すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

投稿者 : admin 投稿日時: 2012-08-22 20:31:34 (1446 ヒット)

篠崎キリスト教会では毎週の説教を聖書教育に沿って展開してきましたが、2012年5月より聖書教育は旧約の学びに入り、説教はマルコ伝に入ります。そのため、過去に行った旧約の学びを再録して提供します。

1.烏に養われるエリヤ

・新年を迎え、これから3ヶ月間、旧約・列王記を読んでいきます。列王記はダビデの子ソロモンの即位から、王国の分裂、滅亡までを描く歴史書です。著者はバビロンの捕囚地にいた申命記史家と呼ばれる人々だと言われています。ダビデ・ソロモンの時代、イスラエル王国は栄えましたが、ソロモンの死後王国は南北に分裂し、北王国イスラエルはアッシリヤにより滅ぼされ、南王国ユダもバビロニアに滅ぼされ、人々は今捕囚地バビロンにいます。主は愛されたダビデの王朝を滅ぼし、自ら住むといわれたエルサレム神殿をも破壊されました。神は何故ご自分の民を滅ぼされたのか。歴史家たちは「自分たちの父祖が神に反逆し、そのために主は国を滅ぼされた」という視点で歴史を振り返ります。当然、その記述では「父祖たち、王と民の罪の歴史」が前面に出て来ます。その罪を告発する者が預言者です。「自分たちの王や民は預言者を通して語られる神の言葉に聴き従わなかった」、その悔い改めの下に、歴代の王たちの歴史、列王記が語られていきます。
・歴代の王の中で最も罪深いと批判されているのが、イスラエル7代目の王アハブです。列王記は記します「オムリの子アハブは彼以前のだれよりも主の目に悪とされることを行った。彼は・・・シドン人の王エトバアルの娘イゼベルを妻に迎え、進んでバアルに仕え、これにひれ伏した。サマリアにさえバアルの神殿を建て、その中にバアルの祭壇を築いた。アハブはまたアシェラ像を造り、それまでのイスラエルのどの王にもまして、イスラエルの神、主の怒りを招くことを行った」(列王記上16:30-33)。このアハブの告発者として登場してくるのがエリヤです。今日はこのアハブとエリヤの物語を通して、「神の養い」について考えてみたいと思います。
・列王記上17章からエリヤが登場します。彼はヨルダン川東岸ギレアド出身の預言者ですが、アハブの悪政を見て、北王国の首都サマリアまで行き、王に神の言葉を伝えます「私の仕えているイスラエルの神、主は生きておられる。私が告げるまで、数年の間、露も降りず、雨も降らないであろう」(17:1)。干ばつの預言です。パレスチナは乾燥地帯であり、秋から冬にかけて雨が降らなければ直ちに干ばつになり、穀物を得られない人々は飢えて死にます。古代の人々にとって、誰が雨をもたらしてくれるのかは、生死に関わる重大問題でした。北王国のあるカナン地方の人々はバアルと呼ばれる神を拝んでいました。バアルは太陽と雨を司るとされた農業神です。それに対して、その地を支配していたイスラエルの民はその後にパレスチナに入植し、土着のカナン人を追い出して定着した民であり、その神は先祖以来の神、エジプトから救い出し約束の地に導き入れた主(ヤハウェ)でした。しかし、人々はパレスチナ入植と共に、土着の神バアルに惹かれていきます。
・このバアル神を始めとする偶像礼拝との戦いが旧約聖書を貫く主題です。偶像礼拝とは、自分に利益を与えてくれる神を拝むことです。雨を降らして収穫を豊かにしてくれる神、他民族から自分たちを守ってくれる神、人間が求める神はご利益を与えてくれる神であり、イスラエルの民は厳格な「主なる神」よりも、偶像神に頼りました。預言者たちは繰り返し「バアルを拝むな」と偶像礼拝を批判しますが、根絶できません。何故ならば、偶像礼拝とはつまるところ人間の欲望の反映だからです。それは自己中心の信仰ですから、それがもたらすものは他者に対する貪りであり、社会的には不正と悪の横行として現れます。エリヤの時代はその偶像礼拝が横行し、そのために主の祭壇が壊され、主の祭司たちは殺され、バアル神の祭壇が国中にあふれました。この偶像礼拝を推し進めたのが、イスラエル王アハブとその妻イゼベルでした。イゼベルは政略結婚によりイスラエルに来たフェニキア王の娘で、熱心なバアル神信仰者でした。彼らに警告するために起こされた預言者がエリヤです。
・エリヤはアハブ王の前に出て神の裁きの言葉を伝えますが、この行為によって、王に憎まれ、追われる者となりました。彼の預言は、時の権力者を告発するものであり、身に危険を招く行為であったからです。アハブに追われたエリヤは故郷ヨルダン川東岸のケリト川のほとり(17:3)に逃れ、そこで烏に養われたと列王記は語ります「数羽の烏が彼に、朝、パンと肉を、また夕べにも、パンと肉を運んで来た。水はその川から飲んだ」(17:6)。烏が養う、現代の私たちには理解が難しい事柄です。へブル語の烏=クリビームは別の読み方ではアラビーム=アラブ人と通じます。おそらくは故郷のアラブ人(遊牧民たち)がエリヤをかくまったのでしょう。しかし、干ばつが進み、そこでも川の水が枯渇してしまい、エリヤは別の地に移れと命じられます。

2.やもめに養われるエリヤ

・その後、エリヤは「シドンのサレプタに行け」との命令を神から受けます。そこで、「一人のやもめにあなたを養わせる」と(17:9)。シドンはフェニキアの町であり、王妃イゼベルの出身地、バアル信仰の最も盛んな地、敵地の真ん中に行って生きよとエリヤは命じられたのです。エリヤはサレプトに行きますが、そこで出会ったのは、薪を拾っていたやもめでした。エリヤは彼女に、水を飲ませて下さいと頼み、彼女が器をとりに戻ろうとすると、「パンも一切れ下さい」と頼みます(17:11)。それに対してやもめは答えます「私には焼いたパンなどありません。ただ壺の中に一握りの小麦粉と、瓶の中にわずかな油があるだけです。私は二本の薪を拾って帰り、私と私の息子の食べ物を作るところです。私たちは、それを食べてしまえば、あとは死ぬのを待つばかりです」(17:12)。彼女もまた旱魃の影響で苦しい生活に追い込まれていたのです。しかし神の言葉を信じるエリヤは動揺しません。彼は答えます「恐れてはならない。帰って、あなたの言ったとおりにしなさい。だが、まずそれで私のために小さいパン菓子を作って、私に持って来なさい。その後あなたとあなたの息子のために作りなさい」(17:13)。まず私のためにパンを焼きなさい、そうすれば神はあなたを養われるとエリヤは言いました。
・エリヤは神の約束を受けていました。神はエリヤに言われました「主が地の面に雨を降らせる日まで、壺の粉は尽きることなく、瓶の油はなくならない」(17:14)。現実には、つぼの中には一握りの小麦粉しかなく、かめの中にはわずかな油しかありません。しかし、やもめはエリヤの言葉に従います。そうしましたら、壺の粉はなくならず、瓶の油もなくならず、三人は食べて飢饉を生き残ることが出来たと列王記は伝えます。旱魃は3年間続いたとありますから、エリヤは2年以上、このやもめに養われたことになります。この物語は伝承ですが、何らかの事実が背景にあると思われます。文字通りの奇跡が起きたのかもしれませんし、やもめが家族のために密かに蓄えていた特別な備蓄があったのかもしれません。後の記事を見ますと、やもめの家は二階家で裕福であった(17:19)、またエリヤに対して罪を犯したと告白しています(17:18)ので、その想像も可能だと思います。ただ事実がどうであったかはわからないし、根本的な問題ではありません。それ以上に大事なことは、列王記が伝える使信「神は私たちを養いたもう」という信仰がそこにあることです。

3.私たちを養われる神

・ここで一つの疑問が生じます。神はエリヤを生かすために、何故「烏とやもめ」を用いられたのでしょうか。烏は聖書では忌み嫌われた鳥であり、やもめは貧しい者の代表です。そのような者に養われることを通して、エリヤを真の預言者とするためであったと思われます。預言者は神の言葉の単なる伝達者ではなく、その言葉を生きる者です。「主は生きておられる」(17:1)、その信仰は経験から生まれます。御言葉を生きるためには、烏に養われ、やもめに養われるという、ある意味で人間の知恵を超える体験をして、自分の力ではなく、神によって生かされている事を知る必要があったのです。
・烏ややもめが人を養いうるのでしょうか。私自身の経験から見て、これはありうる事柄だと思います。私は11年前、50歳の時に会社を辞めましたが、その時息子は大学3年生、娘は高校2年生でした。退職して神学校に入りましたが、それまでの蓄えを消費しながらの生活でした。いつまでお金が持つのだろうか、このままで息子や娘を養っていくことが出来るのだろうか、そういう不安の中で、神学の学びを続けました。卒業後、この教会に招かれて来ましたが、いろいろな事情で十分な牧師給を出せない状態でした。神が養って下さると信じながらも、大丈夫だろうかとの不安は消えませんでした。荒野に導きだされた民は、水が与えられるとパンがないとつぶやき、パンが与えられると肉がないと叫びました(詩編78:17-20)。それと同じ状況でした
・それから11年の時が流れました。この11年間を振り返ってみると、「まさに主は養って下さった」と思います。牧師給与は少しずつ増やしていただきましたし、また神学校事務長の職が与えられ、給与の不足を補ってくれるようになりました。牧師に就任した時には思ってもみなかった展開です。「主は生きておられる」、それは私も経験した出来事です。その出来事を経験した者は変えられます。今私たちは教会堂の建て直しを計画しています。1ヶ月後には現会堂が壊され、地盤調査が始まります。必要資金の8割の目途はつきましたが、残りの2割は未調達です。どうするのか、必要なものを与えて下さる主に委ねて行きます。それでも足らなければ、計画を修正し、与えられた資金の範囲内で建てれば良いだけです。
・今日の招詞に申命記8:4−5を選びました。次のような言葉です「この四十年の間、あなたのまとう着物は古びず、足がはれることもなかった。あなたは、人が自分の子を訓練するように、あなたの神、主があなたを訓練されることを心に留めなさい」。これはエジプトを出て荒野を40年間さまよい、約束の地に入ろうとしている民に、主がモーセを通して言われた言葉です。「荒野において、あなたたちは水がない、パンがない、肉がないと文句ばかり言ってきた。しかし、40年間を振り返ってみればどうだ、あなたのまとう着物は古びず、足がはれることもなかったではないか」。
・神は烏ややもめを用いてさえ人を養って下さる、今日列王記17章の記事を与えられたのは偶然ではないと思います。信仰とは「思い煩いから解放される」ことです。イエスは言われました「何を食べようか、何を飲もうか、何を着ようかと言って、思い悩むな。それはみな、異邦人が切に求めているものだ。あなたがたの天の父は、これらのものがみなあなたがたに必要なことをご存じである」(マタイ6:31-32)。今年の9月に教会堂は完成し、私たちは建設資金を工事の方にお支払いする予定です。その時資金が足らなければどうしようと思い煩う私たちに御言葉が与えられます「明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である」(マタイ6:34)。これからの9ヶ月間、教会堂の完成と必要資金の充足を祈って、その他のことは主に委ねていきましょう。「私の思いはあなたたちの思いを高く超えている」(イザヤ55:9)と言われる主に信頼するように、今日の御言葉「主は生きておられる」が与えられたことを覚えたいと思います。


投稿者 : admin 投稿日時: 2012-08-16 09:02:54 (1727 ヒット)

篠崎キリスト教会では毎週の説教を聖書教育に沿って展開してきましたが、2012年5月より聖書教育は旧約の学びに入り、説教はマルコ伝に入ります。そのため、過去に行った旧約の学びを再録して提供します。

1.ソロモンの背信

・ソロモンは700人の妻を持った。その多くは政略結婚による外国人の妻であり、彼女たちが持ち込んだ異教礼拝が国中に広がった。アシュトレトはバアルの女神で豊穣の神、性道徳の乱れが広がり、ミルコム=モレクの神は人身犠牲を求める偶像神であった。ソロモンは世界を支配するイスラエルの神を単なる部族神に貶めた。
−砧鷁Φ11:3-8「彼には妻たち、すなわち七百人の王妃と三百人の側室がいた。この妻たちが彼の心を迷わせた。ソロモンが老境に入ったとき、彼女たちは王の心を迷わせ、他の神々に向かわせた。こうして彼の心は、父ダビデの心とは異なり、自分の神、主と一つではなかった。ソロモンは、シドン人の女神アシュトレト、アンモン人の憎むべき神ミルコムに従った。・・・ソロモンは、モアブ人の憎むべき神ケモシュのために、エルサレムの東の山に聖なる高台を築いた。アンモン人の憎むべき神モレクのためにもそうした。また、外国生まれの妻たちすべてのためにも同様に行ったので、彼女らは、自分たちの神々に香をたき、いけにえをささげた」。
・主はソロモンの背信に怒られ、何度もソロモンに忠告されたがソロモンは聞かなかった。ここにおいて主はソロモンの子から王国を取り上げられることを宣告された。
−砧鷁Φ11:9-13「ソロモンの心は迷い、イスラエルの神、主から離れたので、主は彼に対してお怒りになった。主は二度も彼に現れ、他の神々に従ってはならないと戒められたが、ソロモンは主の戒めを守らなかった。そこで、主は仰せになった『あなたがこのようにふるまい、私があなたに授けた契約と掟を守らなかったゆえに、私はあなたから王国を裂いて取り上げ、あなたの家臣に渡す。あなたが生きている間は父ダビデのゆえにそうしないでおくが、あなたの息子の時代にはその手から王国を裂いて取り上げる。ただし王国全部を裂いて取り上げることはしない。わが僕ダビデのゆえに、私が選んだ都エルサレムのゆえに、あなたの息子に一つの部族を与える』」。

2.王国の混乱

・主の怒りはまず、ダビデにより征服されたエドム王国の反乱となって現れる。王国南部が不安定化した。
−砧鷁Φ11:14「こうして主は、ソロモンに敵対する者としてエドム人ハダドを起こされた。彼はエドムの王家の血筋を引く者であった」。
・王国北部ではダビデが征服したシリア地方に反乱が起こり、ダマスコも王国から分離していった。
−砧鷁Φ11:23-25「また神は、ソロモンに敵対する者としてエルヤダの子レゾンを起こされた。・・・彼らはダマスコに行って住み着き、ダマスコで支配者となった」。
・最大の反乱はエフライム部族の指導者ヤロブアムによって起こされた。彼は預言者アヒヤを通して主の託宣を受け、イスラエル10部族の支配権を与えられた。
−砧鷁Φ11:31-33「十切れを取るがよい。イスラエルの神、主はこう言われる。私はソロモンの手から王国を裂いて取り上げ、十の部族をあなたに与える。・・・ 私がこうするのは、彼が私を捨て、シドン人の女神アシュトレト、モアブの神ケモシュ、アンモン人の神ミルコムを伏し拝み、私の道を歩まず、私の目にかなう正しいことを行わず、父ダビデのようには、掟と法を守らなかったからである」。
・ヤロブアムはソロモンの死後、統一王国から離脱し、北王国を創設する。イスラエル10部族の王国からの離脱は直接的にはソロモンの課した強制徴用と重税であったが、列王記記者は王国分裂の背後に主の怒りを見ている。
−砧鷁Φ12:3-4「ヤロブアム・・・は、レハブアムにこう言った。『あなたの父上は私たちに苛酷な軛を負わせました。今、あなたの父上が私たちに課した苛酷な労働、重い軛を軽くしてください。そうすれば、私たちはあなたにお仕えいたします』」。
・主がダビデになされた約束(サムエル記下7:8-16)はソロモンの背信により破られた。しかし主は約束を守られる。ソロモンに与えられた裁きは王国の分裂であり、彼の子どもたちは生存を許される。
−砧鷁Φ11:35-39「私は彼の息子の手から王権を取り上げ、それを十部族と共にあなたに与える。彼の息子には一部族を与え、私の名を置くために私が選んだ都エルサレムで、わが僕ダビデのともし火が私の前に絶えず燃え続けるようにする。・・・こうして私はダビデの子孫を苦しめる。しかし、いつまでもというわけではない」
・それから千年の時を経て、ダビデの末から新しい王、真実の王キリストが起こされる。
−マタイ1:6-16「エッサイはダビデ王をもうけた。ダビデはウリヤの妻によってソロモンをもうけ、ソロモンはレハブアムを、レハブアムはアビヤを、アビヤはアサを・・・マタンはヤコブを、ヤコブはマリアの夫ヨセフをもうけた。このマリアからメシアと呼ばれるイエスがお生まれになった」。


投稿者 : admin 投稿日時: 2012-08-09 09:14:21 (1054 ヒット)

篠崎キリスト教会では毎週の説教を聖書教育に沿って展開してきましたが、2012年5月より聖書教育は旧約の学びに入り、説教はマルコ伝に入ります。そのため、過去に行った旧約の学びを再録して提供します。

1.神殿奉献

・神殿が完成し、ソロモンは国中の指導者を集め、神殿奉献の祭儀を執り行う。神殿の至聖所に納められたのは、十戒の二枚の石板であった。神の言葉に従う、それがイスラエルの信仰の中核であった。
−砧鷁Φ8:3-9「イスラエルの全長老が到着すると、祭司たちはその箱を担ぎ、主の箱のみならず臨在の幕屋も、幕屋にあった聖なる祭具もすべて担ぎ上った。・・・祭司たちは主の契約の箱を定められた場所、至聖所と言われる神殿の内陣に運び入れ、ケルビムの翼の下に安置した。・・・ 箱の中には石の板二枚のほか何もなかった。この石の板は、主がエジプトの地から出たイスラエル人と契約を結ばれたとき、ホレブでモーセがそこに納めたものである」。
・バビロン捕囚時には契約の箱は失われ、再建された神殿の至聖所は空白であった。神は人の造った神殿に住まわれないし、契約の箱もご神体ではない。祭壇や祭具に価値があるのではなく、人々の祈りこそ献げ物である。
−砧鷁Φ8:27-30「神は果たして地上にお住まいになるでしょうか。天も、天の天もあなたをお納めすることができません。私が建てたこの神殿など、なおふさわしくありません。わが神、主よ、ただ僕の祈りと願いを顧みて、今日僕が御前にささげる叫びと祈りを聞き届けてください。そして、夜も昼もこの神殿に、この所に御目を注いでください。ここはあなたが、『私の名をとどめる』と仰せになった所です。この所に向かって・・・僕とあなたの民イスラエルがこの所に向かって祈り求める願いを聞き届けてください。どうか、あなたのお住まいである天にいまして耳を傾け、聞き届けて、罪を赦してください」。
・神殿はやがて祈りの家ではなく、犠牲の動物や献げ物を捧げる場所になる。その時、神殿は神殿でなくなる。神が求められるのは、犠牲の動物や献げ物ではなく、私たちの祈り、神に従う生き方だ。
−アモス5:21-24「私はお前たちの祭りを憎み、退ける。祭りの献げ物の香りも喜ばない。焼き尽くす献げ物を私にささげても、穀物の献げ物をささげても、私は受け入れず、肥えた動物の献げ物も顧みない。お前たちの騒がしい歌を私から遠ざけよ。・・・正義を洪水のように、恵みの業を大河のように尽きることなく流れさせよ」。

2.ソロモンの祈り

・ソロモンは主に七つの嘆願の祈りを行う。祈りの中心は罪を犯した者も悔い改めれば赦したまえとの願いだ。ここには列王記読者(バビロンにいる捕囚の民)の祈りがある。
−砧鷁Φ8:33-34「あなたの民イスラエルが、あなたに罪を犯したために敵に打ち負かされたとき、あなたに立ち帰って御名をたたえ、この神殿で祈り、憐れみを乞うなら、あなたは天にいまして耳を傾け、あなたの民イスラエルの罪を赦し、先祖たちにお与えになった地に彼らを帰らせてください」。
・イスラエルは罪を犯し、神はイスラエルを滅ぼし、神殿を破壊された。列王記は国の滅亡、異国への捕囚という悲惨の中で書かれている。民は破壊された神殿にいます神に彼らはイスラエルへの帰国を祈っている。
−砧鷁Φ9:6-9「もしあなたたちとその子孫が私に背を向けて離れ去り、私が授けた戒めと掟を守らず、他の神々のもとに行って仕え、それにひれ伏すなら、私は与えた土地からイスラエルを断ち、私の名のために聖別した神殿もわたしの前から捨て去る。こうしてイスラエルは諸国民の中で物笑いと嘲りの的となる。この神殿は廃虚となり、そのそばを通る人は皆、驚いて口笛を鳴らし、『この地とこの神殿に、主はなぜこのような仕打ちをされたのか』と問うであろう。そのとき人々は、『それは彼らが自分たちの先祖をエジプトの地から導き出した神、主を捨て、他の神々に付き従い、これにひれ伏し、仕えたからだ。それゆえ、主は彼らの上にこのすべての災いをもたらされたのだ』と答えるであろう。」
・自分たちは何故このような悲惨の中にあるのか。罪を悔い改めれば主は赦してくださるのか。列王記読者の必死の祈りがここにある。列王記は苦難の中にある者に立ち上がる勇気を与える。
−砧鷁Φ8:46-50「もし彼らがあなたに向かって罪を犯し・・・あなたが怒って彼らを敵の手に渡し、遠くあるいは近くの敵地に捕虜として引いて行かれたときに、彼らが捕虜になっている地で自らを省み、その捕らわれの地であなたに立ち帰って憐れみを乞い、『私たちは罪を犯しました。不正を行い、悪に染まりました』と言い、捕虜にされている敵地で、心を尽くし、魂を尽くしてあなたに立ち帰り、あなたが先祖にお与えになった地、あなたがお選びになった都、御名のためにわたしが建てた神殿の方に向かってあなたに祈るなら、あなたはお住まいである天にいましてその祈りと願いに耳を傾け、裁きを行ってください。あなたの民があなたに対して犯した罪、あなたに対する反逆の罪のすべてを赦し、彼らを捕らえた者たちの前で、彼らに憐れみを施し、その人々が彼らを憐れむようにしてください」。


投稿者 : admin 投稿日時: 2012-08-01 17:21:57 (1034 ヒット)

篠崎キリスト教会では毎週の説教を聖書教育に沿って展開してきましたが、2012年5月より聖書教育は旧約の学びに入り、説教はマルコ伝に入ります。そのため、過去に行った旧約の学びを再録して提供します。

1.ソロモンの祈り

・王位に就いたソロモンは、感謝のために、主に献げ物を捧げた。犠牲の動物1千頭という大掛かりなものだった。
―砧鷁Φ3:4「王はいけにえをささげるためにギブオンへ行った。そこに重要な聖なる高台があったからである。ソロモンはその祭壇に一千頭もの焼き尽くす献げ物をささげた」。
・主はその献げ物を喜ばれ、夢でソロモンに現れ、「願うものを何でも与えよう」と言われた。ソロモンが願ったのは、民を正しく治めるための知恵であった。ここにいるソロモンは自己の若さを知る謙遜な王である。
―砧鷁Φ3:5-9「その夜、主はギブオンでソロモンの夢枕に立ち『何事でも願うがよい。あなたに与えよう』と言われた。ソロモンは答えた『あなたの僕、私の父ダビデは忠実に、憐れみ深く正しい心をもって御前を歩んだので、あなたは父に豊かな慈しみをお示しになりました。またあなたは・・・その王座につく子を父に与えられました。・・・しかし、私は取るに足らない若者で、どのようにふるまうべきかを知りません。・・・民は多く、数えることも調べることもできないほどです。どうか、あなたの民を正しく裁き、善と悪を判断することができるように、この僕に聞き分ける心をお与えください。そうでなければ、この数多いあなたの民を裁くことが、誰にできましょう』」。
・主はソロモンのこの謙遜な願いを喜ばれ、彼を祝福し、願う知恵を与えると約束された。
―砧鷁Φ3:10-12「主はソロモンのこの願いをお喜びになった。神はこう言われた『あなたは自分のために長寿を求めず、富を求めず、また敵の命も求めることなく、訴えを正しく聞き分ける知恵を求めた。見よ、私はあなたの言葉に従って、今あなたに知恵に満ちた賢明な心を与える。あなたの先にも後にもあなたに並ぶ者はいない』」。
・さらにソロモンが求めなかった富と栄光も与えると約束された。
―砧鷁Φ3:13-14「私はまた、あなたの求めなかったもの、富と栄光も与える。生涯にわたってあなたと肩を並べうる王は一人もいない。もしあなたが父ダビデの歩んだように、私の掟と戒めを守って、私の道を歩むなら、あなたに長寿をも恵もう」。

2.ダビデとソロモン〜2代目の限界

・ソロモンに与えられた知恵の具体例が3:16以下の子をめぐる二人の母親の争いだ。二人の女は共に子は自分の子だと言い争った。ソロモンは言った「決着がつかないなら子を二つに裂き、双方に半分ずつ与えよ」と。
―砧鷁Φ3:23-25「王は『剣を持って来るように』と命じた。王の前に剣が持って来られると、王は命じた『生きている子を二つに裂き、一人に半分を、もう一人に他の半分を与えよ』」。
・この時、一人は「この子を生かしてあの女に与えて下さい」と言い、他は「この子を半分に裂いて私にも下さい」と言った。ソロモンは子を生かしたまえと願った女に子を与えた。民はソロモンの知恵を賞賛した。
―砧鷁Φ3:27-28「王はそれに答えて宣言した『この子を生かしたまま、先の女に与えよ。この子を殺してはならない。その女がこの子の母である』。王の下した裁きを聞いて、イスラエルの人々は皆、王を畏れ敬うようになった。神の知恵が王のうちにあって、正しい裁きを行うのを見たからである」。
・子を生かすように求めた女が母親であるかはわからないが、親としてよりふさわしいのは事実だ。自己を犠牲にしても子を生かすのが愛だ。イエスはその愛を示された故に言われた『ソロモンに勝るものがここにいる』と。
―マタイ12:42「南の国の女王は裁きの時、今の時代の者たちと一緒に立ち上がり、彼らを罪に定めるであろう。この女王はソロモンの知恵を聞くために、地の果てから来たからである。ここに、ソロモンに勝る者がある」
・1-2章のソロモンは、敵対者たちを粛清し権力基盤を固めていく冷酷な政治家であるが、3章では民のために仕えることを願う謙遜な王がいる。双方ともソロモンであり、やがて前者のソロモンが強くなり、国は揺らいでいく。
―砧鷁Φ11:6「ソロモンは主の目に悪とされることを行い、父ダビデのようには主に従い通さなかった」。
・ソロモンはダビデと異なる。新約聖書にはダビデの名は58回引用され、ソロモンは10回だ。
―ソロモンは王国を創設したのではなく、父から継承した。二代目の限界(苦労せずに手に入れた)を彼は持つ。
―彼の建てた建物(王宮や神殿)は民の要求に応えたものではなく、自分のためであった。
―彼の国土建設は圧制的な課税と強制労働によって為されている。ゆえにソロモン死後、民は反乱し、王国は分裂した。彼は民に仕えるのではなく、民を支配した。
―彼は主を信じたが、同時に他の神々をも拝んだ。
・その限界の中で列王記3章を読むことが必要だ。ソロモンは結果的に必要以上のものを求めて、その報いを受けた。
―汽謄皀6:7-8「私たちは、何も持たずに世に生まれ、世を去るときは何も持って行くことができないからです。食べる物と着る物があれば、私たちはそれで満足すべきです」。


投稿者 : admin 投稿日時: 2012-07-25 20:23:51 (1058 ヒット)

篠崎キリスト教会では毎週の説教を聖書教育に沿って展開してきましたが、2012年5月より聖書教育は旧約の学びに入り、説教はマルコ伝に入ります。そのため、過去に行った旧約の学びを再録して提供します。

1.逆境下の人間関係

・逃亡するダビデを、サウルの子メフィボシェトの従者ツィバが食物を持って迎える。ツィバは「主人は今回の政変をサウル王家復興のために喜び、エルサレムに残った」と讒言し、怒ったダビデはツィバに領地を与える。
―競汽爛┘16:1-4「ダビデが山頂を少し下った時に、メフィボシェトの従者ツィバが、ダビデを迎えた。彼は二頭の鞍を置いたろばに、二百個のパン、百房の干しぶどう、百個の夏の果物、ぶどう酒一袋を積んでいた。・・・ツィバは王に『主人はエルサレムにとどまっています。イスラエルの家は今日、父の王座を私に返すと申していました』と答えた。王はツィバに『それなら、メフィボシェトに属する物はすべてお前のものにしてよろしい』と言った」。
・これが讒言であることはやがてわかる(19:25-30)。しかし、困窮の中に助けを求めるダビデはこの讒言を信じる。そのダビデに追い討ちをかけるように、サウル一族のシムイが、ダビデに呪いの言葉を浴びせかける。
―競汽爛┘16:5-8「ダビデ王がバフリムにさしかかると、そこからサウル家の一族の出で、ゲラの子、名をシムイという男が呪いながら出て来て、兵士、勇士が王の左右をすべて固めているにもかかわらず、ダビデ自身とダビデ王の家臣たち皆に石を投げつけた。シムイは呪ってこう言った『出て行け、出て行け。流血の罪を犯した男、ならず者。サウル家のすべての血を流して王位を奪ったお前に、主は報復なさる。主がお前の息子アブサロムに王位を渡されたのだ。お前は災難を受けている。お前が流血の罪を犯した男だからだ』」。
・ダビデは血をもってサウル家を倒したのではない。これは不当な呪いだ。しかし、ダビデは今この呪いを神の御手と受け止める。全ては彼がウリヤを殺してバテシバを我が物としたことから生じているからだ。
―競汽爛┘16:10「王は言った『ツェルヤの息子たちよ、ほうっておいてくれ。主がダビデを呪えとお命じになったのであの男は呪っているのだろうから、どうしてそんなことをするのかと誰が言えよう』」。
・他者に責任転嫁をせず、自分の罪を認めるのが、救いの第一歩だ。この苦しみの先に希望があるとダビデは言う。
―競汽爛┘16:11-12「ダビデは更にアビシャイと家臣の全員に言った『私の身から出た子が私の命を狙っている。ましてこれはベニヤミン人だ。勝手にさせておけ。主の御命令で呪っているのだ。主が私の苦しみを御覧になり、今日の彼の呪いに代えて幸いを返してくださるかもしれない』」。
・私たちも誤解や中傷で苦しめられる時がある。その時どうするか。その苦難を神からのものとして受け入れていく。
―哀歌3:30-31「打つ者に頬を向けよ、十分に懲らしめを味わえ。主は、決してあなたをいつまでも捨て置かれはしない」。

2.神の御手の働き

・ダビデの側近フシャイはエルサレムに行き、アブサロムに取り入り、受入れられる。アブサロムの反乱を、主と民が選んだ故だと肯定したからだ。ダビデ方のフシャイがアブサロム宮廷に入ることによって、形勢が変わり始める。
―競汽爛┘16:18-19「フシャイはアブサロムに答えた『いいえ。主とここにいる兵士とイスラエルの全員が選んだ方に私は従い、その方と共にとどまります。・・・お父上にお仕えしたようにあなたにお仕えします』」。
・アヒトフェルはアブサロムに父の側室たちの元に行けと勧める。父の妻たちを我が物にする。それは政権の交代を内外に公示する政治的な出来事だった。
―競汽爛┘16:21-22「アヒトフェルはアブサロムに言った『お父上の側女たちのところにお入りになるのがよいでしょう。お父上は王宮を守らせるため側女たちを残しておられます。あなたがあえてお父上の憎悪の的となられたと全イスラエルが聞けば、あなたについている者はすべて、奮い立つでしょう』。アブサロムのために屋上に天幕が張られ、全イスラエルの注目の中で、アブサロムは父の側女たちのところに入った』。
・それは同時にナタンの預言の成就だった。ナタンは姦淫の罪を犯したダビデに、あなたの妻も犯されると預言した。
―競汽爛┘12:11-12「主はこう言われる『見よ、私はあなたの家の者の中からあなたに対して悪を働く者を起こそう。あなたの目の前で妻たちを取り上げ、あなたの隣人に与える。彼はこの太陽の下であなたの妻たちと床を共にするであろう。あなたは隠れて行ったが、私はこれを全イスラエルの前で、太陽の下で行う』」。
・アブサロムは主の導きを求めず、軍隊の数と力に頼る。ダビデはひたすらに主の名を呼ぶ。この生き方の差が、二人の生死を分けていく。
―イザヤ31:1-3「災いだ、助けを求めてエジプトに下り、馬を支えとする者は。彼らは戦車の数が多く、騎兵の数がおびただしいことを頼りとし、イスラエルの聖なる方を仰がず、主を尋ね求めようとしない。しかし、主は知恵に富む方。災いをもたらし、御言葉を無に帰されることはない。立って、災いをもたらす者の家、悪を行う者に味方する者を攻められる。エジプト人は人であって、神ではない。その馬は肉なるものにすぎず、霊ではない。主が御手を伸ばされると、助けを与える者はつまずき、助けを受けている者は倒れ、皆共に滅びる」。


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