣が出てきた混沌の象徴である海も消えていくとヨハネは知らされました。ヨハネは「聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために着飾った花嫁のように用意を整えて、神のもとを離れ、天から下って来た」(21:2)のを見ます。
・エルサレムは、エル(神)・サレム(平安)と呼ばれました。神の平安の都が、現実の歴史の中では、争いや流血の場となっていました。エルサレムはアッシリア、バビロニヤ、ギリシャ、ローマといった諸帝国に次々に占領され、破壊の歴史を経験してきました。ヨハネ時代のエルサレムも、ユダヤ戦争の結果、ローマに占領され、神殿も破壊されています。その流血の町エルサレムが清められ、天から新しいエルサレムが降りて来る様をヨハネは見ています。そのような日が来るとの希望でヨハネ黙示録は閉じられています。ヨハネの教会を迫害した皇帝ドミティアヌスは手紙が書かれた1年後の紀元96年に暗殺され、迫害は終りました。その意味でヨハネの預言は成就したのです。しかしその後も迫害は繰り返し起こりました。人々はヨハネ黙示録の記すキリスト再臨を待望しましたが、キリストは来ませんでした。そして終末の時も始まらず、2000年の時が流れました。この終末とキリストの再臨をどのように考えるべきかが、現代の教会に与えられた課題です。
・「死の谷を過ぎて〜クワイ河収容所」という記録の中で、著者アーネスト・ゴードンはイギリス軍の将校として、日本軍の捕虜となり、鉄道工事に従事し、「死の谷」の収容所生活を送りました。マラリヤ、ジフテリヤ、熱帯性潰瘍等の病気に次々に罹り、「死の家」に運び入れられ、人生を呪いながら命が終わる日を待っていた著者のもとに、キリスト者の友人たちが訪れ、食べずにとっておいた食物を食べさせ、膿を出して腐っている足の包帯を替え、体を拭く奉仕をします。彼らの献身的な看護によって、著者は次第に体力を回復し、彼らを動かしている信仰に触れて、無神論者だった彼が聖書を読み始めます。そこに彼が見出したのは「生きて働いておられる神」でした。彼は書きます「神は私たちを捨てていなかった。ここに愛がある。神は私たちと共におられた」(176P)。詩編46編が歌うように、「万軍の主は私たちと共にいます。神は私たちの砦の塔」であることを彼は実感したのです。
・病をいやされたゴードンは仲間たちと共に奉仕団を結成して病人の介護を行い、死にゆく仲間の枕元で聖書を読み、祈り、励まし、死を看取ります。やがて無気力だった収容所の仲間たちから笑い声が聞こえ、祈祷会が開かれようになり、賛美の歌声が聞こえてくるようになります。彼はその時、思います「エルサレムとは、神の国とは結局、ここの収容所のことではないか」(202P)。彼もヨハネと同じ「新しいエルサレム」の幻を見たのです。彼は最後に書きます「人間にとって良きおとずれとは、人がその苦悩を神に背負ってもらえるということである。人間が最も悲惨な、最も残酷な苦痛の体験をしている時、神は私たちと共におられた。神は苦痛を分け持って下さった。神は私たちを外へ導くために死の家の中に入ってこられた」(383P)。「万軍の主は私たちと共にいます。神は私たちの砦の塔」なのです。
2018年10月14日説教(詩篇8:1-10、人間、卑小にし... 説教ブログ

1.神の偉大と人間の卑小
・詩編の学びの二回目、今日は詩編8篇がテキストとして与えられました。詩編8篇はエルサレム神殿の前庭に集う夜の集会の会衆によって歌われた讃美の歌です。最初に会衆が合唱します「主よ、私たちの主よ、あなたの御名は、いかに力強く、全地に満ちていることでしょう」(8:2a)。それにこたえて独唱者が進み出て歌い始めます「あなたの天を、あなたの指の業を、私は仰ぎます。月も、星も、あなたが配置なさったもの」(8:4)。最後に会衆が再び合唱します「主よ、私たちの主よ、あなたの御名は、いかに力強く、全地に満ちていることでしょう」(8:10)。
・詩人の信仰体験が会衆讃美を通して礼拝共同体全体のものとなっています。詩人は夜空に果てしなく広がる月や星を見て、この無限の宇宙を創造された神に驚嘆し、その偉大さを讃美しています。現代の私たちは自然の壮大さに驚くことを忘れてしまいました。都会で夜空を見上げても、見える星はわずかです。しかし、人里離れた場所に行けば様相は一変します。私はオーストラリアの砂漠で夜空を見上げた時の感動を忘れることができません。まさに足元から星空が広がっている光景を見て、宇宙の広大さを思わずには居られませんでした。
・詩人は同じ光景を見ています。彼は夜空に広がる満天の星を見て、その宇宙のかなたに創造の神がいまし、天と地を支配しておられることを全身で感じたのです。だから詩人は歌います「天に輝くあなたの威光をたたえます」(8:2)。天には神の創造の業が力強く刻印されています。人は果てしなく広がる天空を見る時、宇宙の悠久無限に想いを馳せます。だから詩人は歌います「あなたの天を、あなたの指の業を、私は仰ぎます。月も、星も、あなたが配置なさったもの」(8:4)。古代の人々は太陽や月を神として拝みましたが、イスラエルの民はこの偶像崇拝から自由です。月も星も被造物に過ぎないと歌います。
・その無限大の宇宙の前にたたずむ時、人は自分があまりにも小さな存在であることを痛感します。彼は歌います「そのあなたが御心に留めてくださるとは、人間は何ものなのでしょう。人の子は何ものなのでしょう。あなたが顧みてくださるとは」(8: 5)。「人間は何ものなのでしょう」、人間と訳されている言葉は「エノシュ」、人間の弱さを示します。人間は有限であり、やがては死すべき存在にすぎません。「人の子」、ベン・アダム、アダムの子、アダムは土(アダマ)から来ますから、塵の子と訳すべきでしょうか。人間は塵によって造られた卑小な存在に過ぎないことを詩人は認識しています。一人の人間の生涯は70年、あるいは80年です。それは決して短くはない。しかし人類の数百万年という長い歴史の中で見た時、その生涯は一瞬です。詩編90編は歌います「人生の年月は七十年程のものです。健やかな人が八十年を数えても、得るところは労苦と災いにすぎません。瞬く間に時は過ぎ、私たちは飛び去ります」(詩編90:10)。
・そして別の詩編詩人も歌います「人の生涯は草のよう。野の花のように咲く。風がその上に吹けば、消えうせ、生えていた所を知る者もなくなる」(詩編103:15-16)。私たちはやがて死に、私たちが生きてきた痕跡も消えてしまいます。それなのに私たちはこの地上で、「何を食べようか、何を飲もうか」と思い悩み(マタイ6:25)、瞬く間に過ぎゆく富や地位に目を奪われ、反目し、嫉妬し、恨み、争って、その生涯を終えます。神の造られた自然がこんなにも美しく、雄大であるのに、人の世は何故こんなにも騒々しく、醜いのか、詩人は満天の星の輝く夜空を前にして思います。
・しかし詩人はただ人間の卑小さだけに注意を奪われているのではありません。その無に等しい者に目を留め、顧みて下さる方に思いを馳せます。彼は歌います「神に僅かに劣るものとして人を造り、なお、栄光と威光を冠としていただかせ、御手によって造られたものをすべて治めるように、その足もとに置かれました」(8:6-7)。「無に等しい人間が神の似姿に創造された」、そして「万物の支配をその人間が委ねられた」、詩人はそのことを驚き、感謝しています。この言葉の背景には創造信仰があります。創世記は記します「神は言われた『我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう』」(創世記1:26)。
2.人を二重の視点で見る
・人は塵で造られた故に塵に帰る、はかない存在です。しかしそのはかない存在に神は天地万物を治める権能を与えることによって、神とつながる存在にして下さったと詩人は歌います。ここに人間の持つ二重性が見事に描かれています。すなわち、人は貧しく無に等しい存在ですが、神はその人間に尊厳を与えて下さった。人は卑しいけれども、同時に尊い存在であるという視点です。「卑しくかつ尊い」、その人間の両面性を正しく認識しない時に、人は過ちを犯します。自分が「尊い存在である」ことを忘れた時、人は虚無の世界に引き込まれ、自分なんかいなくとも良い、自分は誰にも必要とされていない、そう思い込んで自殺します。しかし聖書は「あなたは「神に僅かに劣るものとして造られ、栄光と威光を冠としていただいている」存在だと語ります。
・他方、自分が「限界を持つ存在」であることを忘れた時、人は傲慢になります。今や人間は高度に発達した科学技術によって宇宙の神秘にメスを入れ、遺伝子操作を用いて生命でさえも操作できると考えるようになりました。しかし技術の進歩は人を殺す大量殺戮武器の開発にも向けられ、人はこの美しい地球を何回でも破壊できるほどの核弾頭を抱えて、さまよっています。その人々に詩人は幼子を見よと言います「神は幼子、乳飲み子の口によって、あなたは刃向かう者に向かって砦を築き、報復する敵を絶ち滅ぼされます」(8:3)。幼子は自分では何もできないことを知るゆえに親を信じ、親に自らの生存を委ねます。詩人は自分が「限界を持つ存在」であることを忘れた人に、「幼子の生き方を見よ」と言っているのです。
3.命の息を吹き込まれた存在としての人間
・詩篇8篇の背景には創世記の人間理解があります。今日の招詞に創世記2:7を選びました。「主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった」。人は土(アダマ)の塵で創られたから、人は(アダム)と呼ばれたと創世記は言います。土から創られたことは、人は神の前では土くれのような、つまらない存在であることを示します。その無価値な存在に、神は生命の息を吹き込まれた。神の息が吹き込まれた故に、人は生きる者になった。人の人たるはその肉にあるのではなく、神が吹き込まれた息(ルーアハ)、すなわち霊が与えられているためです。この霊こそ神の賜物であり、神の霊なしには人は動物にすぎないのです。
・「神を信じないならば人は動物にすぎない、神を信じてこそ人は人たりうる」と聖書は言います。人間の歴史は戦争の歴史、殺しあいの歴史です。私たちは人と人が殺し合い、国と国が争う歴史を形成してきました。動物は決して無用な殺戮は行いませんし、同族同士の殺し合いはしない。社会学的に見れば人間は動物以下の存在です。神の息、霊を失ったゆえです。神を知らない人間は本当の意味での平和を形成できません。人間の平和とは「争いのない」状態であり、誰かの武力に他の人が対抗できない時に争いのない状態=平和が生まれます。「ローマの平和=パックス・ロマーナ」は、ローマ帝国の軍事力を背景に生まれ、帝国が衰退すると各地の民族が反乱を繰り返し、その平和は崩れていきました。現代の平和=パックス・アメリカーナも同じで、アメリカの国力の衰退と共に平和は崩れてきます。この世の平和は軍事力の脅しによって生まれる、偽りの平和です。そのような平和は聖書の語る平和(シャローム)ではない。本当の平和は、人が己の限界を知り、神の霊を受けているゆえに生かされていることを知った時に来ます。
・それは国だけではなく、個人生活においても同じです。私たちが神を知らない時、私たちの人生は偶然にもてあそばされる人生です。たとえ、現在が幸福だとしても、それは偶然のなせる業であり、外部の環境が変われば、すぐに不幸になります。しかし、私たちが神によって生かされていることを知った時、私たちの人生は偶然ではなく、必然になります。私たちに災いが起こっても、その災いは必然のもの、神がその災いを通して私たちを導こうとしておられることを信じる時、災いの意味が変わってきます。この神の導き、神の霊によって生かされる生き方こそ本来のものなのだと聖書は語ります。悔い改めるとは、この本来の状態、神が霊を吹き込まれた最初の状態に立ち返ることであり、そのしるしとして、私たちはバプテスマを受け、神の霊を再び受けます。その時、私たちの人生は外部環境の変化によって翻弄される偶然の人生ではなく、外部環境がどうあっても心は平安である必然の人生に変えられていきます。
・人は塵だから塵に帰ります。神を知る者は、「自分がいかに卑小か」を知る故に、驕り高ぶることをしません。その人間に神は万物の支配を委託されました。神に出会うことによって、人生の意味が違ってきます。病の人は病のままに、貧乏な人は貧乏なままに、祝福を受けるからです。神を知ることによって、私たちは「運命に翻弄される人生」から、「神に生かされる人生」へと解放されます。詩編8篇は私たちにそのことを告げています。「あなたが御心に留めてくださるとは、人間は何ものなのでしょう。人の子は何ものなのでしょう」(8:5)と歌った詩人が、「あなた・・・は神に僅かに劣るものとして人を造り、なお、栄光と威光を冠としていただかせ、御手によって造られたものをすべて治めるように、その足もとに置かれました」(8:6-7)と賛美することができました。この詩編に出会えたことを感謝します。
2018年10月7日説教(詩編1篇1−6節、幸いだ、み言葉... 説教ブログ

1.詩編全体に対する序詞としての第1篇
・私たちは今日から1カ月間、説教で詩編を学んでいきます。詩編150篇の中にはいろいろな詩があります。神を讃美し感謝する詩もあれば、苦難の中で救済を求める詩もあります。今日学びます詩編第一篇は詩編全体を統合する始まりの詩篇です。詩篇1篇の特徴の一つは「幸いなるかな」という祝福で始まっていることです。第二に、この詩では旧約聖書の代表的な考え方、「神を愛する者は報われ、神に逆らう者は滅びる」(1:6)という因果応報が歌われています。
・詩編第一篇は「いかに幸いなことか」という言葉で始まります。詩人は歌います「いかに幸いなことか、神に逆らう者の計らいに従って歩まず、罪ある者の道にとどまらず、傲慢な者と共に座ら(ない者)」(1:1)。「神に逆らう者」、へブル語レシャイーム、邪悪な者、悪事を働く者の意味です。彼らは驕り高ぶり、寡婦、孤児、寄留者を虐げます。今日でいえばヘイト・スピーチを繰り返す人々です。「罪ある者(ハッタイーム)」とは、的を外す者、神の方を向かない者を指します。偉い人に忖度し、公文書さえも書き換える人々です。「傲慢な者(レツイーム)」とは嘲る者、高慢な者を言います。悪を犯しても「知らぬ、存ぜぬ」で悔い改めない人々です。詩人は「悪を働かず、神にそむくことがなく、高慢でない者」義人(正しい人)は幸いだと語ります。それを言い換えたのが2節「主の教えを愛し、その教えを昼も夜も口ずさむ人」(1:2)です。主の教えとはトーラー(戒め、律法)ですが、それを毎日唱和し、守る人は幸いだと言われています。
・詩人は続けます「その人は流れのほとりに植えられた木。時が巡り来れば、実を結び、葉もしおれることがない。その人のすることはすべて、繁栄をもたらす」(1:3)。主の教えに従う者の生活は「流れのほとりに植えられた木」のようであり、彼は豊かな水(御言葉)に養われて、多くの実を結ぶと祝福されています。詩編1篇の作者は詩編全体の編集者であり、彼は詩編の中に「悪しき者が栄え、正しい者が虐げられる」ことを訴えた詩が数多くあることを知っています。次の二編を見ると「なにゆえ、国々は騒ぎ立ち、人々はむなしく声をあげるのか。なにゆえ、地上の王は構え、支配者は結束して、主に逆らい、主の油注がれた方に逆らうのか。「我らは、枷をはずし、縄を切って投げ捨てよう」と彼らは言う(2:1-3)。その現実を知った上でなお、「神を愛する人のすることはすべて、繁栄をもたらす」と詩人は断定します。「正しい者が虐げられ、悪が栄える」現実があっても、「悪の企てに加担しない者こそ幸い」だと歌い上げているのです。
・詩人は律法を守らない人、主の教えに逆らう者は災いだと続けます「神に逆らう者はそうではない。彼は風に吹き飛ばされる籾殻。神に逆らう者は裁きに堪えず、罪ある者は神に従う人の集いに堪えない」(1:5)。穀物は収穫が終わると実をたたいて実と殻に分離し、空中に放り投げられます。その時、中身のないもみ殻は風に飛ばされ、重さを持つ実だけが再び容器の中に戻されます。悪しき者は、たとえ一時的に隆盛を誇るように見えても、内容のない空疎な存在として、あらゆる方向に吹き飛ばされる。それ故、悪人は「神の裁きに堪え得ない」(1:5)と詩人は歌います。悪しき者、神に逆らう者は終末の審判で滅ぼされる。「神に従う人の道を主は知っていてくださる。神に逆らう者の道は滅びに至る」(1:6)。邪悪な者の道が栄え、正しい者が虐げられるという現実があったとしても、それは一時的であり、「世界を支配される神はその悪を糺される、悪がいつまでも栄えることはない」とその信仰を歌います。
2.詩篇には救済の力はない
・詩編第一篇は義人を水辺の樹木に、罪人を風に吹き飛ばされるもみ殻にたとえて、両者の人生が対照的であることを印象付けます。第一篇の中心的な思想は因果応報です。因果応報とは行為の善悪と人生の幸不幸を関連付ける考え方です。「善は報われ、悪は滅びる」、「人は自分の蒔いたものを刈り取る」、「頑張った人は報われる」、そうであって欲しいという願いを込めて、現代社会もまた因果応報を考え方の基礎にしています。旧約学者の月本昭男氏は、詩篇釈義の中で述べます「何が悪で何が善かは相対的であり、立場を変えれば、善が悪に、悪が善になりえます。また何が本当の幸福か、誰も知りません。このような中で、善と悪、幸と不幸を二分化して固定する応報的世界観の下では、応報原理があらゆる人生の出来事に当てはめられ、悪人が悪ゆえに栄え、善人が善ゆえに滅びる現実社会の不条理は無視されてしまいます。その結果、ヨブのように災難に見舞われた者は神に罰された者として断罪されることになります。因果応報論は、時には因果関連を世代間に広げ、あるいは死後の世界へと延長して、人生の不条理を安易に合理化し、社会のゆがみや矛盾を正当化するようになります」(詩篇の信仰と思想より)。
・詩人は、義人の生涯は邪悪な者の生涯よりも幸福だと見ているわけではありません。そうではない現実があることを見つめながら、それでも悪に加担しない、正義を求めていく生き方こそ、幸いだと歌うのです。しかし、この詩は限界を持っています。詩人は人を義人と罪人に分け、対立させていますが、どこに完全な人、義人がいるでしょうか。「善を行う者はいない。一人もいない」(詩編14:3)という叫びは真実です。人は心の中に重い闇(原罪)を抱えています。パウロは叫びます「私の五体にはもう一つの法則があって心の法則と戦い、私を、五体の内にある罪の法則のとりこにしているのが分かります。私はなんと惨めな人間なのでしょう。死に定められたこの体から、だれが私を救ってくれるでしょうか」(ローマ7:23-24)。詩編1篇は偉大な詩ですが、そこにあるのは因果応報であり、基本的な考え方は利害得失です。利害得失はこの世の生き方ですが、私たちを滅びから救う力はありません。
3.詩篇1編を祝福に変えられるイエス
・今日の招詞にマタイ5:3‐5を選びました。次のような言葉です「心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる。柔和な人々は、幸いである、その人たちは地を受け継ぐ」。山上の祝福の冒頭の言葉です。詩編1篇は「幸いだ」と言う言葉で始まります。「幸いだ」(ヘブル語アシュレイ)はギリシャ語訳聖書(70人訳)では「マカリオス」と訳されました。この「マカリオス」が、「山上の祝福」の冒頭の言葉です。原文では「幸いだ、貧しい者たち。神の国は彼等のものだ」とあります。他方、詩篇1:1は「幸いだ、神に逆らう者の計らいに従って歩まない者は」と語ります。両者の構成は同じです。イエスはガリラヤ湖のほとりで、詩編1篇を想起しながら、山上の祝福を述べられているのです。そして目の前にいる人々に「あなた方は貧しいゆえに幸いだ」と言われています。
・何時の時代でも人々は幸福を求めます。イエスの下に集まってきた人々も幸福を求めていました。ある者は、長い間病気で苦しみ、別の人は食べるものもない貧乏の中にいます。精神的な悩みを持つ人もいた。彼らは現在の情況さえ変われば、病気や貧困さえ取り除かれれば、幸福になれると思っていました。「でも本当にそうか」とイエスは問われます。1997年夏に亡くなったダイアナ妃の人生について、ある人は語ります「ダイアナは人に愛されたい、幸せになりたいと願い、それを追い続け、それが得られないままに世を去っていった」。幸福とは「求めたものを獲得する」ことではない。そのような喜びは一瞬に終わり、また新しい幸福の追求に人は追われていきます。イエスは言われます「あなた方は貧しい、しかし貧しいからこそ幸いだ。あなた方は悲しみを持つ、しかし悲しんでいる者が幸いなのだ」。聞いた人々は理解できません。貧しいこと、病気であることが幸いとは思えない。イエスはなぜ「貧しい人々、悲しむ人々」を祝福されたのでしょうか。
・イエスは貧しさや病気は耐え難い現実を十分に承知したうえで、苦しむ人々に「私の所に来なさい」と呼びかけ、その不幸を幸いに変えようと約束されます。彼はナザレでの宣教の始めに宣言されます「主の霊が私の上におられる。貧しい人に福音を告げ知らせるために、主が私に油を注がれたからである」(ルカ4:18)。イエスは自らの十字架死を通して、不幸を幸いにする道を開かれました。ペテロは告白します「(この方は)十字架にかかって、自らその身に私たちの罪を担ってくださいました。私たちが、罪に対して死んで義によって生きるようになるためです。そのお受けになった傷によってあなたがたはいやされました」(第一ペテロ2:24)。私たちの罪を担うことを通して、私たちを死の刺から救い出して下さったとペテロは告白します。
・水野源三さんは子どもの時に熱病にかかって全身麻痺になり、生涯寝たきりの生活を送りました。人間的に見れば、悲惨な人生です。彼の体で動くものは唯一その眼球だけでした。彼は自由になる目の瞬きで意思を母親に伝え、母がそれを文字にする形で、詩を書きました。彼は歌います「もしも私が苦しまなかったら、神様の愛を知らなかった。多くの人が苦しまなかったら、神様の愛は伝えられなかった。もしも主イエスが苦しまなかったら、神様の愛は現われなかった」。「苦しんだからこそ神様に出会えた、だから私は幸いだ」といえる世界がここにあります。
・戦時下の日本、国家による宗教統制が激しさを増し、キリスト教が敵性宗教として弾圧されていた1941年の受洗者は5929 名でした。その後、日本が平和になり、信教の自由が許された1998 年の受洗者は1900名でした。迫害の時には6千名が受洗し、平和になると受洗者は1/3に減った。このことが示しますことは、苦難の時、悲しみの時にこそ、人は神に出会うという事実です。私たちに本当に必要なものは、病のいやしではなく、貧乏からの救済でもなく、苦難からの救いでもない。心が貧しくされて、神の言葉が聞こえるようになることです。その時、貧乏も、病気も、苦難もまた、祝福に変わって行くのです。「いかに幸いか、神の子を知る者は」、まさに私たちにキリストが与えられていることこそ、幸いなのです。
2018年9月30日説教(士師記16:18-31、サムソンの罪... 説教ブログ

1.サムソンの愚かさ
・旧約聖書「士師記」にありますサムソンとデリラの物語は、文学や音楽、映画などで数多く取り上げられて有名です。「失楽園」等を書いた17世紀英国の詩人ミルトンは、この物語をギリシャ悲劇の様式に倣った劇詩「闘士サムソン」として創作しました。またヘンデルやサン・サーンスは「サムソンとデリラ」をオペラ化しています。レンブラントは「目をえぐられるサムソン」を絵画にしています。さらにセシル・デミルは物語を「サムソンとデリラ」として映画化しています。サムソン物語は、聖書の中でも最も知られた物語の一つです。何が芸術家たちをそのように魅惑するのでしょうか。今日は士師記の最終章である16章から物語を聞いていきます(士師記17章以下は後代の付加であり、サムソンは最後の士師です)。
・「サムソンは聖別されたナジル人として、人々の期待の中で生まれ、成長しました」(13:24-25)。彼は無双の力を持つ救国の英雄でしたが、欠点は女性の魅力に弱いことで、最初はペリシテ人女性を愛し、結婚しますが、争いを起こして失敗しています。そのサムソンがまたもペリシテの女に迷うところから16章の物語は始まります。「サムソンはソレクの谷にいるデリラという女を愛するようになった」(16:4)。ペリシテ人たちは自分たちを苦しめるサムソンの怪力の秘密を知るためにデリラを誘います「サムソンをうまく言いくるめて、その怪力がどこに秘められているのか、どうすれば彼を打ち負かし、縛り上げて苦しめることができるのか、探ってくれ。そうすれば、我々は一人一人お前に銀千百枚を与えよう。」(16:5)。
・デリラは金銭の欲と同胞の脅しの中で、サムソンに言い寄り、力の秘密を探ろうとしますが、サムソンは応じません。デリラは何度も哀願します「あなたの心は私にはないのに、どうしてお前を愛しているなどと言えるのですか。もう三回もあなたは私を侮り、怪力がどこに潜んでいるのか教えてくださらなかった」(16:15)。来る日も来る日もデリラがこう言って迫ったので、サムソンは耐えきれず、ついに心の中を一切打ち明けたと士師記は記します「私は母の胎内にいた時からナジル人として神にささげられているので、頭にかみそりを当てたことがない。もし髪の毛をそられたら、私の力は抜けて、私は弱くなり、並の人間のようになってしまう」(16:17)。デリラはサムソンを眠らせて、その髪の毛をそり、力はサムソンを去ります。彼はペリシテ人に捕らえられ、目をくりぬかれて奴隷にされます。「サムソンは眠りから覚めたが、主が彼を離れられたことには気づいていなかった。ペリシテ人は彼を捕らえ、目をえぐり出してガザに連れて下り、青銅の足枷をはめ、牢屋で粉をひかせた」(16:20-21)。私たちは神によって生かされています。サムソンの力も神から与えられたものです。その力は、彼が生まれる前からナジル人として神にささげられた者であることによって、神から与えられた賜物でした。しかしそのことを忘れた時、神の力はサムソンから去り、サムソンはただの人になってしまいました。
2.サムソンの悔い改め
・サムソンは、全てを失い、光さえも失った牢獄の中で、自分がかつて主なる神に捧げられた者だったこと、それによって力を神の賜物として与えられていたのだということを、初めて本当に知り、自覚します。そして自分の神に捧げられた者としての人生を、デリラへの執着、彼女への欲望のゆえに売り渡してしまったこと、神との関係よりも人間との関係を、女性への欲望を第一としたために、かけがえのないものを失ってしまったことを、後悔と共に知ったのです。人間は追いつめられないと真実は見えないのです。
・しかし追い詰められた人が真摯に悔い改めて祈る時、神は人の声を聴いてくださいます。サムソンの髪の毛は再び伸び始め、それに伴い、彼の力も復活しました。サムソンは自分の罪を悔い、祈り、神との交わりが回復したのです。それを知らないペリシテ人はサムソンを見世物にして楽しもうと宴席にサムソンを呼びます。士師記は記します「ペリシテ人の領主たちは集まって、彼らの神ダゴンに盛大な生贄をささげ、喜び祝って言った。『我々の神は敵サムソンを我々の手に渡してくださった』。民もまたサムソンを見て、彼らの神をたたえて言った。『わが国を荒らし、数多くの同胞を殺した敵を、我々の神は、我々の手に渡してくださった』。彼らは上機嫌になり、『サムソンを呼べ。見せ物にして楽しもう』と言い出した。こうしてサムソンは牢屋から呼び出され、笑いものにされた」(16:23-25)。
・サムソンは最後の力を振り絞って主に祈ります「私の神なる主よ。私を思い起こしてください。神よ、今一度だけ私に力を与え、ペリシテ人に対して私の二つの目の復讐を一気にさせてください」(16:28)。そこには自分の命をも捨てる真剣な祈りがありました。サムソンは「建物を支えている真ん中の二本を探りあて、一方に右手を、他方に左手をつけて柱にもたれかかった。サムソンは『私の命はペリシテ人と共に絶えればよい』と言って、力を込めて押した。建物は・・・そこにいたすべての民の上に崩れ落ちた。彼がその死をもって殺した者は、生きている間に殺した者より多かった」(16:29-30)。
3.サムソン物語をどう読むか
・今日の招詞に詩篇107:12-14を選びました。次のような言葉です。「主は労苦を通して彼らの心を挫かれた。彼らは倒れ、助ける者はなかった。苦難の中から主に助けを求めて叫ぶと、主は彼らの苦しみに救いを与えられた。闇と死の陰から彼らを導き出し、束縛するものを断ってくださった」。17世紀英国の詩人で『失楽園』を書いたミルトンは、この物語をギリシャ悲劇の様式に倣った劇詩として創作しました(闘士サムソン)。そこにはかつて天下無双の怪力を誇った英雄の姿はなく、妖艶な女性の魅力に負けた結果、敵方に囚われ、視力を奪われ、労役を科せられながら、過去を内省して苦闘する人間の姿が描かれています。ジョン・ミルトンは41歳の時、過労で失明しています。自らが失明して、彼は失明したサムソンの悲しみと祈りを理解したのでしょう。ミルトンは盲目でありながら「イリアス」や「オデッセイア」を描いたギリシャ詩人ホメロスをあげ、盲目が〈内面の目〉を培い、真の洞察に至ることを説きます。
・ミルトンが代表作「失楽園」を書いたのは、彼の失明後です。ミルトンは語りました。「盲目であることが悲惨なのではない、盲目に耐えられないことが悲惨なのだ。真理のための受難は崇高なる勝利への勇気なのだ」。ミルトンと同じように、盲目の中で自分は何を為すべきかを考え抜いた全盲の牧師がいます。玉田敬次牧師は神学校を卒業して宮城県の教会に牧師として赴任しますが、全盲の自分が晴眼者ばかりの教会に赴任して仕事が出来るだろうかという不安を持っていました。その彼に恩師が語ります「教会は牧師一人が働くところではなく、役員や会員が一緒になって奉仕する場所である。目に見える牧師はつい自分一人でやっていくことが多い。しかしあなたは目が見えないから、嫌でも信徒の手助けを借りなければならない。その方が真の教会の姿である」。目が見えないからこそ為すべきことがあることを示されたのです。
・玉田牧師はやがて故郷に戻り、芦屋三条教会の牧師になり、多くの人を育てましたが、その一人が小森禎司氏です。小森氏も全盲でしたが、励ましを受けて明治学院大学で英文学を学び、やがて桜美林大学の教授となり、ジョン・ミルトン研究に生涯を捧げます。盲目の中で「失楽園」を書いたミルトンを紹介する事こそ、自分に与えられた天命だと全盲で生まれた小森氏は思われた。詩編は歌います「苦難の中から主に助けを求めて叫ぶと、主は彼らの苦しみに救いを与えられた」。主の助けがあれば、盲目になっても多くのことが出来ることを、サムソン物語は語ります。ミルトンはサムソンの生き方に励まされて「失楽園」を書き、小森禎司氏は失楽園を読んでジョン・ミルトン研究に生涯を捧げ、その小森氏に触れて多くの盲人たちが励まされました。
・サムソンは途方もない乱暴者で、女性の誘惑に弱く、失敗ばかりを繰り返し、最後は敵に捕らえられて目を抉り出されるような悲劇も経験しています。しかし、残酷な抑圧者であるペリシテ人に対し、繰り返し抵抗します。民衆は失敗しても失敗しても諦めないサムソンの姿に感動しています。このことは現代日本社会に大事なメッセージを語るのではないかと思います。サムソン物語が私たちに伝えるのは、やり直すことを認める寛容性です。田原総一朗氏は「日本人の不寛容性が日本の成長を阻害している」と語ります。「日本の最先端の研究所はアメリカのシリコンバレーに集中している。何故か、それは日本の経営者たちは失敗を恐れてチャレンジせず、企業の価値判断が失敗を許されない空気に包まれているからだ。しかし、シリコンバレーでは、3回4回失敗しないと相手にされない。失敗をおかすことが特権なのである。社会全体が失敗を甘受しないと、研究者が活躍できない」。畑村洋太郎氏は「失敗学」という本を書きました。失敗に学び、同じ愚を繰り返さないようにするためにはどうすればよいか、それは人を責めるためではなく、同じ失敗を繰り返さないための学問です。日本人は不都合な真実を隠そうとしますが、それは失敗に向き合うことを許さない社会の体質があるためです。しかしやり直すことを認めない不寛容の国は滅びます。多くの芸術家たちが、盲目になったサムソンに惹かれたのは、盲目になってもあきらめず、今一度のやり直しを祈って為し遂げたからです。
・ペテロは生前に三度イエスを否定していますが、教会は、彼の失敗を責めず、彼を教会の筆頭使徒に立て、そのことによって初代教会は活動を拡大する事ができました。パウロは教会の迫害者でありながら復活のイエスと出会い、偉大な伝道者になりました。もしパウロがかつて教会を迫害したことをもって教会が彼の伝道活動を阻んだら、今日のキリスト教会はなかったでしょう。神は自分に不誠実であったサムソンに、何度もやり直しの機会を与えられました。髪の毛をそられて力を喪失したサムソンに対し、彼の髪の毛を再び伸ばすことにより力を与えてくれました。聖書は「人にやり直すことを認める赦しの福音」に満ちた書なのです。聖書は、「人間の失敗とそれを赦す神の憐れみの歴史」を物語る書なのです。
2018年9月23日説教(士師記15:9-20、サムソンの生き... 説教ブログ

1.サムソンとペリシテ人との戦い
・9月は礼拝の中で士師記を読んでおります。士師記はサムソン物語を13−16章の4章にわたって記します。士師記の中で、最も長い物語です。サムソンはペリシテ人と対峙した士師(戦争指導者)です。ペリシテ人は、紀元前15-13世紀に、エーゲ海よりパレスチナ海岸に侵入した海洋民族で、それ以降、彼らの名によってこの地域は「パレスチナ=ペリシテの地」と呼ばれるようになりました。彼らは、ガザ、アシュドデ、アシュケロン、ガテ、エクロン等の海岸部に都市を築き、士師時代後期からイスラエル最大の強敵となります。そのペリシテ人の支配からイスラエルを救い出すために、士師サムソンが起こされました。
・サムソンはペリシテ人からイスラエルを守るために士師として召命されますが、「彼はナジル人として召命されて生まれた」(13:5)と描きます。ナジル人は神から特別の召命を受け、聖別(ナーザル)された者という意味で、強い酒を飲まないこと、髪をそらないことが求められました。「サムソンは聖別された者として、人々の期待の中で生まれ、成長した、主は彼と共におられた」(13:24-25)と士師記は描きます。
・そのサムソンが成人した時、彼はペリシテ人女性を愛し、結婚します。サムソンの両親は異民族の女性との婚姻に反対しますが、士師記は、これは主の計画であったと描きます(14:3-4「父母にはこれが主の御計画であり、主がペリシテ人に手がかりを求めておられることが分からなかった。当時、ペリシテ人がイスラエルを支配していた」)。サムソンはペリシテの女性をめとりますが、妻はサムソンの力の秘密を同胞のペリシテ人に漏らしてしまい、怒ったサムソンはペリシテ人30名を殺してしまいます(士師記14:17-19「宴会が行われた七日間、彼女は夫に泣きすがった。彼女がしつこくせがんだので、七日目に彼は彼女に明かしてしまった。彼女は同族の者にそのなぞを明かした。七日目のこと、日が沈む前に町の人々は彼に言った。『蜂蜜より甘いものは何か、獅子より強いものは何か。』するとサムソンは言った。『私の雌牛で耕さなかったなら、私のなぞは解けなかっただろう。』その時主の霊が激しく彼に降り、彼はアシュケロンに下って、そこで三十人を打ち殺し、彼らの衣をはぎ取って、着替えの衣としてなぞを解いた者たちに与えた。彼は怒りに燃えて父の家に帰った」。)
・サムソンの乱暴に憤慨した妻の父は娘をサムソンと離縁させ、同胞のペリシテ人の男に嫁がせます。怒ったサムソンは報復にペリシテ人の畑を焼いてしまう乱暴をします(士師記15:3-5「サムソンは出て行って、ジャッカルを三百匹捕らえ、松明を持って来て、ジャッカルの尾と尾を結び合わせ、その二つの尾の真ん中に松明を一本ずつ取り付けた。その松明に火をつけると、彼はそれをペリシテ人の麦畑に送り込み、刈り入れた麦の山から麦畑、ぶどう畑、オリーブの木に至るまで燃やした」)。
2.ペリシテ人の報復
・ペリシテ人たちは自分たちの畑を焼いたサムソンへの報復に、最初にサムソンの嫁と舅を殺し、さらにサムソンの身柄引き渡しをイスラエルに求めます(15:9「ペリシテ人は、ユダに上って来て陣を敷き、レヒに向かって展開した」)。恐れたイスラエルの人々はサムソンを縛って、ペリシテ人に差し出します。ここにサムソン物語の本来の意味、支配者たちが敵を怖れる中で、一人でペリシテ人と戦うサムソンの姿があります。イスラエルの人々は言います「我々がペリシテ人の支配下にあることを知らないのか。何ということをしてくれた」(15:11a)。それに対してサムソンは答えます「彼らが私にしたように、彼らにしただけだ」(15:11b)。ここにあるのは、現在の沖縄・普天間基地の辺野古移転問題と同じ構造です。基地の県内移転に反対する沖縄住民に対して、日本政府は威嚇します「我々がアメリカ軍の支配下にあることを知らないのか」。それに対して沖縄の人々は応えます「私たちは自分の国で平和に暮らしたいだけなのだ」。政府の役割は、住民の切実な声を汲み上げて官民一体で米軍と交渉することですが、政府はその役割を放棄し、先頭に立ってアメリカ軍基地造成を行っています。それはペリシテ軍の圧力に押されて、「我々は、お前を縛ってペリシテ人の手に渡すためにやって来た」(15:12)と語るイスラエルの指導者と同じです。
・共に戦うイスラエル人は誰もいなかったのに、サムソンは一人で立ち向かっていきます。「サムソンがレヒに着くと、ペリシテ人は歓声をあげて彼を迎えた。そのとき、主の霊が激しく彼に降り、腕を縛っていた縄は、火がついて燃える亜麻の糸のようになり、縄目は解けて彼の手から落ちた。彼は、真新しいロバのあご骨を見つけ、手を伸ばして取り、これで千人を打ち殺した」(15:14-16)。ここには敵を殺すことに対する罪悪感はなく、殺した敵の数を誇る風潮があります。サウルやダビデの時代もそうでした(サムエル記上18:5-7「イスラエルのあらゆる町から女たちが出て来て、太鼓を打ち、喜びの声をあげ、三絃琴を奏で、歌い踊りながらサウル王を迎えた『サウルは千を討ち、ダビデは万を討った』」)。これは、ある意味やむを得ないことかもしれません。戦国時代とは、敵を殺すことが正義である時代なのです。
3.サムソン物語をどう読むか
・今日の招詞にヘブル11:32-34を選びました。次のような言葉です。「これ以上、何を話そう。もしギデオン、バラク、サムソン、エフタ、ダビデ、サムエル、また預言者たちのことを語るなら、時間が足りないでしょう。信仰によって、この人たちは国々を征服し、正義を行い、約束されたものを手に入れ、獅子の口をふさぎ、燃え盛る火を消し、剣の刃を逃れ、弱かったのに強い者とされ、戦いの勇者となり、敵軍を敗走させました」。
・サムソン物語をどう読むかは難しい課題です。今日の私たちから見ますと、サムソンは士師にふさわしくない乱暴者です。それにも関わらず、士師記は最大の記述をサムソンについて割り当てます(13−16章)。彼は当時イスラエルを占領し、支配するペリシテ人に、恐れず立ち向かった救国の英雄として描かれています。乱暴者サムソンがペリシテ人を殺したことを士師記は礼賛します。「神の民イスラエルは無割礼のペリシテの支配下にいてはいけなかった。ペリシテを恐れて何もしない民を奮起させるために主はサムソンを用いられた」と理解し、新約時代のヘブル書ですら、彼を信仰の人として描きます。士師記の人物は、ギデオンにせよ、エフタにせよ、サムソンにせよ、不完全な人です。主は不完全な人を用いて御旨を行われることを士師記は示しています。
・勝村弘也は「サムソン物語雑考」の中で語ります「士師記13〜16章に描き出されているサムソンの姿は、読者に独特の奇妙な印象を与える。サムソンは、ここで〈士師〉の一人に数えられているようではあるが、イスラエルをペリシテ人の抑圧から解放したわけでもなく、何らかの軍勢を指揮したわけでもない。彼はどこまでも単独で行動する〈テロリスト〉的な人物に見える。聖書の読者は当惑するほかない。」彼は続けます「サムソンは、ふつうの士師でもナジル人でもない。しかし、まさにこの男からイスラエルの解放は〈開始〉されたと申命記史家は主張している。サムソンによってペリシテ人に対する闘争は始まった。ペリシテからの救出ないし解放はダビデによって完成するが、サムソンはこのサウルからダビデへと続く展開の先駆者と見られていることになる。」
・新約のへブル書はサムソンを肯定します。「獅子の口をふさぎ、燃え盛る火を消し、剣の刃を逃れ、弱かったのに強い者とされ、戦いの勇者となり、敵軍を敗走させました」と。サムソンは途方もない乱暴者で、また女性の誘惑に弱く、失敗ばかりを繰り返し、最後は敵に捕らえられて目を抉り出されるような悲劇も経験しています(16:21)。しかし民衆は失敗しても失敗しても挑戦を続けるサムソンの姿に感動し、そのことが多くの伝承を生み、士師記に最大のページ数を割り当てさせたと思います。このことは現代日本社会に大事なメッセージを伝えるのではないかと思います。先に述べた沖縄の基地問題です。沖縄に米国の軍事基地を提供することが、本当に日本の「平和と安全」に寄与するのかの議論がなされないままに、新しい基地建設が進められています。それに対して「普天間飛行場の移設先は国外、最低でも県外」と唱えた鳩山前首相はつぶされて行きました。世の人々は「鳩山氏はアメリカという巨大な風車に、ドン・キホーテのように突っ込んで見事にぶっ飛ばされた」と嘲笑しますが、ある意味でペリシテ人という強大な風車に跳ね飛ばされたサムソンの生き方もドン・キホーテに似ています。沖縄の自治が、日本政府とアメリカ政府によってつぶされようとしている現在、ドン・キホーテ的存在は必要です。
・聖書は私たちに世の大勢に流されず、「主によって示された正しいことをせよ」とサムソン物語を通して語っておられます。教会は世にあって世に仕えますが、世にならうことはしません。「人の目ではなく、神の目に何が正しいのか」を求めて生きます。サムソンは、多くの人々がペリシテ人を怖れて何もできなかった時、一人でペリシテ人に立ち向かって行きました。国民の多くがアメリカ軍の威圧の下に何もしようとしない時、「平和に暮らしたい」と基地建設反対を訴える沖縄の人々がいます。かつてユダヤを攻めてきたアッシリアの軍隊から逃れるために、エジプトに頼った人々にイザヤは語りました「災いだ、助けを求めてエジプトに下り、馬を支えとする者は。彼らは戦車の数が多く、騎兵の数がおびただしいことを頼りとし、イスラエルの聖なる方を仰がず、主を尋ね求めようとしない・・・エジプト人は人であって、神ではない。その馬は肉なるものにすぎず、霊ではない」(イザヤ31:1-3)。日本の安全保障を何故アメリカの軍事力に頼るのか、アメリカ人も肉に過ぎないではないか。サムソン物語は私たちに、今の日本の国家としての在り方をどう考えるかを、一人一人に迫る物語です。
2018年9月16日説教(ルカ10:38-42、マルタとマリア... 説教ブログ

1.マルタとマリア
・教会では9月の礼拝は、聖書教育を用いて「士師記」を連続して読む計画を立てていますが、今日は予定の一部を変えて、ルカ福音書から「マルタとマリア」の個所を読んでいきます。8月の女性会誌「世の光」の中でこの個所が取り上げられ、何人かの女性会会員の方から、「食事の奉仕」と「御言葉の奉仕」のどちらが大事かについて議論があったが、聖書は何を語っているかを教えてほしいとの要望があったからです。本日は予定を変えて、ルカ福音書を読んでいきます。
・ルカ福音書「マルタとマリア」の物語は、「善きサマリア人の例え」同様、ルカ福音書だけが伝える物語です。客をもてなすために忙しく立ち働くマルタが、ただ座ってイエスの話を聞いているマリアを「叱って下さい」とイエスに呼びかけ、それに対してイエスが「マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない」とマルタをたしなめられる場面です。物語はイエスが旅の途中にマルタの家にお入りになることから始まります。「一行が歩いて行くうち、イエスはある村にお入りになった。すると、マルタという女が、イエスを家に迎え入れた」(10:38)。マルタ、マリアの姉妹はエルサレム近郊のベタニヤ村の住人であることがヨハネ福音書から知られています(11:1)。マルタにはラザロという兄弟もいて、イエスはこのマルタ、マリア、ラザロの兄弟たちと親しくされていたようです。
・ルカは、「マリアは主の足もとに座って、その話に聞き入っていた」(10:39)と記します。マリアはイエスの足もとに座って、イエスの言葉に耳を傾けていました。姉のマルタは、一行のもてなしのためせわしく立ち働いていましたが、マリアの態度を見て腹を立て、イエスのそばに行って言いました。「主よ、私の姉妹は私だけにもてなしをさせていますが、何ともお思いになりませんか。手伝ってくれるようにおっしゃってください」(10:40)。マルタは長女で、一行をもてなすために台所で忙しく立ち働いています。しかしマリアは手伝わない。マリアに対する不満が言葉となって、イエスに伝えられました。それに対してイエスは答えられます「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない」(10:41-42)。
2.マルタ的生き方の良さと欠点
・多くの人々が、この物語に女性の対照的な二つのタイプを想定します。つまり、マルタ的生き方(行動的、能動的女性)とマリア的生き方(瞑想的、受動的女性)の二つのタイプです。一般的に男性はマリア的女性を好み、それに対して女性はマルタ的女性を支持します。そのため女性会での議論で、ルカ福音書が「イエスがマリアを肯定し、マルタを否定するニューアンスを打ち出している」ことに疑問を呈し、「皆がマリアのようにイエスの足元に座って話を聞いていたら、誰も食事が出来なくなるではないか」、「マルタのようにほかの人のために働く人がいなければ世間はなり立たない」等の反論が出たと聞いています。ドイツのプロテスタント教会では多くの修道女たちが、共同生活をしながら、福祉施設や教会の御用のために働き、その宿泊施設は「マルタの家」と呼ばれるそうです。マリアの家ではなく、「マルタの家」です。
・マルタの反論は当然です。この物語をマルタの立場から読んでみましょう。マルタは、イエスと弟子たちが長旅に疲れ、埃まみれであることを見て、手や足を洗う水を用意し、渇きをいやす飲み物を差し出しました。そして今、食事の支度に忙殺されています。10人を超える人々のためにパンを焼き、野菜を洗い、ぶどう酒を準備し、マルタはてんてこ舞いです。しかし妹のマリアは食事の準備を手伝おうともせず、イエスの足元に座って話を聞いています。だから彼女はイエスに苦情を申し立てます。「主よ、私の姉妹は私だけにもてなしをさせていますが、何ともお思いになりませんか。手伝ってくれるようにおっしゃってください」。
・マルタはイエスと弟子たちをもてなすために一生懸命なのに、マリアは手伝おうとはせず、イエスもそれをとがめない。自分の正しさが否定されたという憤りが、マルタの言葉遣いの中に滲み出ています。マルタは世話好きの女性であり、献身的に家のために尽くす一家の主婦でした。身を粉にして家族のために働いているのに誰も評価してくれない、その不満が爆発したのです。この不満は現代の日本においても、主婦の働きが正当に評価されず、多くの女性たちが不満を覚えているのと同じです。家事労働を外部化し、家政婦や介護ヘルパーに仕事を依頼すると、時給1000円以上の支払いが必要で、それを年間に換算すると300万円から400万円になります。主婦はそれだけの仕事をしているのに、世間は外で働く女性をより高く評価し、主婦の評価は低い。主婦の働きによってそれぞれの家庭は維持されているのに、家族からは感謝の言葉もなく、夫からは「それが主婦の役割でしょう」と言われる。もう耐えられない、マルタの言葉に多くの女性が共感するのは当然です。
・イエスはマルタの苦労に気づいておられないわけではありません。イエスは語られます「マルタ、マルタ」、名前を二度呼ぶことの中に、イエスがマルタの気持ちを理解しておられることが読み取れます。ただイエスは彼女の問題点を指摘されます「あなたはあまりにも多くのことに、思い悩み、心を乱している」。「今ここであなたの不平・不満を爆発させて、マリアを同じせわしさの中に引き込むことでは、物事は解決しないのではないか。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない」とイエスは語られます。
3.マリア的生き方の必要性
・今日の招詞にルカ8:14を選びました。次のような言葉です。「茨の中に落ちたのは、御言葉を聞くが、途中で人生の思い煩いや富や快楽に覆いふさがれて、実が熟するまでに至らない人たちである」。イエスは大勢の人を前に、種まきの喩えを話されました「種を蒔く人が種蒔きに出て行った。蒔いている間に、ある種は道端に落ち、人に踏みつけられ、空の鳥が食べてしまった。ほかの種は石地に落ち、芽は出たが、水気がないので枯れてしまった。ほかの種は茨の中に落ち、茨も一緒に伸びて、押しかぶさってしまった。またほかの種は良い土地に落ち、生え出て、百倍の実を結んだ。」(ルカ8:5-8)。
・11節以降でその喩えの説明がなされますが、その中の一節が今日の招詞です。「御言葉を聞くが、途中で人生の思いわずらいや富や快楽に覆いふさがれて成長しない」と言われています。「あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している」とここでもイエスは語られています。イエスにより神の言葉を語られた、しかし福音の種は様々な理由により成長できない。道端に落ちた種は鳥に食べられ、石地に落ちた種は水分の不足で干上がり、せっかく発芽した種も茨に(即ち人生の思いわずらいに)捕らわれてしまい、実を結ぶことができない。イエスは言われます「思いわずらうことをやめ、福音の種に水を与え、日に当たらせ、茨があれば取り除きなさい。そうすれば種は百倍の実を結ぶ」と。
・思いわずらい、世の様々な出来事が私たちの信仰の成長を妨げています。聖書学者の大貫隆は「ルカ14:15-24、盛大な宴会の喩え」の注釈で語ります。「主人が宴席(神の国の食事)に招待しようとしても人々が多忙を理由に断る。最初の人は『畑を見に行かねばなりません』と断り、次の人は『牛を買ったばかりなのでそれを見に行きます』と言い、別の人は『妻を迎えたばかりですので行けません』と答える。日常の時間、つまりクロノスの根強さがここにある。仕事に追われて宴会どころではない。神の国、そんな話を聞いている暇はさらにない。イエスの『今(カイロス)』が、生活者の『クロノス』と衝突し、拒絶される」(大貫隆『イエスという経験』)。
・イエスがマルタに言われたことは「マリアを見習いなさい」ということではなく、「あなたの忙しい仕事を一旦中断して、今は私の話を聞いたらどうか。食べるパンも大事だが、命のパンはもっと大事なのではないか」ということです。「私たちはどこから来て、どこへ行くのか。私たちはなにものか」、いくら考えても正解などなく、私たちは考えることをやめます。それでなくとも忙しい、学校を卒業し、就職し、恋をして結婚する。やがて子供が出来て、小さな家を買い、会社で少しだけ昇進する。そのうち子どもは大きくなり、年老いた両親は介護が必要になる。考えなければいけないことは次から次へ出てくる」(森達也/私たちはどこから来て、どこに行くのか)。
・しかしある時、立ち止まって考えることが必要なのではないか。「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」ことの意味を考えなければ、思い悩みが御言葉の成長を消してしまう。教会では多くの人が洗礼を受けますが、二年たち三年経つと、いつの間にか教会にいなくなります。この世の思いわずらいや富や快楽への誘惑が、日曜日の礼拝よりも大きな力を持ち、人々の信仰を食い尽くすからです。日本基督教団小岩教会の澤正彦牧師は、学校が日曜日に授業参観をすることにより、娘・澤千恵の礼拝参加が妨げられているとして、小岩小学校の校長を相手に訴訟を起こしました。日曜日訴訟と呼ばれ、昭和57年に起こされたものです。その中で澤牧師は「自分の都合で礼拝を休まない。クリスチャンとはそういう存在だ」だと主張しました。訴訟の妥当性はともかく、礼拝をそこまで大事に守ることは今日の話に通じるものがあると思えます。「人はキリスト者に生まれるのではない、キリスト者になるのだ」(テルトリアヌス)という言葉があります。思いわずらいをいったんやめて、命のパン、神の言葉を食べよ。仕事を一生懸命にすることは大事だが、せめて日曜日は仕事をいったんやめて礼拝に参加する、そうしないと魂が干上がってしまう。イエスがマルタに言われたことはそういうことではないかと思います。
2018年9月9日説教(士師記11:29-40、犠牲と贖罪) 説教ブログ

1.アンモン人との戦いのために立てられたエフタ
・士師記の二回目です。前回に引き続き、士師エフタの物語を読んでいきます。イスラエルは主の前に罪を犯し、主はイスラエルをアンモン人の支配下に放置され、アンモン人はヨルダン川東岸のギレアドを侵略し、川を越えて西岸の地域をも侵し始めました。「敵は、その年から十八年間、イスラエルの人々、ヨルダンの向こう側ギレアドにあるアモリ人の地にいるすべてのイスラエルの人々を打ち砕き、打ちのめした。アンモン人はヨルダンを渡って、ユダ、ベニヤミン、エフライムの家にも攻撃を仕掛けて来たので、イスラエルは苦境に立たされた」(10:8-9)。
・イスラエルは主に救いを求め、主は彼らを救うためにエフタを士師として選ばれます。このエフタは仲間と徒党を組んで隊商を襲う夜盗集団の頭でした。エフタはギレアドの出身でしたが、遊女の子であったので、故郷を追われてトブの地にいました(11:1-3)。その勇敢さは聞こえていたので、人々は彼に指揮官になるよう頼みます。エフタはギレアデ人の指導者となっても、アンモン人に対して直ちに戦闘を開始しませんでした。彼は先ず、平和的手段で争闘の根を絶とうとしました。彼は使者をアンモン人の王に派遣して、その要求の非をただし、和平交渉をします。11:12-28までは、当時の外交談判の記録です。エフタは平和解決の方法を試みましたが、ギレアデ人の力を侮ったアンモン王は、これを斥けました。ここに至って、「主の霊がエフタに臨んだ」(11:29a)。戦闘の力は、平和の手段が尽きる時に降ります。エフタはアンモン人との戦いに臨みます。「彼はギレアドとマナセを通り、更にギレアドのミツパを通り、ギレアドのミツパからアンモン人に向かって兵を進めた」(11:29b)。
・しかし強大な敵を打ち負かす自信はありません。彼は戦場に臨むに先だって、神に誓いを立てます「もしあなたがアンモン人を私の手に渡してくださるなら、私がアンモンとの戦いから無事に帰る時、私の家の戸口から私を迎えに出て来る者を主のものといたします。私はその者を、焼き尽くす献げ物といたします」(11:30-31)。彼が担った責任は、余りに重大でした。彼は自己の力に頼ることができず、そうかと言って、未だ全く神の援助を信じることができませんでした。誓願は人の至情から出るものですが、同時に前後を顧みない無謀な誓いでした。自分の家の者を人身御供に出すから、この戦に勝たせてほしいと嘆願したのです。彼は如何なる犠牲を払っても、この戦争に勝たなければならないと思ったのでしょう。戦争は、大勝利で終わり、強敵は征服され、民の自由は回復されました。そして勇者は、凱旋の栄光を担ってその家に帰りました。ところが、エフタが家に帰ってみると、彼を最初に迎えたのは、彼の娘でした。
・士師記は記します「エフタがミツパにある自分の家に帰った時、自分の娘が鼓を打ち鳴らし、踊りながら迎えに出て来た。彼女は一人娘で、彼にはほかに息子も娘もいなかった。彼はその娘を見ると、衣を引き裂いて言った『ああ、私の娘よ。お前が私を打ちのめし、お前が私を苦しめる者になるとは。私は主の御前で口を開いてしまった。取り返しがつかない』」。エフタは娘を生贄として捧げることになってしまいます。彼はおそらく召使を捧げる心積もりであったのでしょう。しかし、現れたのは娘でした。
・娘は悲しみますが、誓願の言葉を破ることは出来ません。彼女は「生贄」として捧げられ、死んで行ったと士師記は記します。「彼女は言った『あなたは主の御前で口を開かれました。私を、その口でおっしゃったとおりにしてください・・・二か月の間、私を自由にしてください。私は友達と共に出かけて山々をさまよい、私が処女のままであることを泣き悲しみたいのです』。二か月が過ぎ、彼女が父のもとに帰って来ると、エフタは立てた誓い通りに娘を捧げた」(11:36-39)。
2.犠牲の死
・「人はどこから来て、どこへ行くのか。そして何ものなのか」、いくら考えても答えが出ない問いです。私たちは生活の忙しさの中で、普段はそのことを考えません。しかし、自分の命がかかった事態に遭遇すると考えざるを得ません。エフタは戦争という、「負ければ自分は死ぬし、国は亡びる」という極限状況の中で、「勝利の暁には家の者を生贄として捧げます」と誓願してアンモン人との戦いに臨みました。愚かな決断で、そのために彼は娘の命を失ってしまいます。しかし士師記はこれを愚かな出来事とは考えません。内村鑑三は「士師エフタの話〜少女の犠牲」という文の中でこの出来事を語ります。「誓願そのものが、既に間違いであったのです。その成就は、敢えて怪しむに足りません。私共は、エフタの迷信を憐れみましょう。彼の浅慮を責めましょう」と語ります。「しかし」、と彼は続けます「彼の誠実を尊び、彼の志を愛せざるを得ません。燔祭の事実はどうであったとしても、犠牲の事実は、これをおおうことはできません。エフタはここに、凱旋の帰途において、彼の一人の娘を失ったのです。この事によって、彼の高ぶった心は低くされ、誇ろうとした心はへりくだされたことでしょう」(内村鑑三全集第19巻、明治45年6月10日)。
・内村は続けます「彼はたびたびギレアデの首領にならずに、トブの地で彼の一人の娘と共に隠れて、幸福な日を終生送りたかったと願ったでしょう。しかし、幸福は人生最大の獲物ではありません。義務は幸福に優ってさらに貴いのです。義務のゆえに私共は、たびたび幸福を捨てざるを得ません。そして義務のために私共が蒙る損失は、決して損失ではないのです。エフタは彼の幸福を犠牲にして、彼の国を救いました。そしてエフタの娘は彼女の生命を犠牲にして、彼女の父の心を清めました。犠牲なしには、人生は無意味です。もしイスラエルを救うためにはエフタの苦痛が必要であり、そしてエフタ自身を救うためには彼の娘の死が必要であったということであれば、神の聖名は讃美すべきです。エフタは無益に苦しまず、彼の娘は無益に死にませんでした。神はそのようにして人と国とを救われるのです」。この内村の解釈をどう受け止めるかが今日の主題です。
・東京大学・高橋哲哉教授は、「戦前の靖国体制は戦争犠牲者を神として祀ることによって戦争を遂行した。戦後の経済成長も安全保障も『犠牲』の上に成り立っている」と批判します。「福島の原発事故は、原発推進政策に潜む『犠牲』のありかを暴露し、沖縄の普天間基地問題は、日米安保体制における『犠牲』のありかを示した。もはや誰も『知らなかった』とは言えない。沖縄も福島も、中央政治の大問題となり、国民的規模で可視化されたのだから。経済成長や安全保障といった共同体全体の利益のために、誰かを「犠牲」にするシステムは本当に正当化できるのか」と問いかけます(『犠牲のシステム 福島・沖縄』から)。
・そして、高橋氏は内村鑑三に言及します。「祖国のための死を称えることは、日本だけではなく、欧米の近代国民国家もそれをナショナリズムの核とし、戦争を繰り返してきた。キリスト教の犠牲の論理としては、内村鑑三が日露戦争中の1904年に出した『非戦主義者の戦死』や、旧約聖書エフタの物語の中で『犠牲に犠牲、人生は犠牲であります。犠牲なくして人生は無意味であります』と書いている」と批判しました。キリスト教の犠牲の信仰の中核は、「贖罪信仰」であり、キリストの犠牲により救われるとの教えが、内村やその他のキリスト者の犠牲礼賛を生んだと高橋氏は考えています。
・文中に引用されている「非戦主義者の戦死」は1904年日露戦争の時に書かれました。国民すべてに兵役命令が出て、内村の非戦主義に賛同する若い弟子たちに戦争に参加すべきかどうかを問われた時代です。内村は彼らに対して、「博愛を唱うる平和主義者は、この国やかの国のために死なんとはしない。されども戦争そのものの犠牲になって、彼の血をもって人類の罪悪を一部分なりとあがなわんためには、彼は喜んで、神に感謝して、死に就かんとする。彼は彼の殉死によって彼の国人を諌めんと欲し、また同胞の殺伐に快を取る、罪に沈める人類に悔い改めを促さんとする。」と書きました。高橋哲哉氏はこの内村の考え方こそ「犠牲のシステムを推進した」と批判するのです。
3.私たちはこの物語をどう読むか
・今日の招詞に第一ヨハネ3:16を選びました。次のような言葉です「イエスは、私たちのために、命を捨ててくださいました。そのことによって、私たちは愛を知りました。だから、私たちも兄弟のために命を捨てるべきです」。ヨハネにとっては「愛し合う」とは「相手のために命を捨てる」ことであり、その根拠は「イエスが私たちのために命を捨てて」下さったという贖罪愛にあります。キリスト教の根本教理は、「贖罪による救い」です。神の子が私たちのために死んでくださった、だから私たちも他者のために死んでいこうと信仰です。人間の愛は常に自己の利益を求めて相手を裏切りますが、神の愛はその裏切り続ける者のために死ぬ愛です。神の子が自分のために死んでくれた、そのことを知った時、私たちはもう以前のような生き方は出来ない。この贖罪愛が私たちをキリスト者にします。
・この贖罪の信仰は理性で理解することが難しい事柄です。だから高橋氏のような批判が出てきます。それは自分が血を流して体験した時に初めてわかる信仰です。「宝島」や「ジキルとハイド」を書いた作家のロバート・スティーヴンスンは、ある時、らい病者たちが収容されたハワイのモロカイ島を訪れます。島では、ダミアン神父がライ病者救済のために働き、神父死後は修道院のシスターたちがらい病者の世話をしていました。島を訪れた彼は次のような詩を歌います「この所には哀れなことが限りなくある。手足は切り落とされ、顔は形がくずれ、さいまれながらも、微笑む、罪のない忍苦の人。それを見て愚か者は神なしと言いたくなろう」。なぜ、らい病のような忌まわしい病気があるのかわかりません。不信仰者はそれを見て「神はどこにいるのか」とうそぶきます。
・しかし、彼は続けます「もう一度見つめるならば、苦痛の胸からも、うるわしさ湧き来たりて、目に留まるは歎きの浜で看取りする姉妹たち。そして愚か者でも口をつぐみ、神を拝む」(スティーヴンスン「旅の歌」より)。らい病者のために自分の生涯を捧げる人がいます。この人たちこそ、キリストの贖罪死に心動かされたキリストにある愚者です。この世は神がいないかのように悪で満ちている社会です。不条理の中で多くの涙があります。その中で世の力に迎合しよとせず、キリストの苦難と連帯しようとする人々がいます。そのような人を通して、「神を見た者は、まだ一人もいない。もし私たちが互に愛し合うなら、神は私たちのうちにいまし、神の愛が私たちのうちに全うされる」(第一ヨハネ4:12)という言葉が成就します。知性や理性を超えた信仰の力、贖罪愛こそが、私たちが証ししていくべきものなのです。
The 17th July 2011 [ Jacob, a fighter] Scripture... English Blog
The 10th July 2011 [Isaac, the meek] Scripture ? ... English Blog
The 3rd July 2011 [The Lord provides ] Scripture ... English Blog
The 26th june 2011 [Rescue despite the judgement]... English Blog
The 19th June 2011 [The call of Abraham for we] ... English Blog
The 11th June 2011 [ Pentecost for us ] Scriptur... English Blog
The 5th June 2011 [ The Tower of Babel to us ] Sc... English Blog
The 29th May 2011 [ After the Deluge ] Scripture ... English Blog
The 22nd 2011 [ Descendants of Cain ] Genesis 4... English Blog
The 15th May 2011 [ What is sin? ] Scripture ? G... English Blog