すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

投稿者 : admin 投稿日時: 2017-12-17 21:09:07 (67 ヒット)

1.イエスの誕生

・イエスはローマ皇帝アウグストゥスの時代に、ユダヤのベツレヘムでお生まれになったとルカは記す。アウグストゥスは帝国内のすべての住民に税と兵役を課すための住民登録を命じ、それぞれが本籍地への移動を強制された。
−ルカ2:1−3「そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録せよとの勅令が出た。これはキリニウスがシリア州の総督であった時に行われた、最初の住民登録である。人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った。」
・ヨセフはベツレヘムの出身であったので、臨月のマリアを連れて、ベツレヘムへ向かった。しかしベツレヘムには泊めてくれる宿が無く、マリアは家畜小屋でイエスを産み、飼い葉桶に寝かせたとルカは記す。
−ルカ2:4−7「ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである。ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。」
・聖書学者の多くは、イエスは、紀元前4年頃にガリラヤのナザレで生まれ、ベツレヘム生誕は伝説であろうと考えている。キリニウスの住民登録は紀元6年であり、また住民登録は居住地でなされた。ルカは歴史学者であり、事情に精通していた。それにも関わらず、彼はイエス生誕の時と場所を、紀元6年のベツレヘムにした。当時の人々はアウグストゥスを「救い主」(ソーテール)と呼び、「主」(キュリエ)と呼んで崇めた。しかしルカは「時の皇帝アウグストゥスではなく、その治世下に生まれになったイエスこそ本当の救い主である」と告げるためにこの物語を記録している。
・ルカはイエスが家畜小屋でお生まれになったと記す。神はその子を極貧の中で、最も卑しい者として生まれさせた。初代教会はここに神の恵みを見た。
−ピリピ2:6-8「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした」。

2.天使の讃美

・イエスの誕生を見守ったのは、当時の社会から排除されていた羊飼いたちだった。羊飼いは貧しさのゆえに賃金労働者として他人の羊の番をしていた。世の支配者たちは誰もメシアの誕生を知らなかった。
−ルカ2:8−12「その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。すると主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。天使は言った。『恐れるな。私は民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。』」
・ルカはイエス生誕時、「民全体に与えられる大きな喜びを告げる」という天からの声があったと伝える。「告げる」、ギリシア語「エウアンゲリゾー」は、「福音(エウアンゲリオン)」の動詞形であり、元々はローマの皇帝礼拝で用いられた言葉だった。歴史資料は「皇帝アウグストゥスこそ、平和をもたらす世界の“救い主(ソーテール)”であり、神なる皇帝の誕生日が、世界にとって新しい時代の幕開けを告げる“福音(エウアンゲリオン)”の始まりである」と告げる(ベルリン・ペルガモン博物館蔵碑文)。それに対してルカは、「きょうダビデの町に、あなたがたのために救主がお生れになった。このかたこそ主なるキリストである」と述べる。
・ルカはその時、「天使の大集団が神の栄光と地の平和を祈り讃える大合唱を行った」と記す。
−ルカ2:13−17「すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。『いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。』天使たちが離れて天に去った時、羊飼いたちは、『さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか』と話し合った。そして急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。その光景を見て、羊飼いたちは、この幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせた。」
・ルカ福音書の誕生物語では、「世界の救い主」と讃えられた皇帝アウグストゥスが、全世界に向けて人口登録を命じ、この命令によって、ナザレで生まれるはずのイエスが、ベツレヘムで生まれる。ベツレヘムこそメシアが生まれると預言された場所であった(ミカ5:1)。ルカは「ローマ皇帝の権力が旧約聖書の預言の成就をもたらした、神はローマ皇帝さえもその道具としてお用いになった」と記述している。
・「この方こそ主メシアである」という天使の言葉は、「布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子」こそ、真の救い主であると主張している。この記事を読んだローマの人々は嘲笑っただろう「ユダヤの救い主を見よ、彼らの救い主は家畜小屋で生まれ、飼い葉桶に寝かされた。誰がこのような救い主を拝むのか」。その死から300年後ローマ帝国はキリスト教を受け入れ(313年ミラノ勅令)、やがてキリスト教は帝国の国教となる(392年)。イエスの生誕を知らなかったローマ皇帝の子孫が、キリストと呼ばれたイエスの前に、頭を下げて拝んだ。

3.イエスの奉献

・イエスは8日目に割礼を受けられ、ヨシュア(主は救い)と名づけられた。そして清めの期間が過ぎて、神殿に奉げものを捧げるために連れて行かれた。両親が奉げたのは貧者の奉げものとされた鳩であった。
−ルカ2:22−24「モ−セの律法に定められた彼らの清めの期間が過ぎた時、両親はその子を主に献げるため、エルサレムに連れて行った。それは、主の律法に『初めて生まれる男子は皆、主のために聖別される。』と書いてあるからである。また、主の律法に言われている通りに、山鳩一つがいか、家鳩の雛二羽をいけにえとして献げるためであった。』」
・ヨセフとマリアが宮に入った時、預言者シメオンに出会う。老預言者シメオンは「自分はメシアに出会った」と讃歌を歌い始めるが、讃美の後半はイエスの十字架を預言している。メシアは信じる者には救いの石であるが、信じないものにはつまずきの石になると彼は預言する。
−ルカ2:25−35「その時、エルサレムにシメオンという人がいた・・・シメオンは彼らを祝福し、母親のマリアに言った。『御覧なさい。この子は、イスラエルの多くの人を倒したり立ち上がらせたりするためにと定められ、また、反対を受けるしるしとして定められています。あなた自身も剣で心を刺し貫かれます。多くの人の心にある思いがあらわにされるからです。』」
・神殿には預言者アンナもいて、啓示を受けてイエスを祝福した。その後、イエスは神の恵みにより知恵が増し、たくましく成長した。
−ルカ2:36−40「また、アシエル族のファヌエルの娘でアンナという預言者がいた・・・彼女は近づいて来て神を賛美し、エルサレムの救いを待ち望んで人々に幼児のことを話した。親子は主の律法で定められたことをみな終えたので、自分たちの町であるガリラヤのナザレへ帰った。幼子はたくましく育ち、知恵に満ち、神の恵みに包まれていた。」

4.幼年時代のイエス

・ユダヤ人は十二歳でバル・ミツバ(律法の子)となる。成人式である。イエスにもその時がきた。
−ルカ2:41−45「両親は過越祭には毎年エルサレムへ旅をした。イエスが十二歳になった時も、両親は祭りの慣習に従って都に上った。祭りの期間が終わって帰路についた時、少年イエスはエルサレムに残っておられたが、両親は気づかなかった・・・親類や知人の間を捜し回ったが、見つからなかったので、捜しながらエルサレムに引き返した。」
・両親は神殿で律法学者と話すイエスを見出した。母親の叱責に子は反発する。この物語は聖家族と言われる家庭にも、親と子の断絶があったことを示すエピソードである。
−ルカ2:46−52「三日の後、イエスが神殿の境内で学者たちの真ん中に座り、話を聞いたり質問したりしておられるのを見つけた・・・両親はイエスを見て驚き、母が言った。『なぜこんなことをしてくれたのです。御覧なさい。お父さんも私も心配して捜していたのです。』するとイエスは言われた。『どうして私を捜したのですか。私が父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか。』しかし、両親にはイエスの言葉の意味が分からなかった。それから、イエスは一緒に下って行き、ナザレに帰り、両親に仕えてお暮らしになった・・・イエスは知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛された。」


投稿者 : admin 投稿日時: 2017-12-10 18:28:21 (50 ヒット)

1.マリア、エリサベトを訪ねる

・エルサレム神殿の祭司であったザカリアに、「妻エリサベトが懐妊して子が与えられる」との天使の告知があった。不妊で高齢の妻が懐妊するという奇跡告知だ。それから6ヶ月後、今度はナザレの少女マリアに天使が現れ、受胎告知が行われる。マリアは結婚前の女性だった。「結婚していない女性が子を産む」という驚くべき出来事の告知をルカは並行して描く。マリアはエリサベト懐妊を聞いて彼女を訪問する。
−ルカ1:39−40「そのころ、マリアは出かけて、急いで山里に向かい、ユダの町に行った。そして、ザカリアの家に入ってエリサベトに挨拶した」。
・エリサベトは自分の身に起こった不思議な出来事が、マリアにも起こったことを聞き、彼女を祝福する。
−ルカ1:41-45「マリアの挨拶をエリサベトが聞いた時、その胎内の子がおどった。エリサベトは聖霊に満たされて、声高らかに言った。『あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子さまも祝福されています。私の主のお母さまが私の処に来てくださるとは、どういうわけでしょう。あなたの挨拶のお声を耳にした時、胎内の子は喜んでおどりました。』」
・このエリサベトのマリア祝福の記事が、後に有名な歌曲「アヴェ・マリア」の原詩となった。
−アヴェ・マリア「おめでとう、マリア、恩寵に満ちた方、主はあなたとともにおられる。女性のうちで祝福された方、そしてあなたのお腹の子、イエスも祝福されている。聖なるマリア、神の御母、罪人なる我らのために祈りたまえ。今も、我らの死の時も、アーメン」。
・「神にできないことはない」、エリサベトとマリアはこの言葉を受け入れて、今お互いに出会っている。その出会いの中で、エリサベトは叫ぶ「主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう」。この物語は私たちに大切なメッセージを与える。「子が与えられることは神の祝福の業だ」ということだ。ユダヤ人は「子どもは父と母と神の霊から生まれる」と理解した。現代の私たちは、「子は与えられるものではなく、作るものだ」と考えている。「作る」、そこには神はいないから、作るのをやめる=人工妊娠中絶もまた人間の自由となる。統計によれば、日本での妊娠中絶は年間20万件、100件の懐妊のうち20件は中絶という形で、生まれるべき命が闇から闇に葬り去られている。「子どもは父と母と神の霊から生まれる」ことの大事さを覚えたい。

2.マリアの賛歌

・エリサベトに祝福されたマリアは「マリアの賛歌」を歌う。「マグニフィカート」と呼ばれるマリアの賛歌は、今日でもカトリック教会で、主日ミサの典礼歌として歌い継がれている。
−ルカ1:46−48「そこで、マリアは言った。『私の魂は主をあがめ、私の霊は救い主である神を喜びたたえます。身分の低い、この主のはしためにも目を留めて下さったからです。今から後、いつの世の人も、私を幸いな者と言うでしょう。』」
・マリアの賛歌はサムエル記上2:1-10のハンナの歌を基底にした歌であり、旧約の伝承に立つ歌だ。ルカが創作したフィクションであろう。しかし、そこにはフィクションでしか表現できない真理がある。
−ルカ1:49−53「『力ある方が、私に偉大なことをなさいましたから。その御名は尊く、その憐れみは代々に限りなく、主を畏れる者に及びます。主はその腕で力を振るい、思い上がる者を打ち散らし、権力ある者をその座から引き降ろし、身分の低い者を高く上げ、飢えた人を良い物で満たし、富める者を空腹のまま追い返されます。その僕イスラエルを受け入れて、憐れみをお忘れになりません。』」
・マグニフィカートにある「権力のある、富んでいる者は、弱く貧しい者と場を入れ替わる」という運命の逆転こそ、「貧しい人々は幸いである」と語るルカの福音(良い知らせ)の真髄である。
−ルカ6:20-25「貧しい人々は、幸いである、神の国はあなたがたのものである。今飢えている人々は、幸いである、あなたがたは満たされる。今泣いている人々は、幸いである、あなたがたは笑うようになる・・・ しかし、富んでいるあなたがたは、不幸である、あなたがたはもう慰めを受けている。今満腹している人々、あなたがたは、不幸である、あなたがたは飢えるようになる。今笑っている人々は、不幸である、あなたがたは悲しみ泣くようになる」。
・エリサベトもマリアも信じがたい言葉を、「お言葉どおり、この身に成りますように」と受け入れ、そこから偉大な物語が始まった。「神がなされるのであれば、そこから出てくるすべての問題も神が解決してくださる」、という信仰がそこから生まれた。未婚で生まれる子も障害を持って生まれる子も神の祝福の中にあるという信仰だ。

3.洗礼者ヨハネの誕生

・エリサベトは生まれた子をヨハネと名付け、夫ザカリアも承認する。これは人々には驚きだった。通常は父親の名前を子につけるのに、二人はそうしなかった。
−ルカ1:57−63「さて、月が満ちて、エリサベトは男の子を産んだ。近所の人々や親類は、主がエリサベトを大いに慈しまれたと聞いて喜びあった。八日目に、その子に割礼を施すために来た人々は父の名を取ってザカリアと名付けようとした。ところが、母は、『いいえ、名はヨハネとしなければなりません』と言った・・・父親に『この子に何という名をつけたいか』と手振りで尋ねた。父親は字を書く板を出させて、『この子の名はヨハネ』と書いたので、人々は皆驚いた。」
・やがてザカリアの舌がゆるみ、神を賛美し始めたので、近隣の人々は驚き、目に見えぬ大きな力の働きを感じ恐れた。子の名前「ヨハネ」は、「主は恵み深い」である。子供の名は親の期待と祈りを表すものだが、ヨハネの名はすでに神の恩寵を表していた。
−ルカ1:64−66「すると、ザカリアは口が開き、舌がほどけ、神を賛美し始めた。近所の人々は皆恐れを感じた。そして、このことすべてが、ユダヤの山里中で話題になった。聞いた人々は皆これを心に留め、『いったい。この子はどんな人になるのだろうか』と言った。この子には主の力が及んでいたのである。」
・ザカリアはヨハネの誕生を祝って歌う。「ベネディクトス」と呼ばれる賛歌である。ザカリアは神が「救いの角」を用いてイスラエルを救うと預言した。この「救いの角」はヨハネではなく、イエスである。ザカリアはヨハネ賛歌ではなく、イエス賛歌を歌っている。
−ルカ1:67−70「父ザカリアは聖霊に満たされ、こう預言した。『ほめたたえよ、イスラエルの神である主を。主はその民を訪れて解放し、我らのために救いの角を、僕ダビデの家から起こされた。昔から聖なる預言者の口を通して語られた通りに。』」
・イスラエルは周囲を敵に囲まれた国で、敵からの解放は民族の悲願であった。
−ルカ1:71−75「それは、我らの敵、すべて我らを憎む者からの救い。主は我らの先祖を憐れみ、その聖なる契約を覚えていて下さる。これは我らの父アブラハムに立てられた誓い。こうして我らは、敵の手から救われ、恐れなく主に仕える、生涯、主の前に清く正しく。」
・ザカリアは、幼子ヨハネを「主に先だって行き、その道を整え、主の民に罪の赦しによる救いを知らせる者」と預言した。「ヨハネではなくイエスこそメシアである」とのルカの宣言がここにある。
−ルカ1:76−80「『幼子よ、お前はいと高き方の預言者と呼ばれる。主に先だって行き、その道を整え、主の民に罪の赦しによる救いを、知らせるからである。これは我らの神の憐れみの心による。この憐れみによって、高い所から曙の光が我らを訪れ、暗闇と死の陰に座している者たちを照らし、我らの歩みを平和の道に導く。』幼子は身も心も健やかに育ち、イスラエルの人々の前に現れるまで荒れ野にいた。」
・ヨハネが生まれた頃、人々は神に油注がれたメシア(救済者)が現れるのを待ち望んでいた。彼らはヨハネこそメシアではないかと期待したが、ヨハネは「自分はメシアを導くための先導者だ」と語った。
−ルカ3:15−17「民衆はメシアを待ち望んでいて、ヨハネについて、もしかしたら彼がメシアではないかと、皆心の中で考えていた。そこで、ヨハネは皆に向かって言った。『私はあなたたちに水でバプテスマ(洗礼)を授けるが、私よりも優れた方が来られる。私はその方の靴のひもを解く値打ちもない。その方は、聖霊と火であなたたちにバプテマ(洗礼)をお授けになる。そして手に箕を持って、脱穀場を隅々まできれいにし、麦を集めて倉に入れ、殻を消えることのない火で焼き払われる。』」
・マリアとエリサベトが会った時、エリサベトの胎内の子が「喜んで躍った」とルカは記す。ルカは成人した後のイエスと洗礼者ヨハネの関係が、このマリアとエリサベトの会話の中に先取りされていると理解している。しかし、これは伝承であり、実際はイエスとヨハネは旧知の間柄ではなかったと思われる。
−ルカ7:18-19「ヨハネは弟子の中から二人を呼んで、主のもとに送り、こう言わせた『来るべき方は、あなたでしょうか。それとも、ほかの方を待たなければなりませんか』」。
・おそらくはヨハネ福音書の伝えるように、洗礼者ヨハネが神の国運動を始めた時、イエスはヨハネの許に行って洗礼を受け、そこからイエスの宣教活動が始まったのであろう。洗礼者ヨハネは「イエスを教育し、世に送り出す」ための役割を果たした。
−ヨハネ1:32-34「私はこの方を知らなかった。しかし、水で洗礼を授けるために私をお遣わしになった方が、“霊”が降って、ある人にとどまるのを見たら、その人が、聖霊によって洗礼を授ける人であると私に言われた。私はそれを見た。だから、この方こそ神の子であると証ししたのである。」


投稿者 : admin 投稿日時: 2017-12-03 19:04:34 (114 ヒット)

1. マリアに臨んだ困難

・クリスマスを前にした主日に、マリアへの受胎告知の聖書箇所を与えられました。先週土曜日のチャペルコンサートでこの場面をお話したばかりですが、今日は違う視点から考えてみます。私たちは「受胎告知」と言いますと、レオナルド・ダ・ヴィンチの「受胎告知」の絵を思い浮かべ、ロマンチックな光景を想像しますが、実際の場面はかなり深刻です。それはマリアの言葉に表れています「どうして、そのようなことがありえましょうか。私は男の人を知りませんのに」(1:34)。未婚のマリアに妊娠が告げられました。女性にとって子を産むことは祝福ですが、未婚の女性が子を生むことは様々な社会的困難を招きます。何故神はこのような形で御子を世に送ることを決断されたのでしょうか。
・ルカは天使ガブリエルがナザレ村のマリアのもとを訪れて、「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる」(1:28)と言う挨拶をしたところから物語を始めます。マリアは驚きます「何がおめでたいのか、何が起こっているのか」わからないからです。その彼女に天使は伝えます「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい」。マリアはヨセフと婚約していますが、まだ結婚はしていません。その未婚のマリアに「あなたは身ごもって男の子を産む」と告げられます。マリアはこの知らせを聞いて「戸惑った」とルカは記します(1:29)。
・ヨセフはこの妊娠に何も関わっていません。婚約中の女性が婚約相手以外の子を妊娠する、それは人の眼からみれば不倫を犯したことになります。「戸惑わざるを得ない」出来事です。現に婚約者ヨセフもそう思い、マリアを密かに離別しようとします(マタイ1:18-19)。彼女は天使に抗議します「どうして、そのようなことがありえましょうか。私は男の人を知りませんのに」(1:34)。口語訳は「私にはまだ夫がありませんのに」と訳します。夫なしに子を産む、社会の差別と偏見の中で身ごもることは現在でも大変なことです。日本の人工妊娠中絶件数が年間24万件もあることは、婚外妊娠が困難な出来事であることを示しています。当時はもっと大変でした。当時の律法は不倫を犯した者は姦通罪として石打の刑にすると定めていました(申命記22:23-24)。彼女は解決のつかない困難を与えられたのです。それにもかかわらず、天使はマリアに伝えます「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる・・・神に出来ないことは何一つない」(1:35-37)。マリアはためらいました。長い沈黙があったことでしょう。そして彼女は答えます「私は主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように」(1:38)。

2. 「聖霊による誕生」をどのように受け入れていくか

・イエスの誕生の次第は多くの人々に困惑を与えました。マタイ福音書はその冒頭にアブラハムから始まってイエスに至るまでの42代の系図を掲げます。「アブラハムはイサクをもうけ、イサクはヤコブを」という風に父の系図が続きますが、イエスについては次のように語ります「ヤコブはマリアの夫ヨセフをもうけた。このマリアからメシアと呼ばれるイエスがお生まれになった」(マタイ1:18)。父の系図が突然母系に変わっています。またルカ福音書もイエスの系図を掲げますが、その中で「イエスはヨセフの子と思われていた」(ルカ3:23)と語ります。マルコ福音書ではイエスがナザレ村で「マリアの息子」(マルコ6:3)と呼ばれていたと報告しています。それは「父の名をつけて呼ぶ」のが慣例の社会では、決して好意的な呼び名ではありません。つまり、マタイもルカもさらにマルコもイエスがヨセフの実子ではない、イエスはマリアの婚外妊娠によって生まれられたことを隠しません。この婚外妊娠をどのように受け止めるのかが福音書記者に課せられた課題の一つでした。
・当時のヘレニズム・ローマ世界では、偉人や英雄の誕生に関して、「神による妊娠」や「処女降誕」といった考え方がありました。偉人や英雄は世の常ならざる仕方で生まれると当時の人々は考えたのです。ギリシア帝国を創り上げたアレキサンダーやローマ帝国の初代皇帝アウグストゥスも処女から生まれたという伝承があります。イエスも神の子であれば、それにふさわしい形で生まれられたであろうと人々が思うのは当然で、この伝承が福音書に中に取り込まれていったことは想像できます。歴史上のイエスを知らない福音書記者たちはイエスの処女降誕を当然のこととして受け入れていったのでしょう(イエスが生まれられたのが紀元前4年頃、マルコ福音書が書かれたのが紀元70年前後、マタイやルカが福音書を書いたのは80〜90年頃と言われています)。
・また、キリスト教が分離していった母体のユダヤ教側では、「イエスがヨセフの子ではない」ことを逆手にとって、「イエスは私生児だった」と批判していたようです。紀元3世紀にキリスト教教父オリゲネスは「ケルソス駁論」という書物を著しました。反駁の対象とされたケルソスはギリシアの哲学者ですが、ユダヤ人から聞いた話として、「聖霊によるイエスの出産(マリアの処女懐胎)というキリスト教の主張は、婚外妊娠という事実を隠すための虚偽にすぎない」と批判しています。このような批判に対して、三世紀頃から「イエスは処女降誕によって生まれられた。イエスは人の罪を贖うために無原罪(原罪を継承する人間の父親からではなく)で生まれられた」という護教的な神学が生まれ、それが教会の信仰として継承されていったと考えられています。今でも多くの教会が用いている使徒信条では「主は聖霊によりてやどり、処女マリアより生まれ」と告白します。
・私たちはこの処女降誕物語を伝承として受けとめます。歴史的には確認できないという意味での伝承です。ではこの物語が伝承に過ぎなければ、ルカ1章の物語は意味がないのでしょうか。そうではありません。ルカが伝えたいことは、マリアが処女降誕によってイエスを生んだことではなく、婚外出産という困難を与えられながら、それを信仰を持って受け入れていったことです。マリアの示した信仰の従順こそがルカの大事なメッセージです。聖書は人間を通して書かれた神の書です。人間を通して書かれたゆえに、著者の生きた時代の制約を受けます。しかし神の書であるゆえに、時代を超えた真理を示します。その真理とは「神にできないことはない」(1:37)という言葉です。マリアは信じがたい言葉を受け入れ、「お言葉どおり、この身に成りますように」と受け入れました。そこから偉大な物語が始まったのです。「神がなされるのであれば、そこから出てくるすべての問題も神が解決してくださる」、彼女はそれを信じた。ルカはその信仰の決断をここに示しているのです。

3. 御心のままに

・同じく信仰の決断が主題になっているのが、曽野綾子の小説「哀歌」です。アフリカ・ルワンダに赴任した一人の修道女の物語です。主人公の鳥飼春菜は所属する修道会に命じられて、部族対立の続くルワンダへ赴任します。彼女は、教会や学校を併設する修道院で、現地人の修道女たちと協力しながら、子どもたちの世話をします。ところがルワンダの部族対立が激化し、多数派フツ族の少数民族ツチ族に対する集団虐殺が始まります。フツ族民兵は軍を後ろ盾にツチ族への暴行、虐殺、略奪を開始し、避難民を受け入れた修道院や教会でも彼らは暴虐の限りを尽くします。その混乱の中で修道院にいた春菜は暴徒にレイプされ、そのことが原因で妊娠します。彼女は身も心も疲れて日本に帰国しますが、修道会は妊娠した修道女に冷淡で、春菜はどうしてよいかわかりません。
・春菜は、最初は妊娠中絶を考えます。中絶すれば、「何事も無かった」ように生きていくことが出来ます。他方、子を中絶しない場合、生まれる子は「皮膚の色が黒い子」となり、そのような混血児を抱えて日本社会で生きていくことは大変なことです。しかし相談した神父の言葉、「神は御自分で為されたことには、必ずその結果に対して何らかの責任をお取りになるだろう」という信仰が春菜の気持ちを変えていきます。「神は私にこの子を与えて下さった、それが納得できない形で与えられたにせよ、この子と共に暮らそう、そのことによって不利益を受けるのであれば受けていこう」と彼女は決意します。
・神父の言葉を契機に、考えの中心点が自己から他者(この場合はおなかの子)に変えられていきます。彼女の決断はこの世の基準では愚かな決断になるでしょう。しかし信仰の決断としては別の評価が成立します。彼女はおなかの子を、自分に与えられたものとして生きていくことを決意したのです。そのことによって不利益を受ける=現在の自分に死ぬことは、無意味なことではありません。イエスは言われました「私は命を、再び受けるために、捨てる」(ヨハネ10:17)。現在に死ぬことは将来に生きるためです。イエスは十字架を通して、現在を死ぬことを通して、復活されました。イエスは十字架で死ぬために、クリスマスにこの世に来られた、その死により私たちに命が与えられた、それがクリスマスのメッセージです。私たちも与えられた十字架を担って死ぬことにより、新しい命に生きる者と変えられます。今日一人の姉妹が信仰告白をしてバプテスマを受けられます。姉妹は一度死ぬためにバプテストリーの水に全身を入れられます。そして新しく生まれるために水から引き起こされます。バプテスマは十字架と復活を象徴する儀式なのです。
・今日の招詞にヨブ記36:15を選びました。次のような言葉です「神は貧しい人をその貧苦を通して救い出し、苦悩の中で耳を開いてくださる」。マリアに与えられた道は困難な道でした。しかし、戸惑いながらも彼女は答えます「お言葉どおり、この身に成りますように」。婚約者ヨセフは当初マリアを離別しようと思いますが、マリアの罪ではないことを知り、やがて彼女を妻として受け入れ、子を自分の息子として認知します。ルカ1章後半に「マリアの賛歌」がありますが、その47-48節で彼女は歌います「私の魂は主をあがめ、私の霊は救い主である神を喜びたたえます。身分の低い、この主のはしためにも、目を留めてくださったからです」。岩波訳聖書で佐藤研氏はそれを次のように訳します「私の心は私の救い主なる神を喜びます。そのはしための悲惨を顧みて下さったからです」。「はしための悲惨を顧みて下さった」、婚約者ヨセフが受入れてくれた喜びをマリアは歌ったと佐藤氏はここに見ます。
・私たちの人生には不条理があります。理解できない苦しみや災いがあります。希望の道が閉ざされて考えもしなかった道に導かれることもあります。しかしその導きを神の御心と受け止めていった時に、苦しみや悲しみが祝福に変わる経験を私たちはします。「お言葉どおり、この身に成りますように(御心のままに)」とは、幸福も不幸も神の摂理(計画)の中にあることを信じて、その現実を受入れることです。救いはそこから始まります。「思いどおりにならないことは世の常であり、最善を尽くしても惨憺たる結果を招くこともある。最善を尽くすことと、その結果とはまた別な次元のことであ る。しかし、最善を尽くさなくては、素晴らしい一日をもたらすことはない」(飯嶋和一著「出星前夜」p212から)。「御心のままに」、今日はこの言葉をクリスマスの福音として共に聞きたいと願います。


投稿者 : admin 投稿日時: 2017-11-26 21:37:45 (61 ヒット)

1.洗礼者ヨハネの誕生が予告される

・洗礼者ヨハネの両親となる祭司ザカリアとエリサベトの夫婦は、子はなく、高齢だった。その彼らに子が与えられるとの告知がなされる。その誕生予告は高齢のアブラハムとサラに対する約束の子の誕生予告(創世記17章、18章)と近似しており、神の介入による神的誕生が強調されている。
−ルカ1:5-7「ユダヤの王ヘロデの時代、アビヤ組の祭司にザカリアという人がいた。その妻はアロン家の娘の一人で、名をエリザベトと言った。二人とも神の前に正しい人で、主の教えと定めをすべて守り、非のうちどころがなかった。しかし、エリサベトは不妊の女だったので、彼らには、子供がなく、二人とも既に年をとっていた。」
・そのザカリアが、神殿聖所の当番を務めていた時、突然天使が現れた。
−ルカ1:8-12「ザカリアは自分の組が当番で、神の御前で祭司の務めをしていた時、祭司職のしきたりによってくじを引いたところ、主の聖所に入って香をたくことになった。香をたいている間、大勢の民衆が外で祈っていた。すると主の天使が現れ、香壇の右に立った。ザカリアはそれを見て不安になり、恐怖の念に襲われた。」
・天使は語る「あなたの妻エリサベトが男の子を産む」。ザカリアは妻が高齢で赴任であったため、信じることができない。17節はマラキ書からの引用である。旧約で預言された出来事の成就がここで示される。
−ルカ1:13-17「天使は言った。『恐れることない。ザカリア、あなたの願いは聞き入れられた。あなたの妻エリサベトは男の子を産む。その子をヨハネと名付けなさい。その子はあなたにとって喜びとなり、楽しみとなる。多くの人もその誕生を喜ぶ。彼は主の御前に偉大な人となり、ぶどう酒や強い酒を飲まず、既に母の胎にいる時から聖霊に満たされていて、イスラエルの多くの子らをその神である主のもとへ立ち帰らせる。彼はエリヤの霊と力で主に先立って行き、父の心を子に向けさせ、逆らう者に正しい人の分別を持たせて、準備のできた民を主のために用意する。』」

2.父ザカリアに与えられたしるし

・信仰は口によって言い表される。従って信じない者は口がきけなくなる。天使ガブリエルは旧約ではダニエル書のみに現れる。ルカはダニエルに将来を見通す預言が与えられたように、ザカリアに未来を告げる預言者が子として与えられることを暗示する。
−ルカ1:18-21「そこで、ザカリアは天使に言った。『何によって私はそれを知ることができるのでしょうか。私は老人ですし、妻も年をとっています。』天使は答えた。『私はガブリエル、神の前に立つ者、あなたに話しかけて、この喜ばしい知らせを伝えるために遣わされたのである。あなたは口が利けなくなり、このことが起こる日まで話すことができなくなる。時が来れば実現する私の言葉を信じなかったからである。』民衆はザカリアを待っていた。そして、彼が聖所で手間取るのを不思議に思っていた。」
・ザカリアは聖所から、口が利けない状態で戻ってきた。しかし預言通り、高齢のエリサベトが懐妊する。
−ルカ1:22-25「ザカリアはやっと出て来たけれども、話すことができなかった。そこで、人々は彼が聖所で幻を見たのだと悟った。ザカリアは身振りで示すだけで、口がきけないままだった。やがて務めの期間が終わって自分の家へ帰った。その後、妻エリサベトは身ごもって、五か月の間身を隠していた。そしてこう言った。『主は今こそ、こうして、私に目を留め、人々の間から私の恥を取り去ってくださいました。』」
・この物語はルカ福音書のみにあるが、歴史的事実に基づくのだろうか。多くの聖書学者はこの話は洗礼者ヨハネの預言者としての誕生を象徴するルカの創作と理解している。
-岸本羊一・葬りを超えて「ザカリアとエリサベトの物語は、ルカが創った寓話であって、事実ではありません。つまり起こった出来事そのものではなく、旧約聖書の中の人物たちの姿を幾重にも反映しながら、人間とはこういう者だという仕方でルカが展開したものです。・・・作り話を通してしか伝えられない、事実を超えた真実をルカは伝えているのです」。

3.洗礼者ヨハネの誕生

・エリサベトは生まれた子をヨハネと名付け、夫ザカリアも承認する。これは人々には驚きだった。通常は父親の名前を子につけるのに、二人はそうしなかった。
−ルカ1:57−63「さて、月が満ちて、エリサベトは男の子を産んだ。近所の人々や親類は、主がエリサベトを大いに慈しまれたと聞いて喜びあった。八日目に、その子に割礼を施すために来た人々は父の名を取ってザカリアと名付けようとした。ところが、母は、『いいえ、名はヨハネとしなければなりません』と言った・・・父親に『この子に何という名をつけたいか』と手振りで尋ねた。父親は字を書く板を出させて、『この子の名はヨハネ』と書いたので、人々は皆驚いた。」
・やがてザカリアの舌がゆるみ、神を賛美し始めたので、近隣の人々は驚き、目に見えぬ大きな力の働きを感じ恐れた。子の名前「ヨハネ」は、「主は恵み深い」である。子供の名は親の期待と祈りを表すものだが、ヨハネの名はすでに神の恩寵を表していた。
−ルカ1:64−66「すると、ザカリアは口が開き、舌がほどけ、神を賛美し始めた。近所の人々は皆恐れを感じた。そして、このことすべてが、ユダヤの山里中で話題になった。聞いた人々は皆これを心に留め、『いったい。この子はどんな人になるのだろうか』と言った。この子には主の力が及んでいたのである。」
・ザカリアはヨハネの誕生を祝って歌う。「ベネディクトス」と呼ばれる賛歌である。ザカリアは神が「救いの角」を用いてイスラエルを救うと預言した。この「救いの角」はヨハネではなく、イエスである。ザカリアはヨハネ賛歌ではなく、イエス賛歌を歌っている。
−ルカ1:67−70「父ザカリアは聖霊に満たされ、こう預言した。『ほめたたえよ、イスラエルの神である主を。主はその民を訪れて解放し、我らのために救いの角を、僕ダビデの家から起こされた。昔から聖なる預言者の口を通して語られた通りに。』」
・イスラエルは周囲を敵に囲まれた国で、敵からの解放は民族の悲願であった。
−ルカ1:71−75「それは、我らの敵、すべて我らを憎む者からの救い。主は我らの先祖を憐れみ、その聖なる契約を覚えていて下さる。これは我らの父アブラハムに立てられた誓い。こうして我らは、敵の手から救われ、恐れなく主に仕える、生涯、主の前に清く正しく。」
・ザカリアは、幼子ヨハネを「主に先だって行き、その道を整え、主の民に罪の赦しによる救いを知らせる者」と預言した。「ヨハネではなくイエスこそメシアである」とのルカの宣言がここにある。
−ルカ1:76−80「『幼子よ、お前はいと高き方の預言者と呼ばれる。主に先だって行き、その道を整え、主の民に罪の赦しによる救いを、知らせるからである。これは我らの神の憐れみの心による。この憐れみによって、高い所から曙の光が我らを訪れ、暗闇と死の陰に座している者たちを照らし、我らの歩みを平和の道に導く。』幼子は身も心も健やかに育ち、イスラエルの人々の前に現れるまで荒れ野にいた。」
・ヨハネが生まれた頃、人々は神に油注がれたメシア(救済者)が現れるのを待ち望んでいた。彼らはヨハネこそメシアではないかと期待したが、ヨハネは「自分はメシアを導くための先導者だ」と語った。
−ルカ3:15−17「民衆はメシアを待ち望んでいて、ヨハネについて、もしかしたら彼がメシアではないかと、皆心の中で考えていた。そこで、ヨハネは皆に向かって言った。『私はあなたたちに水でバプテスマ(洗礼)を授けるが、私よりも優れた方が来られる。私はその方の靴のひもを解く値打ちもない。その方は、聖霊と火であなたたちにバプテマ(洗礼)をお授けになる。そして手に箕を持って、脱穀場を隅々まできれいにし、麦を集めて倉に入れ、殻を消えることのない火で焼き払われる。』」
・マリアとエリサベトが会った時、エリサベトの胎内の子が「喜んで躍った」とルカは記す。ルカは成人した後のイエスと洗礼者ヨハネの関係が、このマリアとエリサベトの会話の中に先取りされていると理解している。しかし、これは伝承であり、実際はイエスとヨハネは旧知の間柄ではなかったと思われる。
−ルカ7:18-19「ヨハネは弟子の中から二人を呼んで、主のもとに送り、こう言わせた『来るべき方は、あなたでしょうか。それとも、ほかの方を待たなければなりませんか』」。
・おそらくはヨハネ福音書の伝えるように、洗礼者ヨハネが神の国運動を始めた時、イエスはヨハネの許に行って洗礼を受け、そこからイエスの宣教活動が始まったのであろう。洗礼者ヨハネは「イエスを教育し、世に送り出す」ための役割を果たした。
−ヨハネ1:32-34「私はこの方を知らなかった。しかし、水で洗礼を授けるために私をお遣わしになった方が、“霊”が降って、ある人にとどまるのを見たら、その人が、聖霊によって洗礼を授ける人であると私に言われた。私はそれを見た。だから、この方こそ神の子であると証ししたのである。」


投稿者 : admin 投稿日時: 2017-11-19 21:57:45 (113 ヒット)

1.主の僕の受難

・イザヤ52:13以下は主の僕の受難を描く。「主の僕」とは誰か。歴史家は捕囚民の祖国帰還を導いたセシバザル(エホヤキン王の4男)がモデルになったという。前539年ペルシア王クロスは諸国民に故国帰還を許し、第一陣としてセシバザルに率いられた民がエルサレムに戻る。セシバザルはダビデ家の家系ということもあり、帰還の民にメシアとして期待されたが、ペルシア当局によって失脚させられ、非業の死を遂げたと推測されている。
・セシバザル=第二イザヤの弟子たちがこの詩を書いたと思われる。主の僕は鞭打たれ、無残な姿で死んでいった。弟子たちは、僕の死は無意味のように思われたが、主は彼を高く上げ、その死によって民の罪は執り成されたと歌う。
−イザヤ52:13-15「見よ、私の僕は栄える。はるかに高く上げられ、あがめられる。かつて多くの人をおののかせたあなたの姿のように、彼の姿は損なわれ、人とは見えず、もはや人の子の面影はない。彼は多くの民を驚かせる。彼を見て、王たちも口を閉ざす。だれも物語らなかったことを見、一度も聞かされなかったことを悟ったからだ」。
・僕は病を負っていた(病はらい病だったと推測される)。人々は僕を見て、彼は「神にたたかれ、呪われている」と思った。神が選んだ僕は、堂々たる風格を持つ英雄ではなく、病を持ち、人が顔を背けるような外貌を持っていた。
−イザヤ53:1-3「私たちの聞いたことを、誰が信じえようか。主は御腕の力を誰に示されたことがあろうか。乾いた地に埋もれた根から生え出た若枝のように、この人は主の前に育った。見るべき面影はなく、輝かしい風格も、好ましい容姿もない。彼は軽蔑され、人々に見捨てられ、多くの痛みを負い、病を知っている。彼は私たちに顔を隠し、私たちは彼を軽蔑し、無視していた」。
・帰国した僕は神殿再建に着手するが、ペルシアへの反乱を疑われ、処刑された。神殿は前538年に再建工事が始まるが、中断し、完成したのは前520年だった。完成した神殿を見て、人々は僕の犠牲によりこの神殿は成ったと思った。
−イザヤ53:4-5「彼が担ったのは私たちの病、彼が負ったのは私たちの痛みであったのに、私たちは思っていた、神の手にかかり、打たれたから、彼は苦しんでいるのだ、と。彼が刺し貫かれたのは、私たちの背きのためであり、彼が打ち砕かれたのは、私たちの咎のためであった。彼の受けた懲らしめによって、私たちに平和が与えられ、彼の受けた傷によって、私たちはいやされた」。

2.初代教会はイエスの中に主の僕を見た

・初代教会の人々は、神の子と信じたイエスが何故十字架の呪いの中で死ななければならなかったのか、わからなかった。人々がそれを理解する契機になったのがこのイザヤ53章だった。ルカはエチオピア人宦官の口にイザヤ53章を朗読させ、苦難の僕こそイエスだったと告げる。
-使徒言行録8:32-35「彼が朗読していた聖書の個所はこれである『彼は、羊のように屠り場に引かれて行った。毛を刈る者の前で黙している小羊のように、口を開かない。卑しめられて、その裁きも行われなかった。だれが、その子孫について語れるだろう。彼の命は地上から取り去られるからだ』。宦官はフィリポに言った『どうぞ教えてください。預言者は、だれについてこう言っているのでしょうか。自分についてですか。だれかほかの人についてですか』。そこで、フィリポは口を開き、聖書のこの個所から説きおこして、イエスについて福音を告げ知らせた」。
・イエスの十字架で逃げ、復活のイエスに出会って戻ったペテロも、この苦難の僕こそイエスであったと告白する。
-汽撻謄2:22-25「『この方は、罪を犯したことがなく、その口には偽りがなかった』。ののしられてもののしり返さず、苦しめられても人を脅さず、正しくお裁きになる方にお任せになりました。そして、十字架にかかって、自らその身に私たちの罪を担って下さいました・・・そのお受けになった傷によって、あなたがたはいやされました。あなたがたは羊のようにさまよっていましたが、今は、魂の牧者であり、監督者である方のところへ戻って来たのです」。
・イエスは多くの病を癒されたが、その癒しは触れてはいけないらい病者に触れ、癒してはいけない安息日に癒し、汚れていると卑しめられた娼婦や徴税人との交わりの中で為された。それが祭司や律法学者の怒りを招き、イエスを十字架に導く。イエスの癒しは自己の身を削ることによって為された。マタイは癒しの背後に贖罪の働きを見る。
-マタイ8:16-17「夕方になると、人々は悪霊に取りつかれた者を大勢連れて来た。イエスは言葉で悪霊を追い出し、病人を皆いやされた。それは、預言者イザヤを通して言われていたことが実現するためであった『彼は私たちの患いを負い、私たちの病を担った』」。
・パウロもピリピ書の中で、イエスこそ苦難の僕であったと証する。イエスは神と人に仕えることを通して救済の業を為された。教会のリーダーシップは指導することではなく、仕えることで為されていく。
-ピリピ2:7-9「「かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。このため、神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになりました」。

3.沈黙の死

・イザヤ53章は「主の僕の受難」を歌うが、前半1-6節は生前の僕を歌う。彼は病に苦しめられ、人々は神の呪いが彼の上にあるのだと思った。僕の「祖国に帰ろう」という呼びかけを誰も本気で聞かなかった。
−イザヤ53:2-3「乾いた地に埋もれた根から生え出た若枝のように、この人は主の前に育った。見るべき面影はなく、輝かしい風格も、好ましい容姿もない。彼は軽蔑され、人々に見捨てられ、多くの痛みを負い、病を知っている。彼は私たちに顔を隠し、私たちは彼を軽蔑し、無視していた」。
・7節から、この僕が不当に捕らえられ、裁判を受け、死刑に処せられたことが歌われる。彼は裁判の席で一言も反論せず、死刑台に向かっていった。この僕はおそらくペルシアによって処刑されたと思われる。彼は反逆者として処刑されたと見られる。
−イザヤ53:7-8「苦役を課せられてかがみ込み、彼は口を開かなかった。屠り場に引かれる小羊のように、毛を切る者の前に物を言わない羊のように、彼は口を開かなかった。捕らえられ、裁きを受けて、彼は命を取られた。彼の時代の誰が思い巡らしたであろうか、私の民の背きのゆえに、彼が神の手にかかり、命ある者の地から断たれたことを」。
・僕は審判の席で沈黙する。無用の弁解をせず、黙々とやるべきことを為していく。証しは言葉ではなく生き方で示される。初代教会の人々も何も言わず殉教(マルテュース)していった。殉教の語源は証人(マルテュース)だ。
-イザヤ42:2-3「彼は叫ばず、呼ばわらず、声を巷に響かせない。傷ついた葦を折ることなく、暗くなってゆく灯心を消すことなく、裁きを導き出して、確かなものとする」。
・僕は犯罪者として処刑されていった。人間的に見れば無念の死である。
-イザヤ53:9「彼は不法を働かず、その口に偽りもなかったのに、その墓は神に逆らう者と共にされ、富める者と共に葬られた」。
・しかしその死は贖罪死であったと詩人は歌う。僕の死を通して、状況は好転していく。
-イザヤ53:10「病に苦しむこの人を打ち砕こうと主は望まれ、彼は自らを償いの献げ物とした。彼は、子孫が末永く続くのを見る。主の望まれることは彼の手によって成し遂げられる」。

4.苦難から栄光へ

・僕を死に至らしめたのは神であったと詩人は歌う。イエスも「人々に引渡された(パラドゥナイ)」と聖書は書く。
-イザヤ53:11「彼は自らの苦しみの実りを見、それを知って満足する。私の僕は、多くの人が正しい者とされるために、彼らの罪を自ら負った」。
・死ぬことによって多くの実を結ぶ。死ぬことが必要な時には死んでいく。私たちの人生はこの世で完結する必要はない。私たちの人生が未完であっても後は神が完成してくださる。それを信じるのが信仰者の生き方だ。
-ヨハネ12:24-25「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。自分の命を愛する者は、それを失うが、この世で自分の命を憎む人は、それを保って永遠の命に至る」。
・神は贖罪の死を死んだ僕を高く上げられる。イエスが十字架の死から復活して天に上げられたようにである。
-イザヤ53:12「それゆえ、私は多くの人を彼の取り分とし、彼は戦利品としておびただしい人を受ける。彼が自らをなげうち、死んで罪人のひとりに数えられたからだ。多くの人の過ちを担い、背いた者のために執り成しをしたのはこの人であった」。
・イザヤ書には二種類のメシア像がある。第一イザヤが待望したメシアは「ダビデのようなメシア」、国を統一し外国からの独立を保つ「栄光のメシア」だ。他方、第二イザヤが示したのは「苦難のメシア」だ。イエスは自己の使命を苦難のメシアと自覚されていたが、人々が求めたのは栄光のメシアだった。
-マルコ8:31-33「イエスは、人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日の後に復活することになっている、と弟子たちに教え始められた。・・・ペトロはイエスをわきへお連れして、いさめ始めた。イエスは振り返って、弟子たちを見ながら、ペトロを叱って言われた『サタン、引き下がれ。あなたは神のことを思わず、人間のことを思っている』」。
・人が求めるのは「栄光のメシア」だ。ブッシュ政権はテロに対する戦いを「十字軍(crusade)」と呼び、アフガニスタン攻撃を「無限の正義(Operation Infinite Justice)」と名づけた。しかしイエスはこの選択をされず、自ら死ぬことを通して父の栄光を示された。私たちが従うべきはこのイエスである。
-汽撻謄2:20-21「罪を犯して打ちたたかれ、それを耐え忍んでも、何の誉れになるでしょう。しかし、善を行って苦しみを受け、それを耐え忍ぶなら、これこそ神の御心に適うことです。あなたがたが召されたのはこのためです。というのは、キリストもあなたがたのために苦しみを受け、その足跡に続くようにと、模範を残されたからです」。

バビロン捕囚年表(江守宮夫氏作成、聖書の呼ぶ声から)
BC598  ユダ王国、バビロニアに反乱し、ネブカドネツアル、ヨヤキン王らを連れ去る(第1回捕囚)。
BC587  ゼデキヤ王反乱、エルサレム神殿崩壊。ユダ王国滅亡(第2回捕囚)。
BC582  第3回捕囚
BC562  バビロニア王ネブカドネザル没す
BC561   ヨヤキン幽閉を解かれる
BC559  ペルシアがメディアから独立
BC539  ペルシア王キュロス、バビロン入城
BC538  第一陣、セシバザルら祖国帰還、定着開始
BC520  第二陣、ゼルバベル帰還、神殿再建
BC445  第三陣、ネヘミヤの帰還、エルサレム城壁再建
BC398  第四陣、エズラの帰還、律法(モーセ5書)公布
     捕囚後200年(帰還後140年後)、祭司共同体としての体制が完成。


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